夢想しなかった訳ではない。
土方が自分を助けてくれる。そんな甘すぎる夢みたいな事を。
だが、それはこんな形ではなかった。
男の中にある恐ろしさ、冷酷さを見せつけられて。
無理やり、まるで隷属するように連れ戻される事など、望んだ訳ではなかったのに。
鎖で繋がれた訳ではなかった。
縄で縛られた訳でもない。
ただ、土方は総司に対して、驚くほど強引に出たのだ。
その日のうちに宿を引き払わされ、無理やり引きずるようにして試衛館へ連れ戻された。そして、数日後、京に向けて旅だつ事になったのだ。
彼の態度が急変したのは、総司が拒絶したとたんだった。
京へ二度と帰らないと告げた事が、男の中にある引き金をひいてしまったのだ。
「……総司」
静かな声で呼びかけられ、びくりと躰が震えた。
茶屋で休んでいる時だった。土方が他の隊士と話している間に、茶屋から離れた。
逃げるつもりはなかったが、彼から少しでも離れたかったのだ。
おそるおそる振り返れば、土方がそこに佇んでいた。黒い編笠、武家姿の旅装束に身を固めている。すらりとした長身にとてもよく似合い、旅をしている間も周囲から視線がよせられていた。もっとも本人は全く歯牙にもかけていないが。
視線があうと、土方は柔らかく微笑んだ。
「こんな所で何をしている。何処かへ逃げたかと思うだろう?」
「……」
「そろそろ出立だぞ」
ゆっくりと片手をさしのべられ、唇を噛んだ。
どのみち逃げられないのだが、それでも抗いたくなる。彼への拒絶が、身を竦ませるのだ。
黙ったまま立っていると、ため息をついた土方が歩み寄ってきた。子供にするように手をひかれ、ぽんぽんと軽く背を叩かれる。
「あまり我儘しないでくれ。他の隊士の手前もあるんだ、甘やかす訳にもいかんだろう」
苦笑まじりに言われ、叫んでしまった。
「なら、手放せばいい……!」
「……」
「私は江戸に残りたいのです、京へは戻るつもりはない。なのに、無理やり連れ戻そうとしているのは土方さんでしょう!? 私は土方さんと一緒になんか……っ」
「……総司、声をおさえろ」
低い声で叱責され、はっと我に返った。
そうだ、ここは二人きりの部屋でもなんでもない。公の場であり、屋外なのだ。
彼の立場を考えるべきだった。
「申し訳ありません……」
小さな声で謝った総司に、土方はしばらく黙ったまま視線をあてていた。が、やがて、その小柄な躰を引き寄せると、すっぽりと腕の中に抱きすくめてしまう。
びくりと総司が震えたのにも構わず、優しい声で囁いた。
「おまえは少し気がたっているんだ。色々なことがあり過ぎたな」
「……」
「おまえが俺の所業を嫌悪していることはわかっている。だが、俺はおまえを手放す事だけは出来ない。どこへ逃げても連れ戻すつもりだ」
「……っ」
決意のこもった男の声音に、はっと息を呑んだ。
見上げれば、冷たく冴え冴えとした瞳で見つめ返される。ゆっくりと頬を撫でられた。
「いいか、絶対に逃げるなよ」
「……土方、さん」
「今度逃げたら、俺はおまえの躰を傷つける。二度と逃げられねぇようにな」
恐ろしい言葉だった。
おそらく歩けなくするつもりなのだろう。彼の言葉が嘘や戯れでない事はわかっていた。
あの連中を一夜にして壊滅させた男だ。総司の躰を傷つけることぐらい、平気でやるだろう。目的のためには手段を選ばないのだ。
だが、総司は彼を見つめたまま、返事をしなかった。矜持が意地が頷くことを拒んだ。
無言で見つめ返していると、土方がくつりと笑った。
「いいな、この目」
「え」
「気の強そうな目で見返してくるおまえも、可愛いよ。おまえは何をしても愛らしい」
「……っ」
甘い睦言であるはずなのに、指さきが冷たくなった。
言われた気がしたのだ。
どこへ逃げても、おまえは俺の手の中だよ、と。
肩を抱いたまま歩き出した土方に抗う事も出来ぬまま、総司はきつく唇を噛みしめた。
「おまえは逃げたいのか?」
旅の半ばまで来た時だった。
ずっと静観していた斉藤が問いかけてきた。
斉藤があの組織の壊滅に手を貸した事は、土方から聞かされていた。
やはり、あれだけの組織だ、それなりに人手が必要だったらしい。総司の姉であるお光には、数年前から護衛がついていた。先日、お光が襲われた時に助けたのも、土方の直属部隊の一人だ。
総司が何も知らない間に、土方は様々な手を打っていたのだ。それに感謝しなければならないとは思うが、どうしても彼への想いが妨げとなる。
愛しているからこそ、怖いのだ。
今まで自分が見てきた彼は別人だったと、思い知らされていた。そのため、自分の気持ちにさえ疑いを抱いてしまう。
こんな状態で土方と共に京へ戻り、本当にやっていけるのか。否、不可能だ。
以前のように彼を支え戦い、時に愛しあうことなど、出来るはずもない。
「逃げたいとは、違います」
総司は小さな声で答えた。
今、土方は別室で打ち合わせをしている。例の直属部隊からの報告も兼ねているようだった。
そのため、斉藤は総司のもとを訪れてきたのだ。
土方は京へ辿りつくまで、総司を抱え込むようにしていた。逃げられることを恐れているのか、それとも庇護欲なのか。
他の誰とも話させず、接触自体を許さない。前からいる隊士たちは当然としていたが、新入り隊士たちは驚いた顔で二人を見ていた。その視線に身が竦む。
「逃げたいのではなく……わからないのです」
風が開いた障子の隙間から抜けてゆく。さらりと髪を風が吹きみだした。
目の前に坐っている斉藤に視線を戻せば、軽く眉を顰められる。
「わからない?」
「えぇ。斎藤さんが全部知っていると聞いたから、話します。私は……組織から解放してくれた土方さんに、感謝しています。姉を救ってくれたことも、私が知らぬうちに守り続けてくれた事も。でも」
「……」
「真実を聞かされた時に感じたのは、恐怖でした。あの人が……土方さんが、たまらなく怖い」
「それはやり口が残酷だったからか? 一人残らず全滅させたからか?」
斉藤の鳶色の瞳が鋭く細められた。
「もしそうなら、おまえが間違っていると言わざるを得ない。あの人は新選組副長だ。非道な事もあるが、隊を維持する為には必要不可欠だと、おまえもわかっているはずじゃないか」
「違うのです」
総司は膝上に置いた手をきつく握りしめた。
「今度のことが私のためでも、あれは必要なことでした。あの連中は、多くの人たちを金のために苦しめ、殺してきたのです。実際に手を下すことを命じられた者たちは皆、人質をとられていた。彼らもきっと安堵していることでしょう。でも、私が戸惑っているのはそうではなく、あの人の中にあるモノなのです」
「モノ?」
「私に対して、あの人はいつも優しかった。誰よりも優しいぬくもりも、居場所もあたえてくれた。何よりも、人を愛するという事を教えてくれた人です」
「……」
「だけど、土方さんは私に優しく笑いかけながら、全部知っていた。私の過去も、裏の顔も、全部。なのに、何も知らない顔をして、私を抱いていたのです。私に殺されると知りながら、それでも」
「総司……」
「わからない……理解できない。私はあの人が恐ろしい、私が愛した人が誰なのか……もう何もわからない」
それきり黙り込んでしまった総司を、斉藤は鳶色の瞳で見つめた。やがて、静かに言った。
「つまり、おまえが信じていた土方さんと、真実は違ったという事か」
「……」
「おまえ、それは身勝手すぎるだろう」
斎藤が呆れたように吐き捨てた。それに、はっとして顔をあげた。
「あの人はおまえを愛した、念兄弟とした。それなりの覚悟を持って。その為に手段を選ばないのは、むしろ当然じゃないのか? 確かに、土方さんはおまえの前で優しい念兄として振る舞っていただろう、だが、おまえは新選組副長としての土方さんも知っているはずだ。なのに、おまえは勝手に土方さんに対して理想像みたいなものをつくりあげ、それがぶれたからといって拒絶しているんだよ」
「そん…な……」
言葉を返す事が出来なかった。
不意に、土方の言葉が耳奥に蘇った。
『俺はおまえと接して感じたこと、知っている事柄から、少しでもおまえを理解したいと思った。心寄りそいたいと願った。俺は……おまえの笑顔が見たいから』
そうだ。
彼自身が言っていた。
自分の目でみたものしか理解できないと。それでも、そこから知った事で好きになるのだと、理解したいと願うのだと。
だからこそ、自分もそう思ったのだ。願ったのだ。
彼を理解したい、寄りそいたいと。
なのに、どこで見誤ったのか。いや、あえて目を逸らしていたのだ、彼の中にある闇から。
自分が闇に染まっているからこそ、彼はそうであって欲しくなかった。
あの時、自分は、土方の中にある優しさに救いを求めていた。
与えられた優しさ、愛情が、あの時の総司には唯一の救い、だった。
そう感じていた事は、土方にも伝わっていたはずだ。なのに、あの彼が、それを壊せただろうか。
極限状態にいる総司に追討ちをかけるような真似が出来るはずもなく、ただ見守る他なかったのではないか。
「この際だ、はっきりと言っておく」
斎藤は静かな声で続けた。
「もう分かっていると思うが、土方さんが何も言わなかったのは、おまえのためだ。組織の事や暗殺の事を知っているとおまえに対して口にすれば、それは新選組副長による叱責となる。処断しなければならなくなる。おまえを追い詰めてしまう事を、あの人は恐れたんだよ」
「……っ」
もう何も考えられなかった。
自責、苦しさ、彼への想いがあふれ、叫び出しそうになる。
総司はのろのろと両手で唇をおさえ、前かがみになった。吐きそうだと思った、血を。
その様子に、斎藤が顔色を変えた。慌てて手をのばし、肩を掴もうとしてくる。
次の瞬間だった。
「総司ッ!」
鋭い声が走り、その躰が誰かの胸もとへ乱暴に引き寄せられた。その腕の中へくたりと倒れ込んだ総司を、男が抱きしめる。
「おい、しっかりしろ! 斎藤、おまえ……っ」
男の声が怒気を帯びた。それに、斎藤が困惑した様子で答えているのが聞こえてくる。
「すみません、つい」
「こいつに話しかけるなと言ったはずだ」
「なら、逃しますか。このままじゃ、総司は逃げますよ。まさか鎖に繋いで京へ連行する訳にもいかないでしょう。それじゃ人攫いだ」
「斎藤! 答えろ、おまえは何の話をした」
「たいした事は。ただ、誤解を解いただけですよ。むしろ感謝して欲しいぐらいですがね」
頭上で交わされる会話は、総司にとってほとんど意味をなさなかった。耳を過ぎてゆくばかりだ。
旅路の疲れと、精神的な苦痛が総司を自覚する以上に深く苛んでいた。そこへ自責の念が追討ちをかけた。
もう何も考えられない、考えたくなかった。
信じていた世界の色が反転し、ぐちゃぐちゃに歪んで崩れ落ちてゆく。その中で呆然と立ち尽くしているようだった。
醜悪なくせに美しい悪夢の中で。
「……土方、さん……」
それでも縋るように呼んだ総司を、土方が強くかき抱いた──。
血を吐きはしなかったが、夕方まで総司は魘されていた。
意識を取り戻した後も、躰が酷く気怠かった。それが精神的なものに起因しているとわかっていた。
江戸へ戻ってから気を張り詰め続けていた。とうとう限界を越えてしまったのだ。
夜になってから、斎藤が顔を出して謝ってくれたが、黙ったまま首をふった。
むしろ、言ってくれてよかったと思った。斎藤は本当の友人であるからこそ、耳に痛い事も口にしてくれたのだ。
その夜、総司は一人で考え続けた。逃亡を防ぐためか、斎藤と同室にされている。土方と一緒になることを強固に拒んだ結果、斎藤と同室を命じられたのだ。
だが、今夜、斎藤はいなかった。あの後、土方とも相当口論になったらしく、頭冷やしてくるよと笑って外へ出ていったのだ。おそらく宿場の女郎屋へ行ったのだろう。
(……土方さんの元を離れよう)
出した結論は、別離だった。
自責の念と、黙っていた彼への不信感、複雑に絡み合った愛憎で、もう息さえ出来なかった。苦しくて苦しくて、気が狂ってしまいそうだ。
逃げだと断じられるかもしれない。否、その通りだ。
土方から逃げてしまいたかった。これ以上、感情を揺さぶられるのが堪えられない。
弱いと罵られても構わなかった。剣術で戦えるような事ならいい、斬りあいの末の死も恐れない。だが、自分の惨めさ、醜さには我慢がならなかった。
このまま共に入れば、土方に甘え溺れ、いつしか何もかも呑み込まれそうな怖さがあった。
それは心地いいだろう。彼の腕の中で守られ、愛される甘美な夢。
だが、総司の矜持がそれを許さなかった。
自分を指弾させないため、処断しないため、土方は一人黙して総司を守りつづけた。その事自体も、総司の自尊心を傷つけた。
なんて、情けない。
何も知らず、悲劇に酔いしれていた羞恥に気が狂いそうになる。
夜明け前、総司は宿場街を抜け出た。
しっかりと旅装に身を固めている。今日しか機会がなかった。斎藤がいない事、自分が体調を崩したことで油断されていること。
このまま江戸へ帰るつもりだった。ゆっくりと道を辿り、山へと分け入ってゆく。少しずつ少しずつ、夜空が明るくなってきた。
それを感じながら、編笠を少しあげた時だった。
「!」
獣の遠吠えが響いた。それに、ぎくりとする。
山越えは当然ながら、その手の危険がつきものだった。もっとも、昼間であれば人通りもあるし、そこまでの危険はない。
ただ、こんな夜明け前の道は、獣に襲われることも多々あると聞いたことがあった。
総司は足早に歩きだした。一刻も早くその峠を抜けてしまうべきだ。
だが、獣の気配は迫ってきている事がわかる。狼かもしれないし、熊なのか猪なのか、わからない。
はっとして立ち止まった。行く手に獣が躍り出たのが見えたのだ。あちらからも総司が見えたのだろう、凶暴に牙を剥き出しにしてくる。
一瞬、迷った。
斬り伏せてしまおうかと思ったが、ここは引くべきだった。一匹なら簡単に退治できるが、茂みの向こうで目が幾つも光っていた。
血の匂いは、他の獣たちも呼び寄せる。
じりじりと下がるが、獣は唸りながらこちらを睨んでいた。距離を縮めてくる。
やはり斬る他ないのかと柄に手をかけた時、遠く、馬の蹄の音がした。こちらへと、かなりの速度で近づいてくる。
「!」
あっと思った時には、馬は、総司の傍をすり抜けていた。
そのまま馬は走り抜け、騎乗した男は、獣へギラリと光る刀を振りかざす。ざくっと音が鳴り、凄まじい悲鳴が山間に反響した。
男は冷静に獣を仕留め、ざっと血濡れた刀を払った。
すぐさま馬の首をかえして此方に戻ってくると、身を乗り出した。呆然としている総司を片腕ですくい上げる。
抗う間もなく、馬の鞍上へ乱暴に引き上げられた。
「…ッ、土方さ……」
「黙っていろ、舌を噛むぞ」
土方は鐙で馬の腹を蹴ると、勢いよく駆けさせた。血の匂いで他の獣に追わせぬため、一刻も早くその場を離れる必要があった。
必死に、馬の鬣にしがみついた。鞭を幾度かあてられた事もあり、馬は飛ぶような速さで疾走していく。
宿場町近くまで戻ってくると、ようやく、土方は馬の手綱をひいた。辺りは静かな野原が広がり、朝靄が白く風に流れている。
「この辺りまで来れば、大丈夫だろう」
黙ったまま見上げた総司を、土方は見下ろした。不快そうに眉を顰める。
「そんな顔をするな」
「……っ」
「おまえに似合わん、やめろ」
悔いが出ていたのだろう、罪悪感も。
彼の言葉に、唇を噛んで俯いてしまった。土方は無言のまま暫く馬をうたせていたが、やがて、ふと気づいたように止めた。
馬から降りて傍らの樹木の枝に手綱をくくりつける。そこから土方は総司の手をひいて、歩き出した。野原の中へ入ってゆく彼に戸惑う。
「どこへ行くのですか?」
「すぐわかる」
彼の言葉どおりだった。幾らも歩かぬうちに、小さな泉があらわれる。柔らかな草むらの中、泉からは綺麗な澄んだ水がこんこんと湧き出ていた。
「きれい……」
思わずその光景の美しさに呟いた総司に、土方は唇の端をあげた。そっと坐らせ、水を飲ませる。その後、手ぬぐいを濡らして、総司の顔や手を綺麗にしてくれた。
それを子供のように受けながら、小さな声で言った。
「……ごめんなさい」
土方は緩く首をかしげた。
「それは、逃げ出したことか? それとも、獣に襲われたことか?」
「どちらもです。それに……土方さん、あなたを傷つけてきたこと、騙してきたことを謝りたいのです」
ぽろりと涙がこぼれた。
黙ったまま見つめている土方に、震える声でつづけた。喉がつまり、怖くて不安で情けなくて泣きじゃくってしまいそうだったが、必死に堪える。
「あの夜、土方さんを殺そうとしたのは私です。そのくせ、知らぬ顔であなたの傍にいた。そんな私をあなたは救ってくれた、なのに……っ」
ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
「本当、に……ごめんなさい。私は、あなたの傍にいる資格なんて……っ」
「総司」
ずっと黙っていた土方が呼びかけた。それに、びくりとなる。
躰を竦ませていると、静かに手を重ねられた。優しく手のひらを開かされ、撫でられる。
「またこんなに握りしめて……おまえは自分を傷つけてばかりだな。躰も心も」
「……ごめんなさい」
「謝る事じゃねぇだろう。だが、そうだな、悪いと思うなら、自分を傷つけることはやめろ。何もかも自分だけで抱えこむな、少しは俺を頼れ」
はぁっとため息をついてから、土方は総司の手を引いた。あっと思った時には、男の腕の中にすっぽりと抱きすくめられている。
「まぁ、頼れと言いながら、怖がらせていたらざまぁねぇよな。だが、俺の本質を変える事は出来ん」
「……」
「なぁ、総司」
土方はゆっくりと目を細めた。しなやかな指さきが、総司の頬を撫でていく。
耳もとで、低い声が囁いた。
「俺はあいつらを殺せば、おまえを本当に手に入れられると思っていたんだよ……」
「え……?」
「あいつらを皆殺しにした時、もう誰にも邪魔させねぇ、総司は俺だけのものだと、嬉しくてたまらなかった。俺は、おまえのためじゃない、自分自身の欲望のために、あいつらを殺したんだ」
愉悦さえ感じさせる笑みを含んだ声音に、目を見開いた。呆然と、彼を見上げる。
そのなめらかな頬を、土方は両手のひらでつつみ込んだ。そっと口づけ、そのまま瞼を閉じると額をあわせてくる。
「俺は、おまえが自分を狙っていることを知っていた。けどな、そんな事どうでもいいんだよ。ずっと可愛い、欲しいと思っていたおまえが俺に近寄ってきてくれた、一緒にいてくれ、終いには俺を念兄に選んでくれた。どれだけ嬉しかったか、幸せだったか。だから、その幸せを壊す連中が許せなかった……」
「土方…さん……」
「おまえを愛してる、狂いそうなほど」
引き寄せられ、きつく、息もとまるほど抱きしめられた。
「いや、俺はもう狂っているのかもしれねぇ。だが、それでも……手放せないんだ。総司、おまえを」
それは、彼の真実の言葉だった。
己の悪を闇を、そして、狂気じみた愛を告げながら抱きしめてくる男が、泣きたくなるぐらい愛しかった。
こんなにも人を愛することが出来るのかと、不思議になるぐらい。
総司は、彼の背に両手をまわした。
この人はどうして、ここまで優しいのか。
己の悪を顕にする事で、総司の罪悪感を消し去ろうとする。他者が負うべきものまで背負い、戦い抜こうとする強さ。
この狂った世界の中、彼が背負うものは息を呑むぐらい大きく重く、残酷なのに。非道である事を求められ、己の枷として戦う人。
まるで──時代の贄だ。
「土方…さん……」
掠れた声で呼んだ瞬間、それが呼び水になったのか、いきなり草むらの中へ押し倒された。
見上げた土方の目が熱っぽく濡れている。欲情しているのだと知り、息を呑んだ。呆然としている間に、荒々しく着物が剥がされてゆく。
やがて、乱れきった着物の中で、彼に抱かれた。否、犯された。
気も狂いそうなほど、激しく荒々しく熱く。
「ぁ、ぁああ…っ、土方さ……っ」
「……総…司……ッ」
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。彼に抱かれながら見上げた空は、青かった。
躰の中心に、まるで男の全てであるような熱い楔を打ち込まれ、激しく揺さぶられた。痛いぐらいの快感が総司を狂わせる。
男の広い背にしがみつき、固く瞼を閉ざした。
あぁ、どうか神様。
許して許して、この人を……許してあげて下さい。
私はいいから、私は罰を受けても構わない。
だけど、どうか、彼だけは。
これからもきっと、この人は修羅の道を行く。それも己の為でなく、他者のために。
だから、私は、愛する事を教えてくれた、この優しい人を抱きしめる。
私のすべてで抱きしめ、彼のためだけに戦い続ける──最期の瞬間まで。
だけど、でも。
私が死した後も、この人は修羅の道を征くのだろう、より重い枷を引きずりながら。
その時にはもう……、抱きしめてあげる事はできないのに。
あぁ、だから、お願い。
許してあげて下さい、この人の罪を。
すべての罪は、私が背負います。
この先、どれほど人を殺しても、非道な行いを、罪を犯しても。
それでも。
どうか、お願い。
神様。
血塗られた手で私を抱く彼に。
─────赦し、を。
FIN