掃除機が壊れた。
一年の保証期間が切れたとたん壊れてしまった掃除機に、総司は大きくため息をついた。
ここ最近日参している土方の部屋で、甲斐甲斐しく掃除機をかけ出したとたん、ぷしゅ〜っと壊れてしまったのだ。
あと、一週間早かったら無料で修理できたのに!と、白い煙を吐いている掃除機を恨めしげに眺める。
それに土方が云った。
「煙出してるんだ、修理とかのレベルじゃねぇだろ」
「初期不良?」
「欠陥品ってとこ。とにかくそのメーカーのはやめて、別のを買いに行こう」
「えぇー!? 修理したらまだ……」
「修理代の方が高くつくと思うぜ」
もう既に出かける気満々で、車のキーを指さきでくるくる回してる土方の姿に、総司はもう一度ため息をついた。
さて、一時間後。
とある電気屋さんの掃除機売り場で、会話する二人の姿があった。
「前のがサイクロン式で、大変だっただろ」
「え?」
「ほら、おまえアレルギーあるのに、掃除した後に手入れするたび埃が舞い上がって、咳き込んでたじゃねぇか。あれ見て思ったんだ。今度は絶対に紙パックだなって」
「紙パック……」
「あれなら毎日じゃなくて、一ヶ月程度でいいんだろ? 俺がちゃんと交換してやるから、おまえは掃除機かけてくれるだけで済むし。うん、紙パックにしような。で、メーカーは……」
と、あれこれ掃除機を持ち上げて眺めはじめた土方は、突然、背後から不穏な空気を感じた。
眉を顰めてふり返れば、どうしてだか、総司が大きな瞳を涙でいっぱにして、こちらを見つめている。
「そ、総司?」
驚いて声をかけたとたん、総司はびぃーっと子どものように泣き出した。
人目もはばからず泣きじゃくる総司に、土方は慌ててその肩を抱いた。
「ど、どうしたんだ」
「…っ、ふぇっ…えっ……」
「泣くな、泣くなよ。俺が悪かった、悪かったから」
いったい何が悪かったのかさっぱりわからないのだが、とにかく、土方は懸命に謝った。
いつも強引で俺様なくせに、総司の涙にはとことん弱い男なのである。
だが、そのとたん、総司がますます泣き出してしまう。
「どうしたんだ、話してくれなきゃわからねぇだろ」
土方は総司をショーケースの陰になる辺りに引っ張り込み、できるだけ優しい声で訊ねた。
それに、総司がしゃくりあげながら話し始める。
「あ、あのね」
「うん」
「例えば、ぼ、ぼくが…掃除機かけててね……で、何かガリッて吸ったなと思ってね……」
「あぁ」
「それが女の人のピアスなの。小さな可愛いピアスなの」
「……は?」
「サイクロン式だったら、掃除の後にお手入れするから絶対に出てくるでしょ? コロンって。そうしたら、ぼくに……浮気の証拠見つかっちゃうでしょ?」
「…………」
「でも、紙パックだったら見つからないじゃない。土方さんが交換するんだもの、簡単に証拠隠滅できちゃうじゃない。だから、だから……紙パックにしようと思ってるんでしょう?」
「…………総司」
思わず土方は総司の肩に手を置いたまま、がっくり項垂れてしまった。
この場合、いったい何と答えればいいんだ?
一年たっても、この思いこみの激しさは相変わらずだ。
「おまえなぁ」
土方はちょっと疲れた口調で云った。
「どういう発想なんだよ。っていうか、何だ、その妙に詳細な妄想」
「この間、昼メロで見たのです」
「……だろうなーと思ったよ。けど、前提が完全に間違ってるだろうが」
「前提?」
不思議そうに見上げてくる総司を、土方はじっと見下ろした。
まだ涙で目を潤ませて小首をかしげてる総司は、めちゃくちゃ可愛い。
だが、時々とんでもない発想をしてくる処が油断ならないのだ。
危険な小動物といった処か。
土方は子どもに云い聞かせるように、こんこんと話した。
「まず大前提として、俺の浮気があるんだろ? そんな事ありえると思うか?」
「……ありえないとも云えないと思います」
「何だ、その官僚的な回りくどい返答は」
「官僚になるのは、土方さんでしょ」
「だから、そういう事じゃなくて、とにかく俺は絶対に浮気なんかしねぇよ!」
土方は一気に叫んだ。
「おまえの事めちゃくちゃべた惚れなんだから、浮気なんか120%ありえねぇんだ!」
「ほんと?」
「あぁ」
「ほんとにほんと? 綺麗な女の人とか引っ張り込んだりしない?」
「するものか。俺には、総司、おまえだけだ」
「土方さん!」
「愛してるよ」
「うん、ぼくも愛してますっ!」
二人は互いの深い深い愛を確かめあい、ひっしと抱きあった。
それから、
「じゃあ、掃除機を選ぼうか」
「はい♪」
土方は機嫌をなおした総司と仲良く手を繋ぎ、仲良く掃除機を選んだ。
もちろん、購入したのは紙パック式の最新掃除機。
新婚そのもので、ラブラブいちゃいちゃしながら掃除機を購入する二人は、店内の注目の的だったが、ばかっぷるにとってそんな事は意識の遙か遠―い彼方。
店を出る時も、「俺がもつ」「ぼくがもちます」「いや、俺が」「ううん、ぼくが」と、傍から見れば「どっちでもいいだろ!」と云いたくなるようなやり取りの末に、二人手をからませるようにして、いちゃいちゃと掃除機の箱をもって出ていったのだった……。
───そして。
その一部始終を、ショーケースの陰からずーっと見ていたこの男、斉藤一は、
「……掃除機一つでこの騒ぎとは」
恐るべし、ばかっぷるパワー!と、しみじみため息をついたのだった。