総司が副長室を覗いてみると、珍しく土方は仕事をしていなかった。
 文机の前に坐ってはいるのだが、頬杖をつき、何やら書物を読んでいる。
 それに、総司は部屋に入ると訊ねてみた。
「副長、仕事しなくていいのですか?」
「いいんだよ」
 即座に答えを返してきた土方に、ちょっと小首をかしげた。
 余程面白い書物なのか、視線さえもあげない。
 総司は彼の傍に端座すると、云った。
「こんな処誰かに見られたら、あれこれ云われますよ」
「副長室に用もなく入ってくるなんざ、おまえくらいだろうが」
「私だって用もないのに入ったりしませんよ」
「……何の用だ」
「別に」
「ほら、みろ」
 くすっと笑い、土方はまた書物に視線を戻してしまった。
 その端正な横顔を、総司はぼんやり眺めた。


 何で、私はこの人の傍にいるのかな。
 この頃は、皆、この人の事を怖がって誰も近づかないのに。
 なのに、どうしてだか、私はいつもここに来てしまう。
 土方さんの近くにいたくて、たまらなくなる……。


「……何の書物を読んでいるのですか」
「おまえにはわからねぇものだ」
「何です、その莫迦にした云い方」
「莫迦にしてるのではなく……子どものおまえには、まだ早いってことさ」
「あぁ、春画本ですか」
 あっさり云いきった総司に、土方は驚いたように顔をあげた。形のよい眉を僅かに顰める。
 しばらく黙った後、低い声で訊ねた。
「おまえ、そういうの見た事あるのか」
「ちょっとだけ。原田さんたちに見せられました」
「あいつら、子どもに何てもの見せやがるんだ」
 思わず舌打ちした土方に、総司は頬をふくらませた。
「子どもじゃありませんよ」
「いや、子どもだ」
「もう二十歳を過ぎていますし、これでも一番隊隊長です」
「そんな事ぐらい知っているさ、けど、やっぱり子どもだ」
 肩をすくめた土方に、総司はますます子どものような表情になった。桜色の唇が尖らされ、可愛らしい。
 膝をすすめた。
「なら、早く大人になりたいから、その書物を見せて下さい」
「どういう論理だよ」
「大人の書物を見たら、大人になれるでしょう?」
 そう云って手をのばした総司に、土方は素早く書物を高くかかげた。それに怒った総司が、土方の膝に手をつき、奪いとろうとしてくる。
「見せて下さいってば」
「駄目だ、まだ早い」
「やっぱり春画本?」
「そんなものじゃねぇよ」
「じゃあ、見せて」
 そうしてじゃれあううちに、土方の態勢がくずれた。あっと思った時には、二人して畳の上に転んでしまっている。
 慌てて受けとめた土方の上に、総司はのりかかるような態勢になった。
 男の広い胸もとに、若者の細い躯が半ば抱きこまれる。
「……」
 驚き、身を起そうとしたが、それをとどめるように男の手が躯にまわされた。柔らかく抱きよせられる。それに、総司も逆らわなかった。
 ちょっと目を瞠ったが、小さく吐息をもらすと、土方の胸もとに凭れかかった。


 とても……心地がいい。
 着物ごしに感じる体温も、鼓動も、息づかいも。
 何もかも、まるでとけてしまいそうな心地よさだった。
 そっと耳を押しあてれば、彼の鼓動が聞こえてくる。


 総司はもう書物の事など忘れてしまい、うっとりと目を閉じた。
 土方の手が髪を優しく撫でてくれる。時折、耳朶や首筋をしなやかな指さきがふれ、くすぐったくて小さく笑った。
 それに、土方がくすっと笑い、額に口づけが落とされるのを感じた。
「可愛いな……」と呟くのが聞こえたが、もう怒る気になれない。それどころか、ちょっと嬉しい気がした。


 早く大人になりたい。
 でも、こうして彼に甘やかしてもらえるのなら、子どものままでいいのかな。


 やがて、ゆるゆると眠りに落ちてゆく総司の耳元で、土方が低く囁いた。
「……あまり急いで大人になるなよ」
 男の言葉はとても甘く、優しくて。
 抱きしめてくれる腕の中、総司は夢心地のまま、小さくこくりと頷いたのだった……。















撫子の花言葉は、純愛・無邪気です。