「え、自転車?」
 総司はきょとんとして、聞き返した。
 それに、土方は至極真面目な顔で頷いた。
「そう、自転車だ」
「車はどうしたの?」
「車検に出した。二日後まで乗れない」
「! 何も休日にわざわざ出さなくても」
「いや、まさか非番になると思ってなかったからさ、すまない」
「で、自転車なんですか」
「あぁ」
 総司は官舎の玄関前に停められた自転車を、じいっと見つめた。綺麗な赤色の自転車だ。というより、マウンテンバイク風? それに、ちょっと小首をかしげた。
「あれ? でも、土方さん、自転車なんか持ってなかったでしょ?」
「斉藤に借りた」
「うーん、それも何だか……それに、一台でどうするんですか?」
「俺が漕ぐから、おまえが後ろに乗ればいい」
「高校生カップルみたいに? 何だか若い感じがしますね」
 思わずくすくす笑った総司に、土方は肩をすくめた。少しだけ拗ねたような表情になっている。
 艶やかな黒髪を片手でわずらわしげにかき上げながら、呟いた。
「どうせ、俺は今年で28だよ」
「うん、そうですね」
 総司はにっこり笑った。そして、両手をのばした。
「あなたは今年28才で、男前で、すっごく格好いいぼくの彼氏だもの」
 そう云ってつまさき立ちになると、総司は土方の頬にちゅっとキスした。
 それに、土方はちょっと照れくさそうに笑ってから、甘いキスを返した。
 と云っても、いつまでもこうしてる訳にはいかない。今日は近くの公園まで遊びにいく事になっているのだ。
「行こうか」
 土方は階段を降りると、自転車のハンドルをつかんだ。ふり返り、総司に「ほら、おいで」と云ってくる。
「はぁい」
 総司は澄んだ声で返事をすると、同じように階段を駆け降りた。
 自転車の後ろにぽんっと乗ってから、土方の腰に両手をまわした。ぎゅっとしがみつき、その広い背中に頭を凭せかける。
 かるく地面を蹴り、土方が自転車を漕ぎ始めた。
 その後ろで、風に髪をゆらしながら、総司が嬉しそうに云った。
「自転車も……たまにはいいですね」
「どうして?」
「だって……」
 総司は甘えるように、彼の腰にまわした手に少しだけ力をこめた。
「あなたを……すごく近くに感じられるから」
「……そうだな」
 互いの体温を、ぬくもりを感じあって。
 とてもとても幸せで。
 総司は土方の白いシャツの背中に額を押し付けると、小さな小さな声で囁いた。
「……だい好き」
 もちろん。
 それが自転車の事でないことを、誰よりもわかっている土方は小さく笑った。
 そして。
 総司のだい好きな優しい声で。
「俺も好きだ」
 そう、囁き返したのだった……。








 ──ところで、その数分前。
 手すりに凭れかかり、斉藤は下を見下ろしていた。傍らには永倉と島田がいる。
「あーあ、官舎の玄関前でいちゃついちゃってぇ〜」
 ため息をつく永倉に、斉藤が首をふった。
「もう向かうところ敵なしって感じですね」
「いや、傍若無人って云うんだろ。しっかしさぁ、おまえの自転車、二人のらぶらぶデートの舞台にされちゃってるぜ。恋敵にアイテム貸すとは、斉藤くんも心広いねぇ」
 からかいまじりで云った永倉に、斉藤は肩をすくめた。
「所謂、敵に塩を送るって奴ですよ」
「ほうほう、斉藤くんも大人になったものだ」
 そう云いながら、永倉はまた下を見下ろした。
 二人の乗った自転車はすべるように、官舎の敷地から出てゆく。
 総司が何か嬉しそうに云いながら、土方の背中にぎゅっと抱きつくのが見えた。土方も何か笑いながら言葉を返している。
「お〜、熱いねぇ」
「まだ秋ですし」
「おまえ、それ嫌味? あ、やっぱむかついてるんだ。斉藤くん、子供〜」
「何なんですか、いったい! さっきから、大人と云ったり子供と云ったり」
「こっちに八つ当たりすんなよ〜」
 へらへら笑う永倉と、むかむかしている斉藤の小競り合いを、遮ったのは第三の男だった。
「……あのう」
「何だよ、島田」
「あぁ、何だ」
 ふり返った二人に、島田は去ってゆく自転車の二人をちらちら見ながら云った。
「確か、自転車の二人乗りは道路交通法違反では……」
「…………」
「…………」
 永倉と斉藤は無言のまま、去った二人の方を見た。それから、小さく呟いた。
「ぜーったい、あの人完璧に忘れてるな」
「えぇ、確実ですね」
「総司くんのことになると、自分が刑事だってことも忘却の彼方になるからな〜」
「で、都合のよい時だけ思い出すという」
「便利だよなぁ。あの人、自分を中心に地球回してるもんなぁ」
「そりゃもう、くーるくるとねぇ」
「いやいや、凄いもんだよ。おれには出来ないねぇ」
「おれにも無理ですよ〜」
 わはははーっと笑いあい、斉藤と永倉は何故か仲直りして部屋へ戻ろうとした。今から斉藤の部屋で「七人の侍」のDVD鑑賞会なのだ。いそいそと入ってゆこうとする二人に、島田が慌てて声をかけた。
「お、お二人とも! いいんですかっ?」
「何が」
「な、何がって。もし、土方さんが道路交通法違反で切符きられたりしたら」
「何とかするって、あの人なら」
「そうそう、為せばなる、為さねばならぬ交通違反って奴ですね」
「お! 云うねぇ、斉藤くん」
「そうですか♪ 今のヒットだと思ったんですよ」
 何がヒットなのかさっぱりわからないが、永倉と斉藤は楽しそうに笑いながら、部屋へ入っていった。
 それを見送りつつ、おろおろと島田は廊下でうろついた。
 本当に土方が切符きられたらどうなるのか!
 自分の上司がそんな事になるなんて、出世にも響くだろうし、近藤に「よろしく頼む」と云われた以上、心配しない訳にはいかないではないか。
 が、しかーし!
 土方と総司のらぶらぶデートを邪魔する勇気など、絶対ないに決まってる。
 となると、残る手段はたった一つしかなかった。
「神様仏様ッ!!」
 島田はガバッと天を仰ぎ、両手を固く組みあわせた。
「どうかどうか見つかりませんように──っ!」
 誰もいなくなった官舎の廊下で。
 地球をくるくる回している上司のため、必死になって祈りつづける島田の巨体が、涙を誘うあるうららかな午後の出来事だった……。












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