驚きのあまり、声も出なかった。
目を見開いたまま、おそるおそるふり返れば、土方がこちらをじっと見上げている。
鋭いまなざしが、総司を見据えた。
「……っ」
呆然としている総司の前で、ゆっくりと土方は身を起した。まだ、総司の手は掴んだままだ。
冷たく澄んだ黒い瞳が、総司を見つめた。
男の端正な顔には何の表情もなく、それが恐ろしかった。彼の押し殺された怒りを表わしているようで、思わず躯中が竦み上がる。
「ご、ごめんなさい」
掠れた小さな声で、謝った。
何と云えばいいのかわからぬまま、総司は唇を震わせた。
「こんな事して……ごめんなさい」
必死に謝る総司に、しばらくの間、土方は何も云わなかった。無言のまま、じっと見つめている。
その視線に堪えきれなくなった頃、突然、総司の躯が強く引寄せられた。あっと思った時には、畳の上へ倒れこんでしまっている。
慌てて身を起そうとした処へ、土方が素早くのしかかってきた。抗いかけた両手が一掴みにされ、頭の上に押しつけられる。
「どうして、おまえは……」
低い声が耳もとにふれ、総司は息を呑んだ。
それを、土方は眇めた目で見下ろした。耳もとから頬を掌で包みこみながら、囁きかける。
「おまえが悪い。もう……とめられん」
「あ……」
云っている言葉の意味はわからなかった。だが、彼の中にあった箍が外れたのだけは、わかった。それを外したのが、総司自身であった事も。
不意に後ろ髪を掴まれ、僅かに身を起された。そのまま深く口づけられる。
「ッん、ぅ……っ」
唇を重ね、舌をからめあった。腰が抜けてしまいそうな程、濃厚で激しい口づけだ。
「ぁ、んっ、ん……っ」
何度も角度をかえて口づけられるうち、土方の手が総司の細い躯をあちこち撫でまわした。男の大きな掌で着物ごしに撫でまわされるたび、甘い痺れがうまれる。
総司は思わず身を反らせ、喘いだ。
早く、早く。
もっと何もかも、あなたのものにしてしまって。
ここがどこでも、今がいつでも。
何がどうなっても構わないから、だから───
「……ッ、土方…さ……っ」
その名を呼びかけたとたん、また深く口づけられた。
男の冷えた指さきが袷から滑りこみ、胸の淡い色合いの乳首をきゅっと摘みあげる。とたん、ぴりぴりっとした痺れが腰奥に走り、泣き声をあげそうになった。
次第に、二人の息づかいが荒くなり、衣擦れの音が響きはじめる。
二人の脱ぎ捨てた着物の中で、総司は土方に抱かれた。男の逞しい背に両手をまわし、奔放に求めてゆく。
総司の白い肌に唇を押しあてると、甘い花の香りがたった。
それが土方をくらりと酩酊させる。
「……綺麗だ」
甘く囁きかけた土方を、総司は潤んだ瞳で見上げた。
互いの肌をふれあい、求めあって。
こうして堕ちてゆく夢が、幸せであっていけない理由があるだろうか。
こんなにも求めあっている二人なのだ。
互いが互いのためにつくられたような、恋人たちなのだから。
指さきを絡めあい、何度も求めあった。
素直に総司は躯を開き、土方も、今までの空白を埋めるように瑞々しい躯を貪った。
まるで渇ききった男が清水を得るように、飢えた獣が貪るように。
「ふっ…ぁ、ぁあっ」
総司は男の背に手をまわし、泣きじゃくった。その躯は激しく揺れている。
土方は総司の躯を抱えこむようにして、腰を打ちつけていた。そのたびに淫らな水音が鳴る。
「ぁ、ぁあッ、ぁッ」
快楽のあまりか、総司は己の白い腕に男が脱ぎ捨てた帯を巻きつけていた。まるで縛られているようなその姿は酷く扇情的で、尚のこと土方の欲望を煽る。
太い楔で奥を穿ち、ぐりっと音が鳴りそうなほどいい処だけを抉りあげた。
すると、総司が掠れた声で「ひーッ…」と泣き叫ぶ。
たまらないのだろう、頤をあげ、突き上げる快感をやり過そうとしている。
それを許さず、土方は力強い抽挿をくり返した。ずんと突き上げ、引き抜く事を何度もくり返してゆく。
総司は腰奥から這い上る快楽に堪らず、甘い悲鳴をあげた。
「ひぃ、あッ、ぁああッ」
「総司……っ」
「壊れ、ちゃう…ぁあッ、や、あぁあッ」
泣きながら縋りついてくる総司が、愛おしい。
土方は総司の腰に手を回して半ば浮かすようにしながら、激しく揺さぶりをかけた。総司の悲鳴が甲高くなる。それを口づけでおおい、突き上げた。
総司の目が見開かれる。
「ッ、く…ぅッ、ぁああッ」
「……少し声、おさえろ」
「や、そんな……無理……っ」
泣きながら首をふる総司に、土方は苦笑をうかべた。叱責をあたえながらも、こうして泣いている総司が可愛い。
「ひっ」
不意に、総司が短い悲鳴をあげた。
男の片手が総司のものを掴んだのだ。鈴口に親指を食いこませ、ぐりぐりと揉みあげてくる。
それと同時に胸の尖りに吸いつかれると、目も眩むような快感が突き抜けた。
「ぁっ……やッぁぁ…っ」
「……は、ぁ……」
土方の息づかいが荒くなった。男の楔が何度も腰奥に打ち込まれる。躯が激しく揺さぶられ、総司は泣きじゃくった。
快感に、何もかもがとけ堕ちてゆく。
「…ッんっぁあっ、い、ちゃっ……」
「総司…くっ……」
「ぁ、ぃ…ぁ、アッ、あああ──ッ!」
総司が仰け反り、悲鳴をあげた瞬間、土方はその蕾の奥に己の熱を叩きつけていた。吐精している間も、揺さぶりつづける。
そのたびに、総司のものからも白い蜜が迸り、互いの躯を濡らした。
「ぁ…ぁ……っ」
ぐったりと倒れこむように畳に沈んだ総司を、土方は愛情のこもった瞳で見下ろした。それに気づいたのか、総司が半ば夢見るような瞳で見つめてくる。
白い手が、男にむけてさし出された。
「……す…き……」
初め、意味がわからなかった。
思わず覗き込んだ土方に、総司はくり返した。
「好き……あなたが好き……」
「え……?」
「お願い……私を…離さないで……」
声が掠れた。
男の頬にふれていた指さきが落ちてゆく。
眠りに落ちるように、長い睫毛が閉じていく様を、土方は呆然と見つめていた。
いったい、何を云われたのか。
何がおこったのかさえ、わからない。
「……総…司……?」
愛しい恋人の名を呼ぶ土方の腕の中、総司はそのまま気を失った。
気がつくと、褥に寝かされていた。
視線だけ動かしてみると、文机にむかう男の広い背が目に入った。とたん、安堵に躯の力がぬけた。
(追い出されなかったんだ……)
今頃、あんな未練がましい事を云ってしまった自分なのに。
抱いてくれただけでも、嬉しかった。否、久しぶりに彼を感じたからこそ、想いがあふれてしまったのだ。
「……」
総司はゆるく身を丸め、目を閉じた。
好きだと、思った。
心から好きで好きで、仕方ないのだ。
たとえ、彼がもう自分を手放そうとしていても。
あの彼の告白が、総司を引き留めるための偽りだったとしても。
それでも、好きだった。
利用され、駒として扱われても何であっても──もう構わなかった。
ただ、彼の傍にいられたらいいのだ。
それだけで幸せになのだ……。
不意に、静かな声がかけられた。
「……起きたのか」
はっとして目を開けると、文机の前に坐った土方がこちらをじっと見つめていた。濡れたような黒い瞳に、どきりとする。
とたん、自分がした行為を思い出した。未練がましく彼に縋ってしまった、己の行為を。
「……っ」
思わず怯えたような表情で目を伏せた総司に、土方は口許を引き締めた。すっと腰をあげ、総司の方へ歩み寄ってくる。
褥に横たわる総司の傍らに腰をおろすと、静かに手をのばした。その気配に目を開いた総司の頬を、男の大きな掌がつつみこむ。
うっとりするほど優しい仕草に、総司はたまらず泣き出したくなった。
手放すつもりなら、もういらないのなら、こんなふうに優しくしないで欲しいのに。
あの時のように、冷たく切り捨てられた方が余程いい──。
そう思ったとたん、胸の奥がずきりと痛んだ。
だからこそ、だったのだ。
どうせ手放すなら、冷たく突き放した方がいい。中途半端な優しさは、より傷を深めてしまう。それをわかっていたからこそ、あの時、土方は総司を冷徹に切り捨てたのだ。
そんな事もわからず、男の本当の優しさにも気づかず、ただ憎んでいた自分はなんて子どもだったのだろう。どんなに辛く、苦しい思いだったのか、彼の気持ちを思うと、たまらなくなる。
長い睫毛に涙をためてしまった総司に、土方が苦しげに眉を顰めた。そっと指さきで頬を撫でられる。
「……泣くな」
「……っ」
「おまえに泣かれると辛い」
「土方…さん……」
ふるりと首をふった。唇がわななく。
「……ごめん、なさい……」
「何を謝っている」
「全部。今までのこと……本当にごめんなさい」
ただひたすら謝りつづける総司に、土方は戸惑ったようだった。だが、すぐ総司の背に手をまわして抱きおこすと、静かな声で話しかけた。
「謝るのは俺の方だ。結局、おまえを手放す事ができなかった」
「え……?」
「愛している」
耳もとに唇を寄せ、土方は囁きかけた。
低い声で、想いをこめて。
「総司……おまえだけを愛している」
「……う、そ……」
ふるふると首をふる総司に、土方は悪戯っぽい笑みをうかべた。僅かに小首をかしげるようにして、覗き込んでくる。
「これだけ何度云っても、信じられねぇのか?」
「そ、そうじゃないけど……」
「なら、信じろ。俺はおまえを愛している」
「だって、土方さん、私を手放そうとしていたんじゃ……」
「だが、無理だった。おまえを手放すなんざ、俺に出来るはずもねぇのさ」
くっくっと喉奥で笑ってから、土方は不意に真顔になった。総司を膝上に抱きあげると、低い声で訊ねた。
「おまえは……?」
「え?」
「さっき云った言葉だ。あれは嘘じゃない、本当の事なのか」
「あ、え……あ」
たちまち、総司は頬を紅潮させてしまった。何だか急に恥ずかしくなり、思わず男の胸もとに顔をうずめてしまう。
それに土方は苦笑し、その桜色に染まった耳もとに唇を寄せた。
「俺が好きだと、おまえは云ったな」
「……」
「それは、本当なのか」
男の腕の中で、総司はこくりと頷いた。そして、おずおずと躊躇いがちにだったが顔をあげ、土方を見上げる。
潤んだ瞳で、彼だけを見つめた。
「……好きです」
「総司……」
「昔からずっと、今も、これからも……ずっと、土方さんだけが好き」
あふれる気持ちのまま、総司は懸命に告白した。
「あなたしか好きになれないの。だから、お願い。私を手放さないで……」
「離すものか」
土方は掠れた声で答えると、総司の細い躯をきつく抱きしめた。そのぬくもりを感じながら、固く目を閉じる。
「絶対に離さない。おまえは俺だけのものだ」
「土方さん……」
「何があっても、おまえを放さない」
そう囁いてくれた男の腕の中、総司はそっと吐息をもらした。
ようやく辿りついた幸せだった。
今も尚、少しだけ信じることができないけれど。
だが、子どもの頃から憧れ、恋してきた男に愛される幸せは、何にも代え難いものなのだ。
「土方さん……愛している」
男の胸に顔をうずめた総司が、小さな声で囁いた。むろん、それを土方が聞き逃すことはない。
こみあげる喜びのまま、愛しい恋人をきつく抱きしめたのだった……。
春先のある日、伊東は新撰組を脱した。
大勢の者たちを引き連れての分離だったが、その人数の中に、総司の姿はなかった。
総司は、土方のもとに残ることとなったのだ。
その行動は様々な憶測を呼んだらしいが、総司はまるで気にしていないようだった。今までの確執が嘘のように、総司は常に土方の傍にある。
昔に戻ったような光景だった。気持ちのまま素直に甘え、可愛らしく笑いかけてくる恋人に、土方もようやく許された蜜月を味わった。仲睦まじく、朝も昼も夜も共に過す日々は、まるで夢のようだった。
だが、そんな日々の中、土方の胸にある不安が燻っていた。
それは、隊士たちのたまり場で耳にしたものだった。土方が聞いているとも知れず、彼らは話しあっていたのだ。
「沖田先生、あれ、伊東先生の間者じゃないのか?」
その言葉に、息を呑んだ。
謂れのない中傷に、ふつふつと怒りがこみあげる。だが、土方は黙然としたまま踵を返したのだった。
隊士たちを叱責する事などできなかった。何故なら、心のどこかにある言葉だったのだ。
(総司は、本当に俺を愛しているのか)
あれ程、憎まれ、弄ばれてきたのだ。
何度も信じては裏切られ、伊東の腕の中で微笑う総司を見てきた。だからなのか、土方の心の奥には不安がいつも燻っていた。
信じなければならないとは、思う。信じることができなくて、愛することなどできるだろうか。
だが、それでも、土方の心は激しく揺れた。ようやく手にいれた総司を、心から信じてやる事のできない自分が辛かった。
そんな時だったのだ。
町中で、土方が伊東と出会ったのは───
その日、土方は黒谷からの帰り、総司と落ち合う事になっていた。
道々に見上げれば、春らしい霞空が広がっていた。あちこちの庭先から、柔らかな花の香りが漂ってくる。
それを心地よく感じながら歩いていた土方は、不意に目を見開いた。狭い京だからこそ、ありうる事なのだろう。
前方の店から出てきた男が彼に気づき、足をとめた。ふり向き、僅かに目礼してみせる。
伊東、だった。
「……これは」
穏やかな口調で、伊東は挨拶した。
「久方ぶりですね、土方君」
「伊東先生にも、お変わりなく」
静かに挨拶を返した土方に、伊東は微かに笑ってみせた。
話すことなど何もないと判断した土方は、かるく目礼すると、歩き出した。静かにすれ違う。
数歩行った処で、その背に、声がかけられた。
「総司はどうしていますか」
「……」
いきなり恋人の名を出され、土方の足もとまった。だが、ふり返ることはしない。
伊東は淡々とした口調で、言葉をつづけた。
「元気にしているのなら、いいのですが。私なりに案じているのです、あの子はとても脆く傷つきやすい」
「……総司のことは」
土方は背をむけたまま、低い声で答えた。
「誰よりも、私がよくわかっています。ご心配は無用です」
「心配する事さえ、許さぬと?」
伊東の声音が、刺すような敵意を帯びた。
ふり返った土方を、鳶色の瞳がまっすぐ見据えた。
「私は望んで、総司を手放した訳ではありませんよ。今でも取戻したいと思っている」
「……」
「そう……」
ごく当然のことのように、伊東は呟いた。
「手放すなら殺めたいと、そう願ってしまう程に」
「……」
「驚く事はないでしょう。土方君、きみも同じはずだ」
それに、土方は何も応えなかった。ただ、黙ったまま、伊東を見据えている。
おそらく、伊東は常に総司のよき理解者となり、包みこむような形で総司を愛してきたのだろう。
その愛は静かで秘やかなものだったからこそ、より深く激しくなっていったに違いない。
狂おしいほど、愛している。
奪われるなら、殺してしまう程に。
だが、伊東は総司を手放した。
そう。
手放したはず、なのだ。
土方は低めた声で、ゆっくりと云った。
「総司は、私のものです。他者からあれこれ云われる筋合いはない」
黒い瞳に冷たい光が湛えられ、唇が固く引き結ばれる。
それに、しばらくの間、伊東は黙っていた。じっと静かな表情で、土方を見据えている。
やがて俯くと、微かに笑った。
「総司は……きみのものですか」
「……」
「成程、きみのもの…ね」
そう呟くと、伊東は鳶色の瞳で、土方をまっすぐ見た。だが、すぐにかるく目礼すると、そのまま静かに歩み去ってゆく。
遠くで控えていたらしい篠原が歩みより、土方の方をちらりと一瞥したが、すぐ伊東の後に従った。
それを見送った土方は、きつく唇を噛みしめた。
不意に、ある思いが心の奥にわきおこったのだ。それは、先程の伊東の言葉ゆえだった。
『成程、きみのもの…ね』
「……冗談じゃねぇよ」
吐き捨てるように呟いた。
伊東は、総司が彼のものだなどと到底認めていないようだった。それどころか、そう信じている彼を嘲っているようにさえ見えた。
これも策なのかもしれない。
伊東は、彼と並び称される程の策士だ。だが、伊東が総司をそんな事に利用するとも思えなかった。
なら、間者ではないのか。
それとも、やはり……総司は。
(総司……)
土方は道ばたに佇んだまま、じっと固く瞼を閉ざした。
こうして目を閉じれば、総司の笑顔がうかぶ。
花のような、優しい笑顔。
いつまでも守りたいと思っていた。守りたいと思ったからこそ、一度は手放そうとしたし、総司が想いを告げてくれた事で、二人共に歩むことを決意できた。
だが、それは皆、本当の事だったのか。
本当に、総司が望んだことなのか。それとも、未だ彼を憎みつつ、我が身を委ねたのか。
二人偽りあっていたあの頃のように。
土方は一つ息をつくと、目を開いた。
春の霞空を見上げてから、ゆっくりと歩き出す。これ以上考えないでおこうと思う傍から、次々とよぎった。
これ程、気持ちを乱されるとは、まさに伊東の思うつぼではないか。
そう思うと同時に、自嘲した。
総司の事だから、なのだ。
どれほど酷い決断をしても眉一つ動かさぬ自分が、総司の事となると、ほんの些細なことでも心を揺らせてしまう。そのことを昔、無様だと思った事もあったが、今はそれも仕方あるまいと思っていた。
恋は──人を狂わせるのだ。
ふと顔をあげると、待ち合わせ場所まで来ていた。
見れば、道ばたにある樹木の下に、総司がひっそりと佇んでいる。
「……」
その光景に、土方は思わず息を呑んだ。
木蓮の花、だった。
はらはらと白い花びらが舞い散る中、一人の若者が佇んでいる。
凜とした美しさをもつ、若者。
その玲瓏とした姿は、この世に舞い降りた木蓮の花の化身のようだった。
艶めかしいほどの美しさは、人の心を虜にして放さない。
白い指さきで、淡い微笑みで。
狂わせる───
(……木蓮の枷だ)
土方は、ゆっくりと目を細めた。
まさに、木蓮の枷だった。
凜と美しいが故に、虜にされれば二度と放たれない。
永遠の枷なのだ。
その枷を我が身に受け、おまえを抱いたまま堕ちてゆけるなら。
それは、どれほどの至福か────
「土方さん」
ふと気づいたように、総司がこちらをふり返った。
かるく目を見開いてから、手をさしのべてくる。こちらへ来て、と誘いかけてくる。
それを、土方は歩み寄りながら、見つめた。
誰よりも愛しい、恋人を。
己を憎んでいるのかもしれぬ、恋人を。
「土方さん、どうしたの?」
歩み寄ると、総司が微かに小首をかしげた。不思議そうに訊ねてくる。
それに、土方はゆるく首をふった。
「いや、何でもない」
「そう」
こくりと頷いてから、総司は木蓮の樹木を見上げた。手をさしのべ、ひらひらこぼれる花びらを受ける。
「ほら、綺麗。しなやかで清楚で、とても綺麗ですね」
「あぁ」
「木蓮ってね、とても古い花なんですって。昔から、ずっとこんな風に咲いていたのかと思うと、不思議な気がしますね」
「そうだな」
一緒になって見上げれば、霞みがかった青空に白い花が映える。
総司の言葉どおり、ずっと昔から咲いていた花。
凜と美しい、木蓮の花。
「……総司」
「はい?」
小首をかしげた総司を見ぬまま、土方は問いかけた。
「おまえは、俺が好きか」
「え?」
総司が目を瞬いた。それに、問いを重ねる。
「俺を好きかと……聞いている」
「そんなの、今更でしょう?」
総司はくすくすと笑った。恋人同士の睦言の一つと思ったのか、じゃれるように彼の肩へ身をよせてくる。
「好きですよ」
甘い声が囁いた。
「あなたが好き。愛しています」
「……」
土方は黙ったまま、総司を見下ろした。それに、総司も、あどけない表情で見上げてくる。
幼い頃と何一つかわらぬ、きれいな瞳。
己の傍らに佇む男を見つめ、微笑ってみせた。幸せそうに。
きれいで優しい笑顔だった。
木蓮の花のような。
それを、土方は見つめた。
……愛している。
総司、おまえだけを愛している。
たとえ、おまえが俺を愛していなくとも。
俺を殺すために、傍にいるのだとしても。
殺されるのか。
愛されるのか。
どちらでもいい。
おまえと共にいられるのならば。
「……総司」
恋人の名を呼ぶと、土方は微笑んだ。
静かな声で、囁きかける。
「俺も、おまえを愛しているよ」
「土方さん……」
「何があっても、おまえだけをいつまでも」
そう告げた土方に、総司はかるく目を見開いた。だが、すぐ嬉しそうに頷くと、微笑んでみせた。
あどけなく、無邪気に。
子どもの頃と何一つかわらぬ、愛らしい笑顔で。
「……愛している」
それを見つめながら、土方はもう一度くり返した。
そして。
ゆっくりと、手をさしのべた。
誰よりも愛しい恋人に。
その唯一つの愛を、贖うために。
────我に、木蓮の枷を。
完
[あとがき]
「木蓮の枷」、完結です。
ラストまでお読み下さり、本当にありがとうございました。
タイトルの意味、ラストでおわかり頂けましたでしょうか。枷を嵌められたのは、土方さんの方なのです。それも、自ら望んでの枷です。
つづきがあるようなラストですが、申し訳ありません、この先を書く予定はございませんので、ご容赦下さいませ。皆様のご想像にお任せ致します。
このお話のために、メッセージ、拍手を下さった方々、ありがとうございました♪
面白かった、良かったと思って下さった方は、ぜひ、メッセージ、拍手など、お願い申し上げます。今後の更新への大きな励みとなります。
ラストまでお読み下さり、本当にありがとうございました。
