悔 い
濡れそぼつ滴を振り払いながら、踏み込んだ瞬間、女の白い肌が目に入った。
振り返った女の、いつもは倣岸に見下ろしていたあの切れ長の美しい瞳が、驚くくらい色を失くして、恐怖で大きく見開かれていた。
沖田はなぜか、そんな女の姿を哀れと思う前に、奇妙なほどの滑稽さを感じていた。
これが・・・わたしの憧れていた・・・女・・・?
あんなに狂おしいほどに求めていながら、手に入らず、苦しく切ない思いで毎夜ひそかに枕を濡らした・・・
あの・・・あの女なのか・・・?
薄闇の中・・・だらしなく着物をはだけたその姿・・・今は媚もへつらいもない。ただ命乞いのための・・その哀れさと懇願に満ちた瞳を必死で、露骨に沖田にぶつけてくる。
沖田の中でむらむらとわけのわからぬ怒りが湧き上がってきた。
頭のどこかで、それが理不尽な怒りだということがわかってはいても、そのときの彼には自分の激しい感情の渦をせき止めることがどうしてもできなかった。
なんで・・・そんな風なんだ、あなたは・・・!
いつものように、あの自信たっぷりな人を倣岸に見下したようなあの瞳はどこへいった・・・?
こんな・・・
こんなみっともない姿のあなたなんて・・・!
「・・・助けて・・・」
お梅はかぼそい声でようやく言った。
「・・・お願いや・・・斬らんといて・・・」
沖田は一瞬躊躇った。
しかし、刀は既に振り上げられていた。
お梅は恐怖に目を剥いた。
その表情を見た瞬間、沖田の中で再び憤りが渦巻いた。
「・・・いややああー・・・!!」
お梅は悲鳴を上げた。
沖田は逃げようとする女の背に刀を振り下ろした。
あんなに美しく、彼の心を独り占めにしていた高嶺の花が・・・
彼の手で無残に花弁を散らしていった。
斬った瞬間・・・
女がただの生き物だったのだ、と気付いた。
そして・・・
哀れみが胸に満ちた。
この命を冷酷に奪った自分という存在。
ざくりと斬った感触と、女の上げた悲鳴が耳について離れなかった。
女を斬ったことが・・・
彼の心を一瞬がらんどうにした。
女の屍が・・・
女のぬくもりの失せていくその白い肌が・・・
彼の心を芯から震わせた。
わたしは・・・彼女を愛していたのか?
本当に・・・そうだったのか?
だとしたら、なぜ斬った・・・?
それとも・・・
愛していたから・・・少しでも愛しいと思っていたから・・・だから、この手で斬ってしまったのだろうか・・・。
想いが錯綜した。
女を憎んでいたのか・・・愛していたのか・・・
自分の想いが自分でわからず、彼は混乱した。
気が付くと、彼は嗚咽に咽んでいた。
悔いてはいない。
斬らねばならなかった。
だから、斬っただけだ。
悔いは・・・ない。
◆NHK大河「新選組!」を見た後、書いたものです。
史実はさておき、ドラマの展開での芹沢暗殺場面は少々わたしの思いとは異なりました。
やはり前段であれだけ沖田と芹沢・お梅との間の伏線を張っていたのだから、それなりにもっと見せて欲しかったです。
お梅さん(史実ではあっさりと斬られています)が自刃するというのも芝居がかりすぎて、ちょっと受け容れがたかったですね。お梅さんが武家上がりとでもいうならともかく・・・きっと、ああはならなかったと思うのです。
いろいろ言い出せばきりがありませんが、その思いの少しだけを文にしてみました。
どうお感じになるかは、これまた人それぞれだとは思いますが・・・。^^;
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