幕末、歳三さんと宗次郎のお話です。







「わぁ、可愛い」
 宗次郎は思わず声をあげた。
 目の前で、小さな白いウサギがひょこっと跳ねた。
 土手ぞいに一面咲いた黄色い菜の花。
 新緑に、白ウサギ。
 春らしい、ほのぼのとした光景だった。
「ねぇ、歳三さん、可愛いですよね」
 宗次郎は、傍らを歩く長身の男を見上げた。
 それを切れの長い目が見下ろす。
 花のように可愛らしい少年に、これまた、水も滴るいい男の組み合わせである。
 当然ながら、すれ違う人のほとんどがふり返っていたが、二人は全く気にしていない。
「何が」
 問いかける歳三に、宗次郎はぷうっと頬をふくらませた。
「もう、また全然聞いてなかった」
「聞いてたよ、けど、おまえ、何が可愛いって云ってねぇだろ」
「だから、兎です」
「兎?」
 宗次郎が指さす方向を見れば、確かに、黄色い菜の花の中に、白いうさぎが跳ねている。
「あぁ」
 頷き、だが、歳三はすぐに悪戯っぽい笑みをうかべた。
「おまえ、あそこへ行ってこいよ」
「は?」
「だから、おまえが菜の花畑の中に立ってこいって、うさぎよりずっと可愛いぜ?」
「な、ななな何を云ってるんですか!」
 宗次郎は、だい好きで恋している男から、いきなり可愛いなどと云われ、狼狽えてしまった。
 顔を真っ赤にして、わたわたと両手をふり回す。
「可愛いって、何が」
 さっきの彼のように聞き返す宗次郎に、歳三は形のよい唇の端をあげた。
 身をかがめ、濡れたような黒い瞳で少年を覗き込むと、甘やかな声で囁きかける。
「おまえが……すげぇ可愛い」
「っ、歳三さんッ」
 耳朶まで真っ赤になってしまった宗次郎に、歳三は声をあげて笑い出した。
 この男にしては珍しい程の、朗らかな笑い声だ。
 それに、からかわれた事に気づき、宗次郎は怒って彼の腕を両手で叩いた。
「もう! 歳三さんなんか嫌い!」
「俺は好きだよ、宗次郎」
「嘘ばっかり」
 つんっと顔を背けてしまった宗次郎に、歳三はくっくっと笑った。それに、宗次郎はますます怒って、たったか先に歩き出してしまう。
 ところが、その小さな躯が突然、ふわっと浮いた。驚いて空を見上げたところで、歳三に抱きあげられた事に気づく。
「と、歳三さんっ」
 宗次郎を抱いたまま、ずんずん土手を下っていった歳三は、菜の花畑の中に歩み入った。
 そっと降ろしてやってから、見つめる。
 黄色い菜の花の中で、宗次郎は春の精のように愛らしかった。大きな瞳が潤み、ぷるんとした桜色の唇が可愛らしい。
 さらさらとした髪が風に揺れるのを指で梳いてやりながら、歳三は云った。
「ほら、すげぇ可愛い」
「え……?」
「嘘じゃねぇよ。おまえの方が可愛い」
 そう云いざま、歳三は身をかがめた。額に、ちゅっと口づけが落とされる。瞬きするほどの間の出来事だった。
 びっくりした顔の宗次郎に、照れたように小さく笑ってみせ、歳三は背を向けた。さっさと土手をのぼってゆく。
 しばらく、ぼんやりそれを見送っていた宗次郎は、不意に、弾かれたように走り出した。
「歳三さん」
 呼んだが、彼はふり返らなかった。だが、首筋は照れている証に少し赤い。
 宗次郎は手をのばした。彼の大きな掌の中に、そっと手をすべり込ませた。
 歳三がちらりと切れの長い目で、少年を見下ろした。微かに笑い、黙ったまま手を握り返してくれた。
 手を繋いで歩いてゆく二人のすぐ傍、一面の菜の花畑で、白いうさぎが跳ねてゆく。
 春の陽光がやわらかな、ある昼下がりのことだった。