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(このサイトでの「表現」、「言葉遣い」、「かな遣い」、「その他資料」などは、すぺて投稿者の責任で掲載しています。)

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「とおろう様」 「夜明けを夢見た志士たち」 「雑学」数の単位 「140億光年の彼方へ」 「高知城」 「維新の道」
「つけもの石」「梼原弁について」 「お花見での梼原弁」「越知面小学校の今・昔」「自分にファイト!」
「半世紀ぶりの同窓会」「静さんのファイル」 「はじめて歩いたセラピーロード」「さちえさんのファイル」 「新しくなった高知駅」
「kinuhadanosisi」「四万十川のひな祭り」

★「とおろう様」・・・スターさん★

'06/8/15井の谷の実家に一泊した。am6:30頃起床。真夏の朝と言うのに、空気は凛とはりつめてすがすがしい。
ここは四国の背骨、 四国山脈の中腹だ。
家の前の道路に立ってみると、うっすらと漂う朝もやの中に「とうろお様」が佇んでいた。緑々とした棚田の中ににょっきりと生えだした様な太い石の上にちょこんと座つている。
50数年前子供の頃よくこの石に登って遊んだ。確か祠には、左右に月と太陽の形をした障子窓があり、年に一度ローソクの火がともっていたような記憶がある。なんの神様かは知らない。多分田の神様で豊穣を願うのだろう。そう考えれば風雨に耐えて山里の棚田を「威厳」をもって見守っているように見える。
どこかイメージが違うように思えて、カメラを持ち出して撮つてみた。色々考えてみたが、どうも屋根の部分が小さくなっているように思う。昔は、屋根の部分が鳥打帽子を被ったような平らな石が乗っていた。理由を確かめようと思いながら聞き忘れて帰阪した。(07.03.28)
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★「夜明けを夢見た志士たち」・・・S.Sさん★

見つけました。
尊皇攘夷志士46人像(慶応元年2月撮影)
大政奉還を夢見て夜明けを待たずして散った坂本龍馬(31才)、中岡慎太郎(28才)の顔も、 その2年後、慶応3年11月15日竜馬と慎太郎は、京都近江屋で十津川郷士を名乗る数人の刺客により暗殺される。
龍馬33才、慎太郎30才  (SS)(07.03.28)
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★数の単位?・・・「雑学」あれこれ・・・T.Sさん★

ゆすはらの満天の空を見上げて遠くに輝く星に思いを馳せた。
1234567890文字は、小さな子供からお年寄りまで知っている。
さて、この羅列した数字に単位(位取り)を付けるとどうだろう?一、十、(10の2乗)=百、千、万、このあたりは生活する上で、日常何気なく使っている。億となるとあまり良い例えではないが詐欺の被害金額とか脱税額などなど我々の生活からは、かけはなれてしまう。兆ともなると新聞紙上の国家予算額やトップ企業の売上高くらいしかお目にかかれない。その先の位はあまり目にしたことがない。

さて、その先はどうなるのか?少し調べてみた。
京(けい)、垓(がい)、杼(じょ)、穣(じょう)、溝(こう)、澗(かん)、正(せい)、載(さい)、極(ごく)、恒河沙(ごうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ)、那由他(なゆた)、不可思議(ふかしぎ)、(10の68乗)=無量大数(むりょうたいすう)だそうだ。※極以上は、4桁区切りではなく8桁区切りと言う説もありこの場合は、無量大数=(10の88乗)。この先は???(知らない。)さて、この先出会うことのできる数字だろうか?
もともとは、インドで生まれて中国を経て日本に来たらしい。
恒河沙とはガンジス川の無数の砂のこと。阿僧祇は数えられないこと。不可思議に至っては常識では理解できない不思議なこと。と言う意味だそうだ。
(数の単位より引用)
ちなみに地球の重さは、59.72垓トンらしい。 (マイナスの単位は、次の機会に・・・(07.03.28))


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★140億光年の彼方へ・・・スターさん!★

’06/04月息子たちから「宇宙の字典」と言う本をプレゼントされた。140億年の昔宇宙がビックバンに始まって今日、我々が暮らしていると言うことが、宇宙の年表つきで写真、イラスト図版を使ってわかりやすく解説している。私が新聞のスクラップなどで宇宙の話題を持ち出すからか?以前TV放映のあった「地球大進化・46億年の奇跡」と言う番組を録画して解説したことがある。その影響か?
さて、これから先何年間宇宙の歴史につきあえるだろう?

140億光年とは、いかなる距離か計算してみると、以下の数字が出てきたが正誤のほどは?・・・ :132,451,200,000,000,000,000,000=約1,324垓5,120京キロメートル c(約300,000km/sec)となるのだが・・・(時間のある方は、検証してみてください。)(07.03.28)
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★「高知城」・・・S.Sさん★

梼原に生まれた私は、毎年里帰りし高知へも寄るが、高知城は遠くから眺めたり、大手前から見上げるくらいで登城して間近に見ることはいまだ数回である。
平成18年のNHK大河ドラマ「功名が辻」の終盤に出てくる、高知城を舞台のロケ準備に天守閣もお化粧直し中であった。天守閣への道端にも大きなクレーンが入り石垣の積みなおしなど、往時の面影を蘇らせようと大修理中。
(平成17年11月撮)(07.03.28)
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★「維新の道」に行って来たぜよ!・・・土佐弁(梼原弁)あれこれ

天気は、ちーいっとばあ曇っちょったけんどきもちよかったぜよ。維新の道ちゅうのは、坂本竜馬は勿論ぢゃけんど吉村寅太郎や那須信吾・俊平親子らあが脱藩する時に通ったちゅう道のことぜよ。だいたい(土佐からの維新を夢見て脱藩する時)この道を使うちょたたらしい。司馬遼太郎先生の「街道をゆく(no-01)檮原街道編」にくわしゅう載っちょるけ時間がありゃあ読んでみいや。(07.03.28)
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★「つけもの石」・・・スターさん★

我が家には、漬物石が3つある(写真右)。以前、昭和40〜41年当時の古い写真を整理していて、写真の中に漬物石のひとつが生け花の水盤の中におさまって部屋の置物として演出している(写真左)が出てきた。
よくよく考えてみると、昔井の谷へ里帰りした時、何かの重石が欲しいと言ったら、親父が徳島県の祖谷渓谷か何処かで拾ってきたものだが、角が取れてきれいだから良かったら持って帰れ、といって車のトランクに入れてくれたのを思い出した。吉野川の川石だ。
我が家に来てもう40数年経っている。その間に三回も引越しをしたのに、その都度置き去りにもされず、現在も漬物の重石として重宝している。

落語のネタに[鳥取の大富豪が漬物石のかわりに(なんぞ重くて持ちやすいものがほしいと言われ)千両箱が余って困っている。千両箱を使えと使用人に指示するが、いくら出しておいても無くなってしまう。よくよく見ると近所の人も漬物を漬けるのか?皆担いで帰っていた。・・アハハ]と言うくだりがある。
[道端に転がしておいても誰も持ち帰らないだろうが、我が家の大事な所有物ではある。](07.03.28)


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★「梼原弁について」・・・N.Yさん★

(H.19/4.1)
当時、私たちのふる里梼原辺では、お国言葉としてごく自然に「梼原言葉」と思われる言葉が使われていました。
生まれ育った梼原で暮していた時期に家族を初め地域多くの方々と出会うことが出来ました。、懐かしい思い出が多くさんあります。
50年も経ったいまでも覚えている、聞いたり、言ったりした「梼原言葉」と思われる言葉等をピックアップし思いつくまま、下記に無作為に列記したものです。
尚、「梼原言葉」も時代の変化と共に、標準語に変わったものもあり現況では殆ど使われていない言葉もあるように思います。


(07.04.05)
梼原言葉での会話
意味 (手前勝手な訳なので正確さは、保証するものではありません。了承ください。)
1. ○○さん ※もんちゅうかよ ようもんたね なんちゃないが 遊びにきいや。 ※お帰りですか、ようこそ帰ってこれましたね。たいした食べ物はありませんが、遊びに来て下さい。
1  ※そいで 今度は いつ行くが たまにはゆっくりして行きや。※それで、今度はいつ行かれますか たまにはゆっくりしていきなさい。
2.今日は、※この辺の しきわじゃけに遠慮せんと あがってうんと食べて 飲んでや ※この地域のお祭りですから 家に入ってたくさん食べて 飲んでください。
酒は飲めるろうがね。お酒は 飲めるでしょう。
ちっとばあならの飲めるけんど あんまりは飲めんがよ少しなら飲めるけれども 沢山は飲めません。
たいちゃあごちそうになりました。 こわいこと酔いよった。大変ご馳走になりました。もう少しのところで酒酔いになるところでした。
3.今朝はようしびるね。そうよ霜がこじゃんと降っちょる。大変寒いですね。そうですね 霜が沢山降りていますものね。
4.このいもは しびちょるけに みょうにうもうないね。この芋は、寒さで傷んでいるから なんとなく美味しくないね。
5.今日は、重たい くんぜばっかり かるうたけに ずるうなかった。今日は、 焚き火用(※イロリの四隅に置く)の太い木 ばかりを背負って運んだの で辛かった。
6. 今日は、○○さんとこに、こないだの いいを返しに行って来る。今日は、○○さんところから先日 来て貰った人手(助け)に対して、今日は、私の手で返してくる。
7. このかるいこも いよいよ いかんようになった。このしょいこ(※背負って荷物を運ぶ木製の道具)も ついに傷んで使えなくなった。
8. 先生○○君がいけずをしました、もうせんようにおこって下さい。○○君が悪いことをしました。今後しないように 先生から注意してください。
9. ぐずぐずせんと しゃんしゃんせんかよ。まごまごしないで 素早くしなさい。
10.まっこと ことくそにならんね もうええ はよそのままにしちょうけや。実際 役に立たないね。仕方ないので何もしないで そのままにしておきなさい。
11. 今日の○○は、なんと ※どくれちょるね。(※普通と違ってふざけている。)
12. それをそんなに がいにしたらいかんぜよ、こわれ易いから。そのように乱暴に扱ってはいきませんよ。
13. そんな悪いことしよったら やいとをすえるぞ。そのようないたずらをしていたら もぐさをすえるぞ。
14. 味噌を付けて こんがりと焼いた こんまい、このくきいもは旨いね。焚き火で焦げ目が少しついている程度に焼いた 小さな里芋は、美味しいですね。
※1 なんぼでも焼いちょくけ 好きなだけ食べや。
※2「囲炉裏で程よく焼いた美味しい食べもの」 くきいも、栗、とうきび、とうふ、川魚(アマゴ、うなぎ、イダ、ゴスケ)たまご、さつまいも、餅、おにぎり、じゃがいも、など
※1 いくらでも焼くので 好きなだけ 食べなさい。
 ※2 竹串にさして囲炉裏の焚き火の周りにたて時間をかけて焼くもの。
15.今日は、 ※しゅみこんで魚をとってくる。(※川にもぐって川底の石の下にいる魚を採ってくる。)
16.今日は、 ※しっぺをつくってもずを捕りに行って来る。(※もずを捕まえる仕掛けを作り・・・目的地に仕掛けてもずを捕る。)
17.そんなにこせちょらんで 早うこちに来て 皆と一緒に食べや ご馳走がのうなるぜよ。そのように意地を張らないで 早くこちらに来て食事をしなさい。そうしないとご馳走がなくなりますよ。
18.○○を ※ちびっとわけてくれんかよ。(※少し分けていただけませんか。)
19.今朝からかかって ※そればあかし やっちょらんがかよ 何しょったよ。 (※ほんのわずかしか 出来てないではありませんか 何をしていたのですか。)
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☆下記に列記している「梼原言葉」は、お花見の皆さんの会話から収録したものです。・・・N.Yさん☆


(07.05.14)
梼原言葉での会話
意味 (手前勝手な訳なので正確さは、保証するものではありません。了承ください。)
1.山の上から干草を ※とやす から子供達も下の方におって手伝って・・・山の高い場所から※降ろす。(滑車を使って運搬する。)子供たちも手伝って欲しい・・・
2.そこの※杭棒たてちょきや※棒杭(木などの細長いもの)を地面などに突き立てる。
3.むこうづけの「※そうず小屋」に行ってくる。※ししおどしの原理で穀物の皮をむく装置の小屋。
4.そこは※さがしい から気をつけや。※急勾配。
5.あの頃は※よう づかれた※よく しかられた
6.○○が寄ってきたから※つきとばすがよ。私は○○が嫌いじゃけに。※強く押して遠ざける。
7.みょうに「※のう」が悪いので困まっちょうがよ。なんとなく「※具合が」悪いので困っている。
8.ちょっとそこの「※戸をたてちょって」※戸を閉めておいて
9.そんな所で「※つべっこはねたら」いかん。そのような場所で「※頭を床につけて前転し、自分から起きる。」をしては、だめです。
10.そんな格好しちょったら「※めんどい」ぜよ。※恥ずかしい。
11.その位「※たかあしれたもんよ」ね。※たかだかしれたことですよ。
12.ちょっと「※むこうづけ」に行って来る。※向かいの場所
13.いつも火の近くで「※1.あたっちょったけに」「※2.あまぶら」が付いたがよ。※1.温まっていた。※2.皮膚の表面が赤く斑点になった状態。(日頃膝や股を火に近づけて温まっていてそのようになった。)
14.「※1.軒醒め」「※2.村醒め」※1.軒先ですでに酔いが醒める。※2.村を出るときに酔いが醒める。


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★「越知面小学校の今・昔」・・・中越信義さん★




(上→今)

(写真左)越知面区田野野、下本村(一部)の集落全景。小学校も現在児童数三十数名とのことです。
(写真中左)国道440号線の拡幅のため旧越知面小学校は、消滅する。
(写真中右)現在は川の対岸に国道440号線のバイパスが通り(直線と呼ばれていた道路)も舗装され昔のイメージは、ありませんが正面の越知面富士が懐かしくそびえています。
(写真右)大師堂は、茅葺屋根から銅版屋根に変わり小さくまとまった感じ。背景の大杉(千年杉)だけが昔の面影を残している。





(下→昔)

(写真左)越知面区田野野、下本村の集落全景、お宮には、杉の大木3本健在。新しい小中学校の土地造成中です。
(写真中左)旧越知面小学校、私たちの頃には、左端の校舎を教員宿舎として使用していました。また、校庭端の松ノ木、銀杏の木も大木でしたのでかなり古い時代かも?
(写真中右)懐かしい風景です。道路の正面には越知面富士も・・・
(写真右)越知面郵便局発行の「写真はがき」です。大杉(千年杉)を背景した大師堂は、日本の原風景を思わせる佇まいである。(07.05.14)
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★「自分にファイト!」・・・スターさん★

この本は、私の人生最大の応援歌である。
22歳で事故に遭い頚椎損傷で首から下の運動機能が不能となった女性が、不屈の精神力と持ち前の明るさ、プラス思考で、ただひたすら信ずる家族愛にささえられ闘病(リハビリ)を乗り越えて、ソーシャルワーカーとして自立していく感動の体験記である。

「眠りの中に出てくる私は、ちゃんと二本のたくましい足で立っている。でも目が覚めた私のベッドの横には必ず車椅子がおいてある。
本当の話、私は元のような身体になることを諦めてはいない。医学が進歩して、眠っている身体がいつか蘇る日がくるかもしれない。奇跡を信じていたい。
やっぱり、簡単には「障害の受容」なんてできっこない。
でも、今の私を受け止めて、私は私らしく生きていけばいいんだと思っている。」(本文より)

[タイトル=自分にファイト!/著者=上田真弓/発行日=2001.6.8初版/発行所=(株)南の風社](07.06.09)
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★「半世紀ぶりの同窓会」・・・スターさん★

'07/04/29日、越知面小学校(s.32年卒)の同窓会が半世紀ぶりに梼原町太郎川公園「雲の上ホテルで」開催された。
私は、空路竜馬空港(高知)に行き、空港から友人の車で梼原町に向かったのである。友人は、以前神戸に住んでいたが退社後高知市に引っ越してしまった。彼は、「いつでも送り迎えは俺に任せろ」と言ってくれて、自分で運転も儘ならない私にとってかけがえのない存在である。(感謝)
ホテルには、午後5時頃についた。6時集合となっていたが、もう7・8人は集まっているらしい。幹事のYK君とは何度か連絡を取っていたので出席者の人数は分かっていたが、顔を合わすのは殆どが47年ぶりである。還暦を過ぎて、それぞれに皆年輪は重ねているもののどこか昔の面影が残っている。STくんか?、NM くんだろ、KSくん、YSくん、NYさん、TTさんかよ、NHさん、永野のMSさんじゃろ・・・と呼び合っているうち不思議なことに50数年前のランドセルを背負って石ころの道を走り回った、おかっぱ頭や洟垂れ小僧にタイムスリップしてしまった。
午後6時、幹事YK君の挨拶で51名中出席者27名で物故者7名との紹介があり、物故者の冥福を祈る黙祷の後、愛知県から駆けつけたFTさんの乾杯で宴会が始まった。OJさんは千葉県からの出席であるが少し遅れるらしい。各自(近況報告)の後、各々酒を酌み交わし昔話に花が咲き、大層盛り上って話は尽きない。午後8時を過ぎて幹事の部屋に集まり午前0時頃までわいわいやって散会した。午前2時を過ぎても隣の部屋では酒を酌み交わしているらしい。
翌日9時30分ホテル出発→越知面小学校→長漕の滝→天狗高原→地芳峠で昼食の後解散した。(幹事=YKくん、FNさんお世話になりました。)[イニシャルは、旧姓](07.09.19)
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★「静さんのファイル」・・・浜口静子さん★

@柿は樹齢100年を越えている(梼原町松原)の柿の木の柿です。(大阪に持ち帰り干し柿にするため、皮をむき娘が縄をなって柿をはさんで吊るしました。昔は軒先に吊るした干し柿が冬の風物詩でしたがこの頃見かけるのはめずらしくなりました。)

Aハヤトウリ(アメリカ原産で薩摩に渡ってきたことから隼人瓜とも書くそうです。別名=インドウリ、チャーテなど聞いた覚えがあります。)ハヤトウリを入れてる籠は蔓であみ持ち手のところは竹の根です。(07.12.10)


   @柿                   Aハヤト瓜
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★【はじめて歩いたセラピーロード】・・・Norrieさん★

昨年12月、梼原町松原の、うわさのセラピーロードを歩いて来ました。 今はセラピーロードと呼んでいますが、本来の目的は、田んぼに入れるための水を引く疎水として、80年ほど前に村人総出で作られ、今も4月〜10月までは使用しており、田んぼの面積により負担額も決まっているのだそうです。 久保谷川の上流から全長6q、現在セラピーロードとして整備されているのは3qほどですが、久保谷川のせせらぎを聞きながら、疎水の横を歩くのは何とも言えずいいものです。 途中、猫石、炭焼き小屋跡、落ち葉が何年も積もってできたフカフカの土(?)等々見所もたくさんあり、案内してくださった方たちと楽しいおしゃべりをしながらの貴重な時間でした。 今はツアーで沢山の人達が訪れ、癒しの時間を過ごして帰られるそうです。帰省の折に是非一度足を運んでください。

松原で、いろいろな活動をされている川田さんのホームページです。 セラピーロードや四季折々の素敵な写真、松原の情報などが載ってます。是非ご覧下さい(08.4.4)
【ねむのはな】
http://www3.netwave.or.jp/~nemu/

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★「さちえさんのファイル」・・・河合さちえさん★

2008/8/3日兵庫県差用町にいってきました。
向日葵が青空の中咲き誇っていました。
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★『新しくなった高知駅』・・・NORIE・・★

6月に帰省のおり、新しくなった高知駅を初めて見てきました。 もう皆さんごらんになりましたか? 駅は高架になっており、電車の窓から見ると(一枚目の画像) 古い駅が取り壊され広場になっているのがわかります。 屋根は湾曲した木製でできており、駅??て感じでした。
アンパンマン列車も人気者で、列車マニアが撮影に来るそうです。
一階スペースはお土産コナーなどがあり大変広くなっています。 古い駅のエレベーターを上がったところにあった、 作りたてイモケンピも、ちゃんとコーナー横に存在しました(ホッ!) 大阪の就職先から心はずませ帰省したときの あのなんとも言えb24[1].gif">
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【絹肌の猪】★・・・NORIE・・・★

12月中旬梼原町中平に帰省しました。 義兄が80kgの猪を仕留めたとの知らせがあり、カメラを持って飛んでいきました。 いつもは冷凍室のきれいにカットされた肉しかお目にかかりませんが、 いつも御馳走になる肉はこいつの肉かと思ったら、なんだかちょっと気持ち悪くなりましたが 『なんと言うたちでかねぇ』と言いながらお湯をかけられ、 あの固い毛に覆われた猪ははあっと言う間に丸裸にされました。 毛をむしられた肌はうらやましいほどの美肌です(笑) 後の解体は見ずに帰りましたが、それを見たらたぶん猪肉はもうたべられなかったかも。 そのあと2日後にはこれよりはるかに大きな猪が獲れたそうです。 山に餌が無くなったのか、畑の作物の味を覚えたのか、年々人家に近寄ってきているようですね。 丸裸の猪を見て猪肉の食べたたくなった方はぜひご一報ください(笑)
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★【四万十川のひな祭り】・・・NORIE・・・★

2月末から3月末まで開催の四万十川ひなまつりに行ってきました。 私は里帰り、友達二人は観光。京都育ちの友達2人はあまりの田舎道にスリル満点の驚き。 姉の家にはたくさんの雛人形、五月人形も、キューピーも並んでいました。(画像1) 京都の私の嫁ぎ先の義母の大切にしていた150年前、安政2年(篤姫様が大奥入りした頃でしょうか)の 古いお雛様も姉の家にお嫁入りをして皆様に見ていただいております。 高知テレビで2度放送していただきましたのでわざわざた訪ねてこられる方もあるようです。(画像2) お堂には近くの子どもたちが描いたお雛様たちが飾ってあります。(画像3) 他の地区でもいろいろなお雛様に会うことができます。 私は早くに故郷をでたので、故郷の歴史や風習は何も知らなかったのですが よそ者を嫌う村が多いのに対して、この土地はお堂でよそからのお客様をもてなす事がごく普通にできること。 それはよそから来た人が新しい文化、情報を村に持ち込んでくれる福の神だとおもっているからで 「客人神」といって「まれびとがみ」信仰にもとづいているのではないかと教えていただきました。 ぜひぜひ一度訪ねてみてください。
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