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世界の窓

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【 水の都・バンコクからの便り VOL.1】

TETSU 氏




(98/10/22  バンコク発金融レポートより)

◆ 「タイ国における外資規制緩和」

今回、ある方より、タイの通貨危機の影響について、以下のようなメールが届きました。
 

Q.「今回の通貨危機によりタイにおけるキャッシュフローが悪化しました。そこで、BOIは外国企業に資本注入をしてもらうために、外資の出資比率規制緩和政策を発表しました。 出資比率が変化したことによって企業の意思決定がどのように変化したか?TETSUさんがご存知なことをざっくばらんにお聞かせください。例えば、今まで原料調達を現地で行っていたのに日本側が主導権をとったら変った など。」

実際、TETSUさんに、そのあたりの率直な御意見を伺いました。以下は、TETSUさんからの返信メールです。

A.

「外資系企業」を、「日系企業」に限って、知る限りの情報を以って御報告すると下記の通りです。

確かに三菱自動車の現地製造会社 MMC SITTIPOL のように日本側48%出資に対し、 現地側52%が、純粋なタイ資本(外資が一切混ざっていない)の場合には、出資比 率の逆転によって、日本側の発言力が一気に高まるでしょうが、外資規制によって日 本側出資が50%未満に押さえられている場合にも、日系企業は下記の様な方法で、 これまでにも主導権を握って来ました。

データを提示しない推論で恐縮ですが、日系合弁企業の場合には、日本側出資49%といっても、残る51%の現地資本は、所謂 SILENT PARTNER である場合が、かなりの割合を占めると思われます。

例えば、新日本空調タイランドというプラント・エンジニアリング会社の現地法人の 場合、日本側は新日本空調の出資が49%であるのに対し、タイ側の出資は51%で すが、このタイ側の出資者である MITSIAM INTERNATIONAL という会社は、三井物産 と泰国三井物産(三井物産100%出資)が49%を出資し、残りの51%は三井系 の同じようなタイ現地法人(例えばさくら銀行、トヨタ自動車等)や、三井物産と取 引関係の深いタイ現地の有力企業(例えばバンコク銀行等)が少数株主で連なってい ます。

したがって、MITISIAM INTERNATIONAL は完全に三井物産が筆頭株主となってそのコ ントロール下にあり、同様に三井物産はMITISIAM INTERNATIONAL を通じて新日本空 調タイランドをコントロールしているのです。

新日本空調タイランドの場合には、そもそも日本の新日本空調の筆頭株主が三井物産 であるため、新日本空調タイランドの経営に三井物産が大きな発言力を持っても問題 ないのですが、49%出資の日本側株主が主導権を握る方法としては、残りの51% を、MITSIAM INTERNATIONAL の例と同じように、複数の日系(純粋な現地系ではな い)現地資本に、少数株主として連なってもらえばよいのです。

例えば、タイ日野販売(日野自動車のトラック販売会社)の場合、日本側が日野自動 車48.6%に対し、現地側の筆頭は MITSIAM INTERNATIONAL が30.0%ですが、長銀系現地会社4.6%、さくら銀行系現地会社2社が各3.0%、東海銀行系 現地会社3.0%等々の少数株主を連ねています。

したがって、外資規制の緩和は、外資注入をスムーズにして資金繰りを改善する効果はあっても、それによってそれまで50%未満の出資に押さえられてきた日系企業 が、出資比率が50%を超えたために発言力を増したという例は、少ないと思われます。但し、これはあくまでも私見であり、検証したわけではありません。ご参考まで。

 


(98/5/20  バンコク発金融レポートより)

◆ 日本政府の総合経済対策、1兆円のアジア対策融資の行くえ

政府自民党は、平成10年度補正予算で、総合経済対策の一環としてのアジア 対策融資として、既に実施された3,500億円に次いで、6,500億円の追加 融資を決めています。総額1兆円もの財政投融資金が、日本輸出入銀行を通じて 、アジアの民間企業に融資されることになりました。アジアに進出している日系 企業にとっては、誠にありがたい政策として歓迎されるべき話です。  

しかし、グローバルな金の流れを観た場合、湾岸戦争の時のそれに似ていて、 いささか日本人はお人好しに過ぎるのではないかと、その政策の恩恵を受けるは ずの当地の日系企業に身を置きながらも、そんな想いがしています。  

タイの通貨バーツは、1998年1月下旬の1ドル56バーツ台を底に、2月 以降はIMF計画による経済構造改革が順当に進んでいること等の好材料を買わ れて上昇し、3月中旬以降現在(5月中旬)に至るまで、38バーツから40バ ーツ程度の狭いレンジで、非常に安定的に推移しています。金利は政策的に高留 まってはいるものの、また隣国インドネシア情勢等、依然として不安材料は多々 ありますが、現時点では、1月の様な通貨波乱が再び訪れると予想する声は少な く、タイの金融情勢は、自他共に認める「IMFの優等生」としての安定感を見 せています。

 このバーツ通貨の安定をもたらしたものは何であったのか。IMF計画に基づ くタイ政府の施策が成功を納めていることはもとより、諸先進国の叱責を受けな がら、大々的な支援の手を差し伸べた「日本のアジア支援策」が、遅れ馳せなが ら功を奏したとも言えるのではないでしょうか。

 それは結構なことであり、また日本にとって、アジア危機は他人事とは言えな いお家の事情でもある為、その安定化に日本が重要な役割を担うべきことについ て異論はありません。しかしながら、その政策決定から政策実施に至るプロセス がきわめて悠長なことが、米国をはじめとする金融先進国の投資家に、日本が格 好の餌食にされたのではないかと、そんな気がしてなりません。

 数週間からあるいは数ヶ月は掛かる日本の政策決定プロセスと、歪んだ日本の 金融システム、すなわち、まず外圧に押されたことを契機として官僚が立案し、 国会で審議され、国家予算の最大の財源である「郵貯」がようやく動き出す。個 人の即断あるいは民間企業の迅速な判断で巨額の資金移動を可能にする先進国の 投資家は、日本のアジア金融支援の政策決定プロセスを見透かしていたのではな いでしょうか。

 金融の専門家でもなく、甚だ実証性に欠けますが、こういった疑問が起こった のは、当地の某金融機関で、あるふたつの出来事を耳にした為です。

 ひとつは、某日系銀行のバンコク支店で3月中旬に聞いた話です。3月の為替 の安定をもたらした要因は、世間では貿易収支の4ヶ月連続黒字の達成であると か、チュアン首相の訪米の成功(米国の支援を引出した)等が一般論として言わ れております。しかし、バンコクに支店を開設して歴史の古いこの邦銀によると 、「実は3月決算期末を目前にした日本の親会社が、為替差損によって債務超過 に陥ったようなタイ現地子会社を、増資や親会社融資によって救う為に送金して きた大量の円、これが現在のバーツ相場を支えている大きな要因です」というこ と。当地の邦銀の間では、一昨年の暮まで、さくら銀行と東京三菱銀行の2行し かフルブランチの認可を受けておらず、現在でもこの2行は日系企業の間で圧倒 的な業務シェアを握っています。日系民間企業が子会社支援の増資・融資の為に 日本から送金した円の大半が、この2行を経由してタイに流入し、バーツに換金 されたことは想像に難くありません。丁度この頃、日本政府は3,500億円の アジア対策融資を決めています。

 もうひとつは、某日系証券会社のバンコク支店で4月中旬に聞いた話です。「 1月には為替(バーツ)を底値と見た欧米投資家がラリーを演じて株価は急上昇 したのですが、彼らは3月に株式市場から去って行きました。バーツが急上昇し た為、株価でサヤ抜きをしたのではなく、為替でサヤ抜きをしたわけです」。  胴元(米国政府)はカモ(日本政府)に大金をはらせるようしきりに促し、グ ル(欧米の投資家)はカモが大金をはるタイミングを十分に予測していた。バン コクの外国為替市場・株式市場という狭い金融市場で、そんな仕手戦が演じられ ていたと言っては、穿ち過ぎでしょうか。

 


(98/1/11 タイ・バンコクレポートより)

◆ タイの通貨バーツが更に下落を続けると予想される理由(1998 年1月10日現在)

アジア通貨危機が深刻さを更に増してきましたが、最近、当地バンコクの日系金融機関等から聴取している内容を、御参考までに御報告致します。

年内に1米ドル=50バーツを超えるレベルにバーツが戻ると期待することはまず出来ないが、反対に80バーツを目指すと予想する根拠はたくさんある。金利も高止まりだが、通貨の下落速度の方が引き続き早いのではないかと予想する。週末の為替レートは、1米ドル=53〜54バーツ程度。日系民間銀行の短期貸出し金利は16%程度です。

111 中国元の切り下げの可能性とその影響:

1)おおざっぱに言えば、アジア通貨危機は、北米大陸を輸出市場として3等分している供給国、「日本」「中国」「韓・台・ASEAN」の間の輸出競争力の奪い合いである。

2)中国政府は、元引き下げの噂を否定しているが、これは外資に逃げられないように牽制しているだけであって、可能性は極めて大きい。

その理由は、
@中国企業の外資導入パターンのひとつは、香港株式市場への上場による資金調達であるが、
A香港ドルの米ドルとのぺック制を維持しようとすれば、中国政府は香港ドル金利を高めに維持せざるを得ない。
Bところが、香港における不動産デベロッパーが既に「バブル崩壊」を始めた。

3)中国元が引き下げられれば、東南アジア通貨は再び暴落するであろう。
4)中国には、外貨不足を補う方法として、元切り下げの他に、米国債を売る手があるが、米国の牽制があって出来ない。

222 タイ国内の不良債権問題:

1)タイ国内の不良債権問題の処理策が2月に発表されるが、これが恐らくはタイ人が一番苦手とする責任者の追求を回避した内容になり、先進諸国の失望を買い、タイ・バーツは再び売られる結果となろう。

理由は、

@タイ国内の不良債権総額は8000億バーツとも1兆バーツを超えるとも言われており、外貨建て不良債権が多いので其の額はどんどん増加しているはずである。一方、公的資金の投入については、タイ中央銀行は、中小金融機関の救済を名目に、実は既に4000億バーツもの投入を実施しており、これに対する国民の反発が聞かれない。

A要するに民度(教育レベル)の問題もあって、不良債権処理策策定の中で、国民的なレベルで不良債権の責任を問う議論は今後も出て来ないと予想される。

2)責任者を問う議論が無い為、実際タイにおいては、最大の不良債務者は、同時に別の財布の中身において最大の債権者でもあるという状態にあり、タイ国民はこれを許している。

3)税収財源についても、「関税」「印紙税」「付加価値税(VAT)」の3つで税収全体のほぼ7割を占めている。発展途上国の税制の特徴でもあるが、「所得税」の税収全体に占める割合が極めて低い。

@一方、驚くべきことに、「相続税」「贈与税」が無く、政治経済の実権を握る金持ちを優遇する税制、というよりも、富める者は益々富む税制を、この国の政治家が変える気配は無い。

A債権を債務に充当する金の動きが無い為、金融市場に金が廻って来ないとも言える 。

B米ドル換算で、タイ国は、非産油国の中で、恐らくガソリンが一番安い国になった 。政治家は、自ら(富める者)の首を絞めることが出来ず、ガソリン税(この国でガソリンを買う人間は、一部の富める者である)すら満足に上げることが来ない。

Cそうなると、不良債権の処理財源は、誰がどのように負担することになるのか。答えは、外貨建て債券がジャンク債に、格付けされた現在、民間からの調達は不可能であり、日本等の先進国との政府間援助の方法しか残されていない。

333 タイ政府が外貨建て債務を日本円に切り替えようとする理由:

1)日本からの支援が受けやすい為。
2)外貨建て債務の約50%は実は円建てである為。
3)円金利が安い為。
4)現在米ドルよりも日本円の方が弱含みの為。

444 タイ国周辺の主な国の状況:

1)韓国:
現在デフォルトの危機の先頭にいる。外資依存の慢性的債務国。資源の無い国。OECDに加盟したことのある国(先進国)がデフォルトの危機に見舞われたのは初めて。

2)台湾:
貿易収支ネットで最大の債権国と言われ、底固い。常に中国(大陸)問題があって国内投資が対外債務に依存する体質を免れたことが幸いしたと言える。

3)インドネシア:
韓国に次ぐデフォルトの危機にある。政情不安。しかし天然資源を持つ。
4)マレーシア: マハティール首相の指導力。産業政策が明確である。天然資源を持つ。人口が1500万人(タイは6000万人)と少ない分、タイやインドネシアよりも経済危機からの回復速度は早いと予想される。

5)シンガポール: 人口200万人、堅実。

6)フィリピン: 経済成長のスタート・ラインに立ったばかり。

555 情勢予測:
 

1)タイは、間もなく猛烈な勢いのインフレに見舞われるであろう。

2)2月の不良債権処理策公表に続いて、地場企業の12月決算が公表される今年の4月〜5月に、タイ・バーツは再び売りを浴びるであろう。1米ドル=80バーツを目指す展開も予想される。バーツが戻す要因は見当らない。

3)中国元の切り下げが実施されれば、東南アジアの通貨は更に100%〜200% の比率で下落することも避けられない。


(98/1/7 タイ・バンコクレポートより)

◆ 年末にNHKの「アジア発見」を見て思ったこと
 

このシリーズ番組については、たまたまテレビをつけた時に放映してる場合に見 る程度であるが(他の番組も大抵は同じであるが)、自分の興味と関心の深いア ジアに関する番組である為に、毎回結構楽しんで見ており、それなりに面白いと 思う。多分日本でも頻繁に放映されているであろう。

過去に4〜5編しか見ていないのだが、こうしてアジア全体が通貨危機に見舞わ れたいま、今回はこれまでと違って何か嘘臭いような、制作者の意図がミエミエ なことが気になり、ちょっと待てよと思った。

このシリーズは、一言でいえば、「無批判な近代化礼賛」に過ぎやしないだろう か、しかも金太郎飴的な。もっとも、アジアが世界の成長センターともてはやさ れ続けながら、昨年一気に不況に見舞われたからこそ、自分自身も、いまこうし て否定的な見方が出来るのだが。

制作者のスタンスが、「アジアの数十億の人間が、こぞって米国やある時代の日 本を範とする近代化という価値観を急速に受け入れ始めたよ、ほら!連中もなか なかやるじゃないか」といったような、(悪意ある表現をすれば)近代化の成功 者を自認する先輩が、近代化途上の後輩の経済成長を誉めてやっているような、 常にそういった位置に囚われているのではなかろうか。

味付けとして、固有の文化(特に華僑を含む中国人のもつ文化)を残しつつ近代 化する様子(例えば、近代的なビルを建設するにも風水学が重んじられること、 家族の絆が強いこと等)を盛り込むような工夫も見られる。しかしこれもまた、 「先輩(日本)は近代化の過程で固有の文化をずいぶん否定して捨ててきてしま ったけれど、後輩の君たちはちゃんと固有の文化を守っているね」といった羨望 にも似た「礼賛」のスタンスに立っている。

アメリカン・ドリームならぬアジアン・ドリームの主人公に、(恐らく意識的に )女性が頻繁に登場する味付けも気になる。日本が近代化の過程で積み残してき た問題である「女性の社会進出・雇用機会均等」が、アジア的近代化の過程では ちゃんと積み残されずに実現していることに着目する(へぇー!結構進んでるん だね的な)視点。これなどは、都市と農村の雇用機会格差が大きいことを捨象し てしまった、いわば問題の本質から外れた視点であると思う。

こうなる理由のひとつには、毎回制作担当局が地方局の持ち回りになっているこ とにもあるような気がする。つまり、「今回の作品は前作をしのぐ掘り下げをし た」というような問題意識の深化が見られず、結果として毎回が第一作目のもつ 類似性を備えてしまうというようなことがあるのではなかろうか。誰もが一作ず つしか制作しないのであれば、わざわざ「近代化」を否定するようなトーンでは 作らないだろう。あの金太郎飴番組「NHKのど自慢」が出来上がるプロセスか らの類推でもあるのだが。

それから、感覚的な言い方であるが、テーマ・ソング(視聴覚メディアでは重要 な道具)が毎回同じで(テーマ・ソングだから当たり前か)、それがいかにも楽天的であることも、「礼賛」論的な錯覚を深める道具になっていると思う。

東南アジアの経済成長が腰折れしたいま、あるいは中国を含めたアジア全体の経 済成長に陰りが懸念され始めた現在、今後この番組の制作スタンスがどのように 変わっていくのか、いままでの「近代化礼賛」的なスタンスから、どのような整 合性を備えつつ方向転換をしていくのか、興味を覚える。「不況にあえぐ・・・ (まさに場当たり的、しかし、これを事実報道というのかも知れないが)」に変 わるのか、それとも「それでもめげないアジアの近代化パワー」というように、 方向を変えずに「近代化」の陽の部分に限定して映し出していくのか。

2年程前に日本で見たNHK特集「中国」(だったかな?)の何作目かのラスト シーンで、家族の為に都会へ出稼ぎに行く娘が、発車前のバスの車窓でそっと涙 をぬぐう姿と、その娘を見送りに来たものの、不甲斐なさから娘を直視出来ずに 空を見つめる父親の姿が、いまも強く目に焼き付いている。

今般の景気変動を契機に、こういったアジアの近代化の陰の部分にもカメラが向 くチャンスが増え、あちらこちらで「無批判な近代化礼賛」に修正が加えられる ことは間違いなかろう。しかし、それを単純に「(やっぱりだめだったか的な) アジア後進論」にすり替える愚を犯すマス・メディアや評論家も、残念ながら今 の日本には少なくないと予想する。

近代化礼賛論的な価値観(極めて影響力の強い価値観だが)という単一思考から 脱却しようと身悶えしながら、真のアジアの姿を掘り出して来て映し出そうとするスタンスをもった骨太のマス・メディアが、今後どれだけ現れるであろうか。
 

「発見と言うに値する番組を、地方局の出張ロケで作れるとは思わない」と言ったら、「タイ住んでいればタイがわかったかのような顔をするな」と批判されるであろうが。
 


(97/9/25 タイ・バンコクレポートより)

◆ タイ通貨危機−日本人の常識が陥りやすい誤解

この度の為替の変動相場制への移行がもたらしたタイの金融情勢の変化やその原因については、日本人にとって日頃から関心の深い欧米や中国等の大国とは違い 、しかも英語の通じない国で起こった出来事であるからでしょうか、日本のマス コミにも推測記事や誤報が散見されます。

通貨危機と言われる現状の根底に横たわる問題は、金融機関の不動産業界向け融 資の不良債権化問題であり、この点について、1990年代前半の日本経済のバ ブル崩壊との類似性がたびたび指摘されています。

一方、こういった報道を耳にしているであろう日本に住む友人が発するコメントには、日本人の常識のバイアスが、掛かった共通の誤解が含まれていることに最近、気づきました。

私は金融関係の専門家ではありませんが、当地タイで金融機関の方々から教えていただいた内容を、上述のような日本に住む方々が陥りやすい誤解を解く目的で、拝借し、問答形式で記述させて頂きます。
 

Q1.タイの経済の混乱は外国からの投資の影響が大きいようですね。

A1.投資家は、外国に住んでいるとは限りません。

「外貨による投資」であり、タイ国内居住者で外貨を借りて投資した人を含みます。タイの通貨であるバーツで借りずに外貨建てで借り入れる理由は、外貨の方が金利が低いからです。

たとえ外貨で借りても、為替予約をすれば理論的にバーツの金利と同じになりますが、これまでバーツは実質的に米ドル・リンクで安定していた為、国外からの 米ドルや円等の外貨建て投資や、タイ国内企業を含む民間企業の外貨建ての借入れは、そのほとんどが為替予約をせずに放置されていました。

正確な数字で示せませんが、不動産バブルの犯人は、外国人はもとより、採算性を甘く見たタイ人投資家(財閥)が大多数ではないかと思います。

もちろん外国人と手を組んだ国内投資も少なくありませんし、タイ国内でバーツの取扱い制限を受けていた外国の銀行(特に日本の銀行)が、タイ政府から他行 に先んじてフルバンキング業務の認可を受けたいが為に、実績作りを目指して外資系企業(邦銀であれば日系企業)に外貨建ての貸し付け競争をしていた影響を指摘する人もいます。

Q2.タイは高度成長時代にあるので、株などに投資すると儲かると思った外国人が多かったのでしょうね。

A2.不動産投資を除けば、外貨建て投資の中心は、自ら経営責任を負う形の事業経営参画型投資です。

外国の投資家にとって、先進国にみられる配当期待型の公開株式への投資はまだ まだ少数です。また外国人の公開株式投資には厳しい制限があって、簡単には参入できません。

一方、事業経営参画型の投資は、株式投資と違って、たとえ採算性に見切りをつけたとしても、その事業を放棄してしまうか、工場建屋と設備機械を買い取って くれる人が見つかるまでは、投資を引き揚げられません。

つまり、投資に流動性がなく、バブル時代の日本の不動産の様に、時間軸的に今なら儲かるから投資する、情勢が危なくなってきたからそろそろ手を引くという風に上手くは行きません。

Q3.タイでも金融機関の不良債権が問題になっていて、その原因も日本と同じ不動産向け融資だそうですね。投資が健全な産業育成に向かず、土地に向かって しまった点は、日本のバブル経済にそっくりですね。

A3.タイで起こった不動産バブルの投資対象は「土地」ではありません。

特に外国人による土地所有には大変厳しい制限があります。

日本にはかつて地価は必ず上がるという「土地神話」があり、土地にを対象にした投資あるいは投機がブームになりました。

しかし、タイの不動産投資の対象は、「建築物」である高層オフィスビル・マン ション・ホテル・ショッピングモール等です。「建築物」への投資が、外貨による投資総額のかなりの部分を占め、それが多額の不良債権を生んでいることから 金融不安が広がり、経常収支赤字の拡大等のその他の不安要素とも重なって、国外の投機筋にタイのバーツが売られる結果となりました。

Q4.「土地神話」がないのに、なぜタイで不動産(建築物)投資ブームが起きたのですか?

A4.技術を持った人材を必要とする製造業に比べて、不動産業は参入し易かったのではないでしょうか。また背景に特殊な金利事情がありました。

一般的に言って、金利はその国の名目経済成長率(GDP成長率とインフレ率の合計)をやや上廻るレベルになりますが、1980年代後半以降の高度成長期の タイの短期金利は実に10%を超えていました。

ところが、バーツが米ドルにリンクしていた為、米ドルで借入れて為替を固定( 先物予約)しなければ、6%台の金利で借入れをすることが出来ました(現在日本円なら1%台)。つまり、「GDP成長率が8%を超える国で、6%台の借入 れが出来る」ことから、金利面から見ると、どのような事業であれ、借入れをしてでも投資することで、利益を得易い投資環境にあったと言えます。

斯くある状況下、「建築物」の不動産への投資は、技術あるいは技術を持った人材が必要とされる製造業への投資と比べて、参入が容易だったのではないでしょ うか。技術を持った人材が十分に育っていない発展途上国では、今後も不動産バブルが発生し易いのではないかと危惧されます。

Q5.バーツ下落に直面して投資を回収できなくなった日本の投資家もたくさんいるのでしょうね。

A5.事業経営参画型の投資は、長期でリターンを追求する性格を持っていますので、現時点では、日本のタイへの投資全般が失敗であったと結論付けることは出来ません。

これまで為替を固定(先物予約)していなかった大多数の外貨建ての借入れが、 為替が変動相場制に移行したことによって、突然為替リスクにさらされた訳です 。借入れの多い企業の経営者の動揺は、並大抵ではありません。

事業経営参画型の投資家は、簡単にいますぐ投資を引き揚げる訳にはいきませんが、それでも損失金額を確定させたいが為に、外貨建て債務について為替予約を する経営者が後をたちません。それ故に、現在のところバーツの底値の見極めが 非常に難しくなっており、経営の不安定要因になっています。

金利についても同じことが言えます。資金需要に比べた国内金融市場で調達可能なバーツが圧倒的に少ないため、市中銀行は外貨を借入れて資金量の不足を補っ ていたところ、その供給が絞られたことから、現在バーツの金利が高騰していま す。

また、タイの外国為替市場・金融市場は取引規模が比較的小さいことから、比較 的少額の為替予約が入っただけでも、為替・金利共に敏感に反応し易いという事 情もあるようです。これが事態をより危機的に映し出しているのです。

一方で、事業経営参画型の投資は、株式投資とは違って、短くても数年単位の長 期でリターンを追求する性格の投資です。

そのため現時点の為替・金利情勢を特別視して、バーツが下落して投資が回収できなくなったとか、長期の投資も含めて日本のタイへの投資全般が失敗であった と結論付けることは、いまはまだ出来ないと思います。

時間的な視座を少し広くして、2〜3年の期間に据えれば、バーツの価値は、円に対して1米ドル80円台であった2年前のレベルに下げ戻しただけとも言えま す。日本の投資家の多くは、1年未満の短期の外貨借入れに為替予約を入れていなかったので、その分で為替差損を出しましたが、1995年かそれ以前に投資 した分については、資産上は為替差益が消えただけの企業も多いと思われます。

Q6.アメリカにおける不動産バブル崩壊のケースでは、日本の不動産大手が多 額の損失を被った一方で、アメリカの不動産会社の傷は浅かったと言われています。今回も日本の投資家は、アメリカの投資家にしてやられたという噂がありま すが。

A6.「アメリカの投資家にしてやられたという噂」は、ジョージ・ソロスらの 巨額の資金を持った投資家が、今回の為替相場の撹乱に関わりがあったとする論法を指して言っているのでしょうか?

日本とアメリカのタイ向け投資の比較例として、自動車製造業に的を絞れば、過去2〜3年の間に大型の追加設備投資を済ませていた日本勢と、これから数年の 間に大型設備投資を控えたアメリカ勢との間では、アメリカ勢の方がバーツが下落した後から来るので得をするという結果になるかもしれません。

しかし、日系の自動車メーカーは、その程度のことでアメリカに屈しないでしょうし、そもそも、世界の金融バランスを崩すリスクを犯してまで、アメリカ人が 、タイにおけるの自国の自動車製造ビジネスの手助けをするとは思えません。