「マグカップ」





「わぁ、可愛い〜♪ こういうのって、ね?ね? いいですよね」
「……あぁ、まぁな」
「でしょでしょ? これ買いましょうね」
「これって、え……ペアで?」
「あたり前でしょう。一つだけ買ってどうするのです」
「けど、これ、俺が使うには可愛すぎねぇか」
「そうかなぁ」
「ピンク色だぞ。それもベビーピンクの花柄」
「土方さんも、ピンクのシャツ着たりするじゃない」
「あれとこれとは違うだろうが」
「……」
「? どうした、総司」
「……っ……」
「え! おまえ……泣いてるのか!?」
「だって……っ」
「ちょっ、おい、こんな処で泣くなよ。いったい、どうしたんだ」
「だって……だって、土方さん、ぼくとペアだなんて嫌だから、だから、色々と口実つけて……」
「い、いやな訳がねぇだろうが」
「でも、このマグカップ嫌だって……買ってくれないって……」
「だから、このカップがピンクで花柄だから……」
「ほら、やっぱり! ぼくとのペアマグカップなんて、嫌なんだ。ふぇーんっ」
「あああ、もうわかった! 買う! このマグカップ、ペアで買って使ってやる! だから、もう泣くなって」
「……そんな云い方、やだ。使ってやるなんて、すごく偉そう」
「わかった。わかりました。一緒にペアのマグカップ、使わせてください。お願いします」
 そう云って、かるく──でも、優雅に一礼してみせた男に、ようやく総司のご機嫌もなおった。
 まだ涙で潤んだ瞳で、にこっと笑う。
「うん! 使わせてあげる」
「じゃあ、これ買ってきて宜しいですか? お姫様」
「お姫様って……何」
「ピンクうさぎ姫って云った方が良いか?」
「何それ、キーッ!」
「よく考えてみれば、やっぱり、ピンクうさぎは、ピンクが好きなんだから、その彼氏もつきあうべきだよな。もっとも、違った意味でのピンクの方が俺はいいが……」
「??? 何を云ってるの?」
「いや、何でもねぇよ。ほら、レジへ持っていこう」
「はい! 帰ったら、一緒にこのカップで紅茶を飲みましょうね♪」
「あぁ」
 うきうきした口調で云う、ピンクうさぎ姫なる少年に、土方は小さく笑った。
 そして、その可愛い可愛い恋人に、店のど真ん中である事など全く気にする事なく、さっと掠めるようなキスをしたのだった。













「苺ミルク」




「……何を見てるんだ」
「え、あ、スイーツドリンク集ですよ。うん、これなんかいいかな」
「いいかなって、何を作るつもりなんだ」
「だから、スイーツドリンクですよ♪ あのマグカップに入れて飲もうかなぁと」
「ちょっと、待て。あれには紅茶を入れるはずじゃなかったのか」
「それもいいですけど、最初はやっぱり、変わったものがいいかなって」
「いや、ふつうは最初はふつうにだろ」
「土方さんにとって、ふつうは紅茶?」
「そうじゃねぇけど、珈琲の方がいいけど」
「でも、ぼくは、スイーツドリンクがいいんです。これがいいや、きーめた♪」
 ドリンクのレシピをパソコンの画面からメモし、いそいそとキッチンへ向かう総司。
 それを慌てて追って念押しする土方。
「まさかと思うが、それ、俺にも飲ませるつもりじゃねぇだろうな」
「えー! 何を云ってるんですか。あたり前でしょう」
「そ、そうだよな。あたり前だよな」
「うん! だって、せっかくペアで買ってきたんですよ。一緒のものを飲まなくてどうするんです」
 可愛い笑顔で答える総司に、土方は頭を抱え込みたくなった。
 思わずため息。
(……話が全然噛み合ってねぇ)
「だから、俺はそのシロップもどきを飲みたくねぇんだ」
「シロップもどきなんかじゃありませんよ。苺ミルクです」
「砂糖たっぷりの?」
「土方さんには、少し甘さ控えめにしますから」
「……本当だろうな」
「じゃ、どうぞ飲んでみてください」
 総司はつくった苺ミルクを例のペアのピンクマグカップにそそぎ、土方にさし出した。
 なみなみと苺ミルクが注がれた、ピンク花柄のマグカップ。
「……」
 いかにも甘そうなそれを、土方は眉を顰めながら受け取った。
 じーっと見つめている総司に促され、おそるおそる口をつけてみる。
 総司が小首をかしげた。
「ね? そんなに甘くないでしょ?」
「甘くはねぇが……なんか、複雑な味だ」
「ミルクといっても豆乳ですから。健康ドリンクなんですよ」
「豆乳って、あの豆腐の?」
「別に豆腐をつぶした訳じゃありませんよ」
「そんなのわかってるが、けど、これ……うまいとは到底云えないぞ」
「甘くないからですよ。何なら、砂糖をいっぱい入れます? 蜂蜜とか」
 甘くするか。
 それとも、この複雑な味の豆乳ドリンクを飲むか。
 どっちも嫌だと、土方は思った。
 が、沈黙している土方をYesと受け取ったのか、総司はさっさと彼のマグカップに蜂蜜を注ぎこんでしまった。
 甘い甘い苺ミルクの出来上がりだ。
「……」
 呆然と自分のマグカップの中を凝視する土方に構わず、総司はるんるん〜♪とマグカップを片手に、リビングへ向かった。
 それを見送り、ため息をつく。
 こんなもの飲めるものか! けど、総司は飲まずに捨てる事など、絶対許してくれないだろうな。
 そう思いながら視線をやると、総司はラグマットの上にぺったり坐りこみ、カップをかたむけ、こくこくと苺ミルクを一気飲みしている。
 もう、カップは空だ。
「あぁ、おいし〜♪」
 にこにこ笑う総司に、土方は歩み寄った。それから、不意に手をのばして総司のカップを取り上げると、それに自分の苺ミルクをだだーっと注いでしまう。
 それに、総司が叫んだ。
「な、何をするんですか! せっかく苺ミルクつくってあげたのに」
「おまえ好みの甘いのだろ」
「そうですよ。とっても甘くて、おいしいのに」
「だから、おまえはこれを飲め。俺は、こっちの甘さを味あわせてもらう」
「へ?」
 きょとんとする総司の前に、土方は膝をついた。
 そして、にっと笑ってみせると、総司の躯をぎゅーっと抱きしめ、とろけてしまうほど甘い甘いキスをしたのだった。
 
 苺ミルクのKiss♪













「コットンレース」




「可愛い〜っ!」
 思わず、総司は叫んでしまった。
 時は大学帰りの午後。
 場所は、大学近くのメルヘンチックな雑貨店。
 その可愛い雰囲気にとけこみ、うきうきしながら雑貨を見ている総司と、その場に全然そぐわない男が一人……。
「ね、土方さん、可愛いですよね」
「さぁな」
 非番の日、デートしようと大学までわざわざ迎えに来た土方は、ちょっと小首をかしげた。
 マグカップの時ほど動揺はしない。
 何しろ、総司が今見ているのは、布地なのだ。
 ベビーピンクに花柄の、とっても可憐なコットンレース。
「んー、可愛い! これ買おうかなぁ。ぼくのお金で十分買えるし♪」
「買おうかなって……」
 土方は僅かに眉を顰めた。
「おまえ、こんなもの買ってどうするんだよ。まさか服でも作って着るのか?」
「そ、そんな事できるはずないでしょっ」
「そうかな。よく似合いはすると思うぜ? ひらひらの可愛いワンピースができるだろ? ピンク色のワンピース、よく似合いそうだ。どこから見ても、清楚で可愛い女の子になると思うぜ」
 くすくす笑い出した土方に、総司はかぁっと頬を真っ赤にした。
「お、女の子って……何それ!」
「言葉どおりだよ」
「それに、ぼくが何でワンピース着るんです!?っていうか、土方さん、これ買うのやっぱり反対なの?」
「別に」
 土方は肩をすくめ、ぐるりと店内を見回した。
 実際、反対というよりうんざりしていたのだ。
 久しぶりの非番なのに、総司は大学。
 挙げ句、わざわざ迎えにいってデートに連れだそうとしたん、こんな雑貨店に引っ張りこまれてしまった。
 本当は、早く総司と二人きりになれるどこかいい処にでも行きたいのに。
 っていうか、そういう場所をもうしっかりキープしてあるのに。
 土方は片手で煩わしそうに前髪をかきあげると、答えた。
「たださ、おまえもまだまだお子様だと思ってな」
「……お子様……」
「こんなひらひらの可愛い女の子柄、欲しがるなんざ、本当に、小さな女の子みたいだな」
「……っ」
 総司は怒った顔で土方を見あげたが、すぐに唇を尖らせると、その生地をばっと抱え込んだ。
 さっさとレジへ歩き出してゆく。
 3メートルも買った挙げ句、土方にむかって手をさし出した。
「? 何だ」
「ぼく、お子様ですから、お金もってないんです。大人の土方さんが当然買ってくれますよね」
 嫌味たっぷりの言葉に、土方は苦笑した。
 ちょっと云いすぎたかなと思う。
 だが、彼にだって言い分はあるのだ。
 一瞬でも一緒にいたいのに、非番の彼をおいてさっさと大学へ行ってしまった総司に、迎えに行ってもたいして喜ばず、こんな処へ連れてきた総司に、意趣返しがしてやりたかった。
 だが、本当は、怒った顔なんか見たくない。
 総司には、いつも可愛く笑っていて欲しいから。
「……ごめん、云いすぎた」
 そう低い声で耳もとに囁いてから、土方は財布を取り出すと、支払いをすませた。
 受け取った紙袋をぎゅっと抱きしめる総司をつれ、外へと歩み出てゆく。
 しばらく黙って歩いていたが、駐車場に停めてある彼の車が見えてくると、不意に総司はその手を彼の手の中にすべりこませた。
 驚いて見下ろすと、にこりと笑ってみせる。
「……総司?」
「久しぶりのデートだもの」
 総司は可愛い笑顔で答えた。
「怒ってたら、つまらないよね」
「あぁ」
 土方は微笑みながら頷くと、かるく身をかがめ、総司の桜色の唇に小さなキスを落としたのだった。



 で、一件落着と思っていた。
 総司は彼を許してくれたのだと。
 だが、それが甘い考えだったと思い知らされたのは、その数日後のこと。
「さーて、昼飯にしようか」
 永倉が資料を放り出し、云った。
 斉藤と島田は仕出し弁当をとってきたが、永倉と土方は弁当持参だ。
「総司くんの手作りかい? うちは、磯子の手作りなんだ〜♪」
「あの藤堂って子のための弁当のついで、ですか。ま、一つ作るのも二つ作るのも同じですものね」
「うるさい、斉藤。愛がこもっていればいいんだよ、愛が!」
「ふーん、愛あるんですか」
「何だと〜!」
「まぁまぁ、お二人とも」
 いつものごとく、永倉、斉藤、島田がぎゃぎゃあ騒いでいる傍で、土方は呆然と紙袋の中を見つめていた。
 その様子に気づいた斉藤が、小首をかしげる。
「土方さん? どうしたんです」
「出さないのかい」
「……いや、その……」
 彼らしくなく口ごもる土方に、斉藤は何やら楽しい予感がした。
 さっと土方から紙袋を取り上げて、中身を取り出した。
 とたん、絶句する。
「うわぁー!またメルヘンチックというか、可愛いねぇ〜!」
 永倉が思わず叫んだ。
 土方の弁当を包む、いわゆるお弁当袋。
 それは、例のベビーピンクに可憐な花柄コットンレースの生地でつくられていたのだ。
 ひらひらとレースがふんだんに使われ、ピンクの花柄が舞って、もうとってもキュート! 可憐さ120%!
 だが、それが、どこから見ても大人の男の弁当袋として使われているのは、ちょっと不気味だった……。
 これまたピンクのリボンを解いて出してみると、中にはしっかり同じ生地のランチマットまでついている。
 ちなみに箸入れも同じくだ。
 幼稚園児の可愛い女の子などが使う、お弁当セットそのものだった。
「……土方さん」
 しばらく黙ってから、斉藤が云った。
「それ作ったの、当然……総司ですよね」
「……あぁ」
「じゃ、きちんと使わないと怒られますよ。というか、羞恥心をとるか、恋人のご機嫌をとるかってとこでしょうけど」
「おまえらが云わなきゃ、わからねぇだろうが」
「そそくさと隠したって、総司に云わないでくれと? うーん、口止め料、何にしましょうかねぇ」
「あのな、斉藤」
「はい、何ですか」
「もういい」
 土方は諦めたようにため息をつくと、きちんとピンク色のランチマットを広げ、その上でお弁当箱を開いた。
 が、中を開けたとたん、また絶句。
 白いご飯の真ん中に、でっかく大きくピンクハートが、デンプンでえがかれてあったのだ。
 いわゆる新婚弁当という代物だった。
 もはや、何を云う気にもなれない。
 無言で食べ始めた土方に、永倉が傍らからぽつりと云った。
「……愛、あるねぇ」
「……」
 それを傍らで聞きながら、ちょっと違うかも……と思ってしまった、島田だった……。














「公園」




……重い。

 土方は不意にそう思った。

 青空の下、今日は愛しい総司と久しぶりの非番、お出かけデートだった。
 お弁当を持って、この広い公園にやってきて。
 木陰でお弁当を食べて、ちょっと二人でボール投げなんかして。
 絵に描いたようなデート光景だ。
 その後、総司が裸足になって芝生を駆け回りはじめ、それを追いかけてはみたが、いい加減くたびれて。
 やはり、若さの違いかな。
 木陰にごろんと横になり、一休みするうちに、すやすやと眠ってしまったのだ。
 なのに。

「……重い」
 そう唸り、土方は目を開けた。
 とたん、今現在、自分の置かれた状況が目に飛び込んでくる。
 思わず眉を顰めた。
「何やってんだ」
 いつのまにやら。
 駆け戻ってきたらしい総司が、にこにこ笑いながら、土方の腹の上にのっかっていたのだ。
 いわゆる騎乗位という奴?
 それはベッドなら大歓迎の格好なのだが、いくら何でもここではまずいだろう。
 っていうか、ここ公園だし、青空の下だし。
「え? あ……起きちゃいまいした?」
「あたり前だ」
「けっこう前から、ぽんぽんしてたんですけどね」
「ぽんぽんって何だよ」
「この格好の事です」
 総司はにっこり笑いながら答えた。


 まったく時々、この恋人は意味不明の事を云ってのけたりする。
 だが、用心しないと、それは十代言葉だったりするから、
「えー? 土方さん、知らないの? 年じゃないですか?」
 などという、情け容赦ない言葉を云われてしまったりする。
 どうせ、俺はもうすぐ三十前だよっ。
 まぁ、それはともかくとして。
 それにしても重い。
 腰に乗るならともかく、腹の上に乗られたら、いくら華奢な総司でも重いんだぞ。


「降りねぇか?」
 そう訊ねた土方に、総司はきょとんと目を見開いた。
「え? 何で」
「何でって……」
「スキンシップの一つじゃないですか。土方さん、こういうの好きでしょ」
 好きだよ。
 ベッドの上限定だけど。
 まぁ、どこでもいい訳だが、ようはシュチュエーションというものが深く関係してくるのだ。
 ……いや、ちょっと待てよ。


 土方は総司を見あげ、突然、にっと唇の端をつりあげた。
 それに、え?やばい!と、総司が本能的に危険を察知する。
「も、もう降りますねっ」
 慌てて彼の躯の上から降りようとしたが、時既に遅かった。
 あっという間に空と地面が回転したかと思うと、気がつけば芝生の上に組みふせられてしまっている。
 総司はびっくりして目を丸くした。
 一瞬、状況が掴めない。
「え? え? な、何……っ?」
「さぁ、何だろうな」
「土方さん、やだ! 離してっ」
「スキンシップの一つなんだろ? 俺もちゃーんと応えてやるよ」
 そう云って不敵な笑みをうかべた土方に、ささーっと総司の血の気がひいた。
「こ、ここ、公園っ!」
「うん、わかってる」
「人、人に見られるっ」
「この辺、めったに人こねぇから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃなくてっ」
 わたわた暴れる総司の上に、軽々と馬乗りになりながら、土方はにっこり綺麗な顔で笑ってみせた。

   「スキンシップ、俺もおまえも大好きだものな♪」


 挑発した自分が悪かったのだと、総司がとことんまで思い知らされたのは、その日も終わりの事だった……。














「フリフリ」




「可愛い?」
 って聞かれて。
 もちろん、速攻で答えた。
「……可愛い」
「どれぐらい?」
「世界一可愛い」
 そう真剣に答えた土方に、総司はくすくすと笑った。
 その笑顔もまた、ベリーベリーキュート♪で。
 土方の目は、ふりふりピンク姿の総司に釘付けだ。
「やだ、もう♪ 土方さんったら」
「本当だ。けど、何でそんな格好……」
「あのね、今度の学園祭で着るんです♪」
「……え?」
 とたん、土方の顔色がさっと変わった。
 それに気づかぬまま、総司はうきうきと続ける。
「お芝居するんですよ♪ ぼく、ヒロイン役」
「……嘘だろ」
「本当ですって」
「絶対駄目だ!」
 土方は思わず大声で叫んでしまった。
 こんなに可愛い総司のフリフリ姿を、他の野郎どもに見せるなんざ冗談じゃねぇ!
「絶対に、どんな事があっても駄目だからなっ!」
「えー? 何で」
「何でって……わかるだろ!」
「わかんない」
 総司はぷんっと頬をふくらました。
 そんな仕草まで可愛いんだから、恋人である男にすれば、もうたまったものじゃない。
「だから、そのっ、おまえが可愛いからだ。めちゃくちゃ可愛いからだよっ。あぁ……もう!」
 土方は苛立ったように、くしゃっと片手で髪をかきあげた。
「何だって、こんなにおまえは可愛いんだっ」 
「んー……?」
 総司は小首をかしげると、つやつやピンク色の唇に、指を押しあてた。
 少し考えてから、にっこり笑う。
 ぱっと花が咲いたような、その可愛い笑顔。

「土方さんのため、かな」
「………」

 ……この世で、天然の殺し文句ほど恐ろしいものはない。
 何といっても無意識なのだから。
 けど、おまえの殺し文句のせいで、一気に盛り上がってしまった男は、いったいどうすりゃいいんだよっ。

 がっくりうなだれる土方の傍で、状況を理解できてない総司が不思議そうに「土方さん〜?」と、小首をかしげていたのだった。


 学園祭まで、この攻防はとりあえず続く? 














「マヨネーズ」




まだ二人が同居して間もない頃という設定。

「今日の夕飯は?」
「トンカツです。ほら、今、ジュージュー揚げてるでしょ♪」
「火傷するなよ」
「しませんって、お皿用意して下さいね」
 出来上がった料理を二人はいそいそと、テーブルの上に並べた。
 本日の献立は、野菜具だくさんお味噌汁に、キャベツの細切りをいっぱいに盛った皿にトンカツ、粉ふきいものパセリがけだ。
「いただきまぁす」
「いただきます」
 二人きちんと手をあわせ、食べようとして──総司は目を丸くした。
「ひ、土方さん」
「ん?」
「何っ、それ、何をつけるのっ」
「え?」
 総司はもちろん、トンカツにトンカツソースをつけて食べようとしていた。
 だが、土方は小皿にケチャップとマヨネーズを絞り出し、それをぐるぐる箸でかき回していたのだ。
「まさか、それをトンカツにつけて食べるんじゃないよねっ?」
「その、まさかだが。何かおかしいか?」
「おかしいですよ! トンカツは、トンカツソースでしょうっ!?」
「誰が決めたんだ、そんな事。俺は子供の頃から、ずーっとこれだぞ」
 そう云うと、土方はその小皿でつくったソースにトンカツをちゃっちゃっとつけ、ぱくりと食べてしまった。
 総司は信じられないものを見たように凝視していたが、やがて、おそるおそる訊ねた。
「お、おいしいの?」
「あぁ、すげぇ旨いよ。おまえの料理は最高だな」
「そうじゃなくて、そのソース付けておいしいの?」
「旨いぜ。おまえも食べてみるか?」
「……遠慮させて頂きます」
 総司は食事をつづけながら、こっそりと思った。

 ……土方さんって、マヨラーだったんだ。

 しかし、それとはちょーっと違うのだという事を数日後、総司は知る事になる。



 その数日後。
 二人はデートの真っ最中だった。
「腹へったな」
「はい、お腹すきましたね」
「そろそろ昼飯にしよう。何が食いたい?」
「んー、あのね。この近くにおいしいお好み焼き屋さんがあるって、平助に教えて貰ったの。そこがいいな♪」
「じゃあ、そこへ行こうか」
 少しだけ並んだが、二人は席につき、それぞれお好み焼きを注文した。
 ジュージュー香ばしい匂いと共に焼き上がる、おいしそうなお好み焼き。
 総司は出来上がった自分のそれに、お好み焼きソースをたっぷりかけ、それから、マヨネーズを格子状にしてから、鰹節と青ノリをふりかけた。
 が、前に坐っている土方のお好み焼きに、小首をかしげてしまう。
「? マヨネーズかけないの?」
「あぁ」
 土方はお好み焼きソースをかけてから、鰹節と青のりだけしかかけてなかったのだ。
「何でもかんでもマヨネーズってのは、おかしいだろ。俺はお好み焼き、マヨネーズかけるの嫌なんだ」
「何で! この間のトンカツはかけてたじゃない」
「あれはあれ。これはこれだ」
「でも、ふつう、お好み焼きにはマヨネーズでしょ? トンカツにはマヨネーズなんかつけないでしょ? 土方さんの味つけって、どう考えても逆ですよ!」
「俺は、俺。人は人なんだ」
 きっぱり断言する土方が、総司には全く理解不可能だ。
 マヨラーではない事が判明したが、味付けに妙なこだわりをもっている男、土方歳三である。
 総司はちょっと考えてから、自分のお好み焼きを一口サイズに切ると、それを彼の口許へさし出した。
「? 何だ」
「食べてみて下さい」
「何で」
「マヨネーズつけた方が絶対においしいってこと、土方さんにわからせてあげます!」
「……」
 土方は仕方ないなと苦笑すると、素直に口をあけた。
 総司の手ではこばれたお好み焼きを、もぐもぐ食べている。
 それに、総司は小首をかしげてみせた。
「ね? おいしいでしょ?」
「……わからねぇ」
「え?」
「すげぇうまいけど、それはきっと、おまえの手で食べさせて貰ったから旨いんだと思う。だから、わからねぇ」
「…………」
 土方の言葉の意味を理解したとたん、総司の顔がぼんっと真っ赤になった。
 何だか恥ずかしくて、店内を見回してしまう。
 とたん、周囲の客がささっと目をそらしたのだから、見られ聞かれていたこと間違いなしだ。
(は、恥ずかしい……っ)
 そんな総司に、土方はテーブル越しに手をのばした。
 少年のなめらかな頬を、指さきですっと撫でてやる。
「だから、さ。もっとやってくれよ」
「もっとって……え? ええぇっ?」
 総司は思わず椅子をひいてしまった。
「あれですか? さっきの?」
「さっきの」
「ま、まさか! その……あ、あーんをですかっ?」
「そう」
 土方は頷くと、にっこり綺麗な顔で笑いかけた。
「おまえだって、俺に旨いもの食って欲しいだろ? おいしいなぁと思って欲しいだろ? それには、やっぱり愛!ってのが必要だと思うんだ。でもって、俺が世界中の何よりも欲しいのは、総司、おまえの愛だ」
「…………」
「だから、な? さっきのやってくれ」
 いつもの無口はどこへやら。
 こういう時だけ別人のように饒舌になる土方の論法は、全く意味不明だ。
 が、とりあえず彼の云いたい事はわかる。
 というか。
 今ここで、もう一度「あーん」をやれと、おねだりしているのだ。
「……」
 そんな恋人に、総司はしばし呆然としていたが、やがて、頬を真っ赤に染めあげたまま俯いた。
 小さな小さな声で、云う。
「……ぼ、ぼくだって……本当は、あぁいう事するの好きなんです。だから、そのっ、してあげてもいいかなぁ…なんて、思ったりして……」
 とか何とか呟いた総司に、土方はにっこり笑った。
「じゃあ、してくれ」
「はい♪」
 総司もにっこり笑うと、お好み焼きを一口切り取った。
 それを土方の口許に運んで。

「はい、あーん♪」
「ん……」
「おいしいですか?」
「うん、旨い」
「よかったぁ♪ じゃあ、もう一口食べます?」
「あぁ、もちろん」
「はい……あーん♪」




 以降、エンドレス?













「上のマヨネーズのつづき? オーロラソース」




「今日の夕飯は?」
「えびのオーロラソース和えです」
「オーロラソース?」
 小首をかしげていた土方だったが、出てきたものを見ると、あっと声をあげた。
「これ、俺がトンカツでつけるソースじゃねぇか」
「そうです。オーロラソースって云うんですって。はるひさんに教えて貰ったんです♪ ほら、この綺麗なコーラルピンク♪ あ、これも、はるひさんの話にあったんですけどね」
「ふうん」
「ぼく、知らなかった。ちゃんとした名前のあるソースだったんですね〜」
「だろ!?」
 いきなり、土方は拳を固めると、力説した。
「ふつうじゃないふつうじゃないって、おまえは云いまくってたが、あれは歴としたソースなんだ! オーロラソースなんだ!」
「……今、知ったくせに」
「何だ」
「いえ、何も」
 テーブルの上に本日の夕飯をならべると、総司はにっこり笑った。
「さ、食べましょう」
「あぁ」
「いただきまぁす」
「いただきます」
 二人して、もぐもぐもぐ。
「ん、旨いな。これ」
「そうですね。やっぱり、料理にはそれぞれ適した味付けを、ですね」
「……何か含みがあるな」
「だって、このオーロラソース、えびとかには合うけど、やっぱりトンカツにつける人はいませんよ。トンカツには、トンカツソースで決まりです」
「おまえもこだわるなぁ」
「こだわってんのは、どっちですか!」
「じゃあさ」
 土方はちょっと考えてから、子供みたいな笑顔で云った。
「両方の意見をとり入れて、トンカツソースにマヨネーズを入れるってのはどうだ?」
「はぁあ?」
 目が点になってしまった総司に構わず、土方は楽しそうにあれこれ考えながら、言葉をつづけた。
「新しい味にチャレンジ、面白いかもしれないぞ。あ、オーロラソースにトンカツソース混ぜるってのも、いいかもしれねぇな」
「……はるひさんは、トンカツソースに芥子をって云ってましたよ」
「じゃあ、芥子も入れてみるか」
「……」
 総司はハーッとため息をつき、首をふった。
「……ご勝手にどうぞ」
「あぁ」
 頷いた土方に肩をすくめ、総司は食事をつづけた。
 だが、しばしの沈黙の後、何やら怪しげな物音がする。
「?」
 顔をあげてみた総司は、目をまん丸にした。
「な、ななな何をしてるんですかっ」
「え?」
 土方は何と、トンカツソースと芥子を手にし、それをまさに「えびのオーロラソース和え」にかけようとしていたのだ。
 しかも、今日の晩御飯は大皿なのだ!
 土方だけならいいが、総司にまで被害が及ぶではないか。
「何でっ、そんなものかけるんですか!」
「だって、おまえ、今、勝手にと云っただろ?」
「だーかーら! それはトンカツの時の話ですっ」
「今かけても同じだし、今度いつトンカツが出てくるかわからないじゃねぇか。俺は早く試してみたいんだよ」
「実験じゃないんですから、もう……子供みたいな事やめて下さい!」」
 総司はぷんすか怒ると、土方の手からトンカツソースと芥子をとりあげ、さっさと冷蔵庫へ戻してしまった。
 それを土方はつまらなさそうに眺めている。
「あーあ、やってみたかったなぁ」
「お一人の時にどうぞ」
「一つのものを分け合うのも、愛ってものじゃねぇのか」
「そんな愛なんか欲しくありません!」
 思いっきり叫んだ総司に、土方はますます拗ねてしまったようだったが、フォローする気にもなれない。

(土方さんが勝手にマヨネーズやソース出さないように、冷蔵庫に鍵をつけなきゃいけないのかも……)

 そんな事を真剣に考えてしまう総司なのであった……。












「かくれんぼの恋Vのおまけ 研修出発前」




「土方さん」
 声をかけると、土方は書類に落としていた視線をあげた。
 今日は珍しくデスクワークだ。
 それがあまり好きではない土方は、ため息まじりに片手で前髪をくしゃりとかきあげた。
「疲れてますね」
「デスクワーク、嫌いだからな」
「やらなきゃ仕方ないですよ。この間まで本部づめだったし、たまりまくってて当然です」
「斉藤、おまえの方は?」
 そう訊ねられ、斉藤は両手をギブアップと云わんばかりにあげてみせた。
 書類が山積みになった自分のデスクを、うんざりしたように見やる。
「悪いですけど、とても人を手伝える状況じゃないですね」
「あーあ、研修、マジで行けるのかな」
「行かなきゃどうするんです。それに、オレ、総司が一緒でなかなか楽しみにしてるんですからね」
「ロンドンじゃ別行動だぞ」
「わかってます。でも、ま、食事ぐらいは出来るでしょう」
「俺が一緒ならな」
「まるで保護者ですね」
「おまえだって、人のこと云えるのかよ」
 土方は形のよい唇に、ふっと笑みをうかべてみせた。
 それに、斉藤は肩をすくめた。  
「お互いさまって事ですか」
「いや、違う。俺は保護者兼恋人だ」
「保護者の方が先?」
「恋人の方が先だ」
 むっとしたような土方に、斉藤はにやりと笑った。
「そうですかねぇ、最近の土方さんの言動を見ていると、そうも思えませんけど〜」
「……どういう意味だ」
「いーえ、別に。でも、ま、もう少し身辺を綺麗にしておかないと、気が付いたら、ただの保護者になっちゃってる可能性もあるって事ですよ」
「ただの保護者って、何だよ。つまり恋人じゃなくなるって事か」
「そうは云ってませんが」
「が?」
「そうなる可能性もあるって事ですかね〜」
「つまりは、そう云ってるんじゃねぇか!」
「あれ? そうですか?」
 わざとらしく、すっとぼけてみせた斉藤を、土方はイライラしながら切れ長の目で見据えた。
「斉藤、おまえ何か知ってるんだろ。総司のことで何かあるんじゃねぇのか」
「ご自分の胸に手をあてて考えてみたら、如何です」
「……何もねぇよ」
 心底わからないという顔で、低く呟いた土方に、斉藤はやれやれ〜と首をふってみせた。
「処置なし、ですね」
 にやにや笑いながら云うと、「さーて、昼飯に行こうかなぁ」と踵を返す。
 見てみれば、もう12時過ぎだ。
 土方は、斉藤の態度に、尚更、眉間に皺を刻んでしまった。
 不機嫌そのものだ。
 だが、ここで追求しても、斉藤は何も答えないだろう。
 仕方なく、土方は不愉快そうに眉を顰めたまま、手元のノートパソコンを閉じた。



 二人そろって食堂に行ってみると、何故か今日は人が多く、B定食とA定食が一つずつしか残っていなかった。
 それぞれ出てくるには、あと30分は待たなければいけないという。
 斉藤が人気のB定食に手をのばそうとすると、土方もそれに手をのばす処だった。
 だが、斉藤をちらりと見やると、土方はあっさり云った。
「いいぜ、おまえが取れよ」
「え? いいんですか」
 斉藤はちょっと驚いてしまった。
 普段なら別に驚かないが、さっき、土方と少しやりやった処なのだ。
 この食堂へ来るまでも、不機嫌そうに押し黙っていた。
 だが、まぁ親切を受けない理由はない。
「じゃあ……頂きます、本当にいいんですね」
「あぁ。俺はA定食でいい」
 そう云って、土方はA定食をとった。
 二人は席について、食べ始める。
 土方は箸を割って「いただきます」と云いながら、目の前でコロッケを食べようとしている斉藤を眺めた。
 そして、突然、云った。
「……あぁ、そうだ」
「はい?」
「云い忘れていたが、そのB定食のコロッケさ、ピーマン入りらしいぞ」
「!!!!」
「あ、おまえ、ピーマンが苦手だったんだっけ。けど、おまえが選んだんだものなぁぁ」
 そう、にっこり綺麗な顔で笑うと、土方は自分のA定食をおいしそうに食べ始めたのだった。
 ピーマン入りコロッケを前に呆然としている斉藤を、前にしながら。


 研修出発まで、あと三日の平和な昼食時の出来事だった……。












「オムレツ」




「たんぽぽオムレツだって」
 大きな瞳でじーっとテレビを見ながら、突然、総司が云った。
 それに、食後の珈琲を飲んでいた土方が「え?」と小首をかしげる。
「だからね、たんぽぽオムレツ。ほら、オムライスの上にオムレツがのっかかってて、真ん中をナイフで切ると、とろとろと半熟卵が……」
「あぁ、あれか」
 土方はテレビを眺め、頷いた。
 今、画面の中ではシェフが軽快にフラインパンを動かし、オムレツをつくっている。
 とんとんとフライパンを叩くたびに、オムレツが回転し綺麗に出来てゆく様は、まさにプロの技だ。
「あんなの絶対に出来ないですよねぇ。プロの技だもん」
「だろうな」
「あっ、今から超簡単にできる方法教えてくれるって……う、うーん、これでも難しいかも」
「おまえなら出来るだろ」
「そうかなぁ。ぼく、お料理出来るけど、フライパンとか中華鍋でぽんぽん返すのは、下手なんですよ」
「これ、返してねぇだろうが」
「うーん……」
 いつまでも唸っていた総司だったが、やはり一度試してみたかったのだろう。
 土方の予想通り、その翌日の昼ご飯はオムライスとなった。
 レシピどおり卵をかき混ぜ、総司は懸命につくっている。
 だが、すぐに「きゃあああ〜」という悲鳴がキッチンに響いた。
「どうした!」
 慌てて行ってみると、チキンライスの上に、べちゃっとつぶれたオムレツが……。
 オムレツというより、いり卵か。
「やっぱり、駄目だった……」
 総司はうるうる瞳で、皿を見つめている。
 それに苦笑し、土方はぽんぽんと総司の頭を叩いてやった。
「一度でうまくいくはずがねぇだろ」
「だって……」
「貸してみろ」
 土方は総司をどかせ、カウンターの前に立った。
 さっさと卵を割りほぐすと、それをフライパンにあけた。
 箸でかるくかき混ぜてから、とんとんっとリズムをつけてフライパンの柄を叩いてゆく。
「……」
 総司は目を丸くし、それを見つめた。
 その前で、くるっくるっとオムレツが回転し、あっという間に綺麗に出来上がってゆく。
 まさに、昨日見たシェフの技そのものだった。
 そっとチキンライスの上に載せれば、出来上がりだ。
「ほら、ナイフであけてみろ」
 促され、総司はナイフでそっとオムレツを切った。
 とたん、とろとろ〜っとあふれる半熟卵。
 たんぽぽオムレツだ。
「どうして?」
 唖然とした表情のまま、総司は叫んだ。
「何で、こんなの出来ちゃうの? 土方さん、普段はお料理しないのにっ」
「さぁ、何ででしょう」
 土方はくすくす笑いながら自分の分もつくると、手早くそれらをダイニングテーブルに運んだ。
「ね? 何か秘訣があるんでしょう? それとも、さっき云ったとおり何度も練習したの?」
「教えない、秘密だ」
「ううっ、ずるーい。あ、そうだ。もしかして、SATの野営キャンプとかで作ったとか」
「まぁ、作った事もあったな」
「やっぱり! でなきゃ作れませんよねっ。でも、すごく恰好いい! 野営キャンプでオムレツなんて」
「どこが恰好いいんだか」
「だって、さっきも恰好よかったですよ♪ ぼく、惚れ直しちゃった」
 そうにこにこ笑いながら、総司は無邪気に云った。
 土方はかるく肩をすくめる。
 二人で食べると、とってもおいしいオムライス。
 総司が身を乗り出し、土方のオムレツに赤いケチャップで、ハート♪をきゅぅ〜っと描いた。
「うふふっ、カップルの定番ですよね〜」
「そうなのか?」
「はい♪」
 そして、二人はオムライスを食べ始めた。
 いちゃいちゃバカップルらしく、時折、頬についたケチャプを舐めとったりしながら♪


 実は、土方が上手にオムレツが作れた理由は、大学時代オムレツ屋さんで、可愛い赤の縞々エプロン着てバイトしてたからなのだが。
 恰好いいと云われた手前、今更本当の事を云えなくなってしまった彼なのだった……。













「ダイエットプログラム」




その日、土方はとっても疲れていた。
 仕事がハードを極め、ずーっと2週間も本部詰めだった挙げ句、事件解決の接待にまでつきあわされ(接待される方なのだが)、もうくたくただったのだ。
 だが、それでも帰宅したのは、午前10時だった。
 つまりは、午前様、朝帰りだったのだ。
「……疲れた」
 ため息をつきながら、土方はエレベーターを降りた。
 彼にしては重い足取りで、廊下を歩いてゆく。
 だが、近づくにつれ、ある物音に気づいて眉を顰めた。
「何だ?」
 外にもれてるのはそれ程の音量ではないが、室内では相当なのではないだろうか。
 何か、アップテンポな音楽が鳴っているのだ。
 それも土方の家から。
「???」
 土方は訝しさでいっぱいになりながら、ドアノブを回した。
 鍵はかかっていない。
 不用心だなと思いながら開けた土方は、とたん、慌てて中へ入るとドアを閉めた。
 相当の音量で音楽がジャジャーン♪と鳴り響き、ドスンドスンッというすごい音まで響いてくるのだ。
「総司!?」
 叫びながらリビングへ入った土方は、その場の光景を目にするなり、唖然となった。
 何やら黒人の男性たちが激しく踊っているのを映し出すテレビ。
 バンバン鳴り響く音楽。
 その前で、一生懸命、手ふり足ふり踊っている、総司と、何故ここにいるのかさっぱりわからない信子の二人組。
 二人はもう土方の帰宅に気づく事なく、一心不乱に踊っているのだ。
 いや、踊っていると云えば、表現はいいが、つまりは、ついてゆけず足がもつれている。
 やがて、ちゃららら〜ん♪という音楽とともに、その踊りは終わった。
 とたん、総司と信子は、
「はぁぁあ〜っ」
 と盛大なため息をつき、ぱったりとラグマットに倒れこんだ。
 土方はそれを唖然と見下ろしていたが、やがて、呟くように云った。
「……帰った、んだけど」
「え?」
 総司が気怠そうに顔をあげた。
 だが、すぐぱたりと伏してしまうと、小さな声で云う。
「お帰りなさ〜い……」
「ただいま」
「歳、お帰り〜」
「何で、姉さんがここにいるんだ」
 そう訊ねてみたが、どう見ても二人とも返事する元気さえないようだ。
 土方は歩み寄り、放り出してやるパッケージを取り上げた。
「??? ビリー……?」
「ダイエットプログラムよ、知らないの?」
 ようやく蘇ったのか、信子がもそもそと起き上がった。
「巷で評判なんだから〜、あんた知らないの? そのDVD、入手困難なぐらいの人気なのよ」
「その入手困難なDVDが、何でここにあるんだ」
「あんた、あたしを誰だと思ってるの」
「……」
 ふんっと胸をそらした信子に、土方は肩をすくめた。
 まだへたばってる総司へと歩み寄り、ひょいっと抱き起こしてやる。 いやいやと首をふる少年を、胸もとに凭れかからせた。
 仔猫の毛並みを撫でてやるように、その背を撫でてやりながら、土方は信子に訊ねた。
「で、初めの質問。何で姉さんがここにいるんだ」
「だから、このDVDよ。今日遊びに来たら、ダイエットしてるって話になって、たまたま持ってたこれを二人で試してみた訳」
「試すって、ふらふらだったじゃねぇか」
「う、煩いわねっ。あれって結構ハードなんだから、歳もやってみたら?」
「いらない」
「遠慮しないで。このDVD貸してあげるから、総ちゃんとやったら」
「いや、いらねぇって」
 二人が言い合っていると、不意に総司が云った。
「いいです。もう必要ないです」
 きっぱりした口調に、信子はちょっと驚いた。
「あ、やっぱりハードすぎた?」
「それもそうなんですけど、別のダイエット方法があるので、大丈夫です」
「??? 別のダイエット方法?」
「えーっと……はい。帰ってきてくれたので」
 総司はそう答えると、ぽっと頬を染めた。
 ちょっと恥ずかしそうに笑いながら、土方の胸もとに抱きつく。
 それに、信子はやがて、にま〜っと笑った。
「ふーん……歳、あんたもなかなかやるわね」
「……」
「まま、お邪魔虫は帰るって事で。歳、頑張って総ちゃんのダイエットに協力してあげなさいよ。ま、やり過ぎて、ぎっくり腰にならないようにね」
 そう高笑いした信子はDVDをバックにいれて、いつもどおり颯爽と帰っていった。
 それを見送った土方は、苦笑しながら腕の中の総司を見下ろした。
「ったく……姉さんに、いいからかいのネタ与えちまっただろうが」
「でも、本当の事だもの」
 総司は色っぽく潤んだ瞳で、甘えるように男を見あげた。
「ダイエット、協力してくれるでしょう?」
「あんなDVDより、俺の方がいいってか」
 それに、総司はこくりと頷き、土方の胸もとに身をすり寄せた。
 土方は優しく微笑むと、その細い躯を抱きあげた。
 二人が向かう先は、もちろん、寝室。
 その辺りのダイエットプログラムよりも。
 総司をもっともっと綺麗にしてくれるのは、やっぱり。


   だい好きな彼があたえてくれる甘い甘い一時……。