なんでもない昼下がり。彼の家の居間で過ごす、のんびりとした時間。
淹れなおされたお茶で口を湿らせ、私は唐突に切り出した。







「あなたが好きです」










011.恋愛ゲーム









気が付いた時には、彼が好きだった。
周りには他にもたくさんの男の子がいて、もったいなくも、何度か告白されたことまであるけど、それでも私の目が追うのは常に彼だった。
優しい幼馴染のお兄ちゃんから、たった一人の大切な人へと変わったのはいつのことだったか。もう覚えてはいないけど、それほど重要な事でもない。
重要なのは、今、このとき。 今までの努力が、報われるか否か。
彼の表情が、ぱっと複雑な笑顔に変わる。


「ごめん」


ごめん。
唇が、無意識に応えを繰り返す。

私のかすれた声と、どこからか聞こえる無機質な機械音。それから彼の本当に複雑な笑顔だけが、今この世界の全て。
彼は、男の人にしては長い髪を、すまなそうに掻きまぜながら「でも」と言葉を続けた。

「和穂には、僕よりもっといい人が現れるよ。それだけは保証する」

妙な確信に満ちた声でそれだけ言うと、彼はあっさりと居間を出て行った。何にでも優しくて、何事にも執着しない彼らしい去り方だった。
開け放された襖を見つめていると、ふと、意図せずに涙が零れ落ちた。私は、私が思っている以上にショックが大きかったらしい。

彼の為に捧げた時間彼の為に無為にした想い。それらを思えば、当然の事かもしれない。
全てが終わった。
小さくため息をついたその時、

「あの…」

唐突にかけられた声は、彼が去った襖の向こうからのようだった。
確か、今日は誰もいないはずなのに…… 驚いてそちらを注視していると、おそるおそる顔をのぞかせたのは彼の弟だった。(弟といっても、私より2つも年上だが)

「悪い、盗み聞きするつもりじゃなかったんだが…すまん…」

バツが悪そうに頭をガリガリ掻く彼の弟は、言葉こそ乱暴だが、本当は優しい人だということを私はよく知っている。今も、必死で私を慰める言葉を探しているのだろう。私はそっと涙を拭って彼に笑いかけた。

「大丈夫、気にしてないよ」
「そうか。ならいいんだが・・・・あの、な?」
「なに?」

ふうわりと、画面がスローモーションで流れる。


「オレじゃ、駄目か?」


そして気付いた時には、彼の腕の中だった。


「え・・・・・えっ??」
「ずっと、好きだった。和穂があいつを好きになる様を見続けても、ずっとずっと」

抱き締められる力は徐々に強まっているようで、私の顔が恥ずかしさ以上に赤くなっていく。離して、と言いかけたところでスっと腕の力が弱められ、彼の綺麗な琥珀色の瞳が私を射抜いた。『彼』と同じ、瞳の色。

「でも、もう想うだけじゃ足りねぇ」

画面に広がる彼の顔が大きくなり、私はそれを嫌がらない。本当に求めていたのは、もしかすると・・・・















「・・・何やってんだお前ら」
「わあああぁぁぁっ!!!!!!!」

ゴトリ!と、私は驚きのあまりコントローラーを床に落とし、その拍子に『A:いや、やめて!』というボタンが選択された。画面の中では『私』が彼を突き飛ばし、部屋を駆け出していく。

「あー!もう、ちょっと殷雷邪魔しないでよね!折角いいところだったのに!」
「いいところってな、お前が茶ぁ持ってこいっていうから持ってきてやったんだろうが」
「もうちょっと後よ、後!この後を見た2人の反応が見たかったのに…」
「わけのわからんことを言うな。しかし珍しく2人でゲームしてると思ったら、なんなんだよこれは…」

殷雷はプンプン怒る深霜の手からゲームパッケージを取り上げると、苦虫を噛み潰したような顔で説明書きを読み上げた。

「『女子高校生の主人公をめぐる、甘く切ないラブストーリー。時には同級生から告白され、時には近所のお兄さんとの密室デート。予想できない展開の数々、あなたの心を射止めるのは果たして!?大人気恋愛シュミレーション』 …もしや数日前から俺のプレステが行方不明なのは、これのせいか?」
「今ごろ気付いたの?にっぶいわね〜」
「やかましい!開き直るな!そして和穂を巻き込むんじゃねぇ、このすっとこどっこい!」
「失礼ね。どっかの誰かさんと誰かさんがあんまりちんたらしてるから、シュミレーションで鍛えてあげてるんじゃない」

そ、そうだったのかと青くなって赤くなる私と、なんと言い返していいかわからず真っ赤になって口をパクパクさせる殷雷を見て、深霜は「こりゃまだまだ時間が掛かるわね」とつぶやいた。





































殷雷がくだんのゲームパケージの隅に『R18』の文字を見つけて青ざめるのは、また別のお話。