机の上に、いくつか小さな黄色い包みが転がっていた。
何かを思いついたようで、和穂はそれを両手に一つずつ握ると、サっと殷雷の前に差し出した。

「どっちだ?」

それを見て、こちらもまた何かを思い出したようで、殷雷は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 

 

 

018.レモンの飴玉

 

 

 

 

今でもそうだが、小さい頃レモン味の飴が大好きだった。
なので、いつも兄や殷雷が食べているところを見ては自分も、とねだっていたのだが、殷雷はいつも同じ事を繰り返した。
ゴソゴソと後ろで手を動かし、握った拳を目の前へと差し出してこう言うのだ。
『どっちだ?』と。
大抵はこちらの勝ちで、殷雷はしぶしぶと飴を差し出し、私は喜んで飴を受け取った。
いつだったか静嵐に『和穂は飴玉センサーがついてるみたいだね』と言われ、子供ながらに本気で信じそうになったくらいだ。

その日も、いつものように道場の裏で皆で遊んでいて、どこからともなく、殷雷がレモンの飴玉を取り出した。
そしていつものように、殷雷は私の前に両の拳を差し出した。

「えっと…こっち?」
おずおずと向かって右の拳を指差すと、殷雷は何も言わずに指を広げた。
「…あたり。け、和穂には『飴玉センサー』が付いてるもんな」
「そう思うなら、イジワルしなきゃいいのに、殷雷」
「うるさい静嵐!」
「こら殷雷、『おにいちゃん』でしょ」
おなじみのやり取りが交わされ、殷雷が再び口を開こうとしたその時、道場の向こうから大きな影が現れた。

「こら殷雷!晩飯前にはお菓子を食べるなと、いつも言っとるだろうが!」

影――父、爆燎の一喝に驚き、殷雷が条件反射でビクっと両手を広げると、何かがコロリと地面に落ちた。
コロコロコロ……

「あ。レモン飴」

誰とはなしにつぶやき、そして殷雷と、事情のわかっていない爆燎を除いた全員が笑った。

「な、なんだ殷雷、けっきょく両手に飴を入れてたんじゃないか!」

 

 

 

 

 

「ぷっ…あはは、殷雷覚えてる?」
「…覚えてるからこんな顔になるんだ」
口の中でコロコロと飴を転がしながら、殷雷はなお不機嫌そうな顔で応えた。

「そりゃ、両手に飴持ってれば、絶対はずさないよね」
「…そうだな」
「あの後、爆燎さんにもその事バレちゃって、殷雷真っ赤になって泣いてたよね」
「泣いてねえよ!」
「そうだっけ?」
「そうだよ!…ったく、あーもう2度と飴なんて買ってこないからな」
「あ、ウソウソ!殷雷の買ってきてくれるレモンの飴、すごく美味しいんだから」

 

 

 

からかいながらも、私をがっかりさせんとする事も、あんな事があっても、買ってきてくれる飴は必ずレモンの飴だという事も

全てが、私を温かくする優しさです。