「だぁーっ! いい加減にしてっ」
──突然。
可愛い顔でそう怒鳴りつけられ、土方は目を丸くした。
ちゅんちゅんと雀の声も賑やかな朝だった。
だが、それも、今の彼には心地がよい。
以前と違って「いや、爽やかな朝だなぁ、ははは」と笑顔などもうかべる事も出来る。
(……けど)
土方は自分の隣ですやすや眠っている総司を、じっと見下ろした。
爽やかな朝なのだが。
以前とくらべれば、数段に違いはするのだが。
(肝心なところは、同じなんだよなぁ)
思わず、はぁっとため息をついてしまった。
昨夜、新婚夫婦よろしくいちゃつきながら夕飯を頂いて、その後、すこーしだけお話をしたりして。
で、二人でお布団を敷いて、仲良く一緒に眠った。
そう!
一緒に眠ったのだ。
すやすやすぴすぴと。
あの告白騒ぎからもう十日になるが、二人の関係は相も変わらず綺麗まっ白けのままだった。
所謂、契りというものを結んでいないのだ。
それどころか、接吻一つできていないのだから、始末におけない。
一応、両思いという安心感からか、今回は土方も一睡する事はできたが、それでも手を出せなかったことは事実だった。
そのあたり、偽ることのできない悲しい〜事実なのだ。
(やっぱり、しみついてるんだよなぁ)
(総司に関しては後ろ向きになるって習慣が、俺の中にずっしりきっちりしみついちまっている)
(でなきゃ、百戦錬磨と云われた俺がこんな……あぁ……!)
などと自らの行動を解析しつつ、一人苦悩の世界にひたりきっている土方だが、事は急を要しているのだ。
実を云えば、あと三日で彼は大坂出張が決まっていた。
嫌だ!嫌だ!とかなり抵抗したのだが、あのおとぼけで人の良さそうな顔をしながら、その実しっかり面倒な仕事は押しつけてくる近藤に、今回もしっかり押しつけられてしまったのだ。
土方にすれば、タイムリミットはあと三日!
その三日の間にさっさと総司の身も心も己のものにしてしまい、心おきなく何の心配もなく大坂へ旅立ちたいのだ。
でなきゃ、自分のいない間に総司が誰かに取られないか、もう心配で心配で夜もおちおち寝られやしないに決まっている。
いや、きっと食事だって喉を通らないだろう。
(よし! いい加減に覚悟を決めよう!)
土方はがばっと跳ね起きると、傍らですやすや眠る総司を見下ろした。
艶やかな髪が白い褥に乱れて艶めかしい。
なめらかな頬は僅かに紅潮し、ぷるんとした桜色の唇からもれる吐息は甘やかだ。
そんな可愛い可愛い恋人の寝顔を見つめ、土方はごっくんと喉を鳴らした。
(頑張れ、俺!)
そろそろと手をのばし、総司の頬にふれる。
まだ眠っていることを確かめ、ゆっくりと身をかがめた。
桜色の唇に、そぉぉっと唇を重ねようとする。
だが───
(……いや、待てよ)
土方はふと眉を顰めた。
いくら両思いになったとはいえ、今、総司は眠っているのだ。
それに口づけるなと、いわゆる寝込みを襲ったことにならないか。
無理やりというものではないか。
男ならば、起きてる時にするべきだろうし、頑張るべきだ。
そう思って土方は身を起こしかけたが、またまた(待てよ)と思った。
起きてる時、面とむかって出来ないからこそ、こうして口づけようとしているのではないか。
総司の瞳を見ながら出来るなら、とっくの昔に済んでるだろうし。
だが、しかし。
ここで無理やり口づけたりしたら。
もしかすると、総司に嫌われてしまうかもしれない。
せっかく手にいれた幸せも、儚く遠い彼方へ消えてしまうかもしれないのだ。
一時の衝動で、大きな幸せを手放すのか!
それに、それに────
「…………」
土方は眉間に皺を刻みこみ、真剣に悩みはじめた。
その時、だった。
「────だぁーっ! いい加減にしてっ」
「……へ?」
突然あがった声に目を丸くして見やれば、いつのまに起きたのやら、総司は大きな瞳でまっすぐ彼を睨みつけていた。
しかも、とんでもない事を云ってくる。
「接吻してくれるのかと思ったら、いつまでたってもしてこないし、挙げ句、してくれると思ったら、ずーっと固まってるし!」
「お、おまえ……起きてたのか。いったい、いつから」
「土方さんより早く起きてました! で、お目ざめの接吻ぐらいしてくれるかなと、期待して待ってました!」
顔を真っ赤にしつつもそう叫んだ総司に、土方は目を見開いた。
今、何だかとんでもない事を聞いた気がする。
俺からの接吻を待っていたとか。
期待してたとか。
それって……しちゃって良かった訳?
「あなたは、私の恋人でしょう!」
総司はきゃんきゃん叫んだ。小さな拳が、ぱしっと土方の腕を叩く。
「恋人同士なら、口づけするの当たり前だし、もっと色んな事するんじゃないのですかっ?」
「もっと色んなこと……」
「土方さんは、私のこと本当に好きな訳? それとも、可愛い男の子じゃなくなったから、もう手出せないって訳っ?」
「いや、それは違う! 絶対に違う! 俺はおまえの事だけが可愛いし好きだし……っ」
「だったら、何で手出してくれないの!?」
総司は大きな瞳をうるうるさせ、もう涙声で叫んだ。
ぷるんとした桜色の唇が震え、たまらなくいとけなくて可愛らしい。
「昨日の夜だって、私、どきどきして期待してたのに、土方さん、さっさと寝ちゃうし」
「え、期待って……」
「だから、手出してくれるかなって思ってたんだもの! なのに……」
「じゃ、手出して良かった……訳か? 俺のものにしちまっても、構わねぇってこと……」
「あたり前! 土方さんは私の恋人でしょ!」
そう叫んだ総司は、ぷんすか怒ったまま起き上がろうとした。そのまま褥から抜けだそうとする。
だが、不意にぐるりと天井が回った。
え?と思った時には、お布団の上で仰向けになっている。
「……へ?」
呆気にとられていると、土方がのしかかってきた。
さっきまでの狼狽えぶりはどこへやら。
さすが、百戦錬磨の男。
とびきり綺麗な顔でにっこり笑い、総司の耳もとに唇を寄せた。
落とした低音の声で、甘く囁かれる。
ぞくりとするようないい声だ。
「……総司、好きだ」
「ぁ……」
「愛してるよ」
「……わ、私も……」
「じゃ、遠慮なくさせて貰うな」
「え? 何を?」
きょとんとした総司に、土方はまた微笑んだ。
「手出して欲しかったんだろ? ちゃーんと、おまえのご期待に応えてやるから」
「……ぇ、え、えぇーっ!?」
総司は目を見開き、慌ててじたばた暴れた。
だが、全然歯がたたない。逃げられない。
にっこり笑いながら眺めている土方は、どこをどう押さえているのか、全く動じる様子もないのだ。
総司は必死になって叫んだ。
「あのっ、ここ屯所だし!」
「俺の部屋だ。誰もこんな朝早くから来ねぇよ」
「そ、それに今、朝だし!」
「恋人同士にも朝も夜もねぇだろ」
「あ、朝も夜もって……あ! だめっ、どこさわって」
「すげぇ可愛いよ、総司」
「だ、だめぇっ……ぁっ、や、ぁんっ…っ」
「いただきます」
───こうして。
雀ちゅんちゅんの爽やかな朝。
長年の想いが叶った土方は、愛しい愛しい総司を、遠慮なく頂いたのだった。
もちろん、おいしくかっぷりと。
そんな彼のこれからは。
可愛い恋人と過ごせるならば。
ずっと、ずっと。
I LOVE BABY!な日々、なのである。