H.S.S.R. TOP【問い合せ】ページを閉じる

アメリカのピリオダイゼーションの考え方について

HSSRプログラムス主宰者: 魚住 廣信


 ウエイトトレーニングのピリオダイゼーションというように呼んでも構わないが,私のピリオダイゼーションとはまったく意味の違うものである。そのものの意味はさほど重要ではない。中心的な問題は,いくつの周期に分けるのかといったときに,各周期の基礎になっているのは何かということである。その解答は,周期というのは,区別される時期の基礎にどういう内容があるのか,それに答えることである。

 私が基礎にしたのは,2つの法則である。一つは,スポーツ・フォームの周期的発達という現象を基礎にした。もう一つの法則は,違った時期に違った様式のトレーニングを行わなければならないということである。この2つの法則である。

 専門家たちは,三つの周期に区分することに合意している。そういう周期を区別するためにどのようなトレーニングを構築しなければならいのかということを考え,スポーツ・フォームを発達するために,ある様式のトレーニングが必要となり,スポーツ・フォームを維持するために違った様式のトレーニングが必要となり,そしてスポーツ・フォームが低下し始めたときに違った様式のトレーニングが必要になる。

 いずれにしても三つの周期に区別できる。

 アメリカの専門家は,部分的な考え方をしている。周期を決める基礎を決めずに,表面的なアプローチをする結果,周期と段階を組み合わせてしまっている。一般的筋力からパワーへという過程は,同じ周期の中の2つの段階であり,2つの周期の機能は結果的に同じものであり,スポーツ・フォームの発達を保障するものである。

 目的はスポーツ・フォームの発達であり,同じ基礎能力を絶え間なく強化しているだけの周期でしかない。目的はスポーツ・フォームの発達を保障するということであれば,最終的な目標は決まっている。前の周期よりも高い成績の達成を保障しなければならないという目標である。しかし,アメリカ人が作った最初の二つは周期ではなく,二つの段階であり,一つの周期の中の2つの段階である。

 だから,ピリオダイゼーション理論には,周期だけでなく,段階も入っているのである。マクロサイクルとメゾサイクルを区別するときの主な傾向は何か。 

 米国の理論家は,どういう目標があるのか,何が基準なのか書いていない。コーチや選手の頭の中にも目標が入っていない。何をしなければならないのか,ベースは何か,ベースをどれほどの期間で作らなければならないのか。あるコーチは1年,あるコーチは一日でできるということもある。それらは,表面的なアプローチである。

 スポーツゲームの場合,国の選手権が始まると,準備期間が終わると考えている。それも表面的なアプローチである。周期は選手権が始まったかどうかによるものではない。選手がまだスポーツ・フォームを達成していなければ,準備期間はまだ終わっていない。

 試合があるにもかかわらず,どうしてもトレーニングを続けなければならない。そうしないと実際に準備期を中断すると,よい成績を上げても失敗することもあり,両方の結果が出ることになる。これは,スポーツ・フォームをまだ獲得していない状態である。

 こういう手段は,そのような危険性を持っている。それを理解しなければならないが,スポーツにおける商業者はそういう見方ができない。これでは,世界記録が出なくなる。ピリオダイゼーションは,本来その目的のためにある。


2002年ロシア訪問 2002.09.12. インタビューより



H.S.S.R. TOP【問い合せ】ページを閉じる