結局、山崎の提案を受け入れた歳三は、帰宅してから総司にその事を話した。
「……え」
総司はびっくりしたように、歳三を見あげた。
大きな瞳が瞠られ、ふるりと桜色の唇が僅かに震える。
それがたまらなく愛おしくて、歳三は思わずその小さな細い躯を両腕に抱きすくめてしまった。あまつさえ、こんな事まで云ってしまう。
「いやか? いやなら……いいんだぜ、断っても」
「断っても、いいの?」
「あぁ。他に何か方策はあるさ」
「……でも」
総司はきゅっと歳三の逞しい胸もとにしがみついた。
「それじゃ……ずっと、兄さんに心配かける事になっちゃう」
「俺の事なんざいいだろうが。だいたい、俺は好きでおまえのこと心配しているんだ」
「兄さん、私のこと心配するの好きなの?」
びっくりした顔で訊ねる可愛い弟に、歳三は思わず笑い出してしまった。膝上に抱きあげ、その髪や頬に口づけを落としてやる。
「好きだよ。けど、本当にあまり心配したくない」
「ですよね」
「おまえが痛い目や辛い目にあると、俺の方が死にそうになっちまうからな」
「兄さんが? どうして?」
「そりゃ、おまえが可愛くて好きだからに決まってるだろうが。あの時だって、おまえが大八車に轢かれたと聞いて、頭ん中がまっ白になっちまったんだぜ」
「兄さん……」
「あんまり心配かけるな。だが、その事を思い煩うな。俺がおまえを心配するのは、おまえを誰よりも大切に思っている証なのだから」
「はい」
こくりと頷いた総司のすべすべした頬っぺたに、ちゅっと軽く口づけてから、歳三は細い少年の躯をもう一度抱きすくめた。甘ったるい匂いを味わいながら、優しい声で囁きかける。
「本当に……断ろうか?」
「さっきの面通しの話?」
「あぁ」
「……私、やります」
小さな声で答えた総司に、歳三は身を起こした。そっと細い肩を掴んで、弟の顔を覗き込む。
「総司……」
「だって、私も頑張りたいんだもの。兄さんが私のために色々してくれているのわかってるし、それに、あの下手人を見たのは私だけなのだし……」
「本当にいいのか? 怖くねぇのか?」
「怖いけど……でも」
総司の大きな瞳が兄を見あげた。
「守ってくれる……でしょう?」
そう小首をかしげながら訊ねた少年が、もう目に入れても痛くないぐらい可愛くて可愛くて……!
いつかも思ったことだが、まるで可愛い小さな白うさぎのようだった。くたっとなる耳さえ見えるようだ。
(あぁ、本当に、こいつがうさぎだったら絶対離さねぇのに)
(ずっと連れて歩いて、可愛がって)
(そうしたら、こんな怪我なんざもさせねぇで済んだのに……!)
「……もちろんだ」
歳三は込みあげる愛しさに、総司の躯をぎゅうっと抱きしめた。額に頬に、首筋に、接吻の雨を降らせながら誓ってみせる。
「絶対にどんな事があっても、俺はおまえを守ってみせるよ。もう二度と、誰にも指一本ふれさせるものか……!」
男の逞しい腕に抱かれながら、総司はうっとりと微笑んだ。
「兄さん、だい好き……」
「あぁ、俺も好きだ、総司……」
後は甘い甘い睦言と。
抱擁と、口づけだけで。
お月さまの光の下、男と白うさぎは久しぶりの甘い一時を過ごしたのだった……。
さて、その面通しの日。
その甥が住んでいるという長屋近くの角に、総司はいた。安全をとって何処かの店の窓から見る事を山崎は勧めたのだが、下から見あげた態勢だったため、それでは判断がつかないと断ったのだ。
「あっ、出てきました」
山崎の言葉に、緊張が走った。
むろん、総司の傍には歳三がついている。その細い肩を抱くようにして寄りそっていた。
長屋の戸が開き、一人の若い男が出てきた。なるほど自堕落な様子で、いかにも叔父に金をせびりそうな男だ。
男は欠伸をしながら、ぽりぽりと首筋をかいた。それから懐手したまま、ぶらぶらと歩き出してゆく。
すぐ目の前を通りすぎてゆく男を、総司は食い入るように見つめた。やがて、男の姿は遠ざかる。それにつれて、総司の細い肩からほおっと力が抜けた。
山崎が低い声で訊ねた。
「……どうでしたか」
「人違い、でした」
「え」
総司の言葉に、山崎も歳三も斉藤も驚いた。
この甥が下手人であることを、確実視していたのだ。
「本当、ですか」
少し上ずった声で訊ねた山崎に、総司はこっくりと頷いた。
「あの人じゃありません。全然、目が違うんです。あの男は……もっとこう目が細かったし、それに、さっきの人、目元に大きな黒子があったでしょう?」
「え、えぇ」
「あんなのありませんでした。だから……絶対に確かです、あの人じゃありません」
そうきっぱり断言した総司に、山崎は困惑の表情になった。はぁーっとため息をつき、首をふる。
「それは……参りましたね。また一からやり直しですか」
「一人外せたと思えば、いいじゃないか」
「それはそうなのですが」
「他にも目星つけてるのいるんだろう?」
「えぇ、実を云うと……」
山崎と斉藤の会話をよそに、歳三は何か考えこんでいるようだった。
しばらくたってから不意にひらりと踵を返すと、歩き出していってしまう。
総司が驚き、声をかけた。
「兄さん?」
「あぁ、悪い」
歳三はふり返ると、小さく笑ってみせた。
「おまえは先に帰っていろ。斉藤、総司を頼んだぞ」
「頼んだって……どこ行くんですか?」
「ちょっとな」
かるく手をあげて誤魔化しただけで、歳三は歩み去ろうとしている。だが、その袖がくいっと後ろから引っぱられた。
驚いてふり返ると、大きな瞳がじっと見つめている。
「総司」
「私も一緒に連れていって下さい」
「何を云ってるんだ」
「これは、私が関わった事でしょう? 兄さんだけに全部おんぶしちゃうのは、いやなのです」
しっかりした口調で云いきった総司に、歳三はちょっと息を呑んだ。
いつも可愛いくて幼いとばかり思っていた弟が、どこか凜として見えたのだ。
(……もう十六だものな)
歳三は苦笑すると、両手をのばした。
それに目を見開いた総司は、次の瞬間、「きゃあ」と声をあげてしまった。
突然、浮遊感が襲ったかと思うと、その躯は男の腕に軽々と抱きあげられてしまっていたのだ。膝裏と背に腕がまわされ、縦抱きにされている。
「に、兄さん……っ」
慌ててしがみついた総司に、歳三は喉奥で笑った。
「しっかり捕まってろよ」
「どうして……」
「そんな足で俺について来れるはずがねぇだろ? こうした方が早い」
「で、でも……」
「ほら、行くぞ」
総司を抱いたまま足早に歩き出した総司は、頬を染めたまま、斉藤と山崎へ視線をやった。
山崎は驚きをその実直そうな顔の下に隠し、黙々とついてくる。斉藤の方はさすがに呆れた表情だったが、総司と目があうと「仕方がないさ」と云いたげに笑ってみせた。
そんな二人の反応や、道行く人々の視線が恥ずかしいが、それでも。
歳三をとても身近に感じられる抱っこは、本当は嬉しくて。
羨ましそうに見る娘や女たちの視線を感じながら、総司は歳三の肩にぎゅっと抱きついた。
例の木野屋の甥は、ぶらぶらと歩いていた。
あちこち店をひやかしながら、往来を歩いてゆく。そのため、追うのは簡単だった。
全く警戒してないらしく、当然のことながらこちらの存在にも気がついていない。
やがて、甥が角を曲がったのに続いてゆくと、小さな神社の前へ出た。
近くにある雑木林の前で、二、三人の男がたむろしていた。甥の遊び仲間らしい。
甥は彼らに歩み寄ってゆくと、何やら話しかけた。
それを眺めながら、歳三はゆっくりと目を細めた。端正な顔に、怜悧な表情がうかべられる。
その腕に抱かれた総司が、不意に小さく「あ」と声をあげた。
「どうした」
「あの人」
「え?」
「あの、甥だって人の右側にいる人……」
総司の言葉に、歳三は鋭く問いかけた。
「もしかして、あれが下手人か」
「……たぶん」
おずおずと総司は頷いた。
「同じ顔だと思うから。ものすごい目で私を睨んだ、あの……」
「山崎」
歳三はまだ総司を抱いたまま、山崎の方をふり返った。
「総司の証言だけだが、とりあえず奉行所へ連絡した方がいいだろう。それから……」
そう、云いかけた時だった。
不意に、歳三の腕の中で、総司がびくんっと躯を震わせた。大きく目を瞠ったまま、さぁっと頬が青ざめさせてしまう。
「──総司?」
それに驚いてふり返ると、例の男がこちらをまっすぐ睨みすえていた。どうやら、総司の存在に気がついたらしい。
殺気だったその目つきに、歳三は男が下手人であることを確信した。
「待て!」
不意に山崎が叫んだ。
男が身をひるがえし、脱兎の如く逃げ出したのだ。
歳三は総司を抱き下ろすと、斉藤に口早に告げた。
「斉藤! 総司を頼む」
「ちょっ……土方さんッ!」
とめる暇もあったものではない。
歳三はもの凄い勢いで走り出していってしまった。むろん、それを斉藤も追えることは追えるが、総司を抱っこしてでは無理だ。
山崎は歳三の後を追っていったが──
「さ、斉藤さん……!」
ぎゅっと腕を細い指で掴まれた。
見下ろせば、切ないほど真剣な表情の総司と目があう。
「お願いです……兄さんの後を追って!」
「けど、おまえを置いてはいけない」
「じゃあ、私を連れてお願いします」
「総司」
「兄さんが心配だから、あんな……怒った兄さん、初めて見たから。だから、すごく不安で……っ」
「まぁ、確かに怒っていたな」
一瞬だけ、総司を抱きおろす時に見た歳三の顔。
恐ろしいほど張りつめた表情をうかべていた。
冴え冴えとした瞳の色は冷たく、だが、その奥で静かに燃える炎が、いつも彼が身の内に飼っている獰猛な獣を思わせたのだ。
まさに、檻から解き放たれた獣だった。
もっとも、斉藤にすれば、あの莫迦な下手人の男がその獰猛な獣に殺されても、一片の憐憫も覚えないが。
何しろ、誰もが大切に可愛がっている総司に害をなしたのだから。
とは云っても、やはり程ほどのところで止めなければ、まずいだろう。
「……仕方ないな」
斉藤はため息をつくと、総司の躯を背におぶった。丁度いいように何度か揺すり上げながら、呟く。
「檻の中へ戻せるのは、総司だけかもしれないし……な」
「……檻の中?」
「何でもない、こっちの話だよ」
そう笑うと斉藤は足早に歩き出した。だいたい見当はついているのだ。
この雑木林の横にある道をゆけば、どうなるか、地図も皆、頭に入っている。歳三も当然それが入っているからこそ、追ったのだろう。
「さぁ、どこら辺りまで行ったかな」
斉藤は総司を背負ったまま、どこか楽しそうに呟いたのだった。
神社前の道をまっすぐ行けば、やがて、民家もほとんどなくなる。
雑木林が続いた後、大きな川が現れるのだ。
大きな橋がある方ならば人気もあるだろうが、この道はあまり行き来もないため人影は他にない。
山崎が追いついた時、歳三はその下手人である男を橋上に追いつめた処だった。
「!」
逃げ場を失った男が欄干によじ昇り、川へ飛び込もうとした。泳いで逃げるつもりだったのか。
だが、一瞬遅かった。
不意に歳三の手から繰り出された紐が、しゅるっと男の手に纏わりついたのだ。そのままきつく締め上げる。
「……逃すものか」
薄く嗤いながら呟き、歳三はひらりと欄干に飛び乗った。その身ごなしは、さすが鍛錬された躯だけあって驚くほど敏捷だ。
手早く男の両手を背中でぎりりっと縛りあげた歳三は、酷薄な光を宿した目で男を見下ろした。
そのまま連行するのかと山崎などは思ったのだが、不意にどんっと背を押したかと思うと、男の躯を川底へと突き出させた。
男は目を見開き、悲鳴をあげた。
「な、何をす……っ」
「さぁ? 何だろうな」
歳三は僅かに小首をかしげてみせた。
今や、下手人である男は己の足と紐一本で宙づりにされた状態だ。
眼下に広がる深い川。
「おまえ、飛び込みたかったんだろ? 泳いで逃げたかったんだろ?」
「……っ」
「なら、お望みどおり川へ突き落としてやるぜ。後ろ手に縛ったまま…な?」
そう低い声で云った歳三に、男は悲鳴をあげた。
後ろ手に縛られたまま川へ突き落とされれば、泳げるはずもない。溺死するのは確実だった。
それを見越すどころか、望んでの歳三の言動だ。
「……っ」
後を追ってきた山崎は、呆然と立ちつくした。
綺麗に整った顔だちだけに、一切の表情が失せると、ぞっとするほど冷酷な印象を与える。
止めるべき立場だとわかっているのだが、殺気だった歳三の様子に呑まれ、近寄る事さえ出来なかった
息づまるような緊迫感の中。
凄味にみちた声が、静かに囁きかけた。
「ほら……さっさと土左衛門になっちまえよ」
ぐいっと男の体がより前へ突き出された。もう一突きされれば、川底へ真っ逆さまだろう。
男の額に脂汗が滲んだ。がたがたと体が震え始める。
それを歳三は冷ややかに眺めた。
ゆっくりと、唄うような口調で断罪を下してゆく。
「おまえは、金のために木野屋を殺ったばかりか、自分のへまを見ちまっただけの総司を消そうとした。その上……」
一度言葉を切り、より男の体を押し出した。みっともなく悲鳴をあげる男を眺め、すうっと目を細める。
形のよい唇の端がつりあがり、酷薄な笑みをうかべた。
その笑みは、端正な美しい顔にうかべられたものだけに、身も凍るほど恐ろしい。
黒い瞳が獰猛な獣じみた光を帯びた。
「……その上、おまえは俺の総司を傷つけたんだ。死んでも償いきれるものじゃねぇ。……なぁ、おまえもそうは思わねぇか?」
「ひっ、た、助け……」
「死ねよ」
容赦ない答えだった。
歳三はまなざしを鋭くすると、唇をきっと固く引き結んだ。紐を握った手が緩やかに上げられてゆく。
本気で、この下手人を川へ落とすつもりなのだ。
「ま、待っ……!」
山崎は我に返り、慌ててとめようとした。
その瞬間、だった。
「───兄さん!」
辺りに響いた甲高い叫びに、歳三はハッと目を瞠った。
驚いてふり返れば、いつのまに来たのか斉藤におぶわれた総司が大きな瞳でこちらを見つめている。心なしか、その頬は青ざめていた。
おそらく一部始終を見てしまったのだろう。
歳三は深く息を呑んだ。
こんな姿、見られたくはなかったのだ。
いくら総司のためとはいえ、我を忘れ、手を汚そうとしている己の姿など───
「……」
立ちつくす歳三に、総司をおろした斉藤が走り寄ってきた。その手から紐を奪い取り、男の躯を引き戻す。歳三も全く抵抗なくそれを受け入れた。というよりも、その黒い瞳は総司ばかりを見つめていたのだ。
その目が不意に、ふっと辛そうに眇められた。僅かに視線をおとすと、欄干からひらりと飛び降りる。
そのまま踵を返し、橋を渡って歩み去ろうとする兄の背に、総司は叫んだ。
「兄さん!」
「……」
「兄さん、待って……っ!」
それでも歩み去ろうとする歳三の後ろで、ガタンッという大きな音が鳴った。
驚いてふり返ると、怪我した足で無理に走ろうとでもしたのか、総司が橋の袂で転んでしまっていた。起き上がろうとしているが、怪我した足を尚更ひねってしまったらしい。
痛みのためか、大きな瞳に涙がうかんでいるのを見たとたん、矢も盾もたまらなくなった。
「……総司!」
思わず走りより、抱きおこす。
着物についた埃を払ってやりながら、視線を落とせば、総司は縋るように彼の胸もとへしがみついていた。小さな手が「行かないで」とばかりに彼の着物を掴んでいる。
それに、思わず苦笑した。
「……どこへも行かねぇよ」
そう囁き、優しく抱きすくめた。腕の中にある小さな細い躯の感触に、あれほど荒んでいた狂気じみた衝動が怒りが不思議なほど、すうっと和らいでゆくのを感じる。強ばっていた躯中の力が抜けるようだった。
本来の自分を、総司のおかげで取り戻せた。
そんな気がした。
泥がついても構わず地面に坐り込み、総司を抱きしめつづけていると、傍らから呆れたような声がかけられた。
「いつまで、見せつけているんです」
ふり返れば、斉藤がちょっと怒ったような顔で彼らを眺めている。
それに、にやりと笑ってみせた。
「仕方ねぇだろ。可愛い恋人とひっついて、何が悪い」
「ここは、戸外ですよ。そういうのは、奥ゆかしく家の中でやって下さい」
「はいはい」
ふざけた調子で答えた歳三に、斉藤は肩をすくめた。それから、彼の腕の中に顔を真っ赤にしつつも大人しくおさまっている総司に視線をやり、笑いかける。
「な、おれの云ったとおりだっただろ?」
「斉藤さん……?」
「檻の中に戻せるのは、おまえだけだって」
「……あ、はい」
ようやく意味がわかったのか、総司は嬉しそうに微笑んだ。
それに小首をかしげつつ、歳三は愛しい弟の躯をより強く抱きしめたのだった。
今夜の空はきれいに晴れ渡っていた。
紺色の夜空に、たくさんのお星さまが美しく輝いている。
それを、総司は歳三の背でおぶわれながら見あげた。
視線を戻せば、兄の逞しい肩や、頬から顎にかけての引き締まった線がよく見えて、その精悍さにどきりとする。
思わず両手をまわし、ぎゅっと抱きついた総司に、歳三が訊ねた。
「……どうした?」
「何でもないの……ただ」
「ただ?」
「兄さんだなぁ……と思って」
意味不明の答に、歳三はちょっと小首をかしげた。
あれから山崎が下手人を引き立てていき、斉藤はその証人として奉行所へついていった。
歳三が行っても構わなかったのだが、下手人が酷く怯えている上に、怪我した総司の方が数倍大事なのは当然のことで。
結局、歳三は総司をおぶって帰ることになったのだ。
しばらく二人して月明かりの下を歩いていたが、角を曲がったところで、不意に歳三がぽつりと云った。
「おまえ……俺が怖くねぇのか」
「……」
その問いに、総司はちょっと息を呑んだ。おそるおそる訊ねてしまう。
「どうして……?」
「さっきの俺、おまえも見ただろう? 頭に血がのぼって、あの男を殺すところだった」
「……」
「俺は、おまえが思ってるようないい兄貴じゃねぇ。優しくて大人で……そんな俺なんか、嘘っぱちだ。すぐかっとなるし、ましてやおまえの事になると気が変になっちまって何をしでかすかわからねぇ」
「兄さん……」
「そんな俺が、おまえに怖いと思われて……嫌われて、当然だよな」
視線を伏せ、歳三はほろ苦く笑った。
とたん、総司が大きな声で叫んだ。
「兄さんの莫迦っ!」
「──」
初めて投げつけられた罵り言葉に、歳三は目を見開いた。唖然となってしまう。
慌ててふり返ろうとしたが、とたん、細い両腕がするりと彼の首にまわされた。ぎゅっと抱きついてくる。
「……私が兄さんを嫌いになるなんて……そんな事あるはずないじゃない!」
小さな声が、息づかいが、耳もとにふれた。
「好き、だい好き! 優しくなくても意地悪でも、怖くても何をしても悪い事をしても、それでも好きなの。それは……確かに、ずっと兄さんは大人だと思ってた。子供の私がどうしても追いつけない、いつも落ち着いてて大人で優しくて。……でも」
「……」
「どんな事をしても、兄さんは兄さんだから。私は、兄さんがだい好きなの、嫌いになんかなれないの。死ぬまでずっとそうなの……!」
総司はそこで大きく息をついた。
後ろから歳三の頬に頬をすり寄せ、目を閉じる。
「どうして……こんな簡単な事がわからないの? こんなにもだい好きなのに」
「……総司」
「兄さん、とっても頭がいいのに、どうして私の事になると急に鈍くなっちゃうの?」
「鈍いって何だよ」
「ごめんなさい」
くすくすと総司は笑った。その声が鈴をころがすようで、とても柔らかで優しくて。
歳三は込みあげる愛しさに、足をとめた。そのまま不意に総司を柔らかく下ろすと、びっくりしたように見あげてくる弟の躯を強引に引き寄せる。
包みこむように、胸もとに抱きすくめた。
頬を寄せるとふれる柔らかな髪。
己の腕の中で息づく甘い存在が、たまらなく愛おしい。
どんな自分でも好きだと──そう云ってくれたことが、嬉しくて。
あんな酷い様を見せてもそれでも尚、好きだと愛してると告げてくれた総司が、この世の誰よりも愛しかった。
この弟が傍にいてくれるなら、自分は幸せでいられるのだ。
前を見つめて、歩んでゆけるのだ。
ずっと、いつまでも。
「……好きだよ」
固く瞼を閉ざし、そっと囁きかけた歳三に、総司はこくりと頷いた。
桜色の唇で、甘く答えてくれる。
「私も……だい好き、兄さん」
「総司……」
弟の細い背に、歳三は手をまわした。
そして。
誰よりも可愛い恋人を、もっともっと強く抱きしめたのだった。
だい好きだから
何があっても
どんなあなたでも
それは、まるで
天に輝くお星さまのように……
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