「……あのね」
宗次郎はちょっと躊躇ってから、思い切ったように顔をあげた。
とても綺麗な秋晴れの日だ。真剣な顔で立つ宗次郎の上に、澄み渡った青空が広がっていた。
が、そんな顔も空も、目の前にいる男には見えない。だが、幼いながらも一生懸命な様子は感じ取られたので、穏やかに促した。
「言ってごらん」
「あの、あのね……歳三さんのことなの」
石翠は年の離れた弟の名前に、ふむふむと頷いた。
たぶん、そうなのだろうと思っていたが、予想どおりこの名前が出てきた事に思わず微笑んだ。
歳三は今年十七歳になる若者だった。端正でこの辺りでは稀なほどの水際立った容姿をもっている。だが、すらりとした長身に綺麗な顔だちとくれば当然女が放っておくはずがなく、その年にして既にかなり遊んでるという噂だった。
むろん、兄である石翠はそれが事実であることを知っているのだが。そして、それが完全な遊びであり、本当のところ歳三の関心はただ一人だけに向けられていることも。
実際、不思議なほどだった。あれほど子供嫌いだった歳三が、この宗次郎にだけは夢中になっている。可愛くて可愛くてたまらないようだった。
あれこれと世話をやき、どこへでも連れてゆくので、おのぶや彦五郎が気味悪がっているとも聞いていた。下心があるのではと問い詰められたこともあったらしい。
もっとも、それを聞いた石翠は笑って、「下心あってもいいじゃないか」と答えたのだが。
何にしろ、あの歳三がそこまで心を許せる人間に逢えたことの方が、大事であり幸せなことだと思ったのだ。幸いにして、その相手の方も周囲が驚くほど懐いているという話だし。
「……歳三が?」
石翠は穏やかな声で促した。
「どうかしたのかな」
「……どうもしません。歳三さん、いつも優しいし……でも」
「でも?」
「ずっと、なのかなって」
宗次郎は年に似合わぬ大人びた表情をうかべた。八才してはかなり聡明な方だが、それでもまだ子供だ。こんな表情をうかべるのは珍しい事だった。
「ずっと、とは?」
「いつまで傍にいてくれるんだろって、思うの」
「……」
「ずっとずっと、傍にいてくれたらいいのに。でも、歳三さん女の人だい好きだし、いつか私のことなんか知らん顔して、女の人とどこか行っちゃったらと思ったら……もう涙が出てくるの」
「なるほど」
石翠は微笑んだ。
子供ながら不安で仕方がないらしい宗次郎に、優しい言葉をかけてやりたくなる。歳三があれほど宗次郎を可愛がるのも無理はないという気がした。これだけ慕われれば、幾ら何でも無下には出来ないだろう。
「宗次郎は、歳三にずっと傍にいて欲しい訳だ」
「いけないことかもしれないけど、でも、歳三さんがだい好きだから」
「なら、その気持ちを伝えればいい」
「伝えてるよ、いつも」
大きな瞳で宗次郎は不思議そうに石翠を見上げた。
「だい好きって、一緒にいてって」
「それに、歳三は何て答えるのかな? あぁ、これは前にも聞いたか」
「うん。今でも同じ。好きだ、一緒にいるよって。でも……ずっとなんて無理だから。歳三さん、きっと綺麗な女の人とどっか行っちゃう」
しょんぼりと俯いた宗次郎を感じ、石翠はまた微笑んだ。
この少年と話していると、本当に飽きない。
手をのばし、宗次郎の頭を優しく撫でてやった。柔らかな髪、小さな頭。
「いいことを教えてあげよう」
「また魔よけ?」
「いや、違うよ。宗次郎の傍にずっと歳三をいさせられるおまじないだ」
「そんなのあるのっ?」
宗次郎はぱっと顔を輝かせ、訊ねた。嬉しさのあまり、可愛い声が高くなっている。
それを微笑ましく思いながら、石翠はしっかりと頷いたのだった。
所は変わって、ここは歳三の姉であるおのぶの嫁ぎ先である佐藤家の屋敷。
自分を手にいれる策略を石翠と宗次郎が練っている事など、全く知らず、歳三は昼寝から目覚めたところだった。
うーんと伸びをして、それからいつの間にか来た近藤に、よっと手をあげた。
「久しぶりだな、勝っちゃん」
「この間、会ったばかりだろうが」
「そうだっけな。あぁ、三日前か。けど、あれはもうすれ違っただけだろ」
「相変わらず女と忙しそうだったものな」
「まぁな」
悪びれずもせず頷いた親友にため息をつき、近藤は立ち上がった。
「昼飯の用意が出来たそうだ。おのぶさんが呼んでたぞ」
「あぁ」
歳三は裾を払って立ち上がると、さっさと近藤と肩を並べて歩き出した。
こうして隣に並ぶと二人の体格の違いはよくわかる。
背丈は歳三の方が少し高いだけなのだが、近藤ががっしりと大柄であるのに対し、歳三はすらりとしてとちらかと言えば細身な体つきだった。
もっとも歳三は着やせするたちなので、無駄一つない引き締まった体つきをしており、その上、女なら誰でもふり返るほどの端正な顔だちだ。もてるのも無理はない事だった。
「もう少し自重しろよ」
近藤は昼飯をとりながら、重々しい口調で言った。
それに、向かい合って箸を動かしていた歳三が顔をあげた。
「何を」
「だから、女遊び。あんまり火遊びばかりしてると、そのうち痛い目にあうぞ」
「へぇ、勝っちゃん、意外と詳しいんだな。そういう経験あるのか?」
「じゃなくてっ、とんでもないのに捕まってから慌てても仕方ないんだからな」
「とんでもねぇのって? 俺、けっこう相手を選んでるぜ」
「だから、純真で初心な子とかだよ。想いこまれて追い回されるのは困るだろ?」
「あぁ、ないない。そういうのには絶対、俺、手ぇ出してねぇから」
にやにや笑いながら、歳三は手を振ってみせた。
「やっぱり遊びは後腐れないってのが一番だからな。俺が手ぇ出すのは遊び馴れてる女ばかりだよ」
「なら、いいがな……」
そう近藤が言いかけた時だった。玄関の方で声がして、おのぶが何か応対しているのが聞こえた。
しばらくすると、にこにこ笑ったおのぶが部屋に入ってくる。
「歳三、お客さんだよ」
「客?」
訝しげに聞き返す間もなかった。たたたっと軽い足音が聞こえたと思った瞬間、少年が部屋に飛び込んでくる。
ふり返った歳三のもとに、宗次郎は「歳三さん!」と言いざま走り寄ってきた。そして、胡坐をかいた歳三の膝上にのるように飛びついてくる。
「おいおい」
歳三は慌てて少年の小さな体を抱きとめた。箸を椀を置き、その体を膝上に軽々と抱き上げる。
それに宗次郎は両手を彼の背中にまわして、ぎゅっと抱きついた。
「あのね、あのね、歳三さん」
「落ち着けよ。いや、それより……おまえ、飯食ったのか?」
「あ、忘れてた」
一つのことに夢中になると、宗次郎はすぐ他の事を忘れてしまうのだ。
歳三は苦笑し、手を伸ばして箸を取り上げた。煮物をはさみ、それを宗次郎の口に運んでやる。
「ほら、食えよ」
「うん……」
宗次郎は頷き、口をあけた。煮物をもぐもぐ食べる。
「旨いか? こっちの牛蒡の方がいいか?」
「うん、それとお魚」
「あぁ、ちょっと待ってろ、。ほぐしてやるから……ほら」
「ん……おいしい。あ、卵焼きがある」
「こっちも食うか? おまえ卵焼き好きだもんな」
歳三は膝上に抱いた宗次郎の口に、次々と箸で料理をはこんでいった。
宗次郎もおとなしく歳三の胸に抱きこまれたまま、口をあけては素直に食べていた。食べ物の汁で汚れると唇を指さきで拭ってやり、それをまた自分の舌でぺろりと舐めあげる。
すると宗次郎が顔をよせ、彼の指をちゅっと唇に含んだ。
「甘い……卵焼きの味がするね」
無邪気に笑う宗次郎に、歳三がもう可愛くてたまらないと言いたげに目を細めた。
「……」
その様を、近藤は呆然と眺めていた。
いったい何なんだ、これは。そういう見方をしてはいけないのかもしれないが、これではまるで……まるで……。
呆気にとられたまま、おのぶの方を見やると、彼女はちょっと苦笑してみせた。
「いつもこうなんですよ」
「……い、いつもなんですか」
「歳三はもう、宗次郎ちゃんを甘やかしすぎで。お光さんから苦情を言われてるぐらいなんですけど」
これは甘やかすとかってものじゃないでしょう! と思わず突っ込みたくなったが、何だかそう思ってしまう自分の方が不純な気がして、近藤は無言のまま飯を掻きこんだ。
その前で食事を終えた宗次郎は歳三の膝上から降りると、すぐ傍にぺたんと坐った。
かるく彼の腕に手をかけ、大きな瞳で見上げた。
「あのね、お願いがあるんだけど」
「あぁ」
歳三は湯飲み茶碗を取り上げながら、答えた。
「何だ? 祭りか? 菓子か?」
「ううん、そうじゃないの。もっと大切なこと」
「言ってみろよ。何でも聞いてやるから」
「ありがとう、歳三さん。じゃあね」
宗次郎はすうっと息を吸い込んだ。
そして、無邪気な可愛い声で元気よく言ってのけた。
「私を歳三さんのお嫁さんにして下さい!」
「……っ……」
さすがに茶を吹きはしなかったが、歳三は思わず噎せてしまった。むしろ吹き出したのは近藤の方で、うずくまりゲホゲホ咳き込んでいる。
歳三は口許をおさえ、顔をしかめた。
「……くっ、けほっ……」
「歳三さん! 大丈夫っ?」
「おま…えが、あんな事言うから……」
「だってぇ」
宗次郎はつやつやした桜色の唇をちょっと尖らせた。
「本当なんだもの。歳三さんのお嫁さんにして欲しいんだもの」
「嫁って、おまえなぁ……」
「だめ?」
宗次郎は大きな瞳をうるうるさせ、歳三を見上げた。あまりの可愛さに、思わずうっと呻いてしまう。
その時、突然、近藤が立ち上がった。そして、思い切り叫んだ。
「だから言っただろうがぁ!」
「? 勝っちゃん?」
呆気にとられる歳三を見下ろし、近藤は言葉をつづけた。
「初なのに手出すなって。ここまで宗次郎に思い込ませたおまえが悪い、責任をとれ!」
「はあ? 勝っちゃん、何か混乱してねぇか?」
「泣かせるおまえが悪い! あれだけ優しくしておいて知らん顔するのは、絶対おれが許さんっ」
「ちょっと待ってくれよ」
「宗次郎、泣いてるぞ。それを見て可哀想だと思わんのか、おまえは!」
「え」
慌ててふり向くと、宗次郎は大粒の涙をぽろぽろ零していた。大きな瞳で歳三だけを見つめたまま、泣きじゃくっている。
とたん、歳三の胸がずきんっと痛くなった。思わずその小さな体を両腕で抱きしめてしまう。
「宗次郎……宗次郎、泣くなよ」
「歳三さん……私のこと、嫌い……?」
「そんなことあるはずねぇだろ」
「じゃあ、好き? 少しは好いてくれてる? お嫁さんにしてくれる……?」
「……」
「お願い、歳三さん。私だけのものになって……」
思わず目をそらした歳三に、横からおのぶが言葉をそえた。
「歳三、子供の約束じゃないか。うんと言っておやり」
「姉さんまで……」
「こんなにおまえを慕って泣いて、可哀想だよ」
どこか非難じみた口調で促すおのぶと、鬼のような顔で睨みつけてくる近藤の前で、歳三は小さくため息をついた。
宗次郎の涙を拭ってやり、答えた。
「……わかった。俺はおまえだけのものだ」
その瞬間。
宗次郎は、ぱあっと花のように微笑った。そして嬉しそうにぎゅーっと胸もとに抱きついてくる。それを抱きとめながら、歳三はふと思った。
(……まさか、これで俺の将来が決定したって事はねぇだろうな)
だが、それは紛れもない事実で。
十数年後、彼はその事を思い知らされる事になる──
所も時も変わって。
ここはその十数年後。京都壬生屯所。
泣く子も黙る新撰組副長の部屋に、冷たい声が響いた。
「……あなたは私のものだと言いましたね?」
「たぶん」
「私をお嫁さんにしてくれると約束しましたね?」
「言葉は違うが。俺はおまえだけのものだと言った」
「つまり、生涯、私ただ一人って事ですよね?」
「……あぁ。だが、総司……」
「じゃあ、これは何ですかっ!」
ばさっと音をたてて、たくさんの紙が畳の上に叩き付けられた。
どれも薄紅色やら若葉色やら艶かしい紙ばかりだ。どう見ても、それは恋文だった。
「ひいふうみいって数えてみたら七通もあるじゃないですか! 何なんです、これは」
「別にくれと言った訳じゃねぇよ」
「でなくても、遊びに行ったからこういうの来る訳でしょう?」
「接待で行く事もあるだろ」
「接待ぐらいでこんなに来ますか! それにね、中身見ましたけど」
「見たのか?」
思わず土方は形のよい眉を顰めた。
「他人の書簡を見るなど……」
「他人じゃありません。私はあなたのお嫁さんです。旦那さまの浮気を追及してどこが悪いんですか?」
「嫁って、あのな。落ち着いてくれよ」
「これが落ち着ける訳ないでしょう? 中身、みーんな閨の事ばっかり。私がちょっと斉藤さんと食事に行くのも怒るくせに、自分はこういう事をしてた訳ですよね」
「だから、俺の話も聞いてくれって」
「土方さんなんか、もう知りませんっ!」
そう叫ぶなり、総司は手紙を土方にむけて叩きつけ、部屋を出ていってしまった。凄い勢いで足音が遠ざかってゆくのを聞きながら、土方ははあっとため息をついた。
もう追いかけて弁明する気力もない。いや、実際、弁明のしようもないのだが。
子供の頃からずっと大切に育て、ようやく最近手にいれたばかりの可愛い恋人。だが、これがまた気が強くて意地っぱりで。いったん機嫌を悪くしてしまったら、もう大変なのだ。
(……持久戦だな)
土方はそんな事を考えながら、また、ため息をついたのだった。
「絶対、絶対、絶対、許さない!」
ぷりぷり怒りまくった総司は道場でちょっと発散してから、たまたまそこにいた斉藤と連れ立って町に出ていた。連れ立ってというより、彼の腕を抱え込み強引に連れ出したのだが。
連れ出された斉藤の方は、頭が痛いと言いたげな表情でため息をついた。
「また喧嘩か?」
「喧嘩じゃありません。一方的に相手が悪い場合は違うでしょう?」
「さぁ、それは知らんが、いったい何が原因なんだ」
「浮気」
「へえ」
「へえですか! へえって、それだけ?」
「そりゃ、副長だって男だ。どうせ色町の女相手だろ? 本気でないならいいじゃないか」
「でも、私はあの人の恋人なんですよ。どうして他の人とする必要があるんです?」
「男の欲求って奴だろ?」
総司の目が氷のように冷たくなった。
「……知らなかった。斉藤さんてそういう人だったんだ」
「いや、そうじゃなくて……え、総司?」
「こうなったら、徹底的に巻きこまれて貰います。いいですねっ?」
そう言うなり、総司はまた凄い勢いで歩き出した。それに引きずられるように歩いてゆきながら、拒否する事も許されなかった斉藤は、げんなりした表情で空を仰いだのだった。
その晩、屯所の一室で開かれた、幹部のみ出席の宴会は当初、穏やかに始まった。
いつもどおり上座の方で近藤はにこにこしながら酒を飲んでいる。その隣で土方も黙々と酒を口に含んでいた。時折、視線が広間の中へ滑るが、すぐ手元に戻される。次第に形のよい眉が顰められ、不機嫌になっていった。
理由は明らかだったので原田はにやにや笑いながら、それを眺めていた。むろん、慰めたりする気など全くない。こりゃ面白くなるぞと完全に野次馬の構えだ。
その時だった。
突然、スパーンッ!と音をたてて襖が開かれた。
永倉や藤堂たちが驚いてふり返ると、そこには総司と斉藤が立っていた。しかも二人は腕を組んでいる。が、甘い雰囲気は全くなく、総司は諦めきった表情の斉藤を引きずるようにして、部屋の中へ入ってきた。
そして、一直線に上座へ向かうと、土方の前で立ち止まった。
「……」
さすがに土方も驚いた表情で二人を見上げている。杯さえ持ったままだった。
そんな男を見下ろし、総司はぎゅっと斉藤の腕を抱くと、叫んだ。
「私、斉藤さんと浮気させて貰います!」
「──」
とたん、しーんと部屋の中が静まり返った。
もちろん、二人の仲に今更驚いた訳ではない。総司の爆弾発言に驚いたのだ。
「……浮気……?」
「えぇ。あなたと同じことでしょう? だから、私も好き勝手させて頂きますっ!」
「ちょっ……おい、待てよ。斉藤、どういう事なんだ。これは」
土方は思わず立ちあがり、二人を引き離そうとした。その手を総司はぺちっと叩いた。
「どうもこうもありません。浮気するんです」
「そんなこと許せるはずがねぇだろうが! 冗談じゃねぇよっ」
「私に浮気して欲しくないんですか?」
「あたり前だ!」
「じゃあ、これを全部飲んで下さい!」
そう言うなり、総司は一升瓶を差し出した。それには何やら白い液体が半分ほど入っている。
「……何だ、これは」
眉を顰めた土方の手に総司は一升瓶をぐいぐい押しつけた。
「あなたのだーいっ嫌いな甘酒です。手紙の数と同じだけ、湯飲みで七杯分入ってます」
「……」
土方は思わず絶句してしまった。
あまり苦手なものの少ない土方だが、甘いものでも我慢してなら食べれるのだが、甘酒だけは本当に駄目なのだ。あのどろっとした感じを思い出しただけで、胸が悪くなるほどだった。
沈黙したまま一升瓶を見下ろす土方を、総司はじーっと見据えた。
「さぁ、飲んで下さい」
「……」
「私に浮気して欲しくなかったら、私のこと愛してるなら全部しっかり飲めるはずです」
「それとこれとは別だろうが……勘弁してくれ」
「つまり、私に愛がないと」
「だから、愛と甘酒のどこに関係があるんだよ。全然別の話だろうが」
「別じゃありません! とにかく、うだうだ言ってないで決めて下さい!」
総司はぴしゃりとした口調で言いきり、大きな瞳で土方を見据えた。
あまりの迫力に、傍で眺めている原田も近藤も永倉も皆、言葉さえない。もちろん、うんざりしたようにため息をついている斉藤も。
「私が浮気していいんですか? 今日のこと許して欲しくないんですか?」
「……わかった」
土方はため息をつくと、腰を下ろした。腕に抱えていた一升瓶の栓を抜き、持ってこさせた湯のみに注いだ。
「飲むよ」
気持ち悪そうな表情で甘酒を眺めてから、だが、意を決したように土方は湯のみを口にもっていった。そのまま、まるで苦い薬を飲む子供のように目を閉じると、一気に煽った。ごくりと飲み干してから、もっと気持ち悪そうな顔になった。眉を顰めている。
が、まだ一杯目なのだ。
目の前で怖い顔をしている恋人を見上げたが、とても許して貰えそうにない。
仕方なく、土方は甘酒を飲んでいった。が、どんどん気分が悪くなってくる。ようやく七杯目を注いだ時にはもう最悪な状態で、胸やけまでおこしていた。
「……」
ふと顔をあげると、総司は泣きそうな瞳で彼を見下ろしていた。何か言いたげだ。
が、まだ斉藤の腕に絡められた白い指を見た時、土方は決心した。愛しい総司のためなのだ、ここで引き下がる訳にはいかなかった。
(……あと一杯だ)
そう自分に言い聞かせると、土方は一気に七杯目を煽ったのだった───
「……吐かなかったのが幸いだよ」
「いや、おれは絶対吐くと思ったね。甘酒で酔ったって訳かい」
「違う違う。この人、昔から甘酒だけは駄目なんだよ。すげぇ嫌いで見ただけで駄目って奴? それがまぁ……よく七杯も頑張ったよ。なぁ、総司?」
にやにや笑いながら、原田はせっせと世話をやいている総司をふり返った。
「愛の力ってのは凄いねぇ」
「もう、原田さんも永倉さんも帰って下さい。あとは私がしますから」
「お邪魔って訳だ。そりゃ、ご馳走さま」
原田は立ちあがると、永倉と一緒に土方の部屋から出ていった。が、去り際に一言だけ残してゆく。
「……もう許してやれよ。な?」
それに総司は黙ったまま頷き、彼が寝ている褥の傍に戻った。膝をつき、そっと顔を覗きこんだ。
「……大丈夫?」
「あぁ……少し楽になってきた」
土方はふうっと息をついた。その額にある汗を手拭でぬぐってやりながら、総司は小さな声で言った。
「ごめんなさい。あんな事させて」
「……」
「怒ってる?」
「いや、怒ってねぇよ。それに……これだけ気分悪くなっといて言う台詞じゃねぇが、おまえのためなら甘酒ぐらい何杯でも飲めるさ」
「そんなこと言ったら、私、ますますつけ上がっちゃいますよ」
「つけ上がってくれ」
「ばか」
男の腕があがり、そっと引き寄せられた。唇が重なり、甘い甘い口づけがあたえられる。甘酒のせいか、彼の舌もひどく甘かった。
まるで、総司を愛してくれる彼自身の甘さのように。
ひとしきり口づけをかわしてから、総司はそっと彼の胸に凭れこんだ。耳をつけると彼の鼓動が聞こえ、うっとりと目を閉じる。
そんな総司の柔らかな髪をゆっくりと撫でながら、土方は静かに囁いた。
「すまなかったな、総司……」
「ううん、私もごめんなさい……」
「もうあんな事しねぇよ。おまえが嫌なんだってこと、よくわかったから。正直な話、あれは接待で知り合った女ばかりなんだが……もう誘われても床入りしたりしねぇよ」
「本当に?」
総司は顔をあげ、男を覗きこんだ。
「本当に……約束してくれますか?」
「あぁ」
「土方さん、だい好き……!」
可愛い笑顔で、総司は囁いた。大きな瞳で男だけを見つめ、にっこり微笑ってみせる。
「総司……」
それがもう可愛くてたまらず、腕を掴んで引き寄せた。また胸の上に凭れこんできた恋人の体を、土方はきつく抱きすくめた。
こんなにも愛してる。
胸が痛くなるほど、その笑顔を見ただけで、誰よりも幸せな気分になってしまうほど愛しているのだ。
総司のためなら、何でもできるだろう。他の誰も何もいらない、選ばなくていい。
それで──総司が手に入るなら。
あの日、可愛い少年に誓った約束は真実だったのだ。
土方は目を伏せ、その耳もとに唇を寄せた。
そして、心をこめて囁いた。
「……愛してる、総司」
「私も愛してます。だから、ね……ずっと一緒にいて。私だけのものでいて下さいね」
「あぁ……約束する」
土方は総司の躯を抱きしめながら、答えた。
「ずっと一緒だ。俺はおまえだけを愛してる、いつまでも、俺はおまえだけのものだ……」
「……」
その愛の言葉を、総司は聞きながら目を閉じた。男の胸に顔をうずめたまま、そっと唇の端をあげて笑う。
……ほら、約束しちゃった。
ずっと一緒だって、あなたは私だけのものだって。
ちゃんと聞いたからね。
土方さん?
あなたをもう二度と、他の誰のところにも渡さないよ。
昔から、たくさんの人に愛され求められてきたあなたを、やっとつかまえたんだもの。
もう、あとになってから後悔しても駄目。
絶対、逃がしてあげない。
ずっといつまでも、あなたは私のもの。この私だけのものなの。
でも、そのかわり──私がうんと愛してあげるから。
他の誰にも叶わないくらい、あなただけを愛してあげる。
そして、いつか……あなたも私を同じぐらい愛させないと、ね?
「……土方さん、だぁい好き」
とびきり甘い声で、総司は土方の耳もとに囁いた。
そして。
優しく抱きしめてくれる男に口づけると。
満ち足りた仔猫のように、総司は小さく可愛らしく笑ったのだった……。
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[あとがき]
近藤さんの予言的中。土方さん、とんでもないのに捕まっちゃった編です。相変わらず小悪魔仔猫ちゃんの総司。いやいや、可愛い笑顔に騙される男がおバカさんって奴ですか。巻きこまれた斉藤さんのお気の毒ぶりはいつものことですね(笑)。
優美さま、リクありがとうございました。何だか微妙にリクとずれてるお話で、すみません。煮ようが焼こうがお好きになさって下さいませ。あぁ、でも、返品だけはご勘弁を〜。>
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