猫のようだと表現するにしても、色々とある。
 可愛らしい猫であったり。
 気位の高い美しい猫であったり。
 だが、その両方をかね備えている場合は、どう云えばいいのか。


 俺の猫は、気位が高く綺麗だ。
 いつも冷たく澄んだ瞳でこちらを見つめる。
 だが、そのくせ。
 俺の前でだけ、甘え上手の可愛らしい猫になってくれる。
 その身を擦りよせ、可愛い声で鳴く。
 気まぐれで甘えたで、冷たくて愛らしくて。
 俺を永遠の虜にし、決して離さない。




 狂おしいほど愛しい

 俺だけの仔猫……










 総司は酒癖が悪い。
 と、いう事になっている。
 土方が決して総司を外で飲ませないのだ。ただの兄代わりにしては煩すぎるほどの口出しに、初め反抗していた総司も、最近はおとなしく従っている。
 何故なら、総司が酒を飲みたいと云えば、土方が自ら席を用意し連れ出してくれるのだ。
 それも、その辺りの居酒屋などではない。
 必ず、接待か、もしくは逢い引きにでも使いそうな料亭へ連れてゆく。
 そういう場所へ土方と行くたび、総司はまだ酒を口にする前から頬が熱くなるのを覚えた。二人でひそやかに言葉を交わしながら、身を寄せあい、そっと入ってゆく。
 案内された部屋は美しく洗練され、とても心地がよい。
 土方は、総司がそうして欲しいと望んでいる事を悟っているのか、料理を運ばせるといつも仲居を遠ざけてくれる。
 そして、二人だけの静かな時を過ごすのだ。
 まるで逢い引きを重ねる、恋人同士のように。

  (……もちろん、違う事はよくわかっているけれど)

 総司は料理を箸でとりわけながら、そっと土方の方を見やった。
 仄かな明かりが灯された美しい庭を右手に眺めながら、土方は酒を口にしている。その端正な姿はまるで絵のようだ。
 他の皆と同じ黒い隊服でさえ、この人が着ると極上の衣装となってしまう。
 むろん、今は私用の外出のため、黒い絣の着物をさらりと着流しにしているだけだ。それがまた粋で大人の色香を漂わせ、総司の心をたまらなく惹きつけた。
 胸が高鳴るのだ。
 彼を見るだけで、こんなにも。
 その理由はよくわかっている。

  (私は、この人に恋している……)

 それは小さな秘密だった。
 総司の胸に秘められた恋。
 むろん、それを表に出した事は一度だってない。
 総司は土方にも他の男と同様に接していたのだ。冷たく一線引き、決してこちらへ立ち入らせない。
 それは、ずっと他人の中で育った総司の処世術だった。
 誰にも心を許した事はない。いつも頼りになるのは、己自身だけだった。だからこそ懸命に稽古に励み、今の場所まで辿りついたのだ。
 ずっと憧れつづけた土方の、一番近くにいられる場所に。





 総司が今まで逢った中で、誰よりも彼は特別だった。
 誰もがふり返る端麗な容姿、頭の切れ、度胸に気性の激しさ──そのすべてに、狂おしいほど惹かれた。
 見惚れるほど綺麗で優しげな容姿をもっているくせに、冷たく残酷で、なのに誰よりも優しくて。
 冷たく澄んだ黒い瞳も、時折ちらりと見せる悪戯な少年めいた笑みも、それをむけられるこちらがおかしくなりそうなほど魅力的だった。
 初めて逢った瞬間、恋したのだ。
 だが、その頃、まだ総司は子供だった。何の力も持たない子供だった。
 土方は通り一遍の笑顔は見せてくれたが、それでも、彼の傍に立つ事はできなかった。
 いつか必ずと、幼心に思った。
 彼の一番近くに立ちたい。
 誰からも認められる形で。
 彼に認められ、必要とされるだけの力を備え、凜として……。





 そして、今、新撰組副長として京でもその名を知らぬ男となった土方の一番近くに、総司はいる。
 長年の願いは叶ったのだ。
 激しい恋心は秘められたままだったけれど。
 だが、そんな自分の恋を想いを、総司は懸命に隠しつづけていた。
 誰よりも、土方にだけは知られたくないと思っている。
 凜として自分を常に厳しく律し、戦いつづける限り、彼は自分を傍においてくれるのだ。少なくとも、総司はそう固く信じていた。
 いつか、彼に云われた事があった。
「まるで……おまえは気位の高い、綺麗な猫だな」
 苦笑まじりに。
 綺麗という言葉にどきりとしたが、それでも、総司は曖昧に笑ってみせただけだった。
「そうですか?」
 いつものようにすっと身をひきながら。
 それに土方は喉奥で笑い、文机に頬杖をついた。彼の頬に、しなやかな指さきがふれている。
 黒い小袖の袂の奥に、彼の逞しい腕がのぞいた。
 それに頬が熱くなるのを覚え、慌てて目をそらした。
「ほら、今もそうだろう」
「え?」
「手をのばせば、すぐ逃げちまう。挙げ句、ちょっと油断したら、爪をたてられるんだ。本当に、気の強い猫そのものだよ」
「私は……そんな爪をたてたりしません」
 そう答えた総司に、土方はかるく小首をかしげた。総司の瞳を覗き込むようにしながら、くすっと笑った。

  「本当に……?」

 その声はどこか甘く掠れていて、胸が激しく高鳴ったのを覚えている。
 だが、その時も総司は彼の前から逃げるように立ち去ることで、己の恋心がこぼれるのを防いだのだ。
 決して知られてはいけない恋だから。

   彼の一番近くにいるためには、絶対に───……








「……総司」
 不意に呼びかけられ、総司は我に返った。
 慌てて周囲を見回してみれば、そこは料亭だ。
 土方に連れられ、やってきた美しい部屋。
「あ……はい」
「珍しいな」
 くすっと土方は笑った。おかしそうに目を細め、総司を眺めている。
「おまえがぼんやりするとは。何か考え事か」
「……いえ、別に。何でもありません」
 いつもどおり、すげない口調で答えた総司に、土方はかるく肩をすくめた。それから、僅かに小首をかしげ、訊ねてくる。
「酒、飲むか」
 そう問われ、総司は箸を置いた。ちょっと躊躇ったが、杯を取り上げながら答える。
「はい、頂きます」
 土方は手をのばし、酒を注いでくれた。
 きんと冷えた冷酒だ。甘口で、ふわっと果実の香りがたち、口あたりもなめらかだった。
「おいしい……」
 思わずそう呟いた総司に、土方は黙ったまま微笑んだ。
 その綺麗で優しい笑顔に、総司は身も心もとろけてしまいそうになる。頬の火照りがひかないのは、決して酔いのせいではないはずだ。
 勧められるまま、何度も杯を重ねた。
 そのうち、ふわふわと躯中があたたかくなってゆくのを感じた。





 ……とてもいい気分だ。
 本当はそんなにお酒が好きな訳ではなかったが、彼と飲むのはとても嬉しかった。
 恋しい男と一緒に出かけられる。
 それどころか二人きりの時を過ごさせてくれる。
 そんな幸せな一時が欲しいから、総司は「お酒が飲みたい」と告げるのだ。
(それを……この人は知っているのかな)
(……知っているはず…ない)
(莫迦みたいだ。この人が、私の気持ちなんて知るはずないのに……)
 そんな事を考えると、急に悲しくなった。
 涙が瞳にうかぶ。
 その時点で、もう相当酔っていたのだろう。
 頭がくらくらして、自分の躯がどこか自分のものではない気がした。
 小さく吐息をもらしたとたん、なめらかな頬を一粒の涙がぽろりとこぼれ落ちた。
 だが、それを恥ずかしいとは思わない。もうそんな風に己自身を隠し、守りたてる事さえできなくなっていた。
 意識がふわふわと浮いてゆく。
「……」
 総司の涙に、土方はすぐ気がついた。
 黙ったまま手をのばすと、そっと優しく抱きよせてくれる。
 よしよしと、子供にするように頭を撫でられた。
 それがとても心地よくて嬉しくて、いっぺんに幸せな気分になってしまう。
(……土方…さん……)
 総司は彼の広い胸もとに凭れかかると、目を閉じた。








 もともと人に対して笑顔で接しながら、その実、きっちり線を引いている総司は、いつも立ち入り難い雰囲気を漂わせている。
 にっこり笑いながら、どこか人を冷たく拒絶しているのだ。
 気位の高い、綺麗な猫そのものだった。
 人見知りが激しい事も、昔の仲間たちの間では周知の事実だ。
 総司と親しくなるには、かなり年月を重ねる事が必要だった。それでも、甘えたりする事など決してせず、いつも凜とした雰囲気を漂わせているのが、総司なのだ。
 気が強くて冷たくて、近寄りがたい美しい猫。





 だが、酒を飲むと、それは一気に変わってしまう。
 猫がマタタビでも食べた後のように、甘やかな鳴き声をあげはじめるのだ。
 まるで、甘えた上手な可愛い仔猫だ。
 そんな総司を、いつも土方はとろけそうなほど甘やかした。
 他の誰も知らない。
 これは、土方だけが知っている、密かな楽しみなのだ。
 いつもは人を寄せつけぬ気高い猫をたっぷり甘やかし、優しく抱きしめてやる。
 総司も決して抗わないし、従順にその身をまかせてきた。
 しかも、そのすべてを、翌朝にはきれいさっぱり忘れているのだ。
 酔えば記憶をなくすと聞いた事があるが、酒に強い土方にすれば全く経験のない事で、初めて総司と飲んだ時は驚いた。
 だが、忘れてしまうのなら、尚のこと都合がいい。
 好きなだけ、総司を甘やかしてやれるのだ。
 まだ総司が幼かった頃から、この気が強くて可愛らしい猫を秘かに愛し、育ててきた土方にとって、それは至福の一時だった。





「ね、土方さん」
 とろんと潤んだ瞳で、総司が彼を見あげた。
 それに、「何だ」と優しく促してやると、総司はにっこり笑った。
「あのね……このお酒、何ていうお酒?」
「桜露だ」
「ふうん、綺麗な名前。ねぇ、もっと飲みたい……飲ませて?」
 甘えてねだってくる総司に、土方は杯をさし出してから悪戯っぽく笑った。
 むろん、酔わせてどうこうするつもりはない。 
 そこまでやれば、いくら何でも総司も覚えているだろうし、そうなればすべては終わりだ。
「ん……おいしい」
 総司は酒を飲んでから、小さく吐息をもらした。その桜色の唇が艶めかしく濡れている。
 土方は思わず手をのばし、親指の腹でそっと唇を撫であげた。だが、それに、総司はうっとりと吐息をもらすばかりで、抗う事はない。
 そればかりか、土方の手を自らとると、指さきに舌をはわせ始めた。
 まるで猫そのもののように、舐めあげてゆく。
「……総司」
 男を誘っているのかと瞳を覗き込むが、長い睫毛を瞬かせ見つめるばかりで、総司の真意はよくわからない。
 土方は苦笑すると手をひき、かわりに総司の細い躯を膝上に抱きあげた。そのまま膝上に坐らせ、己の胸もとへ凭れかからせる。
 華奢な躯は、男にすれば軽々としたものだ。
 両腕をまわして抱きすくめてやりながら、そっと囁きかけた。
「ちょっと……酔っちまったか?」
「うん、そうみたい……」
「少し眠るか」
「でも……帰らなきゃ」
「ここに泊ればいい」
「そんなの……だめ……」
「どうして?」
 優しい声で訊ねた土方の胸もとに、総司は凭れかかった。身をすり寄せながら、小さな声で答える。
「もっと……甘えたくなっちゃう」
「甘えればいい」
「土方さんは、困らない……?」
「困るどころか、嬉しいさ」
「じゃあ、甘える……」
 本当に甘えたな猫そのものの仕草で、総司は彼の肩の窪みに小さな頭を擦りつけた。細い腕が彼の背にまわされ、ぎゅっとしがみつく。
 普段ではありえない、甘えきった心許した行為。
 まるで、恋人同士が睦みあうような……。
「……総司、可愛いな」
 土方は微笑み、白い首筋を指さきで柔らかく撫でてやった。
 それがくすぐったかったのか、総司が首をすくめ、くすくす笑う。
 土方はたまらなく幸せな気持ちになりながら、愛しい総司を、そっと両腕に抱きあげた。








 隣室に用意されてある褥の上へ寝かせ、自分もその傍に身を横たえた。
「おやすみ……」
 そう囁いたとたん、総司がうすく目を開いた。にっこり笑うと、両手をのばしてくる。
「土方…さん」
 その声が何を意味するかを知っている土方は、ちょっと躊躇った。が、彼も男だ。誘惑には勝てない。
 総司の躯にのしかかると、片肘をついた。
 手のひらでなめらかな頬を撫でてやりながら、ゆっくりと唇を重ねた。
「……ん……っ」
 いつも唇を重ねた瞬間、ぴくんっと総司の躯が震える。それが初な総司を表わしているようで、可愛くてたまらない。
 土方はそっと唇を擦りあわせ、その柔らかな感触を味わった。酒のためか、少し濡れている。
 舌をさしいれ、まだ怯えて逃げようとする舌をとらえた。舐めあげ、甘い舌を思う存分、堪能する。
「っ…んッ……ふっ、ぁ…」
 総司の唇から甘い吐息がもれ始める頃には、彼も夢中になってしまっていた。何度も角度をかえて口づけ、総司の甘い桜んぼのような唇を味わってゆく。
 指さきを髪にさし入れ、くしゃくしゃにした。
 頬に、首筋に、狂おしく口づけ、その白い肌を熱く感じる。
 手足をからめあい、抱きしめあい、何度も口づけあった。
 だが、いつも──そこまでだった。
 むろん、土方も総司が欲しい。
 だが、この世でもっとも愛しい者を、酔わせた上で抱く気には到底なれなかったのだ。
 さすがにそれはまずいだろうと、理性が、ともすれば欲望のまま走り出しそうな彼を押しとどめる。
「……もう眠った方がいい……」
 土方が優しい声で囁いてやると、総司は潤んだ瞳でこくりと頷いた。その桜色の唇が、口づけのために濡れて艶めかしい。
 それに、ぞくりとするような色香を感じたが、土方は総司の艶やかな髪を撫でてやる事で自分を抑えた。
「いい子だ……おやすみ」
「……おやすみ…なさい……」
 総司は小さな声でこたえると、静かに瞼を閉ざした。すぐ眠りに落ちてしまったらしく、柔らかな寝息をたて始める。
 それを眺め、土方は小さく笑った。


  (やれやれ……明日の朝は、大騒ぎだな)


 今までも、何度もこういう一時を過ごしてきた。
 甘えられ甘やかし、口づけも抱擁もさんざんしたが、いつも総司は何も覚えていなかったのだ。そのため、変わる事ない二人の関係はつづいている。
 兄弟のような関係として、上司と部下として。
 だが、こうして一つの褥で泊ったのは、初めてだ。
 明日の朝、総司がどんな顔で自分を見るかと思うと、笑いがこみあげた。
 甘やかして甘やかして、総司をこの腕の中で甘く鳴かせてきた。そんな中で、土方は気がついたのだ。
 どちらが、総司の本来の姿なのか──を。
 総司はいつも己を幾重にも固め、守りたて、人に頼らず甘えず、凜とした表情ですべてに立ち向かってゆく。
 むろん、その姿は美しく誇り高く、土方の心を惹きつけたが、一方で胸苦しさも覚えていたのだ。
 無理をしている気がして、痛々しいとさえ思った。
 そして、酔った総司を見ているうちに、気づいたのだ。
 本来の姿は、この甘えた上手な可愛い仔猫ではないのか──と。
 なら、もう躊躇いはなかった。
 この恋が成就するにしろ、しないにしろ、土方は、本来の総司自身としっかり向きあいたい。
 長年の恋を打ち明けるなら、何一つ繕わぬ素のままの総司に、告げたいのだ。
 だからこそ、一つの褥で眠る事にした。
 きっと明日の朝、総司は驚き、すぐさま気位の高い猫になるだろう。彼を拒絶し、寄せつけないに違いない。
 その時、自分はどうしてやろうか。
 今までどおり酔って寝てしまっただけだと、そ知らぬ顔をするか。
 それとも、もう無理はするなと、気位の高い猫から可愛い仔猫へ戻してやるか。

 それとも……?



  「愛してるとでも、云ってやるかな」


 くっくっと喉奥で笑いながら、土方は呟いた。
 明日の朝が、今から楽しみだ。
 愛を告げた時。
 もしも拒んだとしても、俺の前で気高い猫になる事は、もう決して許さない。
 俺にだけは、本当の姿を見せてくれ。
 甘え上手の可愛い仔猫。
 そんなおまえが、俺は愛しくてたまらないのだから。
「……愛してるよ」
 眠る恋人の頬に、そっと口づけた。
 そして。
 腕の中の愛しい総司を抱きしめると、土方は静かに目を閉じたのだった。






 気まぐれで甘えたで、冷たくて愛らしくて
 
 俺の心を永遠の虜とし、決して離さない


 狂おしいほど愛しい
 
 俺だけの仔猫……














 

[あとがき]
 ある意味、土方さんと総司の攻防? 酔うと本当の姿が出ちゃう総司、それを見て喜んで甘やかしまくる土方さん。好きなんです、こういう設定(笑)。いつもはプライドが高いのに、彼の前でだけ甘えちゃう可愛い仔猫ってのが、いいのかも。
 こういう土方さんと総司って、いかがでしょうか。またご感想など、お聞かせ下さいますと嬉しいです♪
 尚、翌朝の光景は、皆様のご想像におまかせするという事にさせて頂きますね。


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