「わぁ、綺麗」
そう云った総司の声に、土方はふり返った。
見れば、ショーケースの上に、見事な造りの地球儀が置かれてある。
あるステーショナリー店の一角だった。厳選されたものばかりが置かれてある吹き抜け2フロアの店舗だ。
壁は珪藻土、床には桜材の美しい板張りが敷かれた、シックで大人びた雰囲気の店だった。
初めてここを訪れた総司は、つけられた値段に呆気にとられていたのだが、一角でその地球儀を見つけ、声をあげたのだ。
「ね、土方さん」
総司は、その美しい地球儀を指さした。
「とても綺麗ですよね。少し変わっているし」
「あぁ、そうだな」
その地球儀はやはり青いものなのだが、その色が透明感をおび、まるで本物の地球のような印象を与えた。地球儀でありながら、国名などは書かれておらず、部屋の飾りの一つとされるものなのだろう。
総司は地球儀をそっと指さきでまわし、大きな瞳で見つめた。
「こうして見ると、たくさんの国があるんですよね。書かれてないけれど」
「あぁ、そうだな」
「土方さんは、あちこちの国に行った事あるのでしょう?」
小首をかしげるようにして訊ねる総司の仕草を可愛いと思いながら、土方は答えた。
「そうだな。結構海外旅行は行っているよ」
「いいなぁ……ぼくも行ってみたい」
「なら、今度行こうぜ」
あっさり云った土方に、総司は目を見開いた。
「行こうって……どこへ?」
「どこでも。おまえの行きたいところへ」
「そんな、無理ですよ。土方さんも仕事あるし」
「休めばいいさ。おまえの行きたいところなら、どこにだって連れていってやる」
土方はそう云ってから、微かに笑った。
「おまえと一緒にいられるのなら……どんな山奥や砂漠でも、幸せさ」
「……土方さん」
思いもかけない彼の言葉に、総司は胸の奥がきゅんと切なくなるのを感じた。
一緒にいられるのなら──という言葉に、1年もの間、ずっと一人でいた彼の孤独を、垣間見た気がしたのだ。
未だ、深い疵が残された彼の心の……。
「総司……?」
黙り込んでしまった総司に、土方は小首をかしげた。不思議そうに覗き込んでくる。
それに、総司は慌てて首をふると、彼の腕に手をまわしてぎゅっと抱きついた。その感触が、ぬくもりが何よりも愛しい。
すりっと頬を擦り寄せれば、土方が柔らかく髪を撫でてくれた。
総司は彼を見上げ、明るい声音で云った。
「本当に、どこでもいいの?」
「あぁ、もちろん」
悪戯っぽく笑った。
「そんな事云って、あとで後悔しても知らないから」
「大丈夫だ。後悔なんかしねぇよ」
「じゃあね」
総司は大きな瞳をきらきらさせた。
「世界一周旅行に連れていって♪」
そう云った総司に、土方は目を見開いた。
呆気にとられたような彼の表情に、くすくす笑う。
あまり物事に動じない彼をびっくりさせられた事が、楽しくて仕方ないのだ。
悪戯が成功して嬉しそうな総司の前で、土方は考え込むような仕草をした。僅かに目を伏せる。
それを見た総司は、そろそろ冗談ですよと云ってあげようかなと思った。悪戯は見事成功したのだから。
「土方さん、あのね……」
「それいいな」
土方は深く頷いた。にこやかな笑顔を総司にむける。
「世界一周か、うん、それなら全部回れるものな」
「……え」
総司は思わず固まってしまった。呆気にとられ、彼を見上げる。
すぐさまはっと我に返り、慌てて云いつのった。
「そんな! ぼく、本気じゃ……」
「出発いつにしようか」
うきうきした調子で、土方は云った。
「日程くまねぇとな。おまえ、船がいいか? それとも飛行機であちこち飛んじまうか」
「ひ、土方さん、あのっ」
「近い処からまわるとして、やっぱりアジアかな。その後、インドあたりからヨーロッパにまわってとかがいいな」
そう云った土方は、にっこりと嬉しそうに笑った。
「いや、おまえが俺と一緒に旅行してくれるなんて、すげぇ嬉しいよ。それも世界一周だなんて、すげぇ長いこと、毎日一緒にいられるものな。まるで夢みたいだ」
地球儀をくるくる回しながら、弾んだ声で話す楽しそうな土方を、総司は呆然と見つめた。
ど、どうしよう!
土方さん、完全に本気にしちゃってるし。
でも、こんなに嬉しそうにしているのに、今更冗談でしたなんて云えないよー!
どうしよう、どうしよう。
「そうだ、今のうちに地図を見るか。この店、上に書店があるから」
「地図って……」
「総司、おまえは一番初めにどこへ行きたいんだ? それで色々日程がかわってくるし」
「ひ、土方さん!」
今すぐにでも旅行会社へ駆け込みそうな土方の様子に、総司は勇気をふりしぼり声をあげた。
それに、土方がふり返った。
「え?」
「あの……」
「何だ。やっぱり、最初に行きたい処があるんだろ? 遠慮なく云えよ」
「……」
あくまで疑う事のなく幸せいっぱいの土方に、もはや何も云えなかった。
軽い足取りで機嫌良く階段をあがってゆく恋人の後を追いながら、総司は、しみじみ思ったのだった。
彼相手の冗談は、程ほどにしておこうと。
何しろ、この人は土方さんなのだから!
───心底冷や汗かきまくった総司が、結局、土方の芝居にひっかけられた事に気づき、きゃんきゃん怒り出すのは、あと数分後……。