少し冷たい夜風が、さらさらと髪を遊ばせる。
ビルの下から聞こえる騒音が、どこか遠くの出来事のような気がした。

「今日はありがとう、クロノ。ご飯すっごく美味しかった」

視線を、眼下に広がる夜景からクロノに移すと、ロゼットは屈託ない笑顔で礼を言った。
その笑顔につられて、クロノもにこりと笑い返す。

「どういたしまして。喜んでもらえたみたいで良かったよ」
「もっちろん!それにこの夜景も、ホワイトデーのお返しのうちなんでしょ?」
「まぁね」

しばらくの間をおいて、突然ロゼットが『ぷっ…!』と吹き出した。

「?」
「…や、夜景がプレゼントって…クサ…」
「…あのねロゼット」

レストランでの食事が終わった後、『まだプレゼントが残ってる』と言って連れて来られたのがここだった。
クロノも我ながら少しキザったらしいと思ったが、それでもここを選んだのにはワケがある。

「ほら、ロゼット。笑ってないで、あそこ見て」
「あそこ?」

クロノが示した先は、噴水のある大きな公園だった。
夜目には少し分かりにくいが、なにやら人が大勢集まっている。
ロゼットが何を…と問いかけようとしたそのとき、公園に小さな変化が起こった。

ポッ…ポッ…ポッ…

「わぁ…きれい」

ロゼットが見つめる中で、ゆっくりと、小さな蝋燭の光が灯されていった。
始めは小さな円だったものが、噴水を中心にゆっくりと広がっていく。

「ホワイトデーっていうのはね。バレンタイン司教の殉教からひと月後、助けられた男女があらためて二人の永遠の愛を誓い合った日…っていうのに由来してるんだ。
だから、あの公園では毎年それにあやかって、蝋燭に火を灯して恋愛成就を願うんだってさ」
「へぇー、そうなんだ。いいなぁ〜」
「…ロゼットも、あそこに行きたい?」
「まっさか。ただ、素敵なイベントだなって思っただけよ。それに…」

傍にいて欲しい人は、ここにいるし

「 ? なにか言った?」
「う、ううん!なんでもないの!さ、そろそろ帰ろっか!」
「そうだね。風も大分冷たくなってきた」

どちらからともなく手を握り、春の夜景に背を向ける。

ロゼットの呟きが届くのは、まだ先の話



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