「これが一番嫌いです」
 そう云った総司に、土方はため息をついた。
 久しぶりの二人揃っての非番だった。
 小さな休息所で落ち合って、秘密の恋人らしい甘い一時を過して。
 なのに、土方が土産にもってきた花を見たとたん、機嫌が悪くなってしまったのだ。
 梅の枝だった。紅い蕾が幾つも綻びかけた美しい枝だ。
「だって」
 総司は花を生けながら云った。
「私、梅の花が嫌いなのです」
「どうして? 俺は好きだぜ」
「それは知っています。でも、私は……嫌いです」
 ふいっと顔を背けてしまった総司が常らしくなくて、土方は怪訝に思った。
 そもそも、花が嫌いだなどと、らしくないのだ。
 総司はいつも綺麗なものを好み、梅の花も前に「綺麗」と云っていたのを見た事がある。
 なのに。
 そこまで考えた土方は、不意にある事に思い当たった。
 まさかとは思うが、総司の態度からすると、それしか考えられない。


(……可愛い)


 思わず苦笑をもらしてしまった土方に気づいたのか、総司がきっと睨みつけてきた。
 だが、大きな瞳で睨まれても、彼にすれば愛らしいだけだ。
「どうして、笑っているのです」
 桜色の唇を尖らせた総司に、土方はくっくっと喉を鳴らした。
 その白い手をとり、そっと顔を覗きこむ。
「可愛いなと思ったのさ」
「何がです」
「だから、おまえが」
「……」
 目を見開いた総司に、土方は悪戯っぽく笑った。それに、どきりとする。
 この男の笑顔はくせものだ。いつも怜悧な表情をしているだけに、その少年めいた笑顔は、誰をも虜にしてしまう。
「すげぇ可愛い」
 追い討ちとばかりに、土方が甘い声で囁いた。
「妬かれるのも、おまえ相手だとすげぇ嬉しいよ。可愛くてたまらねぇな」
「な、何を云って……っ」
 臆面もなく云ってのける男に、総司は頬を上気させた。だが、妬くという言葉に気づき、そっと見上げる。
 ちょっと黙ってから、小さな声で云った。
「……本当は怒っていたのです。あの時も」
「あぁ」
「とても腹がたって、妬いてしまいました」
「そうか」
「見るのもいやで、苛々して」
「だから、先に帰ったのか」
 そう云った土方に、総司はきゅっと唇を噛みしめた。



 先日、島原で宴が開かれたのだ。
 その時、土方の昔の馴染みであり、土方に気のある天神の梅枝が、彼女自身の名であり、また、彼の好みである梅の花を散らした着物を身に纏い、艶やかに現われたのだ。
 土方の傍から離れず、挙げ句、総司には踊れない美しい舞まで披露してみせた。
 それを土方も疎んじたりせず、楽しそうに目を細めていたため、総司はいたたまれず宴から出てしまったのだ。



「土方さん、楽しそうにしていましたから……」
「あぁ、そうだな」
 土方は喉を鳴らして笑い、総司の手を撫でた。
「すげぇ楽しかったよ」
「梅枝って天神の舞を見て?」
「あぁ」
 臆面もなく頷いた土方に、総司は細い眉を顰めた。苛立ちを隠せぬまま、すげなく手を抜き取る。
 とたん、手首を掴まれ、逆に引寄せられてしまった。あっと思った時には、男の膝上へ倒れ込んでしまっている。
「いや、離して下さい」
「そんな怒るなよ」
「梅枝さんの方がいいのでしょう? なら、私なんか放っておいて」
「おまえの方がいいに決まっているだろ」
「でも、楽しかったと云ったではありませんか」
「そうだな」
 土方は総司を膝上に抱きあげながら、云った。
「おまえがあぁして舞ってくれる姿、考えていたから、すげぇ楽しかったよ」
「……え」
「綺麗だろうなとか、すげぇ嬉しいだろうなとか、一度でいいから見てみてぇとか、色々考えていた訳さ」
 そう云って、土方はくすくす笑いながら、総司の躯を抱きしめた。耳もとで、彼の声が囁きかける。
「どこまで、おまえに惚れているんだろうな。俺の世界は全部、おまえでうめつくされているよ。誰を見ても、おまえの事ばかり考えちまう」
「……土方、さん……」
「おまえ以外、目に入るはずがねぇのさ」
 きっぱり云いきった土方に、総司は目を見開いた。それから、次第に頬から首筋が赤く染まり、耳朶まで真っ赤になってしまう。
 恥ずかしそうに男の胸もとに顔をうずめた総司に、土方は小さく笑った。ぽんぽんっと背を優しく叩かれた。
「これでご機嫌直ったか? ん?」
「……すみません」
 総司は小さな声で、謝った。急に、常ならぬはしたなさに、いたたまれなくなってしまったのだ。
「みっともない処をみせて、本当に……」
「ま、たまにはこういうのもいいさ」
 くすくす笑い、土方は総司のなめらかな頬に口づけた。
「さっきも云っただろう? おまえに妬かれるなら、嬉しいって」
「でも……」
 総司はちょっと躊躇いがちに、土方の胸に頭を凭せかけた。
「私……舞えませんけど」
「え?」
「だから、舞。見てみたいって云っていたじゃないですか」
 そう云った総司に、土方は微かに笑った。それから、黙ったまま、その細い躯を抱きしめた。
 腕の中で、愛しい恋人が素直に身をゆだねてくる。
 それを見つめながら、思った。
 舞なら、見ている──と。



 舞は、人の想いを表わすものが多い。
 そうであるのなら、総司が土方に見せる挙措すべてが、美しい舞だろう。
 彼を愛し、彼のために命の限り戦ってゆく。
 その生き方こそが、最高の舞なのだ。



 そっと抱きしめた腕の中で、総司が不思議そうに小首をかしげた。
 それに微笑みかけた土方は、いつまでもこの美しい舞を見ていたいと、心からそう望んだのだった。
















実は、これ、「月闇」最終話の後日談なのです。この二人にも、たまには、甘やかな時を過させたかったので……。