さてさてさて。
一方、心ならずも休息所探しに勤しむ土方である。
脅されたからには仕方ないことだが、どんどんドツボに嵌っていくような気がしないこともないが(どっちだ)、とにかく休息所探しはかなり難航した.
何しろ、君菊の好みが異常なほど細かく、あれこれ指定してくるのだ。時々、いい加減にしろー! とキレかけたが、相手には「総司」という弱みをガッチリ握られている。
「うち、総司はんと一緒になりとうおすわぁ」
などと、艶然と笑いながら言われれば、グウの音も出ないのだ。
京でも鬼と恐れられる新撰組副長が、一芸妓に脅され振り回されているなど、情けない限りだが、事実だから仕方がない。
休息所探しで忙しくしつつ、土方は日々、期限までの日数を数えることも忘れてはいなかった。というか、びくびくしながら「忘れてねぇかな、ちっとは機嫌よくなってねぇかなぁ」と、総司の機嫌を伺う日々だったのだ(こっちも情けない)。
しかし、彼の願いも虚しく、総司の機嫌はますます悪化していっているようだった。何しろ、ほとんど口もきいてくれないのだ。廊下で会っても、冷たい目で見られるだけで通り過ぎられてしまう。
むろん、声をかけて呼び止めればいいのだが、そんな勇気、彼にはこれっぽっちもなかった(やっぱり、情けない)。声をかけた事で機嫌を損ね、廊下で三段突き食らったらどうしよう……と、ついつい考えてしまうのだ。
では、このままでいいのかと言えば、そうではない。
いくら人の恨みを買いまくっている新撰組副長でも、この世に未練はあるのだ。
「へーえ、意外」
そうのたまったのは、原田である。
土方は、副長室という世にも恐ろしい場所で脳天気に笑う原田を、ぎろりと睨みつけた。
それに、原田が言う。
「だってさ、総司みたいなのを恋人にしているんだ、てっきり未練なんてねーんだろうなぁって思うだろ」
「思わねぇよ」
「そうかなぁ。総司、この間も言ってたぜ? 土方さんにお灸をすえる方法なんて、幾らでもあるって」
「…………マジか」
思わず喉が詰まった。
一言だけマジかと呟いてから、げほげほげほと咳き込んでしまう。
大丈夫かい~? と聞きながら、原田はあっさり答えた。
「マジだよ。三段突き以上のものなんてあるのか? って聞いたら、そう答えていたんだぜぇ。いや、あんたもすっごいなぁ、あんな怖いの恋人にしているんだから」
「本当にそんな事を言っていたのか」
「あぁ。山崎から、あんたが休息所探しに勤しんでいるって聞いたとたん……」
「!」
原田の言葉が終わるか終わらぬかのうちに、スパーンッと障子が開いた。見れば、引きつった形相の山崎が転がり込んでくる。
物凄い勢いでまくしたてた。こっちも必死だ。総司よりはマシとはいえ、鬼の新撰組副長の怒りも十分恐ろしい。
「な、何を言っておられるのです! 休息所探しだろうと言われたのは、原田先生じゃありませんかッ」
「そうだっけ? えー、でもさぁ」
原田は間延びした口調で言った。
「オレが昼飯食いに来た時、既に、総司と内緒話をしていたじゃん。こう、仲良さそうに顔を寄せて」
びくりと土方の眉が跳ね上がった。鋭い目が山崎に向けられる。
「本当なのか、山崎」
低い低い声で問いかけられ、山崎は必死になって首をぶんぶん千切れそうなほど振った。
「とんでもありませんッ! 休息所探しなんて、私は一言もッ」
「そこではない」
「は?」
「仲良さそうに顔を寄せていたということだ。山崎、おまえは本当にそんな事をしたのか」
「……して、ないと思いますが……」
「してたじゃーん。こんなふうに顔寄せてさぁ、ぴったりくっついてさぁ」
「原田先生ッ! ご発言は慎重にお願い致しますッ」
裏返った声で絶叫する山崎など、どこ吹く風で、原田は言葉をつづけた。
「とにかくさ、総司はあんたが君菊のために休息所探しをしていること、ちゃーんと知っているよ」
「おまえと山崎が教えたんだろう」
「そんな事言ってもさぁ、この間、あんた、総司ほっぽいて君菊と道行きに出発していっちゃったじゃん。あれ見りゃ誰でもそう思うよ」
「道行きじゃねぇ、話をつけるつもりだったんだ」
「話って、休息所のこと?」
「違う、俺はしっかり終わらせるつもりだった」
「けどさ、結局、休息所探しをしているじゃん」
紛うことない事実を突かれ、土方は思わず、がっくりと項垂れた。
……その通りなのだ。
何をどう言っても、今現在、自分は君菊のための休息所探しに奔走している。傍から見れば、望んでやっているようにしか見えないだろう。とくに、総司には。
今朝も見た、絶対零度の視線を思い出し、土方はため息をついた。
総司が切った期限も刻々と近づいてきている。
君菊からの催促もどんどん煩くなっている。
それら諸々の事を思うと、もう「何がどうなってもかまわねぇーッ!!!」と、全部放り出したくなってしまう土方なのだった……。
「……何で、おまえがここにいるんだ」
思わず、土方は半目になってしまった。
それに小楽はにこやかに笑った。
「うふふ、こんまい事はかまへんで、えぇのどすよ」
「こっちが気になるんだよ!」
「相変わらず、わて勝手なお人どすなぁ」
「おまえにだけは、言われたくねぇッ」
場所は、こじんまりとしているが、綺麗で清潔な一軒家である。小さな庭の緑も瑞々しく、丁寧に手入れされた家は小さいながら、とても風情のある佇まいだった。
ようやく、休息所が見つかったのだ。というか、君菊の厳しい審査を突破することが出来た。
土方は最後の確認のために君菊を呼んだが、そこに、なぜか、小楽までくっついてきたという次第だった。
「で、君菊」
周囲を満足げな様子で見回している君菊の方へ、土方は向き直った。
「これでいいだろうな? 今度こそ、納得できたな?」
「へぇ」
君菊は、にっこりと笑った。相変わらず、晴れ晴れとした華やかな笑顔だ。ここ数日の心労で疲れ切っている上に、どーんと暗く沈んでいる土方とは対照的である。
「あんさんが見つけたにしては、えぇお家どすなぁ。うち、気にいりましたえ」
「……おまえ、いつも一言余計だな」
「へぇ、おおきに」
「褒めてねぇよ。……とにかく、俺は約束を果たした。おまえもしっかり約束を果たせよ」
「しょうありまへんなぁ」
「約束って、何のことどす?」
小楽が傍らから、不思議そうに訊ねた。どうやら君菊から何も聞いていなかったらしい。
君菊は軽く肩をすくめた。
「うちがこの家に総司はんと住まへん、いう事どす。総司はんと一緒になりたい言うたら、それだけはあかん言わはりはってなぁ」
「へー、そうどすか」
小楽は、あっさりと頷いた。
「そしたら、うちが総司はん貰おかな」
「冗談じゃねぇよッ!!」
思わず叫んでしまった。
君菊を排除したと思ったら小楽が名乗り出てくるとは、もう、頭をかきむしりたい気分である。
「絶対、ダメだからな。小楽もダメだ、総司に近づくことも許さねぇ」
「いけず」
小楽は唇を尖らして拗ねてみせた。
小楽を女王様として崇め奉っている信者たちなら、めろめろになって即土下座し、「仰せのとおりにー!」となるだろうが、当然のことながら土方には何の効果もない。
土方の目は総司のみ可愛いと見えるし、彼の意識は総司しか可愛いと認識できないのだ。そのように基本設定されてある(ロボットか)。
とにもかくにも、土方は君菊に休息所のことで話をつけると、一つ肩の荷を下ろした気になった。だが、これで終わりではない。というか、一番大事な問題は明日に控えているのだ。
そう! ばたばた走り回っている間に、どんどん期限は迫り、総司が切った約定の日はついに明日迄に迫ってしまっていた。
しかも、今朝方、夜明け前に道場へ来て下さいとまで、引導を渡されてしまっている。その時の総司の凍った笑顔に、土方は内心震え上がったが、それを必死に押し隠してコクコク頷いた。
とにもかくにも、勝負は明日なのである。
(けどさ、勝算あるのかよ? この俺に)
やるせない思いで空を眺めた。が、そんな彼の後ろでは、君菊と小楽が綺麗な休息所を前に、きゃぴきゃぴ楽しげに騒いでいる。
「……」
土方はため息をつくと、とぼとぼと屯所への道を辿り始めたのだった。
翌朝だった。
というか、総司が約束した夜明け前だ。
緊張の面持ちで、土方は道場に向かっていた。幸いにして誰とも会わない。それが土方にとっては好都合だった。むろん、副長が一番隊組長の三段突き食らってぶっ倒れる姿など、誰にも見られたくないが、それ以上に彼にも色々と事情というものがあるのだ。
道場に入ると、意外にも総司は先に来ていた。華奢な身体には淡い色あいの小袖に袴を纏っている。
結い上げられ、柔らかく細い肩にかかっている絹糸のような黒髪、こちらを見つめる大きな瞳。雪のように真っ白でなめらかな肌に、ふっくらとした蕾のような桜色の唇。
その姿はまさに可憐な花のごとく綺麗で愛らしく、土方は思わず見惚れそうになったが、その白い手に握られた物が視界に入った瞬間、ぎくりとした。
(ぼ、木刀……!)
総司は、やる気満々なのだ。
内心引き攣りまくったが、そこは煮ても焼いても食えないと言われた新撰組副長、なんとか笑みをうかべた。貼り付けたような笑みだったが。目は、いつその木刀が振るわれるかと、総司の顔ではなく木刀ばかりチラ見していたが。
「お、おはよう、その、随分早いんだな」
「約束した刻限ですから」
「あぁ、そうか。そうだよな、うん」
素っ気なく答える総司に、土方はそれ以上何も言うことができなくて黙りこくってしまった。とたん、総司が訊ねてくる。
「で? 身の明かしはたてられたのですか? 浮気していないって証は?」
「う」
「土方さん」
「でき、なかった……」
絞り出すような声で答えた土方に、総司は「ふうん」と言った。自分の髪をくるりと指先に巻きつけながら、呟く。
「じゃあ、やっぱり事実だったんだぁ。土方さんが君菊さんと出来ちゃって子まで出来ちゃって、休息所もちゃんと用意してあげたってこと」
「…………」
「それじゃあ、と」
何が、それじゃあなのかは、聞くまでもなかった。
スッと木刀を構えた総司を前にして、土方もさすがに覚悟を決めた。
だが、しかし、これだけは言っておきたい!事があった。未練がましいと罵られようが何だろうが、これだけは言いたいのだ。
「総司ッ!」
土方はいきなり床に膝をつくと、勢い良く頭を下げた。いわゆる、土下座だ。
それに、総司も驚いたのか、「土方…さん?」と戸惑ったように呼びかける。その前で、思い切り叫んだ。
「俺は今ここで、三段突き食らってもいい! けど、その前に、一つだけ約束して欲しいんだ」
「約束?」
「おまえのことだ」
「?」
きょとんとしている総司に、土方は一気にまくし立て始めた。
「おまえはめちゃめちゃ可愛いし気立てもいいし、剣も強いし仕事も出来る。だから、俺と別れた後、縁談がふるように来るだろうし、誰か他の男に秋波を送られるかもしれない。けど、絶対、全部断って欲しいんだ。誰のものにもならないで欲しいんだ」
「……」
「俺は、おまえが誰かのものになると考えただけで、頭に血がのぼっておかしくなっちまう。わぁーって叫びたくなるぐらい嫌なんだ! だから、頼む! 誰のものにもならないでくれッ!!!」
ほとんど最後は絶叫状態だった。
叫びおわると同時に、土方はガバッと頭を下げた。
長い長い沈黙が落ちた。だが、しばらくして総司が言った。
「わかりました」
「……」
「私は、あなた以外の他の誰のものにもなりません。これでいいですか?」
「あぁ」
覚悟して、土方は背筋を正した。きちんと床上に端座し、膝に手をおいて目を閉じる。
総司が木刀を振りかぶる気配がした。来る! と思って固く目を閉じた、その瞬間だった。
ポン。
という感じで、木刀が肩に軽くふれた。その後、かなり待ってみたが、後は何も来ない。
「……???」
土方は恐る恐る片目だけ開けて、様子を伺ってみた。すると、総司は目の前に坐り、木刀を傍らに静かに置くところだった。
居合なのか? そう思いつつ又目を閉じた土方に、総司が言った。
「……君菊さんから聞きました」
「え?」
「全部、嘘だそうです。あなたの子を身ごもっていませんし、そもそも誰の子も身ごもっていないそうです」
「…………はぁっ!?」
がばっと顔をあげ、叫んでしまった。
いきなりすぎて、何が起こったのか一瞬、理解できなかったのだ。
「身ごもってないって、嘘だって……どういう事だよ。じゃあ、何であんな事を言ったんだ」
「うーん、面白くなかったと言っておられましたよ」
「面白くないって何が」
「日頃の、先斗町での土方さんの態度とかだそうです。お愛想ぐらい言ってもいいだろう、笑顔一つもないって」
「はぁ? こっちが金払っているのに、何でお愛想しなくちゃならねぇんだよ」
「私に言われても。でも、芸妓の意地だとか言っておられましたよ」
「……」
のんびり答える総司を前にして、土方は脱力するような思いだった。
まさか、全部嘘だったとは!
それも女の意地とやらのせいで振り回されまくったとは!
つまりは、日頃、接待で先斗町に行く時、土方がとる態度にムカついていたということだろう。
そりゃ自覚はある。総司以外に興味のかけらもない土方は、芸妓が踊っても笑いかけても酌をしてもガン無視だし、ほとんど受け答えもした覚えがない。
その行動などなどに対する意趣返しということなのだろう。
しかし、だからと言って、ここまでやるか!? である。こっちはびくびく脅かされ、有り金はたいて休息所まで買わされたのだ。
「そうだ! 休息所」
思わず土方は叫んでしまった。
「あれ、どうなるんだよ。もう、売り主に金渡しちまったのに」
「休息所、素敵ですね。綺麗だし、とてもいい場所だし」
にっこりと総司が微笑んだ。それに驚いて、凝視してしまう。
「何で知っているんだ」
「君菊さんに案内されて見させてもらいました。あれ、私のために用意したんですって」
「はぁ? 君菊の奴、やっぱりおまえ狙い……」
「私? よくわかりませんけど、でも、良かったです。土方さんと所帯をもつための家、探していたから」
「……え」
総司はぽっと頬を染めると、手をのばし、土方の手を握りしめた。いそいそと身を寄り添わせてくる。
「あのね、私、ずっと前に言ったでしょう? 愛する人と所帯をもって家で色々したいって。で、土方さん、言ってくれたじゃない。いつか家を用意してやるって」
「あ、あぁ……そうだな、言った覚えがある」
「やっと夢が叶うんですね。とっても嬉しいです」
「……」
あまりにも棚からぼたもちの状態に呆然としている土方に、総司はにっこりと笑いかけた。
そして、甘く澄んだ声で囁いたのだった。
「可愛がって下さいね」
「……」
「だ・ん・な様」
その瞬間!
花びらやらハートマークが、バババババ――ッと飛び散ったのは幻覚ではあるまい(いや、幻覚だ)。
いきなり過ぎる展開に、さしもの土方もしばらくの間は呆然としていた。が、そこは新撰組の鬼副長と言われる男だ。我にかえるのも早かった。
腕の中に凭れかかってくる可愛い恋人を、ぎゅっと抱きしめた。
そして。
想いをこめ、囁いたのだった。
「幸せな夢、見ような?」
ラストまでおつきあいくださり、ありがとうございました!