「え? 鈴のことですか?」
藤堂は不思議そうに訊ねた。
それに、永倉が真剣な顔で頷く。
「そう、鈴のことだ」
「え、そりゃ、総司に話しましたよ。面白いなぁと思って」
「ばかっ」
思わず、永倉はパッコーン!と持っていた扇子で藤堂の頭を殴った。
それに藤堂が頭を両手でおさえ、涙目になる。
「な、何で殴るんですぅ」
「あたり前だろうがっ。土方さんと鈴のことを総司に話すなんざ、何考えてんだ!」
「そうですよ、藤堂先生」
隣から、島田がとんでもなく真剣な顔で云った。
「いったい、本当に何を考えておられるのです。我々への気遣いは全く無いのですか」
「気遣いって?」
きょとんとしている藤堂に、永倉と島田は二人して、はあああぁあっとため息をついた。
「おまえ、全然わかってない」
「わかっておられませんね」
「何? いったいどういう事」
「だから、つまり」
永倉は説明を始めた。
「総司は、師範代筆頭だろう? 道場で隊士たちに稽古つけてるだろ?」
「えぇ」
「その練習はなぁ、ただでさえ凄まじいものがあって、あの花のような笑顔をうかべつつ、ばっしばっしと並み居る男たちをこてんぱにいわしていくんだ」
「……」
「しかも、その手加減具合……いや、手加減してるのかどうかわからねーが、とにかく、その稽古の厳しさは、機嫌の善し悪しで思いっきり上下にぶれる。挙げ句、累々倒れた隊士たちにうんざりした総司は、決まってにっこり笑いながらふり返り」
永倉は、ぞぞっとしたように身震いした。
「『じゃあ、永倉さん? お手合わせ願いますね?』なんだぞっ。その後、オレがどんな地獄を見るのか、藤堂、おまえだって想像ぐらい出来るだろぉ!」
「う、あ……えぇ」
「じゃ、鈴のことぺらぺら喋ったら、どうなるかわかるだろ!?」
「い、いや、でも」
慌てて藤堂は抗弁した。にへらっと笑ってみせる。
「あまり……その、喋ってないし。ちょっと鈴のこと話しただけだし」
「甘いッ!」
ばしっと永倉は床を叩いた。
「話した事には違いねーだろうがっ。だいたいな、土方さんが小姓狂いしてるなんざ知れてみろ、どんな事になるかわかったものじゃねーんだぞ。オレでもびっくりしたぐらい可愛い鈴に、土方さんがぐらっとこないはずもねーし、もしかしたら、もうとっくに手つけちまってるかもしれねーし、そんな事が総司にばれたら……」
「な、永倉先生……」
不意に、島田がくいくいっと永倉の着物を引っ張った。視線が廊下の方に張り付いている。
それに訝しげにふり返った永倉は、とたん、げげっと顔色を変えた。
「……そ、総司ィッ!?」
まさしく、そこに立っているのは総司だった。
きれいな可愛らしい顔に、何だか、妙に麗しげな笑顔をはりつけている。
だが、その目は絶対笑っていない! と、一部始終を傍らから見ていた斉藤は思った。
「……何だか、とーっても楽しそうなお話ですね」
「え、いやその」
「土方さんが小姓狂い? ふぅぅん、もう手を出しちゃった? ふぅぅん」
「そ、その噂だし、本当はどうかは……」
慌てて弁明しようとした永倉に、総司はおっかぶせるように呼びかけた。
「永倉さん」
「は、はいっ」
「稽古しましょう。道場へ今すぐ来て下さい」
「げぇっ」
「島田さんもですよ、一番隊隊士全員集合! ほら、きりきり動くっ!」
「はいィッ!」
慌てて立ち上がった島田は、どすどす走り出していった。もしかすると、逃げたのかもしれないが。
それを見送った総司は、にっこりと笑顔をむけた。
「さぁ、行きましょうか。永倉さん」
「……了解」
ばかっぷるの愛のやりとり、駆け引きは。
隊内の平穏をも揺るがすものなのだと。
斉藤は、深くため息をついたのだった……。