「……付け文?」
歳三は思わず聞き返した。
処は江戸の試衛館、時は秋の夕暮れだ。
ようやく暑い夏も過ぎ、風が心地よくなってきた季節だった。
紅葉も美しく色づく頃だからと、可愛い宗次郎を誘うため、歳三は久々に試衛館を訪れてみたのだが。
そこで近藤から聞かされたのは、とんでもない話だった。
あの宗次郎が付け文を貰ったというのだ。
「付け文って、宗次郎が貰ったのか」
「あぁ」
「どこの娘からだよ」
重々しく頷く近藤に、歳三は苛立ちを隠せぬまま訊ねた。
「まさか、年上の女とかじゃねぇだろうな」
「歳、あのな」
「宗次郎が可愛いから、目をつけて」
「いや、それが違うのだ」
近藤は慌てて手をふった。
「確かに、まぁ年上なのだが……」
云いづらそうに、近藤は歳三の様子を眺めやった。厳つい顔が思いっきり困惑の色をうかべている。
しばらく躊躇った後、近藤はようやく重い口を開いた。
「その、相手は……男なのだ」
「……!?」
歳三は絶句し、呆然と近藤を見返した。
「……冗談……」
そう云いかけ、だが、友の困惑しきった表情に冗談ではないと理解した。
次の瞬間、叫ぶ。
「そいつ、ぶッ殺してやる!」
「と、歳ッ」
「そりゃ、宗次郎はそこらの小町娘も顔負けの可愛さだが、それでも、何考えていやがるんだ! その変態野郎はどこのどいつだよ」
「……」
近藤は思わず沈黙した。
日頃から、宗次郎をそれこそ目の中に入れても痛くないほど可愛がり、一歩間違えればやばいだろうの状態にあるこの男が、他所様の事を「変態」などと云えた義理なのだろうか。
「まぁ、歳。落ちつけ」
両手をあげてまぁまぁとなだめ、近藤は云った。
「相手は宗次郎を娘と思っていたのだ。ちゃんと事情を話したら理解してくれたから、いいだろう」
「娘って……宗次郎は、どこから見ても武士の子どもの姿をしているだろ」
「いや、それがなぁ」
近藤はまた言葉を濁した。
苛つく歳三の様子をうかがいつつ、まずい事になったなとばかりに顎を撫でている。
それに、歳三の切れの長い目がすうっと細められた。短い沈黙の後、低い声が響く。
「……勝っちゃん」
「な、何だ」
「あんた、まさか……」
「……」
歳三の怒鳴り声が響き渡ったのは、そのすぐ後の事だった。
冗談じゃねぇ!
苛々しながら廊下を歩く歳三の気持ちは、まさにそれだった。
本当に本当に、冗談ではなかったのだ。
何しろ、歳三の留守中に、お祭で、宗次郎が可愛らしい娘姿になってお参りをしていたと云うのだ。
ちょっとしたお遊びだったらしいが、それにしても腹がたつ事には変わらない。
「宗次郎!」
「え?」
凄い勢いで道場に入ってきた歳三に、せっせと床を磨いていた宗次郎はびっくりしたようにふり返った。
柔らかな髪を一つに結いあげ、質素だが清潔な着物を身につけている。つぶらな瞳が愛らしく、ふっくらした頬や、桜んぼのような唇が、本当に少女のようだった。
くりくりっとした腰つきや、小柄な躯が、思わず抱きしめたくなる。庇護欲を強くかきたてるのだ。
「歳三さんっ」
その姿を見ると、すぐさま宗次郎は駆け寄ってきた。
嬉しそうに、両手を広げた男の腕の中に飛び込んでゆく。
「いつ来たのですか? 全然知らなかった」
「さっきだよ。紅葉を見に連れていってやろうと思ってな」
「本当? 嬉しいです」
にこにこ笑う宗次郎は、今年で十四だ。だが、どこか他の子どもより幼い処があった。
それがまた、歳三のような男には可愛くてたまらない。
歳三は、その小柄な躯をひょいっと片腕で抱きあげてやりながら、なめらかな頬に唇を押しつけた。とたん、宗次郎がぱっと頬を赤らめる。
それに目を細めつつ、肝心の事を訊ねた。
「付け文を貰ったと聞いたんだけどな」
「え、あ……はい」
「けど、俺が聞きたいのは、その前の事だ。娘の姿をしたというのは本当か?」
「……」
宗次郎はちょっと不安そうな瞳で、歳三を見上げた。しばらく黙ってから、こくりと頷く。
「はい」
「……」
「歳三さん……怒ってる?」
つい最近、二人は想いを告白しあい、念兄弟の仲になったばかりなのだ。
とは云っても、抱擁や口づけばかりで、契りまでは交わしていない。
歳三はちょっと眉を顰めた。濡れたような黒い瞳で見つめられ、宗次郎が桜色の唇を震わせる。
そっと男の肩に甘えるように頬を押しつけた。ぎゅっと男の首に細い腕をまわして、抱きつく。
「歳三さん、ごめんなさい」
「宗次郎」
「本当はいけないかなと思ったけど、でも、綺麗な着物だったから……」
「あちこちで男に声をかけられただろう」
想像するだけでむかむかするが、確実に想像できる事に、歳三はますます眉を顰めた。それに、宗次郎がこくりと頷く。
「はい。付け文も貰ったし……でも、近藤先生が追いはらってくれました」
「なるほど」
「ね、歳三さん。怒らないで……どうしたら、許してくれますか?」
可愛い声で訊ねてくる宗次郎に、歳三は小さく苦笑した。
別にそこまで怒っていないのだが、どうしたら許してくれるなんて、可愛い事を云われてその気にならない男がいるだろうか。
歳三はもう一度、宗次郎の頬に口づけを落とした。それから、悪戯っぽい瞳で覗きこみ、笑いかける。
「なら、娘っこの姿を見せてくれよ」
「え?」
「今度は、俺だけに見せてくれ。もっとも、そんな可愛い姿見せられたら、押し倒しちまうかもしれねぇけどな」
「……歳三さん」
男の言葉に、宗次郎はたちまち真っ赤になってしまった。
だが、少しもいやそうではなく、ただ恥ずかしそうに長い睫毛を伏せ、男の広い胸もとに顔をうずめてくる。
その細い躯を、歳三はぎゅっと両腕に抱きしめた。
まだまだ幼い宗次郎だ。だからこそ、もう少し我慢しようと思っていたのだが、意外とその日は早いのかもしれない。
災い転じて福となす──だなどと、歳三は宗次郎のいい匂いのする躯を抱きしめながら、喉奥で笑ったのだった。
この後、可愛い着物を着せて、紅葉狩りへ連れていって、その帰りにおいしく頂いたに違いないと推測……。
背景は、こういう可愛い柄の着物かなと思いまして。
