売り言葉に買い言葉だった。
「どうも失礼しましたッ!」
 総司は大声でそう叫ぶと、副長室から飛び出した。
 背後で、土方が「子どもだな」と云わんばかりの醒めた表情で眺めているのはわかっていたが、どうにも怒りがおさまらなかったのだ。
 廊下を小走りに行った総司は自室へ戻りかけ、はたと立ち止まった。
 いい気分転換を思い出したのだ。
 原田たちが集まる一室だった。
 そこには永倉や斉藤、島田などがよくたむろしており、何故か、よく甘いものが置いてあった。
 それが目当てで、総司もよく訪れている。
「よぉ、総司」
 一番に見つけ、声をかけてくれたのは原田だった。
 その隣で、大福餅をくわえた永倉がふり返る。斉藤や島田も部屋にいた。
「やっぱり甘いものがあった〜」
 総司はにこにこと笑いながら、部屋に入った。大福餅を手にとり、ぱくっと食べる。
「おいしい♪ ここに来ると甘いものが絶対にあるから、好きなのです」
 そう云う総司の傍で、永倉と原田が目配せしあっていたが、何も気づかない。
 原田がにやにやしながら訊ねた。
「で、また何かあったのかい?」
「あったんです!」
 とたん、総司のなめらかな頬がぱっと紅潮した。心なしか、目尻がつりあがる。
「土方さんに、酷い事を云われまくったんです。今日の巡察で少し怪我したんですけど、みっともないとか、一番隊隊長が情けないとか、心がけがなってないとか」


 山ほど、さんざん嫌味を云われたのだ。
 もともと江戸の頃から、さほど親しくはない間柄だった。
 土方はあちこち遊び回ってばかりで試衛館に寄りつかず、総司とも言葉を交わす事さえ稀だったのだ。
 そのためか、京にのぼってから、ますます疎遠になっている。
 総司にとって、原田や永倉、斉藤の方が余程身近な存在だった。


「子どもだとか、大人になってないとかとも云われましたし」
「ふうん」
「挙げ句、江戸へ戻ればいい、ですもの。あの人、私が目障りでしかたないみたいで……本当に嫌われているから」
 そう云った総司は、己の言葉に傷ついたような表情になった。
 原田と永倉は、また顔を見合わせた。それから、こほんこほんと咳払いしてから、永倉が云った。
「あのさ、総司」
「はい?」
「それ、逆」
「え?」
 きょとんとする総司に、永倉がやれやれと首をふった。
「だからさ、土方さんの気持ち、おまえ、完全に取り違えているよ」
「そうそう」
 傍らから原田が身を乗り出し、云った。
「土方さんはさ、おまえのこと可愛くて可愛くて仕方ないんだぜ?」
「は?」
 総司の目が丸くなった。それから、両手をふり、ころころと笑いだす。
「冗談〜、そんなのある訳ないじゃないですか」
「それがあるんだ! 巡察の後、怪我したおまえにあれこれ云うのだって、結局は心配で仕方ないからだろ。おまえが怪我するなんて、あの人、いてもたってもいられないはずなんだぜ」
「まさか」
「じゃあさ、試衛館の頃、おまえが熱出して寝込むたびに、つきっきりで一晩中看病していたの、誰だと思う?」
「え……」
 総司が固まった。
 しばらく黙った後、ぷるんとした唇で「まさか」と呟く。
「土方さんがいつもやってたんだぞ。おまえが熱出したらすぐ知らせろと云われててさ、知らせたらすぐさますっ飛んでくるし。で、他の誰にもさわらせないとばかりに、徹夜で看病だものな。愛されてるよなぁと、いつも皆で云っていたのさ」
「うそ……」
 呆然としている総司に、斉藤が傍から追い討ちをかけた。
「この間も、おまえが出先で倒れて門限遅れた事あっただろ? あの時も大騒ぎだったんだ。土方さん、見たことないぐらい取り乱してさ、挙げ句、おまえが駕籠で帰ってきたとたん、玄関に飛び出していって、気を失ってるおまえを大事そうに抱きあげて、部屋にはこんで。まるきり、お姫様扱いだと思ったよ」
「えっ、えぇ!? 本当なのですか、それ」
 たちまち、総司の頬が真っ赤になってしまった。恥ずかしいのか、嬉しいのか、耳朶まで真っ赤になっている。
「もう一つ云うと、この菓子」
 大福餅を取り上げ、原田はにんまり笑った。
「実を云うと、いつも土方さんが用意させているんだ。おまえがここによく来るって聞いてからさ。ほら、江戸にいた頃も、さし入れがあっただろ。あれも全部、総司のためだったんだぜ」
「……信じられない」
 総司は口ごもり、俯いた。
「そんな、嫌われているとばかり……」
「いやはや、土方さんも報われない男だねぇ」
「あんだけ貢いで尽くしても、気づいてもらえねぇんだから」
「隊中で、副長のお気持ちをご存知ないのは、沖田先生だけかと」
 島田にまでだめ押しされてしまい、総司はますます俯いてしまった。何だか、自分がとんでもなく鈍感だった気がしてくる。
 だが、しかし。


 はっきり云ってくれてもいいではないか。
 何しろ、さんざん女で遊びたおした百戦錬磨の彼なのだ。
 自分を口説くことぐらい朝飯前だろうに、何だって、こんなわかりにくい事をしている訳?
 こんなの、わかるはずがないじゃない!


「総司?」
 不意に、すっくと立ち上がった総司を、全員が驚いて見上げた。
 それに、総司は決然とした表情で宣言した。
「私、文句云ってきます!」
「え?」
「土方さんに、わかりにくいって云ってやるのです」
 きっぱり云いきると、総司は部屋を飛び出した。たったか、ものすごい勢いで廊下を走ってゆく。
 それを見送った原田は、ぐるりと皆を見回すと、
「ほんと、わかりにくい恋だねぇ」
 そう苦笑いしてみせたのだった。









 角を曲がったとたんだった。
 走っていた総司は、どんっと、男の胸もとに飛び込んでしまったのだ。
「す、すみません」
 慌てて身をおこした総司は、相手が誰かわかったとたん、息を呑んでしまった。
 総司を抱きとめたのは、土方だったのだ。
 両腕をかるく広げたまま、驚いたように黒い瞳を見開いている。
 その手が総司の腕を支えるように掴んでいる事に気づいたとたん、かぁっと頬に血がのぼった。ふれた指さきに、どきどきしてしまう。
「……ぁ」
 恥ずかしそうに俯いた総司に、土方も戸惑っているようだった。いつもの冷たい態度がとれず、どこか狼狽えた口調で訊ねてしまう。
「傷が、痛むのか」
「え……」
「巡察で怪我したと云っていただろう? 俺にぶつかった事で……」
「だ、大丈夫です」
 慌てて首をふってから、総司は大きな瞳で彼を見上げた。とたん、土方が僅かに息を呑んだが、その理由に思い至らない。
 だが、土方は躯が熱くなるのを感じていた。
 潤んだ瞳で見つめてくる総司は、花のように愛らしく、可憐だった。このまま引寄せ、抱きしめてしまいたくなる程だ。
「あの……お菓子」
 しばらく、もじもじした後、総司は小さな声で云った。それに、「え?」と聞き返す。
「いつも、その……ありがとうございます」
「……」
 すぐさま原田の奴、ばらしやがったなと、合点がいった。だが、知らぬ顔をするのもおかしい。
「……たいした事じゃねぇよ」
 ぶっきらぼうに答えた土方に、総司は口ごもった。しばらく迷ってから、不意に手をのばした。
 細い指さきが、そっと彼の腕にふれる。
「今度……」
「何だ」
「あの、一緒に甘いもの……食べに行きませんか」
 総司の言葉に、土方は目を見開いた。呆気にとられた表情になっている。
 それに、総司はかぁぁっと耳朶まで真っ赤になった。慌てて、頭を下げる。
「す、すみません! 土方さんが甘いもの苦手だって、聞いていたのに……」
「……」
「あのっ、な、何も聞かなかった事にして下さい」
 そう云って身をひるがえそうとした総司の手が、不意に掴まれた。
 驚いてふり返ると、怖いぐらい緊張した表情の土方が、じっと見下ろしている。
 低い声で云った。
「一緒に行こう」
「え……っ」
「おまえと一緒なら、どこでも行ってやる」
「土方さん……」
 たちまち、総司の愛らしい顔がぱっと輝いた。花のような笑顔になる。
 嬉しそうに、いそいそと土方の傍へ身をよせた。ぎゅっと彼の手を握りしめてくる。
 そんな可愛い若者の手を握り返してやりながら、土方は、長年せっせと貢ぎ尽くしてきた甲斐があったかと、ほんの少しだけ達成感を覚えたのだった。



 とりあえず、道行きまではクリア?
 しかし。
 わかりにくい二人の恋の頂上制覇は、まだまだ先のようで……。