完結済の「恋待蕾」のお話です。







 朝だった。
 青空が広がる、気持ちのいい朝だ。
「……」
 歳三は目を閉じたまま、いつものように傍らを片手で探った。
 だが、そこにぬくもりはない。
「……」
 とたん、ばっちり目が覚めてしまったが、その瞬間、思い出した。
 そうだ。
 昨夜は、例の夜だったのだ。
 歳三は布団の上にごろりと寝ころんだまま、小さく笑った。





 歳三と総司が箱根への旅から帰ってきて、数ヶ月がたった。
 帰った当初は、お土産くばりだの何だのとばたばたしていたが、やはり、そこは新婚同然の二人。
 隙を見つけては口づけたり、抱きしめたりしてくる兄に、総司は抗いつつも嬉しそうに頬を染めていた。
 そして、当然のことなら、夜の事もあった訳なのでして……。
「けど、その翌朝がなぁ」
 歳三は布団をあげ、着替えながら、また笑った。
 いや、みっともないとは思うのだが、どうしても口許が緩んでしまうのだ。
 洗面を済ませてから、土間の方へ行ってみると、案の定、総司がくるくると働いていた。
 襷がけをし、一生懸命、朝ご飯をつくっている。
 その小柄な躯は愛らしく、いつもどおりだが、動きがちょっとゆっくりだ。
 その理由を、歳三はむろん知っている。
「……総司、おはよう」
 後ろから抱きすくめてやると、ちゃんと気づいていたのか、総司は驚いたりせず頬を染めた。
 俯きがちに、小さな声で答える。
「おはようございます……兄さん」
「こんな早くから支度する事なかったのに」
「でも、朝ご飯、ちゃんと食べて欲しかったし」
「そりゃ、おまえのつくった朝飯、食いたいのは当然だけどな……」
 歳三は意味ありげに言葉を切り、総司の髪に口づけた。
「けど、たまには昨夜の名残りってのを、味あわせてくれよ」
 とたん、ぼんっと総司の顔が真っ赤になった。
「なななな、名残って……っ」
「事をした翌朝、おまえ抱きしめて、口づけたり、色々したいじゃねぇか」
「そ、そういうのは、私は……」
 総司はもう耳朶まで真っ赤になってしまっている。
 それを見やり、歳三は喉奥で笑った。
 実を云うと、このやり取りはもう何度目かわからぬぐらいなのだが、そのたびに羞じらう総司が可愛くてたまらなかった。
 そりゃあ、昨夜の名残を布団の中で楽しむのもいいが、こうして恥ずかしそうにする総司を見るのも、たまらない。

(俺って、悪い男だなぁ……)

 などと考えていた歳三の腕の中で、総司が不意に顔をあげた。くるりと向きをかえ、兄の着物の袂を掴んでくる。
「あの……あのね、兄さん」
「ん? 何だ」
「兄さんは、私がそうした方がいい? 兄さんが起きるまで、お布団の中にいた方がいいの……?」
「総司」
「私、恥ずかしいけど、でもっ、兄さんがもしそうしたいって云うなら……」
 歳三の胸に熱いものが込みあげた。
 あれだけ羞じらいつつも、彼のためならと懸命に云ってくれる総司が愛しい。
 可愛くて可愛くて、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「総司……!」
 思わず、ぎゅぅっと抱きしめた歳三の腕の中、総司が目を見開いた。
「兄さん?」
「好きだ。すげぇ可愛い、愛してる」
「兄さん……」
「だから、無理するな。俺は、このままのおまえが好きなんだからな」
「はい」
 ちょっと小首をかしげつつも、総司はこくりと頷いた。そして、大きな瞳で歳三を見つめた。
 細い指さきで袂を握りしめ、澄んだ声で告げてくれる。
「私も、今のままの兄さんが……だい好きです」
「総司……」
 歳三は可愛い恋人を抱きしめ、胸いっぱいの幸せに目を閉じたのだった。