「鍛え方」(ダイエットプログラムのつづき?)




「……は?」
 斉藤は紅茶を総司のために入れてやり、それをずーっと片思いの相手の前に置いてあげながら、一瞬、固まった。
 ここは、もちろん、斉藤の部屋である。
 総司は遊びに来たのだが(もちろん、土方の留守中に)、先日の話を喋り始めた処だった。
「何? 何だって?」
「んー、だからですね」
 総司はにっこり笑った。
「一生懸命、DVDの体操をやってたんですけど、でも、土方さんが帰ってきてくれたから♪ うふふっ、もう大丈夫なんです〜♪」
「大丈夫って……何で」
「やだ、もう! 斉藤さんったら」
 総司はぽっと頬を染めた。
「色々二人でするんだから、いいって事なんですよ。たくさんしちゃった♪ 気持ちよくて、二人仲良くできて、躯も鍛えられて、一石二鳥どころか、三鳥かも〜」
「…………」
「あれ? 斉藤さん?」
 固まってる斉藤に気づき、総司は小首をかしげた。
 覗き込む。
 とたん、斉藤が叫んだ。
「間違ってる!」
「え?」
「鍛え方が間違ってる!」
 そう叫んだ斉藤は、だだーっと部屋の奥へ行くと、何やら掴んで戻ってきた。
 いかにも重そうなダンベルを握りしめながら、叫ぶ。
「躯の鍛え方が、間違ってる! そ、そんなヨコシマな鍛え方でいいはずがないだろう?」
「ヨコシマ? あ、このダンベルの柄変わってる〜。ストライプなんですね。あ、そっかぁ♪ つまり縦縞って事なんだ」
「ちーがーう!」
 斉藤は話のずれまくってる総司に、足を踏みならした。
「躯を鍛えるってのは、もっとハードできついシビアな事なんだ。そういう鍛え方ってのは、ふしだらだしヨコシマだし……」
「そうかなぁ。気持ちよくていいですよ。斉藤さんもどうですか?」
「ど、ど、どどうですかって……っ」
 思わず、させてくれるのか?と聞きたくなってしまった斉藤だが、その前で、総司はにっこり笑った。
「えぇ、三人一緒にやりましょうよ」
「さ、さ…三人ーッ!?」
 ってことは、3○か!?
 そんな事しちゃおうって、誘うのか!?
 マジで!?
 一人青くなったり赤くなったりしている斉藤を前に、総司はにこにこ笑った。
 そして。
 ポケットからある物を取り出すと、それを差し出しながら、こう云ったのだった。



  「ね、朝のラジオ体操、一緒にやりません?」


 「○○自治会主催、朝のラジオ体操」と書かれたスタンプカードを見つめながら、斉藤はぷしゅ〜っと躯の力が抜けてゆくのを、どこか遠いところで感じていたのだった……。












「着信音」




 ……喧嘩をした。
 しかも!
 土方は総司が悪いのだと一方的に決めつけてきたのだ。



 何で?
 友達と出かけることが、そーんなに悪いことなの?
 ぼくは、あなたのお人形じゃないんだから!


 やきもち焼きな彼氏に、総司はぷんすか怒った。
 だが、土方は一向にあらためたり悔いたり謝ったりする様子はない。
 まったくない。
 そんな彼氏に、総司は、ある報復を思いついた……。








「つまり、この件は……」
 打ち合わせだった。
 セクション内の打ち合わせなので、さほど緊張を強いられるものでも堅苦しいものでもない。
 斉藤が書類片手に説明するのを聞きながら、土方は小さく欠伸をした。
 隣には永倉、前には島田と。
 いつものメンバーが揃っている。
 その時、だった。


「電話でーす♪」


「!?」
 突然、響いた総司の声に、土方は目を見開いた。
 慌てて周囲を見回すが、むろん、ここは警視庁。
 こんな処に、可愛い恋人の姿などあるはずもない。
 だが、声はわんわんと響きつづけている。
 しかも、どんどんどんどん音量を増してゆくのだ。


「電話ですよ! 電話です! 電話だってば! 電話だってば!」


「な、何なんですか……いったい」
 斉藤が書類握りしめたまま、呆然と問いかけた。
 それに、云い返す。
「知るかっ。何がどうなってるんだか」
「総司くんの声だろ? これ」
「で、何で、総司の声がここで聞こえるんです」
「あのう……これって携帯電話の着信音では?」
「えっ? あぁ! そうか」
 島田の言葉に、土方は慌てて立ち上がった。
 スーツのあちこちを探るが、なぜか、携帯電話は出てこない。
 その間も、総司の声は叫びつづけてる。


「電話だってば! 早く出てよぉ、電話! 電話ぁー! 電話ぁー!」


 いくら可愛い総司の声でも、これは煩い。
 というか、セクション中の注目の的だ。
 ふり返れば、遠くの席で近藤が唖然とした表情で、こっちを見ていた。
 もしかして、土方自身が入れた着信音だと思われてるのかもしれない。
 彼にしては珍しく焦りまくりながら、必死になって携帯電話を探した。
 ばたばたとスーツを叩き、はたく。
「どこだよ、いったい。早く出てこい、早く……!」
 だが、焦りまくる彼とは裏腹に、携帯電話は出てこないし、どんどん総司の声は大きくなる一方だ。
 斉藤、永倉、島田の三人はうんざりした様子で、土方を眺めている。
 すると、カタンという音をたてて、何かが床に転がり落ちた。
「あ!」
 携帯電話だ。
 土方はようやくこの音をとめられると、ほっとして手をのばした。
 掴みあげ、通話ボタンを押そうとする。
 そのとたん。


「電話!電話!電話! ……もういいですっ!」


 ぷちっと音は切れてしまった。
 いや、切れたのはいいのだが、ラストの言葉は痛い。
 総司本人に云われたようで(げんに、本人の声なのだが)、愛想つかされてしまったようで、胸奥にぐさりと何かが突き刺さった。
「……土方さん」
 呆然としたまま携帯電話を見つめている土方に、斉藤が呼びかけた。
 ふり返ると、ひんやり冷たい表情で云われる。
「いくら可愛い恋人の声でもね、着信音……選んだ方がいいですよ」
「……あぁ」
 げんなりしつつ頷いた土方は、携帯電話の着信音をオフにした。
 そして。
 帰宅したら、総司に必ず絶対に謝ろう! と心から誓ったのだった。


 その後。
 土方の携帯電話の着信音がどんなものになったか。
 はたまた、件の総司ボイス♪着信音を実は秘かに斉藤がゲットしたのかどうかは。
 皆様のご想像におまかせするということで……。  
 
 












「inミ○ド」




 ポ○デドーナツを一口だけ土方さんが食べてみて、の話




「……おいしいですか?」
「……」
「ねぇ、おいしいですか?」
 しつこく訊ねる総司に、土方は渋々答えた。
「……なんか、餅みてぇ」
「でしょ?でしょ? それがおいしいでしょ?」
「けどさぁ」
 土方は口の中にある甘ったるい味を流しこむように、珈琲を呑んでから、答えた。
「それがいいんなら、餅食っときゃいいじゃねぇか」
「何、それ!」
 総司はお気にいりのドーナツをけなされ、きいっと目をつりあげた。
 挙げ句、爆弾発言だ。
「そのおじさん的発言!」
「……悪かったな、どうせ俺は三十前だよ」
「何もそんなこと云ってないでしょ」
「大学生のおまえとは、どうせ話があわねぇよ」
 ぷいっと顔をそむけてしまった土方を、総司は見つめた。
 ため息をつく。
「いったい、何を拗ねてるんですか?」
「…………」
「土方さんって、急に大人っぽくなったり子供っぽくなったりするんだから」
「…………」
「あー、もう」
 総司はドーナツを置くと、身を乗り出した。
 テーブル越しに、土方の頬にちゅっとキスをする。
「!」
 驚いたように目を瞠った土方を、大きな瞳で覗き込んだ。
「あのね」
 ぱっと花さいたような可愛い笑顔。
「おじさんになっちゃっても、おじいちゃんになっちゃっても、ずっとずっと、ぼくにとって、土方さんは世界で一番のいい男なんですよ♪」
「総司!」
「土方さん!」
 頭ん中をラブラブ桃色にそめあげた二人は、手と手をひしっと握りしめあった。
 たちまち、辺りを飛び交うハートマーク。
 そんな、ドーナツそっちのけで、熱く甘ったるく見つめあう、ラブラブばかっぷる〜♪の隣で。
 ポイントゲットのために無理やり連れてこられた斉藤は、ひたすら黙々とチョコドーナツを食べていたのだった……。













「祝日」




 土方は扉を開けると、後ろをふり返った。
 ちょっと淋しげな瞳で見つめながら、そっと笑いかける。 
「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい……」
 総司は戸口で立つ愛しい愛しい彼氏を見あげ、小さな声で云った。
 その髪をくしゃりと撫でてやる。
「戸締まりちゃんとするんだぞ」
「はい。でも、お出かけする時は仕方ないでしょ」
「仕方ないじゃなくて、ちゃんと鍵しめろよ」
「うん」
「けど……出かけるのか? 学校休みだろ」
 そう訊ねた土方に、総司はこくりと頷いた。
「せっかくの連休だから出かけようかなぁって。本当は土方さんについてゆきたいけど駄目だし、だから……」
「……そうか」
「心配?」
「心配だ」
 頷いた土方に、総司はあっさり答えた。
「じゃ、お出かけやめときます。そのかわり、早く帰ってきてね♪」
「できるだけ」
「じゃなくて、絶対」
「絶対」
 そっと抱き寄せられて、髪を撫でられて。
「約束」
「あぁ」
「じゃ、約束のキスして……ん」
「……で、いいか?」
「もっと」
「もっと?」
 そう訊ねた土方に、総司は細い両腕をのばした。
 するりと男の首に手をからめ、甘えるようにしなだれかかる。
「もっと……あなたが欲しいの」
「けどさ、そろそろ行かねぇと」
「だって、お休みの間、ずーっと一緒の約束だったのに……」
「俺の仕事入っちまったものな。悪い……ごめん」
「ううん、いいの」
 総司はふるふると首をふった。
 だが、その瞳はどこか潤んでいるようで、とんでもなく淋しげだ。
 ことんと可愛らしく小首をかしげた。
「だから、ね? もう一回ちゅーして」
「……もう一回?」
「ぅ…ん、もう…一回……ん…っ」
「総司……俺の総司……」
「ぁ、土方…さん……好き……」
「俺もだ。ずっと……離したくねぇよ」
「うん、ぼくも。離さないで……」

 何度も何度も抱きあって。
 キスをかわして、見つめあって。
 別れを惜しむ熱い熱い恋人同士(別名、ばかっぷる)に。
 突然、冷たい声がかけられた。


「──いい加減にして貰えませんか」


「……え?」
 総司がきょとんとして見ると、そこには、先程土方を迎えに来たきり、すっかり忘れ去られていた斉藤が、一人佇んでいた。
 それも、すっごい渋面で。

「あ、斉藤さん」
「……あ、斉藤さんって、おまえ……オレの存在忘れてた?」
「え、うーんと……」
 考え込むあたりで、もう既に忘れ去られていた事が丸わかり。
 がっくりきた斉藤は、ため息まじりに云った。
「別に永遠の別れでも、長い出張でもないでしょうが。ほんの半日、仕事に出るだけで、どうしてこの騒ぎなのですか」
「だって」
「そりゃ」
 斉藤の言葉に、総司はぷうっと頬をふくらました。


 久しぶりにとれた連休。
 思いっきり二人いちゃいちゃして、らぶらぶして。
 恋人たちの甘い甘い、砂糖吐くほど甘い生活を満喫していたその真っ最中。
 一本の電話がそれをぶった切ったのだ。
 普段なら、こんなに別れを惜しんだりしない。
 だが、久しぶりに味わった恋人の感触は、離れがたいもので。
 だからこそ、こうして、さっきから、二人はひっついたり抱きあったり、キスしたり、見つめあったりして、ずるずるずる出発時間を遅らせていたのだ。


「本当なら、二人一緒にいるはずだったのにな」
「そうですよね」
 そう云ってまた見つめあいはじめた二人に、斉藤は訊ねた。
「どこか外出する予定だったのですか?」
「違うけど」
「もっとキスする予定だったんです」
「は?」
「抱き合ったり、もっといい事したり、二人だけでうんと楽しんだり」
「この連休のために、総司、お肌の手入れしまくったらしいからな。そりゃもう、すべすべで」
「だって、土方さんにさわってもらうためだもの♪」
「あぁ、なのに……ごめんな」
「ううん、いいの。でも、そのかわりキス……」

 どこまでもいつまでも。
 エンドレスリピートしそうな二人のばかっぷるそのものの会話に、とうとう斉藤はブチ切れた。

「あああああ、もういいですッ!」
「え?」
「オレ一人で処理してきます。それで問題ないでしょう?」
 そう叫んだ斉藤を、土方はじっと切れの長い目で見た。
 それから、これ以上ないぐらいのきれいな顔でにっこり笑うと。
「なーんだ、そっか。斉藤、おまえ一人で行きたかったのか〜」
「やだ、斉藤さんったらぁ♪ 初めから、そう云ってくれたら良かったにぃ」
「んじゃ、頼むな。よろしく」
 すちゃっと機嫌を直した土方はそう云いきると、愛しい愛しい恋人総司の躯をひょいっと抱きあげた。
 さっさと扉を開け、中に入るとバタンッと閉めてしまう。ご丁寧な事に、ガッチャリ鍵のかかる音までした。
 携帯電話の電源も切られたに違いない。
 中断された二人のらぶらぶ休日を、今から思う存分堪能するつもりなのだろう。
 その、お手入れ抜群の、総司のすべすべお肌も。

 後に残された斉藤は、官舎の廊下で、はぁあああーとため息をついた。
 そして、しみじみ呟いた。

「……初めから一人で行きゃ良かった」

  
 人の恋路を邪魔するものは、馬に蹴られる。
 その諺がぴゅう〜っと肌寒い風と共に身にしみる、斉藤一、秋のある祝日の事なのであった……。













「黄色の誘惑」




 あれは、黄色い誘惑なのだと思う。
 スーパーマーケットの一角。
 おいでおいでと手招きしている、大きな文字。
 そして、一面の黄色。
 甘い匂い。

 袋詰め放題300円!

 つやつやした輝きも、すべっとした肌触りも、まったりした黄色の色合いも。
 何もかもが好きだ。
 もちろん、それを口に含んだ時の味はもうもう云うまでもないことで。
 真冬の寒ーい夜なんかに、炬燵にもぐりこんで、食べる一時は、極楽浄土の至福!そのものなのだ。
 だから。

「よし、頑張ろう!」

 一人気合いを入れて、その台にむかって突進し、小さな今にも破けそうなビニール袋を手にとった。
 そして、ぎゅうぅぅ〜っと思いっきり引き延ばして。
 いざ詰め込み作業の開始! だ。
 必死になって、一心不乱に、せっせとみかんを選別し詰め込み続けていると、傍らから声がかけられた。

「……斉藤さん?」
「──」

 ふり返ると、見慣れた可愛い顔がじーっとこちらを見あげていた。
 そう。
 今更説明するまでもない。
 そこに立って彼を見あげているのは、誰あろう、永遠に片思いの報われぬ恋の相手、総司なのであった。
 ちなみに、一方で、斉藤がこの世でただ一人心底頭のあがらない相手でもある。 
 総司はじいっと斉藤を凝視してから、ゆっくりと、その視線を彼の手元へ向けた。
「……斉藤さんって、みかん好きなんですね」
「あ、いや」
「さっきから見てましたよ。ものすごい勢いで突進して、ビニール袋ぎりぎりまで引き延ばして、ぎゅうぎゅう詰め込んでるんだもの。まさに、主婦の鑑ですね!」
「いや、そのっ」
「こんなに手慣れてるなんて、すごーい♪ あ、良かったら、ぼくとこのもやって貰えます?」
 総司はにっこり笑うと、ビニール袋をさし出した。
 斉藤はそれを無言で見つめた。

 別に、主婦の鑑になりたかった訳ではない。
 ましてや、ビニール袋広げに手慣れている訳ではない。
 そりゃ、青ビニール敷いたり張り巡らしたりするのは、お仕事柄馴れてはおりますが。
 あれはあれ、これはこれ。
 ただ単に、自分は、このつやつやみかんが沢山食べたかっただけなのだ。
 それも、炬燵にもぐりこんで。
 高価なデッキで、お気にいりのジャズなどを流しながら。
 あぁ、至福の一時!

「斉藤さん、ほら、ぼーっとしてないで!」
 思わず至福の想像に飛びかけた斉藤を、容赦ない現実に引き戻したのは、もちろん、総司であった。
 びしっと命じながら、ビニール袋を押しつけてくる。
 では、それを本当はするべき「彼氏」はと見れば、向こうの方で憐憫の表情でこちらを見やっていた。

 前のヨーグルトで、かなり懲りたらしい。
 いや、自分も懲りたのだ。
 だが、しかし。

「ほら、早く〜」
 総司はぐいぐいビニール袋を押しつけた。
「このビニール袋どんどん広げて、せっせと頑張って詰めこんでくださいよ。ね? 斉藤さんなら、ぼくのお手伝いしてくれるでしょ?」
 にこにこ悪魔──いやいや、天使の笑顔でおねだりしまくってくる総司に、斉藤は力なく頷いた。
 ここで捕まったが最後、徹底的に使われまくるのは目に見えているのだ。
 ならば、もう諦めるより他あるまい。
 人間、諦めが肝心なのだ。
 斉藤はため息をつくと、ビニール袋を思いっきり、少々やけくそ気味に、グッイーンッ!!と引き延ばした。

 次の瞬間。
 当然と云えば、当然な話のだが。
 
 ビリビリビリーッ!!と破け散るビニール袋の破裂音と、総司の非難にみちた悲鳴が、昼下がりのスーパーマーケット食料品売り場に、高らかに響き渡ったのだった……。


 ──その後の、お気の毒な斉藤さんの運命は、皆様のご想像におまかせするという事で…… 














「バームクーヘン」




「いかがですか?」
「いや、凄いですね。綺麗に焼けますね」
「でしょう。これは当社お勧め新製品のフッ素加工フライパンでして。どこが違うかと云いますと、どーたらこーたら……」
「……」
 黙々とバームクーヘンを焼きつづける斉藤。


 真冬の街頭。
 ○○会社支店営業部前。
 はたはたと冬の冷風に翻るキャンペーンの旗。
 マイクを持って、ここぞとばかりに宣伝する女性営業マン。
 にこやかな笑顔でボードを立ってもつ、スタッフ達。 


 何故か、そこで捕まり、延々とバームクーヘンを焼く男、斉藤。
 あるいは、自ら興味を持って申し出たのか、じっと見ていたら「どうぞ♪」とフライパン返しをさし出されたのか。
 真偽の程は定かではないが、今現実に、斉藤は黙々とバームクーヘンを焼きつづけている。
 うすーく生地をのばして、焼いてひっくり返したら、その上にまた生地を重ねるように注ぎいれて、そして、そして────エンドレス?



「……ねぇねぇ」 
 久しぶりのデートでうきうき歩いていた総司は、不意にくいっと土方のコートを引っ張った。
 それにふり返った土方は、何だと小首をかしげる。
「ねぇ、あれって……」
 総司は、賑やかな通りの向こうを指さした。
 場所は、彼らがいる処から進行方向にある。
 そして、一つの大きなビル前にいるのは。
「あれって、斉藤さんじゃありません?」
「……そうだな」
「あんな処で何をやってるのかなぁ」
「さぁ、何だろうな」
「何か、クッキングしてるっぽいんですけど……でも、何で?」
「さぁ、何でだろうな」
 土方のどこか投げやりな口調に、総司はちょっと肩をすくめた。


 その間にも、キャンペーンは行われている。
 女性営業マンが甲高い声をはりあげ、マイクで宣伝し、周囲のスタッフがボードをふり回す。
 そんな中で、斉藤はまだバームクーヘンを焼いている。


 しばらく無言で斉藤の方を見やっていた二人だったが、やがて、総司が小さな声で云った。
「斉藤さんに……声かけますか?」
「……いや」
 土方はゆるく首をふった。
「やめておこう」
「どうして?」
「総司」
 土方は静かな声で重々しく答えた。
「斉藤は、真剣に一生懸命、バームクーヘンを焼いてるんだ。見ろ、あの真剣!な顔を。鬼気迫るものまで感じさせるだろう。すげぇ集中しているんだ」
「そ、そうでうsね」
「そんな時に俺たちが声をかけたら、もしかすると、集中力が途切れちまうかもしれない。だから、今は声をかけない方がいいんだ。友人なら、頑張るあいつを、そっと見守っていてやるべきじゃないのか」
 力説する土方に、総司はこっくり頷いた。


 だが、二人とも、それが本音でないことをうすうすかんづいている。
 本音は、恥ずかしい! のだ。
 誰が、あの派手なキャンペーンのまっただ中で、何故かバームクーヘンをもの凄い形相で焼いてる男に、声をかけられるというのか!


 総司がまた小さな声で云った。
「そっと見守る……じゃあ、ここで見てるんですか」
「……それもちょっとな」
「ぼくたちも用事とか、ほら、色々ありますものね」
「あぁ、そうだな」
 土方はにっこりと綺麗な笑顔をうかべた。
 それに、総司も微笑む。
 次の瞬間、二人はくるりと方向転換した。
 そして。
 驚異的なスピードですたこらさっさと、その場から立ち去っていったのだった……。



 その後ろで。
 斉藤さんは、まだバームクーヘンを焼きつづけている。
 彼の美学に叶うような、完璧な美しくもおいしいバームクーヘンを完成させるために。



 彼の目指すゴールは、まだまだ遠い。














「お花見」




 お花見は熾烈な争い事である。
 それを思いながら、斉藤はしみじみとため息をついた。
 終業後だったが、必死に走った甲斐があったというもので、なかなかいい場所をゲットできたのだ。
 その事に、斉藤は深い満足を覚えた。
 「よし!」と頷いてから、くるりとふり返ると、隣でうんざりしたようにビールの本数を数えていた土方に、声をかけた。
「じゃあ、さっそくシート敷きましょうか」
「……あぁ」
 土方は僅かに眉を顰めたまま、立ち上がった。
 それに、斉藤はつけつけ云った。
「むすっとしても仕方ないでしょう」
「……」
「じゃんけんに負けたのは、土方さんですよ。それも三回連続で」
「おまえも負けただろうが」
「オレは毎年幹事なんですよ」
「嘘つけ。だったら、じゃんけんなんかに参加する必要ねぇだろうが」
「ボランティア精神豊かなんですよ」
「何か違うだろ」
 いつもの如くの云い争いをしながら、斉藤と土方はもってきたビニール袋を開けた。
 今回は、新品のレジャーシートを購入したと、近藤が云っていたのだ。去年どんちゃん騒ぎで汚しまくってしまった為、破棄処分するしかなかったらしい。
「どんなのでしょうね。まぁ、少人数用だから、それ程大きくないって云ってましたけど」
「そうだな。俺とおまえ、近藤さん、永倉、島田だから……5人か」
「山崎も来ると云ってましたよ」
「それでも6人だろ。行っていいとこ、2メートル四方じゃねぇのか」
「いや、男6人でそれはちょっと。3メートル四方は欲しいですね」
「2メートル四方のを二つとか」
「あぁ、それあり得るかも」
 斉藤はがさがさと紙袋を破っている。
「過剰包装ですね。かなり高価なシートかな。どこかのブランドものとか」
「……ブランドもののレジャーシートなんて、あるのか」
「あるかもしれないでしょう。あったら、派手でしょうね。一面、グッチとか」
「近藤さんだからな、けっこう地味じゃないのか」
「いや、意外と可愛い水玉模様だったりして」
「ストライプとか」
「花柄だけは勘弁して欲しいですねぇ」
 ちょっぴり楽しみにしながら、斉藤と土方は、ようやくそれを取り出した。
 二人で端をもって、ばさぁーっ!と広げる。
 とたん、その場に重苦しい沈黙が落ちた。
「…………」
「…………」
 二人して、じーっとそのシートを見つめた。
 近藤が買ってきた、新品のレジャーシート。よくある大きさのタイプで、土方の言葉どおり2メートル四方が二枚だ。
 だが、それは、花柄でも水玉でもストライプでもなかった。
 非常に非常〜に! いやってほど見覚えのある色柄だったのだ。
「……土方さん、これ……」
 情けなさそうな顔で斉藤が声をかけると、土方はシートに視線を固定したまま、答えた。
「良かったじゃねぇか、花柄じゃなくて」
「それは違います、けどっ」
「しかし、この大きさでわざわざコイツを買うか。それも、うちの花見だぞ」
「このシートの上に坐って、花見とか酒とかって……盛り上がるどころか、盛り下がるような」
「確実に盛り下がるな」
 土方は深く頷いた。
 気が滅入るのも当然だった。
 近藤が選んできたのは、所謂ブルーシートだったのだ。
 刑事である彼らが、殺人現場とか、テロ現場とかで、毎度おなじみのあのシートだ。
「わかるんですけどね」
 斉藤ははぁとため息をつきながら、云った。
「花見と云えば、ブルーシートなのでしょう。一番安いし」
「……確かに、周囲を見回せば、全部あちこち現場みたいだしな」
「!? って、そういう事云わないで下さいよ!」
「本当の事だろうが。けど、何が悲しくて、刑事の俺らが、現場でおなじみのブルーシートの上で酒かっくらわなきゃなんねぇんだ?」
「そんなのオレに聞かないで下さいってば」
 二人はしばらくそうして、意味のない会話をかわしまくっていたが、やがて、無言のままブルーシートを見つめた。
 だが、事は差し迫っている。
 そこは都内でも有数の花見の名所なのだ。
 そのままぼけっと突っ立っていれば、すぐさま横合いから場所を取られてしまうこと必定だろう。その証拠に、どこかの会社員らしき男二人が、同じようなブルーシートを握りしめ、じりじりこちらへ接近してきている。
 事は急ぐのだ。
「……敷きましょうか」
「あぁ」
 斉藤の言葉に、土方は頷いた。
 そして、ブルーシートをその場にせっせと敷いていったのだった。


 もちろん。
 後から来た近藤が、さんざん非難の集中砲火をあびたのは、云うまでもない事なのである。













「恋しちゃう瞬間 おまけ話」




 「……何、見てるんですか」
 そう訊ねた斉藤に、土方は携帯電話をさし示してみせた。
 とたん、思わず頭痛がしてしまう。
「監視、ですか」
「人聞きが悪いな。ほら、よくあるだろ、子ども見守りとか。あれと一緒だよ」
「じゃあ、総司は子どもって事ですか」
「子どものはずないだろ?」
 土方は呆れたように、斉藤を見返した。
「総司は、俺の可愛い恋人に決まってるだろうが」
「……」
 沈黙する斉藤の前で、臆面もなくそう云いきった土方は、また携帯電話の画面に視線を落としてしまった。
 それに、斉藤はやれやれとため息をついた。肩をすくめ、運ばれてきた、たらこクリームパスタを食べ始める。
 場所は本庁近くのレストラン。
 夕食の最中だったのだ。
「しかし、携帯のGPSだけってのも、物足りないものがあるな」
「……物足りないって、まさか、監視カメラまでつけるつもりですか!?」
「あぁ、それいいな」
 事も無げに答える土方が恐ろしい。
「それじゃ、きっぱりストーカーですよ」
「恋人同士でも?」
「当然です。犯罪行為です」
「そうかなぁ、愛ゆえの行為だろうが」
「愛していれば許されるなんて、そんなの間違ってます!」
「まぁ、それは一理あるが、けど、やっぱり愛してる相手をいつも見守っていたいって云うのは、ごくごく当然のことだろ?」
「だから、そういう愛の形って、オレは受け入れられないんですっ」
 そう云いきってから、斉藤は、はっとして周囲を見回した。
 いつの間にか声が大きくなっていた上に、会話の内容が内容だ。いつのまにやら、周囲には微妙な空気が漂っている。
 右斜めの席に坐っている女子高校生たちが、妙に目をキラキラさせながら、こちらを見つめていた。とっても、嬉しそうだ。
 斉藤は冷や汗をかくのを覚えた。

 もしかして、まさか……オレと土方さんの関係を、誤解された!?
 ええええーっ!

 ぞわわっとするような誤解に、斉藤は思わず立ち上がって身の潔白を叫びたくなったが、そんな彼の前で、まったく何も気づいていない土方はのんびりとした口調で云った。
「あ、そのたらこパスタも、旨そうだな」
「え」
「食わせてくれよ」
 そう云うなり、テーブルごしに手をのばし、斉藤のくるくる綺麗にパスタを巻いていたフォークごと手を掴んだかと思うと、自分の口へひょいっと運んでしまった。
 呆然とする斉藤を前に、土方はもぐもぐ食べてから、「うん、旨いな」とにっこり笑った。
 とびきりの極上の笑顔である。
 とたん、周囲で「きゃああ〜♪」と歓声があがった。
「……」
 無言でテーブルに突っ伏してしまった斉藤を、土方は不思議そうに眺めた。
「どうした、勝手にとったから怒ってるのか?」
「……そういう事じゃなくって……なくって……」
「そんな怒るなよ。おい、俺のやろうか?」
 呑気に問いかける土方を前に、斉藤はもはや何を云う気にもなれず、のっそりと身を起した。そして、そのまま一心不乱に、もぐもぐとクリームパスタを食べたのだった。
 ちなみに、土方が食べていたのは、斉藤のだいっ嫌いなピーマンがたっぷり入ったナポリタンだった。
 しかし、土方に悪気はない。というか、斉藤の好みなど把握していない(笑)。




 危ないカップルとして認識された二人の姿が、女子高校生たちに携帯で撮られていたかどうかは、定かではなかった……。













「安全運転で行こう! おまけ話」




「いい天気だねぇ」
 呑気な口調で、永倉が呟いた。
 それに、土方は助手席のシートに背を凭せかけながら、頷いた。
「こんな青空の下で、爆弾しかけようなんざ思う輩の気が知らねぇな」
「まぁ、理解したくもねーけどね」
 そう笑った永倉に、土方は口角をあげる事で返した。
 今、二人は事件現場に向う処だった。小規模のテロがあったのだ。未然に防げたので怪我人はいなかったが、一応現場検証はしなければならない。
 しばらく車で走らせた後、永倉が不意に呟いた。
「急がねーけど、どうしようかねぇ」
「? 何だ」
「いや、前だよ。前」
 そう云って指さした永倉に、土方は視線を前に向けた。
 すると、ゆっくりと走っている一台の車があった。
 上には何やら四角いものがついているが、タクシーではない。その証拠に、車の側面には……
「教習車か」
「らしいね。抜こうか?」
「いや、どのみちこの先の信号で……」
 云いかけた土方の言葉どおり、目の前の信号が黄色になった。
 当然ながら、教習車はとろとろと停車する。
「じゃ、信号かわったら抜きますか」
 そう云いながら、永倉は車を前に進めた。教習車に横並びにする。
「この近くに教習所があるからなぁ。その車も多分そこのだろうね。いや、懐かしい懐かしい。オレもさ、車の免許とる時けっこう苦労して」
 一人喋っていた永倉は、隣からしたガチャという音にふり向いた。
 驚いて見れば、何と、土方がシートベルトを外し、車のドアを開く処だった。
 さっさと降りていってしまう。それも車道にだ。
 思わず叫んだ。
「土方さん! ちょっとあんた、何考え……」
 だが、その言葉もとまった。
 土方がいきなり隣の教習車にむかって拳をふりあげたかと思うと、乱暴にそれをふり下ろしたのだ。
「!」
 気でもおかしくなったのかと、身をのりだした永倉は、とたん、納得した。
 窓ガラスごしに見えたのは、永倉もよく知る人物だったのだ。
 さらさらした髪に、大きな瞳。
 なめらかな色白の頬をほんのりピンク色に染め、びっくりした表情で土方を見つめているその可愛い少年は……
「あちゃ〜、総司くんとは」
 永倉は自分の額を手でぴしっと叩いた。
 何やら、外では騒ぎが起こっているようだ。
 急がないとはいえ、これから現場検証なのに。
 それら諸々の事を考え、ちょっぴり頭が痛くなる永倉なのだった……。