「ばればれじゃねぇの」
頬杖つきながら、そっちの方を眺めていた斉藤が小さく呟いた。
彼にしては珍しい乱暴な物言いに、隣で本をめくっていた永倉が驚いたように顔をあげる。
「何の話だい?」
「いえ、総司」
「え?」
「そんな事ない、そんなの違うって、一生懸命ふりしているみたいだけど、ばればれだって事、本人は全然気づいてないんですよね」
「?」
永倉は斉藤の言葉に首をかしげながら、窓から中庭の方を見てみた。
屯所の中庭に、日射しが射し込んでいた。
秋の昼下がりだ。
中庭には、稽古を終えたところなのか、井戸端で汗を拭っている二人の隊士たちがいた。
否、汗を拭っているのは、背の高い男の方だけだ。
すらりとした長身の男。
それは珍しいことに、副長の土方だった。
もう一人の小柄な方は、総司だ。
確かに、多忙な土方が稽古をするのは珍しい事だ。
だが、それでも、稽古後に隊士たちが汗を拭っているという、ごくごく普通の光景に、永倉はやっぱり斉藤の言葉の意味がわからず、首をひねった。
「……どういう意味か、よくわからないんだけど」
「わかりませんか?」
斉藤はちょっと呆れたように、永倉を見た。
それから、また視線を戻すと、はぁあっとため息をついた。
何となくいつもの斉藤とは違った感じで、ぼーっと外を眺めている。
その視線を追うように、永倉はまた中庭の方を見た。そこで、あらためて眺めて、気がついた。
斉藤と同じなのだ。
総司の様子がいつもと違いすぎている。
どことなく落ち着きがなかった。
なめらかな頬を紅潮させ、先程から、視線をあちこちに飛ばしまくっている。
桶をひっくり返したり、慌てて手拭いを出そうとしたら、着物の袂がひっかけたり。
「……」
すると、土方が悪戯っぽく笑いながら、身をかがめた。総司の耳もとに唇を寄せ、何かを囁きかける。
とたん、総司の頬が真っ赤になり、耳朶まで桜色に染まった。だが、すぐに、子どもみたいにきゃんきゃん怒り出す。
「何を云うんですか、いったい!」
澄んだ声で云いざま、土方に掴みかかった。その手が、ふと、もろ肌を脱いだ事で、露になった男の逞しい胸もとにあたる。
とたん、総司は「あっ」と声をあげ、まるで火傷でもしたかのように手をひいてしまった。
慌てて両手を引っ込め、ますます顔を真っ赤にして俯く。
それに、土方がくっくっと喉を鳴らして笑ったが、総司は恥ずかしそうに背を向けているばかりだ。
(……なーんか、恋する乙女みたいじゃねぇの)
そんな事を永倉が思った時、斉藤がぼそりと呟いた。
「……片恋ってのは辛いなぁ」
「え」
「片恋って辛いもんだけど、それをまた、目の前で見せつけられると、ますます切なくなりますよね」
「……」
「相手の幸せを考えたらうまくいって欲しいような、けど、他の男にとられてしまうのが悔しいような……とんでもなく複雑な気分だ」
「…………」
つらつら述べられた斉藤の言葉に、永倉は黙り込んだ。
そうして沈黙したまま、必死に頭を働かせ考えた。
えーと、今、斉藤は土方さんと総司を見ていて。
それで。
総司が土方さんの体にふれて、真っ赤になっていて。
それを、斉藤が眺めて深いため息ついて────え……え?
「…………」
なんか、とんでもない結論が出てしまいそうで、永倉はそのまま固まった。
すると、そこへ斉藤がくるりとふり返った。
「永倉さんはそういうの、経験ありませんか?」
「け、経験?」
「片恋ですよ。切ない片恋……いや、片恋だから切ないのかなぁ」
そんな事を呟く斉藤を、永倉が呆然と眺めていると、足音が近づいてきた。
見れば、先程まで井戸端にいた土方と総司だ。
土方はもう着替えをしたらしく、深い藍色の着物を粋に着流していた。その涼やかな姿には、匂いたつような艶があり、男でも惚れ惚れするほどだ。
「こんな処で何しているのですか?」
総司がにこにこ笑いながら、問いかけた。
それに、永倉は沈黙したが、斉藤はあっさり答えた。
「恋しい相手を前に、けなげにも気持ちをかくしている奴を見ていた」
「……」
とたん、総司の顔がぼんっと真っ赤になった。
すぐさま通じてしまったのだろう。
だが、その隣にいる男は全くわかっていないようだった。ちょっと目を見開いて訊ねてくる。
「斉藤、おまえ、惚れた相手でもいるのか」
「……」
斉藤は鈍感極まりない男を、じろりと眺めやった。だが、しぶしぶ答える。
「……えぇ、いますよ」
「そうか。ふうん、そういうの、おまえ興味なさそうなのにな」
「土方さんと違って、人並みに恋ぐらいします」
「俺と違ってとは何だ。俺だって恋ぐらいするぞ」
「女遊びは恋じゃないですよ」
「遊びから、恋に発展する事もあるさ」
そう云うと、土方は踵を返した。さっさと歩み去ろうとする。
それを永倉はやれやれと見送った。だが、今の会話で衝撃を受けたのか、切なく彼を見送っている総司が、たまらなく可哀想になってしまう。
しかも、そんな総司を、窓際から斉藤がじっと見つめている。
緊張感漂う空気に、永倉は焦った。
(ええっと……つまりは、斉藤→総司→土方さんって事な訳? 何だ、このややこしい三角関係は!)
今まで全く全然知らなかったし、気づかなかったが、いやいや、気づきたくなかったが。
この三人は、いわゆる三角関係なのだ。
しかも、新撰組の大幹部による泥沼三角関係!
(ど、どうなるんだよ、この先)
この先起こりうる修羅場を想像し、永倉は思わず青ざめてしまった。
そんな彼の視界の中で、突然、歩み去ろうとしていた土方が足をとめた。
それから、ふり返りざま、手をさし出してくる。
「?」
何が何だかわからず、斉藤と永倉が眺めていると、土方は柔らかく微笑んだ。
そして、びっくりするぐらい優しい声で云った。
「ほら、来いよ……総司」
「え」
総司は目を瞠った。
突然さし出された彼の手と、彼の顔を、何度も何度も見比べる。
だが、それが冗談ではなく本気だと知ると、総司の顔がぱっと輝いた。
「はい!」
元気よく返事をし、ぱたぱたと走り寄ってゆく。
そうして、土方の傍に寄り、さし出された彼の手を、おずおずと握りしめた。そんな総司を見て、永倉は、めちゃめちゃ可愛いなと思った。
斉藤が好きになるのも無理はないと。
それに。
「……あぁ、斉藤」
土方が総司と手を繋いだまま、歩きだそうとして、ふと気づいたように云った。
黒い瞳が、どこか不敵な笑みをうかべる。
「さっきの話に、一つ付け加えだ」
「は?」
「遊びだけじゃなく、兄弟関係が恋に発展する事もあるのさ。それを、よく覚えておけよ」
「…………」
沈黙する斉藤に背をむけ、今度こそ土方はさっさと歩きだした。可愛い総司の手をひくようにして。
それらの光景を眺めながら、永倉は思った。
(……修正。土方さん×総司←斉藤だ)
そして。
片恋ってほんと切ないよなぁと、押し黙ったままの斉藤の肩をぽんっと叩いてやりたくなったのだった。
報われない男はじめちゃん、頑張れ!
いつも一緒に入れても良かったのですが、ちょっと設定が違うので、こちらに。
