「総司、おまえ一昨日外へ出たか」
そう訊ねてきた斉藤を、総司は大きな瞳で見返した。
だが、その瞳に彼の姿はぼんやりとしか映っていない。
徐々に回復に向いつつあるが、それでも視界はまだ霞んでいるのだ。
「あ……はい、出ましたよ」
総司はちょっと小首をかしげ、困ったように笑ってみせた。
「医者へ行きたかったので」
「……そうか」
「それがどうかしましたか」
「いや……」
斉藤は口を閉ざし、総司をじっと見つめた。
冬の淡い光の中、端座している若者。
その清楚で美しい姿は、隊士たちの憧憬の的であり、また同時に、京でも指折りの剣士として畏敬の念を持たれている。
斉藤自身は友以上の想いをこの若者に抱いてはいたが、それを表に出すつもりはなかった。
剣術にも優れ、凛と強く見える総司の中には、滅多に外ヘはでないが儚いまでの脆さ、弱さが存在している。
本当は心優しく、柔らかな脆い心を抱いた若者なのだ。
そんな総司を、よき友として傍から支えていければいい──と、そう心から願っていた。
「一人で出かけたのか」
斉藤の言葉に、総司はこくりと頷いた。
だが、不意になめらかな頬を染めると、長い睫毛をそっと伏せた。
「でも……途中から、人と一緒になりました」
「一緒に……それは……」
相手の名を口にする事を躊躇った斉藤の口調を、問いかけなのだと思ったのか、総司は小さな声で答えた。
「知らない男の人なのです」
「……知らない男?」
「えぇ、どこの誰とも知らないのですが、私にとても親切にしてくれて……」
総司は嬉しそうに、ふわりと微笑んでみせた。
「思い出すだけで胸があたたかくなるような、優しい人でした」
「だが、あれは……」
「え?」
不思議そうに小首をかしげる総司に、斉藤は口を閉ざした。じっと考え込む。
実を云えば、一昨日、斉藤は総司の姿を外で目にしていたのだ。
それも、傍らの男と談笑しながら、手まで繋いでいる仲むつまじい姿を。
総司が花のような笑顔をむけていた男。
優しい瞳で総司を見つめ、まるで宝物のように扱っていたその男。
あれは───
(……副長だった)
斉藤は総司を見つめたまま、固く口許を引き結んだ。
どう見ても、あの男は土方だったのだ。
なのに、どうして。
「おまえ……名を訊ねたのか」
「いいえ」
総司はゆるく首をふった。
「聞いたけれど、教えて頂けませんでした。それに……私、この通り目がよく見えないでしょう? だから、声しかわからなくて……」
「声を……聞いて、誰かに似ていると思わなかったのか」
その問いかけに、総司の目が大きく瞠られた。
すうっと息を吸い込む音が聞こえ、見れば、膝上においた手がぎゅっと握りしめられている。
「……声なんて」
総司は掠れた声で、呟くように云った。
「その身の中にある人柄や性格、気持ちが違うだけで、同じ声には聞こえなくなるものですよ。少し似ているからって、関係ないと思いますけど……」
誰とは名指さぬまま、総司はどこか自分に云い聞かせるように答えた。
それを、斉藤は痛ましげに見つめた。
総司は何も知らないのだ。
声が彼のものに似てると思いはしたが、それでも、男の態度に違うと確信したのだろう。
だが、それは間違いだった。
昨日、総司に寄りそい優しく話しかけたのは、他ならぬ土方だったのだ。
「……」
斉藤は思わず嘆息した。
土方の気持ちも、総司の気持ちも、朧気ながら理解しているつもりだった。
二人の深い繋がりも。
切っても切れぬ絆で、彼らは結ばれているのだ。
約束された運命の恋人たち。
だが、どこでその糸が絡みあってしまったのか、今、二人は背をむけあってしまっている。
お互い、その手に真紅の糸を絡みつかせながら……。
斉藤は、今朝方見た、土方のまなざしを思い出した。
総司が見えないとわかっているからなのか、酷く気遣わしげな柔らかなまなざしで、見つめていたのだ。
足取りも危うい総司を心配げに後ろから見守り、今すぐにでも手をさし出し支えてやりたいと願う己自身を必死に堪えていた彼。
いつも鋭い光をうかべる黒い瞳は焦燥にみち、その形のよい唇はきつく噛みしめられていた。
そして。
他のものは何一つ目に入らない──そんな表情で、総司だけを見つめていたのだ。
この世の誰よりも、愛おしい存在を……。
斉藤は総司を見つめながら、思った。
いつの日か、二人は想いをわかちあい、結ばれる日がくるかもしれない。
昨日見た光景のように、幸せそうによりそい、微笑みあえる日がくるのかもしれない。
その日まで、せめて。
傷つきやすい総司の心の支えていってやりたい──。
今、自分の傍で微笑んでくれる愛しい若者を見つめながら、斉藤は祈るような想いでそう心から願ったのだった……。