「硝子玉のゆめ」の試衛館時代のお話です。
遠くから見ても、すぐわかった。
同じ年齢の子どもたちよりも小さな躯が元気よく動いている。
試衛館の門前を、せっせと掃除をしているのだ。小さな体に不釣り合いなほど大きな箒で一生懸命掃除している様が、たまらなく可愛かった。
思わず頬が緩んでしまう。
「……」
歳三は懐に入っている団子の包みを、片手でかるく押えた。
宗次郎のためにと思って、わざわざ遠回りして買ってきたのだ。
正直な話、自分でも信じられないぐらいだった。今まで、どんな女にも物を買ってやる事などなかったのに。
いつも女たちに貢がれる方である彼は、そのあたり、とことん無頓着だった。だが、それは宗次郎に対してとなると、まるで変わってしまう。
歳三は、この九つ年下の少年に、周囲が呆れるぐらい甘かった。溺愛と評してもよい程だ。
「宗次郎」
「……え?」
彼の声に、宗次郎がびっくりしたようにふり返った。
愛らしい顔が、歳三の姿を見つけたとたん、ぱっと輝く。
「歳三さん!」
箒も放り出して飛びついてきた宗次郎を、歳三は抱きとめた。小さな体を、両腕でひょいっと抱きあげてやる。
「こっちへ来てるなんて、知らなかった」
びっくりしたように云う宗次郎に、歳三は笑った。悪戯っぽい口調で問いかける。
「嬉しいか?」
男の問いかけに、宗次郎は素直に頷いた。
「うん、とっても嬉しい」
「そうか、俺もおまえに逢えて嬉しいよ」
歳三は宗次郎を地面へ下ろすと、懐から包みを取り出した。さし出しながら、云ってやる。
「ほら、団子だ」
「わぁ……!」
宗次郎は子どもらしい歓声をあげると、大喜びでその包みを受けとった。
それに、歳三は微笑んだ。
「おまえ、そこの店の団子、好きだろう? 後で食べな」
「え」
宗次郎はちょっと戸惑ったように、歳三を見上げた。
訝しげに見下ろせば、躊躇いがちに小さな声で問いかけてくる。
「あの、歳三さんは……?」
「え?」
「一緒に……食べて、くれないの? だって、私、歳三さんと一緒に食べた方がおいしいから……」
云ったとたん、まるい頬がふわっと桜色に染まった。恥ずかしいのか、耳朶まで真っ赤にしている。
それに、歳三は思わず微笑んでしまった。
もう一度、宗次郎の小さな体を抱きあげた。そのまま、ぐるりと体を一回転させれば、宗次郎が慌てて彼の首にしがみついてくる。
子ども特有の熱い体温と、すべすべした手の感触を心地よく思いながら、歳三は云った。
「おまえって、すげぇ可愛い」
「え、え……歳三さん?」
「けど、俺、甘いもの苦手だからな」
「あ……ごめんなさい」
「いや、おまえが食べてる隣で茶でも飲んでるよ。それでいいだろ?」
「うん!」
こくりと頷き、宗次郎は歳三の肩に頭を凭せかけた。小さなぬくもりが愛おしい。
彼の耳もとに、甘い澄んだ声が囁いた。
「歳三さん、だい好き……!」
「あぁ」
歳三は微笑んだ。
「俺もおまえが好きだよ、宗次郎」
世にも稀な宝物のように、腕の中の小さな体をそっと抱きなおした。
そこへ突然、玄関口から声がかけられた。
ふり返ってみると、近藤が玄関口に立ったまま苦笑している。
「二人とも、いつまでそこにいるつもりだ」
「あぁ」
歳三はにやりと笑ってみせた。
それに、宗次郎は見られた事に羞じらいを覚えたのか、顔を赤くしつつ男の腕から降りた。「先に行ってお茶入れてるね」と菓子の包みを抱え、走り去ってゆく。
その小さな背を見送りつつ、歳三は悪戯っぽく答えた。
「久々の逢瀬を楽しんでいたのさ。ここ最近、まともに逢えなかったからな」
「宗次郎も喜んでいただろう?」
「あぁ。俺が来て嬉しいと云ってくれたよ」
「おまえが来ると、宗次郎はせっせとおまえの世話ばかりするからな。余程嬉しいのだろう」
そう云ってから、近藤は面白そうに歳三を眺めた。
笑いながら、男の端正な顔を覗きこむ。
「まるで、幼妻みたいだな」
「は?」
「おまえの帰りを待って、世話をして尽くなど、妻そのものではないか。いっそ、宗次郎を嫁にするか」
「はぁ?」
呆気にとられた歳三は、だが、すぐに笑い出した。
「珍しく冗談かよ、かっちゃん」
くっくっと笑いながら、玄関へと入ってゆく。
とたん、奥から、宗次郎の可愛らしい声が「歳三さん」と呼んだ。それに応える男の声は、信じられないぐらい甘い。
それらの光景を眺めていた近藤は、
「……冗談ではないのだがな」
そう苦笑すると、彼らの後を追って中へと入っていったのだった。
