「……総司?」
 歳三は仕事へ出かける準備を済ませてから、総司に「おやすみ」を云おうと寝床へ向かった。
 だが、そこに、愛しい弟の姿がない事に気づき、思わず眉を顰めた。
 もう夜も遅く、まん丸のお月さまは天高くのぼってしまっている。
 いったい、こんな時刻に何をしているというのか。
 風呂上がりにうろうろしていては、湯冷めしてしまうだろうに。
 そんな事を思いながら、歳三は家の中を探しまわった。
 すると、小さな弟の姿は水場にあった。
 土間に突っ立ち、こちらに背をむけているのだが、心なしかしょんぼり項垂れているように見える。
「? 総司……?」
 呼びかけたとたん、びくんっと細い肩が震えた。
 驚いたようにふり返った総司の顔を見て、歳三も驚いた。
「どうしたんだ……!」
 総司は──彼の可愛い弟であり恋人でもある総司は、そのつぶらな瞳に涙をいっぱいためていたのだ。
 慌てて土間に降りると、身をかがめて肩に手を置き、その顔を覗き込んだ。
「どうした! 何があったんだ?」
「……ぇ…ふっ……っ」
 総司はぷるんとした桜んぼの唇を噛みしめたまま、涙をぽろぽろとこぼした。
 そんないたいけな様子に、歳三はたまらなくなってしまう。
 ずきんっと胸奥が痛くなった。
「泣くな、頼むから泣かないでくれ」
「……ひ…っ…く…っ」
「俺はおまえの涙に一番弱いんだ。すげぇ悲しくて、どうしたらいいのか分らなくなっちまうんだよ」
 そう云いながら、歳三は総司の細い躯に両腕をまわした。
 ぎゅっと抱きしめてやる。
 彼の逞しい胸もとに顔をうずめた総司は、しばらくの間ぐすぐす泣いていたが、やがて、小さな小さな声で云った。
「…ご、め…んなさい……っ」
「え?」
「ご、ごめんなさ……」
「? いったい何だって謝っているんだ」
 全くわからない歳三に、総司は涙をためた睫毛を瞬かせた。
 それから、答える。
「今夜……兄さん、お仕事だから……夜食におにぎり作るって約束したのに……」
「あぁ、そう云ってくれてたな」
「お、おにぎりが……おにぎりの具が……っ」
 また涙がこみあげていたのか、総司の目がうるうるっと潤んだ。
唇を震わせ、とうとうしゃくりあげて泣き出してしまう。
「お、おにぎり…の具がないの……っ!」
「……」
 歳三の目が見開かれた。
 呆気にとられてしまったのだ。
 腕の中で泣きじゃくる弟を、半ば呆然としたまま見下ろしてしまう。


(それって……そんな泣くような事か……?)


 などと思わず考えてしまったが、すぐ、いやいやと首をふって考え直した。
 自分の事を誰よりも想ってくれ、そして、彼の世話になっている事を妙に気にしているこの可愛い可愛い弟だ。
 総司が自分のためにと、料理や洗濯などを一生懸命、そこらの熟練主婦も顔負け状態で頑張っているのは、よーく知っていた。
 だからこそ、総司は真剣に悩んでしまったのだろう。
 おにぎりの具がないという、ただそれだけの事で!


(……俺って、愛されてるよなぁ)


 これも、自分への深い愛ゆえだと思うと、胸の奥がじーんと熱くなってしまった。


「総司っ!」
 思わずまた、ぎゅぅぅっと強く抱きしめてしまう。
「すげぇ可愛い! おまえって、ほんと可愛いな」
「???」
 いきなり大声で可愛いと連呼され、総司はきょとんとした。
 それに、歳三はきっぱり云いきる。
「おにぎりの具なんざ、どうでもいいさ」
「……兄さん……」
「俺は、おまえのその気持ちだけで十分嬉しいんだ」
「兄さん……ちょっと痛い……」
 喘ぐように訴えた弟に、歳三はハッと我に返った。
「す、すまねぇ!」
 慌てて腕の力を緩めてやり、総司の可愛い顔を覗き込んだ。
 何しろ、日頃の肉体労働で鍛えた躯だ。
 その腕で思い切り抱きしめれば、こんなにも華奢な総司だ、下手すれば壊れてしまうかもしれなかった。
 可愛さのあまり我を失ってしまい手荒くしてしまったかと、おろおろしてしまう。
「すまねぇ。苦しかったか……?」
「ううん……大丈夫」
 はぁっと息をついてから、総司は顔をあげると、にこっと微笑んでみせた。


 それはもう、ぱっと花が咲いたような可愛い笑顔で。
 心がほんわかあたたかくなってしまうぐらいで。


 歳三はその笑顔を、何よりも愛しいものを見る目で見つめた。そっとなめらかな頬に指さきでふれてやる。
「一緒に作ろっか……握り飯」
「え? だって、具が……」
「大丈夫だ、できるさ」
 歳三は躯をおこすと、棚へ歩み寄った。
 そこにある壺を手にとり、ふり返る。
「あ……お味噌?」
「そう、味噌と一緒に握って網でちょっとあぶれば、うめぇ焼き握りになるぞ」
「そっかぁ♪」
 ぱっと総司の顔が輝いた。
 それを笑顔で眺めやってから、歳三はさっそく味噌焼き握りをつくり始めた。
 総司が握ったものを、せっせと網で焼いてゆく。
 たちまち、香ばしい匂いが辺りを満たし始めた。
 そんな中で、総司のお腹がきゅうう〜っと鳴る。
「あっ」
 可愛い顔が真っ赤になってしまった。
 それに、歳三はちょっと驚いて目を見開いた。
 だが、すぐに小さく笑う。
 少年の頃は食べてもすぐお腹が空いてしまうものなのだ。
 歳三も自分が通ってきた道だけに、よく知っていた。
 出来たての握り飯を、箸で皿に移した。
 それを一つ、
「ほら」
 と、さしだしてやる。
 総司はびっくりしたように目を瞠り、ふるふると首をふった。
「だ、駄目……兄さんのが無くなっちゃう」   
「大丈夫だって。俺のはちゃんとあるよ」
「でも……」
「仕方ねぇな」
 歳三は握り飯を手にとると、二つに割った。
 とたん、ふわっと甘い湯気がたちのぼる。
 目をまん丸にしている総司の方へ一つをさし出し、優しく笑ってみせた。
「俺とおまえ、半分こだ」
「兄さん……」
「ほら、うまそうだ。一緒に食べようぜ」
「うん!」
 総司は両手でそっと握り飯を受け取った。
 ぱくっと一口囓ってみると、甘辛い味噌と飯の味が口の中に広がる。
「おいしい……!」
「うん、うめぇな」
 二人は土間に面する板間に仲良く並んで坐り、握り飯を食べた。
 少しずつ、少しずつ。
 本当は、歳三ならこんな小さな握り飯半分ぐらい、一口で食べれてしまうのだが。
 彼がべた惚れしてるこの可愛い恋人と、少しでも長く一緒にいたくて、この幸せな時を少しでも長く味わいたくて。
 少しずつ、噛みしめるように食べた。
 その隣にちょこんと坐った総司も、幸せそうに握り飯を食べている。
 時々、肩がふれあって。
 そのたびに、見つめあって。
 互いの笑顔に、心をふんわりさせたり、どきどきさせたりして───


 土間の窓から覗く紺色の夜空には、ぽっかり浮かんだお月さま。
 それがまるで、二人を見守ってくれているようで。
 そんなお月さまを大きな瞳で見つめながら、総司は思ったのだった。


 ずっとずっと、これからも。
 幸せや嬉しさ──みんなみんな。
 このおにぎりみたいに、兄さんと半分こできたらいいな……




      その願いごと
      きっと、きっと叶うよね?











[あとがき]
 たまにはシリアスを入れようかとも思ったのですが、やはりお礼SSなので、可愛いお話を♪
 恋待蕾のいちゃいちゃ兄弟。
 歳三兄がだーい好きな総ちゃんは、歳三兄のためにつくるおにぎりの具がないって事で泣いちゃうぐらい、とっても一途なのでございます。