珍しく喧嘩した。
それも、総司の我侭だったのだから、尚のこと珍しい。
いい加減頭にきた歳三が「総司っ!」と一喝したのを最後に、喧嘩は終わったが、それでも後味の悪いことこの上なかった。
総司は大きな瞳に涙をいっぱいためて家の奥へ駆けこんでしまい、歳三はその小さな背に後ろ髪をひかれるような思いを味わいつつ、仕事場へと出てきのだ。
「……珍しい事もあるもんだね」
仕事場で不機嫌な様はやはりよく見えてしまうもので、原田から指摘された歳三は、ついつい胸の内を吐露してしまった。
それに、原田はちょっと小首をかしげた。
「総ちゃんがそんな我侭云うなんて、それ相応の事じゃねーの?」
「それはわかっているが……いつもなら絶対云わねぇ事なんだぜ」
「どんな?」
「どんな、って……」
歳三は昼飯時の弁当を広げながら、形のよい眉を顰めた。
「明日の事だよ」
思わず、ため息がもれた。
「明日、休みが駄目になったって云ったとたん、いやだって駄々をこねだしたんだ。休んで欲しいって。そんなの出来るはずもねぇのにな」
「そりゃ、出来るはずないって総ちゃんだってわかってるだろ」
原田は首をかしげた。
「けどさ、それでも休んで欲しいって云うんだから、それ相応の理由ってのがあるんじゃねーの?」
「どんな理由が?」
「さて、何かねぇ」
原田はそう云ってから、ふと道ばたを走り抜けてゆく子どもたちに目をむけた。
昼飯時なので、家へ戻るところなのか、賑やかに歓声をあげている。
質素な着物に身を包みながら、春のうららかな日射しの中で、子どもは皆、元気いっぱいだ。
小さな手には、魚の絵を形どった紙を握りしめており、それがはたはたと風にひらめいた。
「あぁ、そう云えば」
原田は小さく呟いた。
「ん?」
「明日は五月の節句だね。ほら」
「そうだな」
歳三は何とはなしに頷き、弁当へ視線をおとした。
箸をとり、食べかけようとして──ふと、その動きがとまる。
「……あ」
「え?」
突然、動きをとめてしまった歳三に、原田がきょとんとした。
それにもじっと宙を睨んだまま固まっていた歳三は、不意に「あぁっ!」と、どきっとするような大声をあげて立ち上がった。
もちろん、しっかり弁当と箸を持ったままだ。
「ど、どしたの」
原田は呆気にとられ、見上げた。それに、歳三が答える。
「忘れてた」
「へ?」
「明日、明日の理由だよ。やばいっ、そりゃ総司が怒って当然だ」
「って事はわかった訳?」
「あぁ」
歳三は手早くお弁当を片付けると、呆気にとられる原田たちの方へくるりと向き直った。
頭を下げる。
「明日はしっかり早めにくるから、今日はこれで帰らせてくれ。申し訳ない」
「あ、うん」
「じゃ」
歳三はさっさと背をむけ、足早に歩き出した。だが、すぐさま我慢できなくなったらしく、もの凄い勢いで走り出していってしまう。
どんどん遠ざかる歳三を見送り、原田は、
「さーて、一件落着ってとこかな」
と、笑った。
「──総司っ!」
突然響いた兄の声に、総司はびくんっと顔をあげた。
だが、それまでくすんくすん泣いていたものだから、その目は真っ赤だ。
慌てて目もとをこすり、どこかへ押し入れの中にでも逃げ込もうとしたが、それよりも早く歳三が庭へと駆け込んできた。
仕事場から走ってきたのか、肩で大きく息をしている。
「総司!」
身をひるがえそうとしたところを手を掴まれ、向き直させられた。
顔をのぞきこまれる。
思わず見上げた兄の黒い瞳はきらきらしていて、とても綺麗だった。
いつもながらどぎまぎしてしまう。
「……な、何ですか」
小さく涙声で聞き返したとたん、ぐいっと引き寄せられた。
あ!と思った時には、男の逞しい胸もとに、ぎゅうっと力いっぱい抱きしめられていた。
「すまねぇ!」
「……え」
「忘れていた、ごめん。本当にすまねぇ」
「兄さん……」
歳三は総司の細い肩を掴んで起させると、弟の顔を覗き込んだ。
形のよい眉を顰め、辛そうな表情になっている。
「毎年ちゃんと祝ってくれてたのに、いつもおまえは俺のためにって用意してくれたのに……今年もそうしようって前に云ってくれてたのに、なのに、全部忘れてた俺がめちゃくちゃ悪いんだ。本当にすまねぇ」
「……っ」
とたん、総司の胸を熱いものがこみあげた。みるみるうちに大きな瞳に涙がもりあがり、ぽろぽろとこぼれ落ちてゆく。
兄の端正な顔が痛ましげな表情をうかべるのを見はしたが、自分でもとめられなかった。
ただ、それでも。
泣きながらでも、ちゃんと伝えなきゃと思ったから、
「っ……あの、ね……ずっと……っ」
しゃくりあげながら、総司は懸命に話しだした。
「ずっと楽しみに……してた、の……兄さんの生まれた日、お祝いしようって……外のお国ではそうしてるって、ずっと昔……寺子屋の先生が教えて下さって……その時からずっとお祝いしてきたから、いつも……兄さん、喜んでくれたから、だから……っ」
「うん、すげぇ嬉しかったよ。毎年ありがとう」
「な、なのに……今年もって思ってたのに、兄さん、全部忘れちゃっ…て…ふ、ぇ……っ」
「……!」
とうとう声をあげて泣き出してしまった弟を、歳三は思わずきつく抱きすくめた。
己の腕の中にすっぽりとおさまって、泣きじゃくっている小さな弟が、愛しくて愛しくてたまらなくて。
突き上げるような愛しさと、かわいさで、気がどうにかなってしまいそうだ──と思った。
これ以上好きになってどうなるのだろう、と自嘲したくなる事もあるが、それでも、日を重ねるごとに溺れこむように愛してしまう自分をとめようなどとは、今更、思っていない。
総司は、自分の命そのものなのだから。
ただ、愛しい弟が泣く様はあまり見たくないのだ。
それも自分のせいで泣いているのなら、尚のことだった。
可愛い総司は、いつも笑顔でいて欲しいから───
「……本当にすまねぇ」
総司のさらさらした髪に唇を押しあて、歳三は低い声で囁いた。そっと小さな背中を手のひらで撫でてやる。
「明日、やっぱり休めねぇけど……そのかわり、今日はもうずっと傍にいるから。どこにも行かねぇから」
そう云ってから、歳三はもう一度身をかがめた。
顔を覗き込めば、まだ涙をいっぱいにためた大きな瞳が見つめかえす。
それに、そっと唇で涙をぬぐってやってから、優しく微笑みかけた。
「一日早いけど、今日……祝ってくれねぇか?」
「……今日?」
総司はびっくりしたように目を見開いた。だが、すぐに、ぱっと笑顔になる。
「はい」
こくりと頷いた総司は、両手をさしのばした。身をかがめた歳三の首に細い両腕で抱きつくと、すぐさまふわりと抱きあげられる。
「お祝いしてあげます。一日早いけど、でも、兄さんと一緒に祝えるなら私、嬉しいのです」
「あぁ、俺もすげぇ嬉しいよ」
「兄さん、だい好き」
そう云ってから、総司はちょっと長い睫毛を瞬かせた。
それから、歳三の耳もとにその桜色の唇を寄せると、
「兄さん、生まれてきてくれて、私を好きになってくれて……ありがとう」
ほんのり頬を桜色にそめて。
そう囁いてくれた弟が。
可愛くて、たまらなく愛おしくて。
「総司……愛してるよ」
そう囁いた歳三は、可愛い──それこそ目の中にいれても痛くないぐらい愛おしい弟を、その腕に抱きしめたのだった。
Happy Birthday!
[あとがき]
誕生日は江戸時代祝わなかったと知ってますが、総司は博識な寺子屋の先生に聞いたという設定で、歳三兄の誕生お祝いを書いてみました。お礼SSにしようかとも思ったのですが、恋待蕾ずーっとupしてないので、表にupしました。
短いお話ですが、少しでも皆様が楽しんで下さいますように♪
