24. 測色・CCM

この章では、色を機器を使って測定する「測色」と、その測色データーを使って、他の染料の組み合わせで、同じ色を作り出す、CCM(Computer Color Matching)について凡その概念をつかんでもらうための話をします。 ですから、難しい横文字の名前や、乗数のついた方程式の話は、話の進行上必要な範囲に止めます。 (そうした、難しい事を書いた文献は幾らでもありますので、より深く知りたい方は、自分で探して勉強して下さい。)

さて、人がその目で見、感じる色は極めて主観的なものです。その日の、体の調子や、それを見る時間、回りの雰囲気にも大きく作用されます。 そうした「色」を、複数の人の間で一つの情報として取り扱うためには、何らかの絶対的手段が必要になってきます。 これを行なうのが「分光光度計」と言われる機器です。分光光度計の原理自体は、下に示した様に極めて単純です。

分光光度計の心臓部は、「光電管」と言う光の強弱を電流の大小に変換する真空管です。 分光光度計では、「光の照射」と「光の反射」を、内部を真っ白にコーティングした「積分球」の中で行ないます。 この「積分球」は、ほぼ真丸(まんまる)に作られていますので、生地から反射した光は、反射を繰り返し一点に集まってきます。 (この被染物の測色に先だって、真っ白なタイル(=100%反射)と真っ黒なタイル(=0%反射)を測色し、 計った測色値を数値化するための基準を作っておきます。(“黒タイル” に代えミラーボックスを使い反射光を逃がすシステムもある。))

具体例を示しながら説明して行きましょう。

ここに、紫に染まった染色布があります。この色が数値に代わるまでのプロセスは、
1. 染色布に光源から出た光が当たる。
2. 色成分以外のの光が吸収され残りが反射される。
3. 反射された光は、反射を繰り返し一点に集まってくる。
4. 集まってきた光を外に通じる小窓へと導きだしてやる。
5. (4) の光に分光フィルターをかけて、400nm から 700nm に渡って、20nm 毎に16 に分けてやる。
(分光光度計と言う名は、こうして、光を分けて計る所から来ています。)
6. (5) で分光した光を、光電管に当てる。
7. 光電管に当たった光の強さにより大小に変換された電流が生じる。
8. その電流の強さを、全反射(白タイル=100)、全吸収(黒タイル=0)での電流の強さと比較し数値を出す。 (白タイルと同じなら 1.0、黒タイル同じなら 0 ゼロ)

さて、これで染色布の、400nm から700nm までの間に、0 から 1.0 の間にある 16個の数字が出てきました。
この16個の数値を順に結んで、滑らかなグラフを描くと、この紫の染色布の反射率カーブが、左の様に出来上がります。
これが「反射率曲線」と言われるカーブです。

これはこれで、一つのきちんとしたデーターなのですが、実際に私たち自身が目にしている染色布の色と同じではありません。
その理由の一つは、光源の違いです。 つまり、私たちが通常、光の標準としている日の光と、分光光度計の光源として使われている人工光の間の波長分布は全く同じではありません。
また、反射した光を最終的に見るのは、実生活においては、人間の目ですが、分光光度計の場合は、光電管です。 人間の目は、光の中の赤成分、青成分、黄成分を、それぞれ異なった感度で捉えています。 それに比べると、光電管は、全ての波長を単に信号として機械的に等しく捉えています。 日の光は、「目の感度」と言う要素を入れれば、左下の様な成分感度で目に捉えられています。

上の反射率曲線で与えられた色を、普段私たちが日の光の中で見ている色感度に近付けてやるためには、この感度を取り入れなけらばなりません。 ここで、昼光の赤、青、緑の感度値と、上の反射率曲線で利用した各波長の値を掛けていきます。
こうして、出来上がるのが、この染色布を私たちの目で感じる時の、赤、緑、青の量となります。 (これが、文献などで出て来る、X、Y、Z の正体です。)







X 反射率曲線の値
       








さて、これで測色の大体の原理や、文献に出て来る X Y Z が何か、おおよそ理解できたのではないかと思います。ちなみに、最後の各色成分は、あくまで、「量」であって、ピークの「高さ」ではありません。 つまり、各々のカーブの下の「面積=積分値」を表わしています。この様に、X、Y、Z は、積分値ですから、その曲線の形が変わっても、値は同じと言う場合も出てきます。言い換えれば、X、Y、Z の値が同じだからと言って、同じ色とは限らないと言う事です。
また、光源が変われば、X、Y、Z も変わってきます。(これが、演色性です。)

さて、次はいよいよ、CCMです。
上で示した様に、ある色を、分光光度計にかけると、 その色の反射率曲線が出てきます。 これは、反射して来た光ですから、この反射率曲線を逆転させれば、その色が吸収した光の波長とその量が出てきます。
















つまり、この色は、左図の分布に従って各波長の光を吸収している事になります。

簡単に言えば、異なった吸収波長の染料を幾つか組み合わせてこの吸収曲線と同じ吸収曲線を作ろうとするのが「色合わせ」です。 主として異なった色領域の光を吸収する「赤」「青」「黄」の染料を同時に使えば、使った量に応じて、対応する波長の光が吸収されます。 つまり、それぞれの染料が持つ個別の吸収値の総和が、左の着色領域と等しくなれば、「色が合った」と言う事になる訳です。 (何故、「反射」を、わざわざ「吸収」に変えて話をするかと言うと、「反射」は、光そのものを扱うため「加色混合」となり、 混ぜれば混ぜるほど色が無くなっているからです。 染料は「減色混合」ですから「吸収」で話をした方が、配合で色を作りだす染色の実際に合ってきます。)

どの染料をどれだけ使えば色が合うのか予測するのは難しい事です。 しかし、コンピューターなら、使用するそれぞれの染料の波長吸収値を元に、求める色を出すための計算をする事などはお手のものです。これが、CCM (Computer Color Matching)の原理です。

とは言えこんなに乱暴で大雑把にCCMを説明している文献はないと思います。普通は、先の、X や Y や Z と言ったアルファベットを使い、難しい数式や計算が出てきて、話を一般人には分からなくしてしまいます。
それと同じでは、このHPの意味がなくなってしまいますので、もっと分かりやすく説明をします。

先程、この色を X、Y、Z として表わしたグラフを示しました。それをもう一度左に示します。このグラフを上と同じ様に、光のスペクトルで表わすと、その下の図の様な「青」「黄」 「赤」になります。(ここまで来ると、何となく、三原色で色を合わせるイメージが出て来たでしょう。)

もちろん、染色の色合わせで実際に使う「赤」「青」「黄」の染料が、このX、Y、Z と一致している訳ではありません。 しかし、コンピューターシュミレーションで、X、Y、Z に当たるものを作りだす事は簡単です。ただし、その為にはもう一つのファクターを与えなくてはなりません。それが、「濃度」です。

左の図の縦軸は、人間の目への刺激感度を表わしています。ですから、これだけを見ても、具体的な濃度を決定する事は出てきません。 それを与えるのが、K/S(ケー・バイ・エス)と言われる反射率(=R)から濃度を決めるための便宜的な計算式です。 通常、反射率の数値が大きくなると濃度は低くなります。(当然ですね。) この変化を人の目の感覚の濃淡に近付ける様に数値処理をしたのが、下の数式で表わされる K/S です。



試しに、白に近い R=0.9 と言う数値で計算してみましょう。この場合、1− 0.9 = 0.1 ですから、
    K/S = (0.1 X 0.1) ÷ (2  X 0.9) = 0.01 ÷ 1.8 = 0.0055・・・ となります。
次に、黒に近い R=0.1 で計算してみましょう。同じ様に、1−0,1 = 0.9 となりますので、
                                                                                       K/S = (0.9 X 0.9 ) ÷ (2 X 0.1) = 0.81 ÷ 0.2 = 4.05  となります。

つまり、R の値では 9 倍でしかない差が、K/Sとして計算すると約800倍の差として出てきます。

この式は、考案者の名を取って、クベルカ・ムンクの式と呼ばれます。文字通り Kubelka氏と Munk氏が、試行錯誤を重ねた結果、この数式を作り出しました。この式が発表されたのが、1931年ですから、 80年余りの年月を経ても、様々な分野で使われているところを見ると、その有効性が高い事が分かります。

ここまでの説明で、基礎データーとして登録してある染料を使って、 コンピューターで色合わせを行なうイメージが、おおまかにでもつかめたのではないかと思います。 ただし、気をつけなくてはならないのは、CCMで取り扱うデーターは、特定の光源下でのデーターだと言う事です。 つまり、光源が変われば、データーも変わってきます。 ですから、CCMを行なうには、基礎データーも、ターゲットとなる色も同じ測色機で計らなければいけません。 また、どの光源下で色合わせをするのかも決めておかなくてはいけません。(通常、発注元から色合わせに対する光源指定があります。 コンピューターは優秀で、光源が変化した時に、その色がどの様に変化するのかも予測してくれます。 つまり、光源が変わる事によるメタメリズムも計算できるのです。 また、光源が変わっても、ターゲットに近い色になる組み合わせも見つける事が出来ます。)(当然、演色性の大小も計算する事が出来ます。) 同じ染料を使っても、染色する生地の染色性が、基礎データーを染めた生地と大きく違う場合、例えば、綿でのシルケットの有り・無しや、フィラメント の太さが違うポリエステルなどでは、CCMの計算で出てきた処方で染色を行なっても、ひどく違う色になってしまいます。 しかし、染色して出た色を測色することにより、次の染色へ向けて修正計算を行なう事もコンピューターなら簡単にやってのけます。

測色の作業自体は簡単です。測色したい布を指定場所に取り付けたら、後は、スイッチを押すだけです。誰にでもできます。 ただし、ここで気を付ける事が二つあります。
先ず、測色を始める前に、白タイルと黒タイルを計ります。 この白タイルと黒タイルは、全ての測色の基準となり、その測色機固有のものですから、絶対に傷つけてはなりません。 汚れを付けたままにする事も厳禁です。いつもきれいに保って、使ったら直ぐ安全な所にしまって下さい。
次に、積分球の中は全面白にコーティングされています。このコーティング層は、非常に傷付きやすく小さなショックで、直ぐはがれてしまいます。 もし、はがれればその部分の反射が得られません。測色時、傷つけない様に細心の注意を払う事が必要です。
 
<補足> ここからは、少し難しくなりますので、 測色にそれ程興味のない方は、読む必要はありません。
上の説明で、クベルカ・ムンクの式を便宜的な式だと言いました。 実際の染色において、処方を倍にした処方で染めても、その光吸収率がそれぞれの波長で元の倍になることはありません。 その違いは、染料によっても異なってきます。それを目で見て、倍の濃さかどうか判定する事は、更に難しい事です。 このことは、測色値自体を幾らひねっても、濃度の違いを正確に表わす絶対的な数式は出てこない事を意味しています。 そこで、便宜的にとられる方法には幾つかありますが、次の様に一長一短があります。

1) λmax (最大吸収波長) での値を比較する。(Tayorの法則)               欠点 : 異なる吸収カーブの場合は、比較出来ない。

2) 400nm から 700nm 問の K/S 値の総和を比較する。                            欠点 : 異なる吸収カーブの場合は、比較出来ない。

3) 反射率を K/S 値に置き換え、XYZを求める方法で計算する。(Garand の式)  欠点 : 鮮明品と暗色品では、目の感覚と一致しない。
                濃度指数 =F(X) + F(Y) + F(Z)

4) L* が一致する濃度                             欠点 : 鮮明品と暗色品では、目の感覚と一致しない。Yellowでは、使用不可能である。

5) Godlove の方式                                                                       欠点 : 計算面倒で、 目の感覚と一致しない。
               マンセル表色系の H、V、C から A 値で表示する
                A=S+0.25C僣lOPB)
                S=(16u2+C2)1/2
                u=10-V

6) Rage-Kochの式                                                                       欠点 : 低彩度では、自の感覚と一致しない。
                ドイツ DIN 6164 によるT:S :D からθを求める。
                θ =[(10-1.2D)/9]S +1.06D

7) Gall の式                                                                               欠点 ;目の感覚と一致しない。

この中でより広く使われているのは、(3)の濃度指数 を ID値として採用する方法です。上に書いた欠点はありますが、色の濃さを表わす数値が、定量的に比例する利点があります。 つまり、染色物の間の濃度の差の値がこの計算で出てきます。

二つの染色布の色の差を測色で判断したい場合があると思います。 この差は、その二つの L、a、b :から次の様に求めます。


            儉 = L(sample) - L(std)
            兮 = a(sample) - a(std)
            冀 = b(sample) - b(std)
            僂 = C(sample) - C(std)
            僞 = [(儉) ^2 + (兮) ^2 + (冀) ^2] ^1/2   (通常この僞 が色差として取り扱われる)
            僣 = [(僞) ^2 - (儉) ^2 - (僂) ^2] ^1/2  (±符号をつける)

上の、(LabCEH) は、二つの染色物の色差を表わしますが、使用染料の差をこの値から知る事はできません。なぜなら、同じ染料でも、濃度が異なれば、異なる値になり、 その値からは、同じ染料であるかないかを判断する事が出来ないからです。
ですから、(LabCEH) から、色相差を知るためには、濃度を一致させた状態の(LabCEH) を求め、そこから色相差を求める必要があります。
ある程度同じ濃度で染色された染色物であっても、完全に一致した濃度でない限り、正しく色相差を出すためには、計算による補正操作が必要になってきます。 この場合の濃度の補正は、次の内の二つから、その染色布の濃度・色相を見てより適切と思われる方法で行ないます。


1)  L*を一致させる。                                       欠点 :Yellowは使用不可。高濃度や濃度差が大きい時は、正確でない

2) λmax (最大吸収波長) での K/S 値を一致させる。       欠点 : 儉が 0 にならない。


色温度 : ケルビン(K)は、 絶対温度(−273℃)を「0(ゼ ロ)」として表わされているが、 色温度の場合には、与えられた値から273を引いてもその物体の温度と言う訳ではない。 これは、黒体放射を基準に与えられた温度と一致する光の色を表わしているからである。

標準光源 D65 : 太陽光に近い光で、標準的な昼光で照明する物体色の表示に用いる。色温度は6504K。(“D”は、Daylight の D。)

標準光源 A : タングステンハロゲン(白熱灯)の数学的表現。色温度:2856K。

標準光源 C : 太陽光を模したものであり、近年は「補助標準の光C」と呼ばれ、「標準の光D65」に置き換えられる傾向にある。色温度:6774K。

標準光源 TL84 : 工業用の希土類リンで狭帯域蛍光灯の数学的表現。 条件等色の起こり易いメタメリックな色としてヨーロッパで広く使用される(例. M&S)。フィリップス(Philips) Triphosphor 蛍光灯の製品番号。色温度:4100K。TL83 や TL85 もある。

標準光源 CWF-2(F2) : アメリカで使用されている工業用の広帯域蛍光灯(冷白色の蛍光灯)の数学的表現。色温度:4150K。

標準光源 B : 紫外域の再現性が悪く廃止された。


・分光光度計では、透過光も計る事ができます。つまり、反射ではなく、通過で吸収した光の量を分光測定する訳です。 これは、透明な着色プラスチックや溶媒に溶かした染料を測定し濃度や色相を確認したりする用途に使用できます。