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  top          デフレインフレの一般理論
 
 
      第1章 ケインズの一般性と日本の現状

   

 ケインズの一般性はどこまで通用するのだろうか。イギリスに生まれたケインズは、堅実で
他の国より裕福な国に生まれたため、普通の経済状態以外のことを経験せずに終わった。
さしもの彼も、日本のこのような状況を想像することはできなかったであろう。
 有名な彼の所得消費曲線はどこまで正しいのだろうか、日本の現状はその図のどの位置にあ
るのだろうか(図101)。
 ケインズの主に研究した部分は、完全雇用の水準から貯蓄として漏れる部分の考察である。
この基礎を成している理論の中核は、消費性向の定義である。貯蓄として漏れる部分は投資で
補うことにより完全雇用の需要に近づくことができる。また乗数理論により、消費や投資の波
及効果によって所得が増えるさまを説明している。
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これによりマクロ政策の中核として赤字財政にしてでも公共投資などをして有効需要をつくるこ
とに理論的な根拠を与えたのである。
 しかしここに日本のような大きな借金を背負った場合、はたして彼の理論は正当なのであろう
か。一般的と言えるだろうか。通用するのだろうか。否、通用するとは思えない。
日本の大借金は、土地投機による暴騰により、それが崩壊するとともに形成された。消費者全体
にも、また生産者にも莫大な借金を背負わせたのであった。その大きな負担は日本の貯蓄総量を
上回り、それは完全雇用供給曲線の45度線を下回らせ、不完全雇用供給曲線を作らせたように思
われる(図102B線)。
 ケインズが分析している部分は、主に、需要と供給が一定で、供給が需要を生み出す、あるい
は需要が供給の大きさを画すると言われる45度の直線で表される状況での部分にすぎない。しか
も貯蓄が存在する場合に限られている。しかしながらこの45度直線は普遍的なものではなくブ永
久に変わらないものでもなく、割と変わりやすいものと言えるだろう。
 例えば大きな借金を国全体で背負った場合、使える資金量は、劇的に減少し、消費量も滅る。
この時、供給量が変わらずそのままであった場合、需要と供給は一致せず常に需要が供給を下回
る水準になる。それが45度より角度が下がった所得曲線である。供給に応じた所得が借金のため
に形成されず貯蓄以下の需要に合わせた所得が形成されるのである。
 通常の需要と供給の循環から繰り返される損失や利益からではなく、国全体の借金や増税によ
って、市場に出回る資金量が大幅に減少し、貯蓄の量を借金が上回ると、所得曲線が、完全雇用
供給曲線(45度線)を招来する所得曲線より角度が下がる。この45度線と、それより下がった所
得曲線の差額が資金量の差であり、この差額がデフレ現象を生み出す正体であり、解消しなけれ
ばならない部分である。
 45度線より下方の線との差は、資金不足の量であり、デフレギャップである。ケインズのいう
デフレギャップとは違う。了不ーマイナスギャップである。もともと我々が日常使っているイン
フレギャップ、デフレギャップはお金の過剰や不足を意味しており、マネーマイナスギャップ、
またはマネープラスギャップを指している。ケインズの言うデフレインフレギャップは45度線上
の需要と供給の差を主に指しており、資金の過不足の意味は希薄である。
 逆に45度線より上回った所得曲線との差が、インフレギャップであり、マネープラスギャップ、



資金過剰量である。
 このマネープラスギャップ、マネーマイナスギャップの部分は、決してケインズが分析した部
分ではない。日本の多くの政策が失敗に帰したのも、経済評論家の多くが、的を射た提言ができ
ないのもここに原因がある。この部分に対する確かな理論がなく、またそれを解消する対策もほ
とんど論じられていないのが現状である。この部分が問題であるにもかかわらず、相も変わらぬ
ケインズに影響された政策を援用することからデフレが長引き、さらなる経済危機を招こうとし
ているのである。
 需要が供給を生み出すのか、供給が需要生み出すのか、45度線ではどちらとも言えない。
しかしこの直線が、45度以下に傾いたり、45度以上に上がれば、自ずとその答えが出てこよう。
45度以下に傾くことは、常に供給より需要が少ないことを意味する買い手市場であり、供給は需
要者の意向により決められる。j
 逆に直線が45度以上になれば、供給より需要が常に多く、売り手市場になり、供給者によって
需要が決められる。
 また45度線が貨幣と生産物の割合が1対1であるとすると、45度以上に直線が傾くことは、生
産物に対して資金が1以上に必要であることを表し、常に資金量が生産高を上回っている状態で
ある。インフレ状況と言えるであろう。
 逆に45度線以下に直線が傾くことは、生産物に対して資金が1以下になることを表している。
常に資金量が生産高に対して下回っている状態である。これがデフレ状況と言えるものである。
我々が通常扱う経済状態のインフレ、デフレは、資金量が需要と供給の循環過程を十分に潤して
いる、発達した貨幣経済のものである。未開発国などの社会制度が不備な状態や社会資本の不足
により、供給や需要に障害が生じているものを扱うものではない。
 常に資金量が生産高に対して下回っている状態は、消費者、生産者、政府などが大借金を背負
った場合や、政府が大増税した場合に容易に生じ得る。さらには戦争などの賠償金の支払い、他
国の併合による莫大な援助資金、著しい輸入超過にも考えられうる(図105)。
 これとは逆のインフレの状況は、戦利品の略奪、植民地の獲得、戦争賠償金の獲得、過度の輸出
によって生じる。
今の日本の状況は、借金により45度線以下に角度が下がった場合であると思われる。角度が下

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がる一つの理由は、借金が増え負担が大きくなって、しかもそれが原因で需給全体が収縮し負
担を維持することができなくなり角度が下がると考えられる。そして供給より需要が少ない比率
の所得曲線に移行する。貯蓄より多くなった大借金は、資金を減少させ続け、やがて貯蓄をなく
す。それ以上資金が下がると消費の減少に応じて供給額が消費額に合わせるように減っていく。
資金の減少と共に供給額も減少していくことになる。消費曲線がさらにどんどん下がって、やが
て産業の付加価値がなくなる地点がやって来る。この地点と、貯蓄がなくなった地点の消費曲線
のどこかに日本の現状がある(図104)。
 産業の付加価値がなくなる地点というのは、全産業の崩壊地点であり、これ以下は人々は農業
に従事し始める。農業だけになっても、重い税金を課すとデフレの状態になっていく。
 ケインズの分析している部分では、借金が増え所得が少なくなると、消費性向は大きくなり、
貯蓄性向は小さくなる。しかし借金により消費が滅少していても、この分析の部分では、少ない
ながらも消費乗数が働き、一定の消費傾向をもたらすように設定されている。
日本の情勢を考えると、バブル崩壊後、土地資産の低落に伴い、各企業、個人全体、銀行の借金
が増えるにつれ、消費性向が過去の時系列から測れなくなっていた。特に二千零年からこちら、
季節的な事柄やイベントによって左右されるのが目立ってきている。暖冬冷夏、地震・台風災害、
オリンピック、サッカーワールドカップなど。
 このことは既に日本は、
I.貯蓄以上に借金が多く、消費性向が一定ではない状態にあることを表している。また、
2.公共投資による経済補正政策が、借金を増やしただけで失敗に終わったのも、消費乗数が不
安定で、波及効果が景気を回復するほど表れなかったのが原因だろう。
3.あるいは公共投資以上の資金の減少が続いていたのかもしれない。
4.日銀のインフレ目標政策が意味をなさないのは、日本国内に投資先がなくなっているからで
ある。貯蓄による担保はない状態である。
5.公務員層の消費性向が見えかくれしている。
 前記から日本は、既にケインズの分析した地点からはかなり遠い位置にあることは想像できる
と思う。
 45度線以上にある所得曲線と45度線以下の所得曲線を、よく見比べてほしい。45度線より上の
角度のインフレの状態の場合、供給の少しばかりの増加で資金が大幅に上がるのが分かる。それ

ゆえインフレ経済において供給を増やす景気対策を行うことは理にかなっている。
 しかしながら、45度線より下の角度の場合には、供給を増やしても少ししか資金が増えず、資
金を増やした方が供給が大幅に伸び、所得が増えることが分かる。それゆえ需要を増やしたり、
負担を軽減する方が理にかなっていることが分かる。
 このことから、ケインズの手法は、45度線上の正常な経済状態に適した景気対策であり、デフ
レには無意味であるどころか、悪手になっていると言えよう。
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