「……副長」
 固く強ばった声で呼ばれ、土方はふり返った。
 昼下がりの副長室だ。
 常のごとく文机にむかい仕事をしていた土方の表情は、怜悧なものだった。
 障子を開いた先に膝をついた総司にむけられる視線も厳しい。
「何だ」
 そう訊ねた土方に、総司は唇を噛んだ。
 やがて、部屋の中に入ってくると、土方の前にきちんと端座した。
 膝上に手を置いたまま、云った。
「お願いがあります」
「願い?」
「聞いて頂けますか」
 固い口調で訊ねられ、土方は片頬を歪めた。喉奥で低く嗤う。
「内容も聞いていないのに、応などと答えられるか」
「ですが」
「云え。その上で判断してやる」
「……わかりました」
 総司は諦めたように目を伏せた。
 しばらく黙り込んでいたが、やがて、云った。
「膝枕をして下さい」
「……?」
 突拍子もない言葉に、土方は聞き間違えたのかと思った。
 思わず目を凝らし、総司を眺める。
 だが、総司はしっかりとした口調で、くり返した。
「膝枕です。副長に膝枕してもらうのが、負けた者の罰となっているのです」
「話の意味がわからん」
 形のよい眉を顰めて呟いた土方に、総司は言葉をつづけた。
「先程、皆とある賭け事をしたのです。そこで、負けたものは、副長に膝枕してもらうという事になっていまして。それで、私が……」
「おまえが負けた、という事か」
 呆れたように呟いた。
「鬼副長と云われる俺に膝枕とは、たいした賭け事だな」
「私もそう思います」
 俯いて答えた総司を、土方は切れの長い目で眺めた。微かに、口角をあげる。
「……いいぜ」
 男の言葉に、総司は弾かれたように顔をあげた。
 それに、片肘を膝につき、薄く笑ってみせる。
「来いよ、膝枕してやる」
「……」
「負けた者の罰なのだろう」
「……」
 しばらくの間、総司は躊躇っていた。おずおずと周囲を見回し、誰もいない事を確かめている。
 障子を閉めてから、総司は土方の傍に膝をすすめた。まだ躊躇ってはいたが、結局、そっと身を倒し、彼の膝上に頭をのせる。
「……」
 不安げな表情で見上げると、土方の端正な顔が見下ろしていた。
 視線が絡まりあう。
 とたん、彼の黒い瞳が悪戯っぽい光をうかべた。
 あ、と思った時には遅かった。
 男の手が肩にかかり、おおいかぶさるように抱きすくめられた。慌てて身を捩ったとたん、引き戻され、口づけられる。
「っ…、ん……っ」
 膝上に抱かれたまま、深く唇を重ねられた。
 唇を擦りあわせ、舌で舐めあげるようにして、やがては絡めあう。
 濃厚で、甘やかな口づけ。
 土方の腕の中、総司はたちまちとろけてしまった。ゆっくりと細い両腕があがり、男の逞しい背を縋るように抱きしめる。
 いつのまにか畳の上に引き倒されていた。指と指をきつく絡めあい、口づけをかわす。
 まるで、情事の始まりのような口づけだ。
「……ゃ……」
 小さく喘いだ。
「も…だめ…ぇ……」
 総司は着物の袷を押し広げ、白い胸もとにまで接吻の雨を降らせてくる男に抗った。むろん、その声は甘く掠れている。
 だが、それでも土方は顔をあげた。
 意地悪な笑みをうかべ、訊ねてやる。
「ここでは、駄目という事か」
「……わかって…いるでしょう?」
 総司は長い睫毛を瞬かせた。その頬に口づけをおとす。
「こんな処で誘うおまえが悪い」
「誘ってなんか……」
「膝枕してくれって云っただろう」
「だから、あれは罰なのです。賭けに負けたから」
「負けたのも、わざとじゃねぇのか?」
 くすくす笑いながら抱きしめてくる土方に、総司は頬をあからめた。


 まさに、図星なのだ。
 彼に膝枕してもらうなんて!
 そんな事、他の誰かにさせる訳にはいかなかった。
 だって、彼は自分だけのものだから。
 自分だけの、だい好きな恋人だから。
 誰にも内緒だけれど。
 ないしょの恋人だけれど。


「それに、膝枕全然できてないし」
「少しはしただろ?」
「あれじゃ、罰になりませんよ」
「そうだな。おまえにすれば、逆にご褒美だな」
 笑いながら身を起した土方に、総司も起き上がった。
 それから、胡座をかいた土方の膝元にすりよると、猫のようにころんと頭を乗せてしまう。
「副長に膝枕。ちゃんと果たしましたよ」
 満足げに云った総司に、土方は苦笑した。しなやかな指さきで、頬を撫であげてやる。
「もう一度口づけられたいのか」
「……」
 男の言葉に、総司は何も云わず、ただ潤んだ瞳で見つめた。なめらかな頬が上気して、艶めかしい。
 そんな恋人の様子に、土方の苦笑はより深くなった。
 静かに身をかがめると、桜色に染まった耳もとへ唇を寄せる。
 低めた声で囁いた。
「それとも……一度きりじゃ物足りねぇか?」





 その答えは、砂糖菓子のような甘い口づけ───















 一度きりどころか、いつまでもいちゃついてそうな二人です(笑)。