───指をからめて。
 まるで、心中でもする恋人たちのように。
 寄りそい、決して引き離されぬよう手を繋ぎあって。
 そんなふたりの足下には、京の町が広がっていた。
 穏やかな春の光景だ。
 緑や家々の合間に桜が映え、頭上に広がる青空とともに、息を呑むほど美しい。


(……本当なら、今頃)


 そっと、総司は目を伏せた。
 あの町の一角で、婚礼をあげているはずだったのだ。
 今、隣にいる男が、総司を浚いさえしなければ───
「……総司」
 そっと細い指さきがより強く握りしめられた。
 躊躇い、不安、そして、何よりも哀しみが伝わってしまったかのように。
「……」
 目をあげれば、土方が冷たく澄んだ黒い瞳でこちらを見つめていた。
 その端正な顔に、どこか昏い笑みがうかべられる。



 婚礼の席から、恋人を無理やりかっ攫ってしまった男。



 共になら罪に堕ちていい──と、心の底から思った。
 狂気の奈落へ身を投げて。
 すべてを裏切り、背いても構わない。
 愛とは、こんなにも身勝手なものなのだ。
 そう……思い知らされた瞬間だった。












「……もう戻れない」
 そう云った土方に、総司は身じろいだ。深く息を吸い込む。
 荒々しく手をふりほどき、後ずさった。
 それを、土方は無言のまま見つめている。
「もう戻れない、なんて」
 総司は唇を震わせた。
「そんな、わかりきった事云わないで……!」



 戻れるはずもなかった。
 総司の師であり、土方の親友でもある新撰組局長近藤の肝いりで、華々しく挙げられた婚儀。
 何一つ不足ない美しい妻を娶る事で、この先の出世も約束され、輝くばかりの将来に、誰もが羨んでいた縁談だった。
 なのに、そのすべてを奪ったのだ。
 何もかも裏切り捨てさり、嫌がる若者を連れて逃げた。その先に待つ破滅も地獄も、わかっていながら。



「わかりきった事か」
 ほろ苦い笑みをうかべ、土方は低く呟いた。
 その男を、総司はきつい瞳で見上げた。
 鋭く、叫んだ。
「あなたが……そうさせたのでしょう!?」
「……」
「土方さん、あなたが私を浚って、地獄へ引きずりこんだ。もう二度と後戻りできないようにしてしまった……!」
 そう叫んだ総司を、土方は黙ったまま見つめた。風が新緑の葉を揺らし、ふたりの間に影を落とした。
 やがて、土方はゆっくりと手をのばした。総司の細い両手首を掴むと、無理やり引き寄せる。
 抗ったが、力の差は圧倒的だった。
「い…や!」
 抱きしめる男の腕に、総司が身を捩った。その華奢な躯を、背が撓るほど強く抱きすくめる。
 それでも、総司は抗いつづける。
 土方の胸もとに小さな拳を打ちつけ、云いつのった。
「あなたなんて、土方さんなんて……っ」
「嫌いか、憎むか」
 歪んだ笑みが、唇にうかべられた。
「それでも構わん。憎みたければ、憎め。俺はもう……おまえ以外、何も望まない」



 ……そうだ。
 総司さえ手に入るのなら。
 ずっと抱いてきた願いが叶えられるのならば。
 この世のすべてを敵にまわしてもいい───



 昏い熱情がこめられた男の言葉に、総司は思わず息をつめた。
 呼吸もとめたまま、端正な顔を見上げる。
 目を瞠ったその表情さえ愛しいと思いながら、土方は薄く嗤った。



 狂っていると、愚かな男だと。
 嘲笑うなら、笑え。
 幸せなど望まない。
 もうふり返らない。
 この先、どんな修羅が地獄が待っていようとも。
 愛しい恋人だけは、もう二度と───












「……愛してる」
 そっと若者の華奢な躯を抱きよせ、低い声で囁いた。
 男の腕の中、総司が小さく震えた。聞きたくないと云いたげに目を閉じ、ゆるゆると首をふる。



 何もかも。
 この世のすべて。
 彼さえも、拒絶するように。



 その貝殻のような美しい耳もとに唇を寄せ、囁きかけた。
「愛してる……おまえだけを」
「……私は、あなたなんて愛さない」
「それでもいい。俺は……おまえしか愛せない」
 土方はそう告げると、総司の白い頬を掌で包み込んだ。柔らかく撫でてやる。
「……」
 挑むような瞳で見つめてくる総司が、何よりも愛しかった。



 ……ずっと渇望しつづけた。
 気も狂いそうなほど、美しい生き物。



 土方は若者の細い躯に両腕をまわし、捕えるようにきつく抱きしめた。
 抗いつづける総司に、喉奥で低く嗤う。
 そして。
 まるで、永遠の楔を打ち込むかの如く。
 深く、狂おしく──唇を重ねたのだった。



















      


破滅の恋













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