「あのね、土方さん、あのね」
 副長室に入ってきた総司が、嬉しそうに云った。
 それを、永倉と話していた土方は、訝しげに眺めやった。
 さっきまで、気にいりのお菓子が手に入らなかったため、しゅんとなっていたはずなのに、妙にご機嫌なのだ。
 大きな瞳をきらきらさせ、なめらかな頬を桜色に染めあげている。
「何だ」
 不思議そうに問いかけた土方の前に、総司はぺたんと坐り込んだ。
「おいしいお菓子、やっぱり手に入ったんです」
「? 売り切れだったんだろ」
「斉藤さんが買っててくれたんですよ」
 その言葉に、土方が僅かに眉を顰めた。
 それを、永倉が傍らから面白そうに眺めやった。
 だが、総司はまったく気づかず、にこにことつづけた。
「それも沢山! でね、今からお茶会なのです」
「茶会?」
「えぇ、とっても楽しそうでしょう? 三番隊の皆とも一緒になんですけど、土方さんも来られません?」
「行くか、そんなもの」
 そっけない口調で、土方は答えた。
 総司と二人きりならともかく、それ以外のしかも三番隊の連中と一緒に、好きでもない饅頭(だろう、たぶん)を食べるほど、彼も暇ではないのだ。
「……そうですか」
 総司はちょっとがっかりした顔になったが、初めからまぁ駄目だろうと思っていた事もある。
 あっさり諦めると、とことこと部屋を出ていった。
 それを見送ってから、土方と永倉はまたしばらく会話をつづけた。
 向こうの方で、その「お茶会」らしい、わぁわぁ騒ぐ声が聞こえていたが、そのうち妙に静かになった。
 だが、まだ茶会は続いているらしく、総司の鈴のような可憐な笑い声が時折聞こえてくる。
 土方がちらりと切れの長い目をあげ、廊下の向こうを探るような仕草をした。それに、永倉が笑う。
「あんた、気になって仕方ないんだろ」
「いや、別に」
「うーん、けどさ、おれも気になるから一緒に見に行こうぜ」
 ややこしい三角関係に気づいている永倉は、当初、びっくりしたが、今はなかなか面白い見物だと思っている。
 土方が渋々といった形で(わざと)立ち上がると、永倉は一緒に、そのお茶会が行われている部屋へ向った。
 すると、何故か、総司と斉藤しかいない。
 三番隊の連中は皆最初だけでいなくなってしまったのか、斉藤と総司は二人きりでまったりとお茶会を楽しんでいた。
 しかも、そのお茶会の内容が大問題だったのである。


(え……まじ?)


 永倉は目を丸くし、その光景を眺めた。
 二人の間には大きな丼よりも大きな器が置かれてあり、そこにお茶がたてられているようだった。
 それも一つしかない。
 斉藤と総司は、何と、二人で一つのお茶をわけあい、菓子を食べているのだ。
 あまりと云えばあまりの仲むつまじい、まるで熱々かっぷるのような光景に、永倉は思わず後ずさってしまった。隣に立つ男の顔を見る勇気など、全くない。


(やばいやばいやばい、やばいって……!)


「……それは、何だ」
 凄味のある低い声が廊下に響いた。
 それに、総司がびっくりして顔をあげる。が、土方の姿を見ると、ぱっと顔を輝かせた。
「あ、土方さん! 来てくれたんですね」
 いそいそと立ち上がると、土方の袂をひっぱり部屋の中へ招きいれた。
 斉藤が渋面をつくっているのも気づかず、自分と彼の間に土方を座らせた。それから、総司もちょこんと坐る。
 大きな大きな茶碗と、皿に山積みにされた饅頭を、三人で仲良く囲む形になり、それを永倉は(……変な光景)と思いながら眺めた。
「何だ、と聞いている」
 そうくり返した土方に、総司が「?」と小首をかしげた。
 土方はびしっと、茶碗というか丼というか大きな器を指さした。
「それだ! いったい何なんだ」
「あ、これですか?」
 総司は無邪気に茶碗を両手でよいしょっと持ち上げた。それぐらい、大きくて重いのだ。
「お茶ですよ」
「それは見ればわかる。だが、何でそんなにでかくて一つなんだ」
「あのね」
 総司はにこにこと可愛い笑顔で、説明した。
「奈良のお寺の方では、こういうお茶会があるのです。大きな器にお茶をたてて、皆で少しずつ回し飲みするみたいで……あ、私も、今、斉藤さんに教えてもらったばかりなんですけど」
「……」
 やっぱり、こいつが仕組んだのか!
 土方は、斉藤を凄い形相で睨みつけた。だが、それに斉藤は不敵な笑顔で返してみせる。
 しかも、さらりと云ってのけた。
「仲のいい友人同士のお茶会ですよ。親睦を深めるためと云いますか」
「……」
「おれと総司は、土方さんと違って年も近くて若いですからね。色々新しく聞いた事を試してみたいのです」
「……」
 年が近いとか若いとか、土方さんと違ってとか──思いっきり喧嘩を売っている斉藤の言葉に、土方の眉間にぐぐっと皺が刻まれた。
 何にも気づいていない総司は、不思議そうに二人を見比べている。
「では、お茶会つづけますよ」
 そう云うと、斉藤は茶碗に手を伸ばした。持ち上げ、口に運ぼうとする。
 すると、突然、土方が待った!を掛けた。
「おい、二人とも飲んだのか」
「え? いいえ」
 総司がふるりと首をふった。
「さっきまでお茶をたてたり用意したりだったので、今、私が飲んだ処です。で、次は斉藤さんが飲む番なんです、ね?」
 にっこり笑いかける総司に、斉藤もにっと笑い返した。
「えぇ、おれの番です。じゃあ」
「違う、俺の番だ」
 突然、土方がきっぱりと断言した。
 もの凄い勢いで斉藤の手から茶碗をひったくると、呆気にとられる三人の前で、大きな茶碗を両手で傾けた。
 ごくごくごくーっと、苦い抹茶を一気に飲み干してしまう。
「ひ、土方さん!?」
 目を丸くする総司の前で、土方はドンッ!と茶碗を置いた。口許を手の甲でぐいっと拭うと、「ご馳走様」と呟く。
 そして、切れの長い目でじろりと総司を見やってから、凄味のある低い声で云い捨てた。
「今後、一切、まわし飲みなんざするな。一人に一つの茶碗、それが規則だ」
「き、規則って……」
「副長命令が聞けねぇのか」
「……??? ……はい」
 意味不明の命令だったが、それでも総司はこくんと頷いた。
 何しろ、片思い中であっても、愛しい愛しい男の言葉なのだ。どれほど理解不可能な言葉であっても、逆らえるはずがない一途な総司なのである。。
 土方は「よし」と満足そうに頷くと、さっさと立ち上がった。そのまま部屋を出ていく。
「……」
 それを見送り、斉藤は面白くなさそうな顔で茶碗を片付け始めた。
 だが、ふと気づいたように饅頭を見ると、それを手にとり、にんまり笑った。
 ぱくっと半分食べてから、その残りを総司にむかってさり気なくさし出した。
「これ、食べるか?」
「え? あ、はぁい♪」
 総司が何の躊躇いもなく手をのばした。嬉しそうに受け取り、あーんと口を開ける。
 とたん、怒声が落ちた。
「何考えてるんだッ!」
 びっくりしてふり返れば、とっくに立ち去ったはずの土方がそこに仁王立ちになっていた。鬼のような形相で二人を睨みつけている。
 それをぽかんとして見上げる総司に、凄い勢いでまくしたてた。
「饅頭ぐらい一人で食え! そんなものまで斉藤と分けあうんじゃねぇよっ。まったく、おまえはいったい何を考えているんだ!」
「土方さんこそ、何考えてるんですか」
 すかさず斉藤が口を出した。
「たかだか饅頭一つぐらいの事で、ぐちゃぐちゃと」
「その饅頭で、総司をつった挙げ句、こういう策略たてたのはおまえの方だろうが!」
「策略たてるの得意なのは、あなたの方でしょう。それとも何ですか、総司の事になると、そういうのも全部吹っ飛んじゃうって訳ですか」
「吹っ飛んだら悪いか!」
 完全に開き直っている。
 そして、相変わらず訳がわからずきょとんとしている総司の腕を掴むと、ひっぱりあげた。
「え? え? 土方さん?」
「行くぞ」
「あ、でも、お饅頭が」
「もっと旨い奴を俺が買ってやる」
「本当ですか?」
「甘味ものの店にもつきあってやる」
「えぇっ、ほんと? 嬉しい♪」
 たちまち上機嫌になってしまった総司は、ぴょんぴょん跳ねるような足取りで土方の後をついて出た。
 嬉しくて嬉しくて仕方がないらしく、頬を染め、瞳をきらきらさせている。土方が細い肩を抱いてやると、素直に身体をゆだねる様は、まさに仲の良い恋人同士そのものだ。
 じいっと恨めしげに見送る斉藤に、廊下の先で、土方がふり返った。ちらりと視線を投げ、端正な顔に勝ち誇った笑みをうかべると、そのまま総司を連れて歩み去ってゆく。
 永倉は、やれやれとため息をつきたい気持ちをおさえつつ、今回の敗者である斉藤を慰めてやるため、お茶をたて始めたのだった。






I will drink tea together?




















ささやかですが、いつも来て下さる皆様へのお礼です。
7周年、本当にありがとうございます!
これからも、よろしくお願い申し上げますね♪


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