「ほら、宗次郎」
 歳三がさし出したものを見たとたん、宗次郎の可愛らしい顔がぱっと輝いた。
 ある日の昼下がりだった。冬とは思えぬぽかぽか陽気で、見上げた空は抜けるような青空だ。
 試衛館を訪れた歳三が一番にさし出したものに、近藤は傍らから首をかしげた。
「何だ、お守りか」
「あぁ」
 歳三は頷き、それを宗次郎に渡す前にかかげてみせた。
 小さな可愛らしい桃色のお守りだ。兎の絵が描かれてあり、どう見ても娘向けだった。
「宗次郎が貰ってきてくれって云っててな」
「お守りをか?」
「宗次郎が自分で貰ってきたかったらしいが、この間から寝付いていただろ? だから、俺が貰ってきてやったのさ」
 そう説明しながら、歳三は宗次郎の小さな手にそれを落としてやった。
 宗次郎は嬉しそうにふっくらした頬を紅潮させ、大切そうに受け取っている。
「ありがとう、歳三さん」
 明るく澄んだ声で礼をいう宗次郎に、歳三は優しく笑った。





 このまだ十二才の少年に、歳三はとことん甘かった。
 初めて逢った時から、溺愛そのもので可愛がっている。
 今年で二十一になる男が可愛らしい少年を甘やかしまくっている様は、一歩間違えば危ない構図なのだが、何故か周囲の皆は全く気にしていない。
 ある意味、目の保養だと思っているのか。
 何しろ、歳三自身、絵に描いたような水も滴るいい男だった。
 艶やかな黒髪に、眦の切れ上がった目。濡れたような黒い瞳、引き締まった口許。
 長身に纏うのは質素な着物だが、それでも、すれ違う女は皆ふり返ってゆくほどの男前だ。
 だが、しかし。
 そんないい男・歳三の興味と関心と愛情は、今や、この可憐な少年一人に集中してしまっていた。今まで子どもなど見向きもしなかった彼が、宗次郎に関しては別人のように溺愛しまくっている。


 むろん、宗次郎の方も彼によく懐いていた。
 歳三さん、歳三さんと試衛館にいる時は彼の後ばかりを追いかけ、いない時はどことなく淋しそうに玄関口ばかりを覗いている。
 その姿は、まるで小さな幼い恋人のようで。
 ついこの間も、宗次郎の師匠であり、歳三の親友である近藤は、
「あれじゃ、おまえ嫁取りできんぞ」
 と、からかったのだが───





「……歳、あれいいのか」
 後になってから、近藤はこっそりと訊ねた。
 それに、歳三が「え?」と切れの長い目を見開いた。
「いいのかって、何が」
「だから、お守りだ。あれは縁結びのものだろう」
「……あぁ」
 歳三は苦笑し、廊下の向うでお守りを見つめている少年へ視線をやった。
「まぁ、可愛い子どもの恋心だろ」
「恋心なぁ」
「どのみち仕方ねぇよ、本人が欲しいって云ったんだから」
「仕方ないってあたりに、ひっかりを覚えるが」
 近藤はため息をつき、目の前の友を珍しい動物でも見るような表情で眺めた。
「歳よ、つくづくおまえは複雑な男だな」
「? けっこう単純明快だと思うぜ」
「どこが単純だ。おまえの考えはさっぱりわからんぞ」
「そうかな」
 肩をすくめるようにして、歳三はくすっと笑った。
 実際、自分では単純明快だと思うのだ。


 宗次郎が可愛い。
 傍におきたいし、ずっと眺めていたい!
 誰にも渡したくない、それどころかこの腕の中に囲い込んでしまいたい!
 九つ離れた可愛い男の子である宗次郎が、もう気が変になりそうなぐらい、好きで好きでたまらなくて。


(これのどこが、単純じゃねぇって云うんだ?)


 正直な話。
「縁結びのお守りが欲しいの♪」なーんて頼まれた時は、頭の奥のどこかがぶちっと切れる音を聞いた。
 めらめら燃える嫉妬と怒りに、くらりと目眩まで覚えてしまったものだ。
 だが、悲しいかな、惚れた男の弱み。
 恋しい少年からの頼まれ事を、断れるはずもなくて。
「ね、お願い♪ 歳三さん」
 なーんて甘い声で囁かれ、うるうるした大きな瞳で見つめられたら、両手に白旗。気がつけば、可憐な笑顔にぼーっと見惚れ、つい承諾してしまっていたのた。
 しかし。
 あの可愛い笑顔を見るためならこれぐらいの我慢は……などと思う自分は、やはりどこかおかしいのか。
 既に、ほだされてしまっているという事なのか。
 手を出せるはずもないのに。


(まだ十二だものなぁ。いくら俺でも、そこまで変態したくねぇし……)


 はぁっと、歳三はため息をついた。
 近藤が去った後、遠くにいる宗次郎の様子を物陰からそっと伺う。


 陽だまりの中に佇む少年。
 のびやかな手足、細い肩にさらさらとかかる綺麗な髪。
 すべすべした頬っぺたは丸く、唇は桜んぼのようで。
 遠目に見ても、その華奢な姿は、涙がでそうなほど可憐で愛らしかった。今すぐ駆け寄り、ぎゅううっと両腕に抱きしめたいぐらいだ。


 じっと見つめる歳三の前で、宗次郎は嬉しそうにお守りを握りしめた。
「──」
 ここまでは聞こえないが、何か願っているらしく、桜色の唇が動いた。
 いや、縁結びのお守りなのだ。少年らしい初々しい恋の成就を願っているに決まっている。
 それを思うと、歳三は胸あたりがぎゅううっと息苦しくなった。
 本当なら、あんなもの渡したくなかった。たとえ子どもの恋であったとしても、それを手助けできるほど、人間出来ていないのだ。
 だが、断る事もできなくて、結局、宗次郎の願いどおり足をのばしてその神社へ行き、律儀にお守りを買ってきたのだから。
「……ふり回される男そのものだよなぁ」
 歳三はしみじみと呟いた。
 女たらしでその名をならした彼が、なんてざまなのか。今でも、断ってはいるが、縁談はもちろん美しい女からの誘いも山ほどある。
 だが、宗次郎に逢ってから、彼の世界は愛する宗次郎のために! になってしまっていた。
 彼の意識も視界も頭の中も、可愛い宗次郎だけに占められてしまい、他者が入る余地など全くないのだ。今や、歳三の世界は宗次郎だけに占められている。
 それぐらい、可愛いかった。いとしくていとしくてたまらない。容姿も何もかも理想そのもの、彼の好みまっしぐらで──いやいや、可憐な容姿だけでなく、素直で優しくて純真で無垢で子どもらしい心も、何もかも可愛くていとしくて。

(宗次郎は、器量も気だても最高だからなぁ)

 思わず頬が緩んでしまった歳三は、すぐさま顔を引き締めた。慌てて顎あたりを撫でながら、周囲を見回す。幸いにして誰も見ている様子がなかった。
「……」
 ほっとしてもう一度様子を伺えば、宗次郎は大切そうにお守りを懐に仕舞いこむ処だった。軽やかな足取りで部屋へと戻ってゆく。
 それを見送り、歳三は追いかけあれこれ話しかけて、そのすべすべした頬っぺたや柔らかな髪にふれたい衝動にかられた。だが、今は我慢我慢と念仏のように唱える。
 もちろん、あんなにも可愛い宗次郎なのだ。不安でないはずがなかった。こうしている間にも横合いからかっ攫われたらなどと考えると、心配で心配でおちおち夜も眠れない。
 なら、鳶に油揚げをさらわれる前に、さっさと囲い込んで自分の恋人としてしまえばいいのだが、いかんせん相手は十二才の男の子だ。
 しかも、宗次郎は他の男の子より数倍純真無垢で素直だった。歳三の恋心など知れば、目を見開いて怯えてしまうだろう。


(片思いって、むずかしいなぁ)


 歳三は傍らの柱に寄りかかると、前途多難の恋に、小さくため息をついた。 








「……良かった」
 宗次郎はお守りをうっとりした目で眺めた。
 思っていた以上にとても可愛らしく、御利益がありそうだ。
 これなら、もしかすると本当に縁結びしてくれるかもしれない。
 ずっとずっと続いてきた片思いが、成就するかもしれないのだ。
「そこまで叶わなくても」
 宗次郎はお守りを握りしめ、大きな瞳をきらきらさせた。


 いつもいつも、綺麗な女の人が傍からたえる事のない歳三さん。
 九つも年上で大人で、格好よくて、どきどきするぐらい綺麗な顔をしていて、時折見せてくれる笑顔なんてもう見惚れちゃうぐらいで。
 そんな歳三さんが、自分の傍にもっといて欲しい。
 どこにも行かないで欲しい。
 そう心から願いたいから、だから。


「このお守りにお願いするの!」
 宗次郎はじいっとお守りを見据えた。
「どうかどうか、神様、お願いします」
 そして、一気に願った。


「歳三さんを女嫌いにさせて、私しか見られないようにして、花街なんか絶対に足踏み入れさせなくて、縁談も片っ端から破談になっちゃって、それで、もう絶対絶対私から離れられないようにして下さい!」


 凄い迫力でまくしたてた宗次郎は、ぎゅうぅっとお守りを握りしめた。
「これでちゃんと叶ったら、今度こそ! 歳三さんの首に縄くくりつけてでも、ぜーったい逃がさないようにしなくっちゃ」
 可愛らしい顔で恐ろしい事をのたまった宗次郎は、ふと視線を宙に飛ばした。
 大きな瞳が夢見るように潤む。
 うっとりと微笑んだ。


 頭に思い描くのは、「愛する歳三さんと二人きりの日々」
 幸せで幸せで。
 とろけてしまいそうなぐらい幸せな、甘い新婚生活。


「その夢実現のためには、嫁取りなんてとんでもない! そんな事絶対に許さないんだから。歳三さんが私だけのものになってくれるように、毎日このお守りに願かけまくるんだもんっ」
 めちゃくちゃ力の入った声で誓うと、宗次郎はお守りを懐にしまい込んだ。
 そして、さっそく再度念入りに願をかけるため、自分の部屋へいそいそと戻っていったのだった。






     片思い+片思いは、両思い?

     二人の恋が早く成就する日を願って♪