<歴史>
岩尾城は、和田日向守斉頼が永正13年(1516)に築城したと伝えられています。その子、作右衛門師季が跡を継ぎましたが、 明智光秀の丹波攻略によって天正7年(1579)に落城しました。
その後、天正14年(1586)になって近江から佐野下総守栄有が入部して城郭を改修しました。
しかし、豊臣秀吉の命によって廃城となり、慶長元年(1596)に破却されました。
城跡は、蛇山の山頂部から(1,358メートル)を中心に広がり、主郭部は天守台を持ち石垣で固められています。北側の曲輪は、土塁ゆ堀切によって中世的な要素を持ち、南側の石垣が残る近代的な遺構と併存して機能していたことが特徴的です。
<特色>
和田氏が築いた中世戦国時代の山城(土塁使用)と、佐野氏によって改修された近世初頭の新しい城郭様式(石垣使用)とが混在した城郭であり、日本城郭史上非常に貴重とされている。
<岩尾城案内板より>
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西の丸石垣 | 西の丸石垣2 | 西の丸から二ノ丸へ |
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二ノ丸石垣 | 天守台 | 本丸 |