「え……?」
 突然の事で、総司は驚いた。





 ひらひらと舞い散る桜の樹木。神社の一角だった。
 その美しさに見惚れていた総司は、彼が近づいてきた事にも全く気づいてなかったのだ。
 すぐ傍まで来てからその気配に驚き、ふり返った。
 そんな総司の目に、男の端正な顔が映る。
「土方…さん」
 思わず声を呑んでしまった総司に、土方は微かに唇をゆがめた。
 冷たく澄んだ黒い瞳が総司を見つめる。
「こんな処で何をしている」
 彼独特の冷ややかな低い声音に、躯中が竦み上がるような気がした。
 だが、それでも答を返さぬ訳にはいかない。
「……桜を、見ていました」
「桜を」
「あまりに綺麗なので、思わず……」
 素直に答えた総司は、すぐその事を後悔した。
 二人の間柄から、常の彼の態度から、つい思ってしまう。


 こんな事を云って、失笑されるのではないだろうか。
 いつものように侮蔑され、冷たくあしらわれるのでは──?


 それを恐れつつ見上げた総司に、土方はしばらくの間、無言だった。
 ゆっくりと、目の前の美しい満開の桜を見上げる。
 やがて、端正な顔に、微かな笑みがうかんだ。
「……そうだな」
 静かな声で、呟いた。
「綺麗だな」
 そして。
 ゆるやかに視線を戻し、桜樹木の下に佇む若者を見つめた。
 まるで──桜の精のごとく。
 玲瓏とした美しい若者を。
 土方は低い声で囁いた。


「とても……綺麗だ」


 呼吸がとまるような気がした。
 桜樹木の下、土方と見つめあったまま、総司は立ちつくす。
 ゆるやかに男の手がのばされた。
 それに、総司は目を瞠ったが、身動き一つできなかった。
 頬に──彼のしなやかな指さきがふれる。
「!」
 そう思った瞬間、無意識のうちに瞼を閉じてしまった。
 微かに躯が震える。
 土方はそんな総司を眺め、僅かに目を細めた。
 だが、何も云わぬまま手をのばし、頬ではなく髪にそっとふれる。
 総司が戸惑いながら見上げると、土方の指さきに桜の花片があった。
「髪についていた」
「あ……」
 小さく息を呑んだ総司を、土方は静かな瞳で見つめた。
 それから、黙ったまま総司の手をとり、その掌の中に花片を落とした。
 細い指さきを包みこむようにして、そっと握りこませる。
 男の指さきの冷たさを感じ、総司は胸の鼓動が早くなるのを覚えた。
 なめらかな頬を上気させ、土方だけを見上げる。
 そんな総司に土方は何も云わなかった。
 ただ、しばらくの間総司を見つめていたが、やがて、微かな苦笑をうかべた。
 まるで、己を自嘲するような表情だった。
 無言のまま踵を返しかと思うと、それきり静かに歩み去ってゆく。
「……」
 総司はその場に立ちつくしたまま、遠ざかる男の背を見つめた。
 桜の花びらがひらひらと舞う中、その向うへ消えさってゆく愛しい男の背を。
 いつまでも、いつまでも。
 見つめつづけたのだった。



       それは……桜が見せてくれた、一時の夢。