そんなの、一目瞭然。
 という訳でもない。
 目が据わっているのもいつもの事なら、無言で腕組みしているのもいつもの事。
 だからなのか、誰も気づかなかったのだ。
 彼の異変に。









 ごく限られた幹部のみの打ち合わせだった。
 場所は、局長室。
 地図を真ん中に広げ、局長の近藤、副長の土方、監察の山崎、二番隊長の永倉、三番隊長の斉藤、島田という組み合わせである。
 だが、しかし、ほとんど近藤と山崎と島田が会話をし、いつも仕切るはずの副長土方は先程からずっと黙りっぱなしだった。
 それも変と云えば、変なのだが。
「すみませーん、遅れました」
 からりと障子が開いたかと思うと、総司が顔を覗かせた。
 稽古後急いで着替えてきたらしく、髪が少し跳ねて、肩ではぁはぁ息をし、頬を紅潮させているさまが何とも可愛らしい。
 いやいや、仮にも新撰組の精鋭たる一番隊隊長に、可愛いという表現はないだろうと思うが、実際、可愛いのだから仕方がない。
「おお、総司か」
 その可愛いと思っているだろう一人の近藤は相好をくずし、さっそく隣に手招きした。
 総司はいそいそと、近藤の隣──つまりは、土方の隣にちょこんと坐った。もちろん、ちゃっかり土方寄りだ。
 それを、斉藤がじっと見つめた。それをまた、永倉がじっと眺める。


 つい最近、永倉は知ってしまったのだが、斉藤は総司に片思い中だった。
 しかも、その総司は土方に片思い中なのである。
 で、その土方となると、いったいどう思っているのやらさっぱりわからない。
 最近知りたくもないのに知ってしまったややこしい三角関係に、単純で人のいい永倉は頭がこんぐらがりそうだった。


 心の中で頭を抱えている永倉の前で、総司は可愛らしい仕草で小首をかしげた。
 山崎が色々説明するのもよそに、その大きな瞳は隣に坐る男の端正な横顔だけにじーっと向けられている。全然、話も聞いてない。
 他はぜーんぜん目に入ってませんと云いたげな様子に、斉藤が面白くなさそうに顔をしかめた。
 それに、総司が突然、云った。
「土方さん、あつい?」
「……」
 無言のまま視線を返した土方に、総司は膝立ちになると両手をのばした。男の頬を掌で包みこみ、顔を近づける。
「土方さん……」
 大きな瞳がうるうるっと潤み、桜色の唇が甘い吐息をもらした。
 それを、土方もどこか潤んだような瞳で見返す。男にしては長い睫毛が伏せられた。
 まるで今から熱い口づけでもかわすような濃厚な空気に、部屋の中はしんと静まりかえった。
 誰もが固唾を呑んでしまう。いや、近藤も山崎も島田もあんぐり口を開けている。
 そんな彼らをよそに、総司はもっと顔を近づけた。
「……ほら、あつい」
 額をこつんとあわせてから、唇をとがらせる。それから、近藤をふり返った。
「近藤先生、土方さん、熱あるみたいです」
「あ、あぁ? 熱ぅ?」
「そう、熱です。風邪でもひいたんじゃないですか」
 総司の言葉に部屋の空気も溶けた。
 風邪か、そうか、あついというのは風邪の熱の事だったのか。
 我に返った近藤が慌てて云った。
「ね、熱があるのか、歳」
「……わからん」
「って、ふつう辛いだろう。それで、ずっと黙っていたのか」
「だから、わからん」
 ぶっきらぼうに言葉を返す土方は、明らかに気怠そうだった。物憂げな仕草で前髪をかきあげる。
「とりあえず部屋に戻って寝ろ。おまえはもう休んでいいから」
「……」
「総司、連れていってやってやれ」
 そう近藤に云われたとたん、総司は、ぱっと顔を輝かせた。
 愛する男を看病できる喜びに、うきうきしているのだろう。
 大喜びで土方の手をとり、立ち上がらせた。
 その時だった。
「ちょっと待った」
 突然、斉藤がすっくと立ち上がった。
 皆、驚いて見上げる中、淡々とした──その実、めらめら嫉妬に燃えた声で告げる。
「土方さんを支えて部屋に行くなら、おれの方が適任でしょう。総司は今ここに来たばかりで、打ち合わせもほとんど聞いてないし、その点、おれはもうだいたい理解したから席を外しても構わないはずです」
 そう断言した斉藤に、永倉は思わずため息をつきそうになった。


(一見、理路整然としているけどさぁ)


 結局のところ、斉藤は、土方と総司を二人っきりにしたくないのだ。


 ところが。
「え、斉藤さん、大丈夫ですよ」
 総司が桜色の唇をとがらせ、不満そうに云った。
「私がちゃんと土方さんを部屋に連れていって、寝かせつけますから」
「いや、おれの方が適任だ」
 きっぱり云いきった斉藤に、総司は頬をふくらませた。
「適任も何も、誰だっていいでしょう?」
「なら、おまえでなくても、おれでいいはずだ」
「どういう論理ですか。私は土方さんを看護したいんです」
「だから、おれがする」
「いえ、私がします!」
「おれがすると云ってるだろう!」
「もうっ、何なんですか、いったい!」
 とうとうぶち切れたらしい総司は、大声で叫んだ。
「斉藤さんは、そんなにも土方さんが好きなんですか!!」


 総司の口から飛び出したとんでもない発言に、部屋の中はまたまた静まりかえった。
 唖然としている皆の頭の中に、一つの構図が出来上がる。


 斉藤→土方←総司?
 え? え?


 一人真実を知っている永倉は、口許をひくひくさせた。
 もちろん、当の本人の斉藤は顔を引き攣らせている。
「す、好きって」
「好きは、好きです。衆道だとか男色だとか色々云い方あるだろうけど、そういう形で、斉藤さんは土方さんのことが好きな訳ですよね!」
 完全に決めつけている。
「な、何を云っているんだ! そんなのある訳ないだろう!?」
「ある訳ないって、そういう気持ちがあるから土方さんの看護をしようとしてるんでしょ!」
「だから、それは!」
 斉藤が必死に弁明しようとしたその時だった。


「やかましいッ!!」


 突然、今の今までぼーっと突っ立っていた土方が叫んだ。
 それに、斉藤と総司が目を丸くしてふり返ると、熱のためか顔を赤くした土方がすごい目つきで睨みつけていた。
「人が頭いてぇ時に、ごちゃごちゃ傍らで云いやがって! 誰が誰を好きでも嫌いでも衆道でも男色でも、何でもいいだろうがっ」


(いや、よくねぇって)


 思わず心の中で突っ込んだ永倉だったが、土方はもう完全に切れてしまったらしい。
 きっぱり宣言した。
「もういいっ、俺は一人で部屋に戻る! 誰もついてくるなっ」
「え、そんな……土方さん!」
「おい、歳、大丈夫なのか」
「大丈夫じゃねぇから部屋に戻るんだろうが!」
 そう怒鳴るなり、土方はさっさと踵を返した。ちょっと、ふらふら足下がおぼつかない感じだが、それでもふり返る事なく歩み去ってゆく。
「土方さん、待って」
 我に返った総司が、慌ててばたばたと追っていった。
 それを見送り、永倉はやれやれと首をふった。
 そして、部屋の真ん中に突っ立ち、呆然と彼らを見送っている斉藤に、声をかけてやったのだった。
「あんたも、ほんと報われないねぇ……」






 後日、隊中に「斉藤先生は土方副長に懸想しておられる」という噂が、まことしやかに飛び交ったのは、云うまでもない。

















やっぱり報われないはじめちゃん……。
笑った! つづき読みたい! と思って下さった方は、ぜひぱちぱちを〜♪