2001年3月4日〜3月14日
3月5日。新潟。
↑新潟市内の万代橋。けっこう有名らしい。
この間仙台での地獄の一夜がありました。 というのも新潟から高速バスで出発し、仙台に着いたのは22時半。宿はとる気なかったんでとってません。 ネットカフェで夜明ししようとネカフェはちゃんとチェックしといたのである。 しかし、いざ現地についてみると雨が降っていたにもかかわらず、仙台の駅構内にあったちゃっちい伊達政宗の像をみて、 ほんまもんの政宗像をみよう!という気持ちにかられたのである。外は雨〜にもかーかわらーず、青葉通りをひたすら歩く。 っていうか地図もてよ、自分。とか自分につっこみながら深夜の仙台を歩く。小一時間ほど歩いて、やっと入口の矢印を発見。 ああ、やっとついた、とびしょぬれになりながら(傘もってないのね)車道を歩く私。電灯なんてありません。真っ暗です。 さすがに怖くなってきたのだが、ここまで来て引き返す、ってのも悔しいので行く。彼方からいるんだねえ、暴走族。 怖さ20%増。つーかいつになったらつくねん!と思ったのだが、なんか登山らしきことをしてるのであった。 伊達政宗像のある青葉城跡って何故か大阪城的なイメージを勝手に作っており、平地にあるとばかり思っていたのである。 ・・・アホでした。やたら登る、登る。そしてやっとこさ展望台らしきとこに着いてふと前を見ると、仙台の街の夜景が! こない登ってきたんかい!?とあっけにとられる私。そして暗闇の中伊達政宗に会いましたとも!3時30分に! 写真をとったのだが、ピンボケで何も写ってなかったようだ・・・。ここまではまあ、よしとしよう。だが問題は下りであった。
というか道を間違えちゃったのね。暗いから。おそらく来た道と反対方向に歩いていたようで、なんだかさらに山に入り込んでいる気が したときは遅かった・・・。分かれ道で動物園と東北大学工学部とかいう表示看板と遭遇。・・・どっちも駅から遠いね〜。 道は暗いし、こんな時間に人通りはない・・・。かっこうのデートスポットだと思うが、カップルもいなかった。しかも雨。 ええ、恐怖を感じましたとも。そして東北大のほうを選んだ私は、なんとか大学構内にまでたどりついたが、また道がわからない。 道なりに進めば行き止まりではるかかなたに仙台の街が見渡せますがな。やばいって。が、なんとか方角はわかったので、 その方向へ歩くことにした。ガードレールを越えて、微妙に人が通った跡のある山道にレッツゴー。 ・・・それから一時間半後、なんとか無事に仙台駅前に戻ってこれた。うーん朝食の吉野家はおいしかった・・・。しかしびしょぬれ。 よくこのあと風邪ひかんかったなあ・・・。 結局一睡もせず、夜通し仙台市内を歩き回っていたという、かなりアホ極まりないことをして夜明しをした。・・・でもこの後、さらに恐怖の一夜を体験するとは思いもよらんかった・・・。
3月6日。仙台〜平泉まで。
↑松島ね。
↑岩手県平泉。高館付近にて。北上川をのぞむ。うーん天気がもうちょいよければねー。
↑中尊寺金色堂。撮影禁止なので入口のみ。しつこいようですが800円ね。
3月7〜8日。青森付近。
白神のブナの森は偉大だった。(世界遺産地域からは外れてるけど) 苦しめられたのも雪だが、助けられたのも雪だった。恐怖におののきながらふっと見上げた夜空はとても綺麗な星が輝いてた。 多分あの夜空は一生忘れられないだろうね〜。でもしばらく恐怖感は残ってて食事ができんかった。冷えもあるだろうけど。 まあ本当に運がよく助かった。断続的に体を動かしたり、少しずつ食事して体温を上げたのがよかったのだろうか。 カイロももっててよかった。寒中沢下りをやることになろうとは・・・。寒すぎ。はく息も凍る冷たさとはこのことさ。 夏山で再チャレンジしたい。
要するに遭難しまして、道に迷い、零下前後の気温の中、凍死の恐怖にさらされながら夜を明かしました。 ちなみに道がないので雪の中沢を下りました。腰まで水につかったりガケを飛び降りたりと、後で気がついたら足には無数のアザが できており、四月現在でもまだ残ってます。 この経験で得た教訓として山で迷ったときは登ってきた方角がわかるならひたすら下るのが助かる道だと思いました。 海側から登山し、運良く海が木々の合間か見えたのがよかったです。 無事に夜を明かすことができたときは、寒さでリュックやタオルなどは氷ついておりました・・・。 松島で400円で買った傘のおかげで雪だるまにならずにすみました。 さらに奇跡的なことに凍傷ひとつしませんでした。 無装備に近い状態での雪山登山は危険ということを身をもってしりましたね、ホント。 3月9日。青森。↑青森県の三内丸山遺跡。閉まる前だからか空いてた。雪にうもってますがな。
3月12日。網走
↑これが流氷だ〜!!!
3月14日。大阪。
なんだかんだで帰還。