真夜中だった。
眠りに落ちていた総司は、すっと冷たい空気が部屋の中に入ったのを感じた。
誰かが障子を開き、部屋の中へ入ってきたのだ。
一瞬にして、目が覚めた。
何者かはわからない。
だが、こんな寝静まった夜に、一番隊組長である総司の部屋へ声もかけず入ってくるなど、あり得る話ではなかった。
危険が迫っているのだと、目を閉じたまま体を固くする。
「……」
その誰かは障子を閉めると、静かに部屋の中を横切ってきた。傍らに跪く気配がする。
しばらくは跪いたまま、総司の様子を伺っているようだった。眠っているのかどうか、確かめているのだろう。
やがて、その誰かは微かに吐息をもらした。ゆっくりと手をのばしてくる。
「……」
鯉口を切る音は鳴らなかったが、それでも、総司は枕元の刀を掴もうと身構えた。
だが、次の瞬間だった。
「……総司」
掠れた、低い声が響いた。
「!」
思わず息を呑んだ。
聞き慣れた声だった。
幼い頃から何度も呼んでくれた、男の声。
(……土方さん……?)
土方は、総司が起きている事に気づいてないようだった。
僅かに酒の匂いがするので、その為だろう。今夜は副長室で公務をとっていたから、その後、一人杯を傾けたのか。
彼にしては珍しい事だった。
返事をしようか考えていると、不意に、ひやりとした指さきが頬にふれた。体が固くなる。
優しい、まるで愛撫するようなふれ方だった。そっと掌に包みこまれ、そのまま頬から首筋を指さきが撫でてゆく。
「……っ」
総司は思わず声がもれそうになり、慌てて唇を噛んだ。
男の手が何の意図をもっているのか、初な総司にはわからない。だが、今目を覚ますべきではないという事は、よくわかっていた。
目を開き、彼を見つめてしまえば、二人の関係は壊れてしまうのだ。
兄弟でも、友人でも、恋人でもない。
危うい均衡の上に成り立った、今の関係が。
土方は総司のなめらかな頬にふれ、首筋や耳朶にも指さきをすべらせた。そっと髪にさしいれられ、優しく梳かれる。
彼の濡れたような黒い瞳が、自分の寝顔を見つめているのだろうと思った。
こんな事をされて起きないはずがないのに、まともな判断も出来ぬほど酔ってしまっているのか。
不意に、頬に彼の吐息がかかった。甘い酒の香りがたつ。
くらりと酩酊しそうになった瞬間、唇に柔らかいものがふれた。
「……!?」
接吻されているのだとわかり、息を呑んだ。何をどう考えていいのかも、わからない。
土方は、そっと唇を重ね、啄むような口づけを何度もあたえた。
甘い──口づけ。
かっと躯中が熱くなった。布団の中で、両手をきつく握りしめる。
何度か口づけをくり返してから、土方は総司の頬にまたふれた。それから、ふっと手をひいてしまう。
(……あ)
それを名残惜しく思う暇もなく、土方は立ち上がってしまった。
寝着にしている小袖の裾をひるがえし、入ってきた時よりは足早に部屋を出てゆく。
静かに閉じられた障子の音に、総司はゆっくりと目を開いた。
「……」
信じられない想いだった。
今、自分は誰に何をされたのか。
天井を見上げ、のろのろと両手で口をおおった。指さきが唇にふれる。
とたん、彼の声、指さき、接吻が一気に蘇った。かぁっと頬が熱くなってしまう。
酔っていたとはいえ、土方もこの事を覚えているだろう。その彼に、明日の朝、どんな顔で逢えばいいのか、わからなかった。
昨日まで兄弟同然の仲だった男。
いつも、総司を甘えさせ、からかい、笑いかけてくれた男。
だが、今さっき、自分はその彼に口づけられたのだ。
「……」
総司は息をつめたまま、天井を見上げた。ぎゅっと両手を握りしめる。
明日の朝、土方に逢うことが怖かった。
彼の前でどう振る舞えばいいのか、わからない。
すべてが壊れてしまう予感がした。
今迄のように曖昧な関係のままでは、決していられない。
……怖かった。
明日が怖いと思うなど、初めての事だった。
「……土方…さん……」
その怖さをもたらした男の名を、小さく呼んだ。
そして。
総司は、己を守るように両肩を抱きしめ、きつく目を閉じた。
