| 縄文時代 |
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| 弥生時代 |
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| 古墳時代 |
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| 飛鳥時代 |
| 奈良時代 |
- 古事記の中に薦畳、皮畳、絹畳の記述
- 畳の専門技術者の生成
- 畳に厚みが加えられ調度品としての置畳が作られた。
- 正倉院にのこる聖武天皇と皇后の御床畳は薦筵を折りたたみ表をつけ緋(黒)地の錦の端をつけた畳で、長さは237cm,巾119cmあったといわれる。
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| 平安時代 |
- 工匠としての畳技術者が出現。
- 帳台構えとしての寝所と厚畳が用いられる。
- 身分によって畳の大きさ、厚さ、畳縁の色・柄が分けられる。
- 寝殿造り普及、貴族は畳、庶民は筵(ムシロ)・薦(コモ)が一般的
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| 鎌倉時代 |
- 書院つくりの普及、武家屋敷では寝所に畳が敷きこまれるようになった。畳から布団が分化する
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| 室町時代 |
- 村田珠光が書院台子の式事を定めて珠光真の四畳半の茶室形式を始める。
- 小さい部屋割りが行われ畳の敷き詰めが広まった。
- 武野紹鴎による行の四畳半茶室。
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| 戦国時代 |
- 武家屋敷では寝所に畳が敷き込まれるようになった。
- 畳業の安定性長期に入る。
- 大阪畳屋町の出現
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| 安土桃山時代 |
- 綿ぶとんが普及し、町家や農村でも畳が敷かれるようになった。
(当時、まだ庶民にとって畳と布団は貴重品だった。)
- 城郭の造営などの流行により畳屋町が形成される。
- 千利休による草の四畳半茶室
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| 江戸時代 |
- 茶道の隆盛による畳の特殊化
- 畳割建物登場(今西家)
- 数奇屋造りの発生により畳割による建築のモジュールとしての畳が重視される
- 江戸、大阪で畳表の仲間組合で交流が盛んになる
- 享保以降、問屋制が進み親方と職人という階層分化も進む
- 親方が原料、道具類、衣食住までも貸与する職人制度が確立していく。又、 1-畳屋 2- 畳刺 3-手間取 4-職人
- 5-出居家 6-弟子の六階層の身分制ができる
- 仲間組合の設立
- 各藩の特産物に畳床が登場する。
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| 明治時代 |
- 文明開化に伴い家具調度の洋風化で畳の上に椅子が持ち込まれた。
- 中流以下でも書院造り風の座敷拡大傾向が現れる。
- 明治の一般民衆の家として床の間つき6畳間8畳間が一般化した。
- 麻布縁にかわる錦糸縁が生産される。
- 畳床をつくる製畳機が一部実用化される。
- まだ農村では婚礼・法事以外、日常的にはこも、むしろ、上敷などが敷かれていた。

明治時代の畳店 安政2年(1855年)
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| 大正時代 |
- 産業革命による都市への人口集中が住宅需要を拡大し、畳をより大衆化した。
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| 昭和時代 |
- 産業革命による都市への人口集中が住宅需要を拡大し、畳をより大衆化した。
- 文化住宅化、和洋折衷住宅へと変わる。
- 畳を縫い上げる縫着機が開発された。
- 各地にニュータウンが誕生し3DKなどの呼び方が始まる。
- 昭和48年をピークに建設ラッシュ
- 大戦後のアメリカナイズと住宅建設の増大の間で次第に、洋風化していった。
- 畳の需要の高まりから畳横着機が本格的に使われるようになり機械縫いが一般的になる。
- 中高層マンション時代到来、畳の軽量化されるようになった。
- 畳を縫い上げる縫着機が開発される。
- 公団住宅の登場、団地族・ニュータウンの誕生。
- 労働省所管の畳工技能検定が始まり、1級畳技能士・2級畳技能士等の資格付けが始まる。
- 畳床の原料となる稲ワラが不足気味となり、代替素材として発泡ポリスチレンフォームの活用が始まる。
- 住宅5カ年計画のもとに畳は新築需要を中心とした受注体制に移行し始める。
- 畳床の素材として、木質系軟質繊維板としてのインシュレーションボードによる畳床生産が開始。
- 建設ラッシュなどを背景に畳表が品不足となり、青いダイヤと騒がれる。
- 住宅建設が年間190万戸に達し、機械化導入が進み、手縫い中心から機械縫いの生産が中心となる。
- 畳表の生産地が広島を中心とした備前・備後特産から熊本福岡佐賀などに移る。
- 超高層マンションなど、和室の少ない間取り構成の住宅が増え、テレビ・建築雑誌などで畳の見直しが盛んに。
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| 平成時代 |
- 稲ワラ畳床の代替製品として新素材製品が開発され、市場での主流品となり、建材畳床として高い市場性を誇るようになる。
- 超高層住宅の出現。
- 住宅建設のラッシュ。
- 住宅建設の伸びが鈍化、床にフローリングが使われ畳需要も鈍化。
- 畳縁もデザイン化され文様も多様化。
- 中国でのい草・畳表の生産が増加、その反動で農家のイグサ離れが起こり、シェアを中国産と2分するまでになる。
- 畳製造の合理化、省力化はコンピューター技術など最先端技術の導入でCSラインなど新たな時代を迎える。
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