「恋待蕾」
「あふれるほどの愛の言葉を」後日談






「あのね、それでね」
 総司の甘く澄んだ声が家の中に響いている。
 それを聞いているのはとても楽しい。幸せなことだ。
 ましてや、家出までしてしまった総司がちゃんとここに戻ってきて、可愛い笑顔で話しかけてくれる。
 だが、しかし。
「八郎さんったら、こう云うんですよ」
「……」
 話の内容というか、出てくる名前に思わず眉を顰めちまうのは、大人げない事なのか──?





 総司が無事戻ってくると、さっそく斉藤もお磯もお光さんもやってきて、あれこれ、聞き出そうとした。
 いったい、どこにいたのか。
 どうして家を出ていったりしたのか。
 心なしか、三人とも理由は俺だと決めつけてるあたりが(……当たらずとも遠からずだが)困ったものだが、総司を心配してくれての事なのだから、あれこれ云う気はなく、黙っていた。
 総司はあの「穂波」での生活について話しはじめ、料理を習った事や、宿の手伝いの事なども話した。
 そして、気がつけば、どうしてだか、総司の話の内容はほとんど、あのいけすかねぇ野郎「八郎さん」のことに集中していたのだ。





「八郎さんはとても優しくて、色んな事を知っているのです」
 総司は嬉しそうに目を輝かせ、話した。
「毎日、お茶をしながらお喋りしてたんですけど、たくさんの事を教えてくれて。たとえば、お城のお堀のお化け話とか」
「おいおい、お化け話なんて聞いて大丈夫だったのか?」
 苦笑しながら訊ねる斉藤に、総司はぷうっと頬をふくらませた。……めちゃくちゃ可愛い。
「大丈夫に決まってるでしょう。私はもう十五なんですから」
「それは失礼しました」
 くすくす笑う斉藤の傍から、お磯が楽しそうに問いかけた。
「ね、その人って、男前? 見栄えはいいの?」
「うん」
 総司は無邪気に頷き、こっくり頷いた。
「きれいな顔した人だよ」
「……ふうぅぅん」
 お磯は意味ありげに笑いながら、俺の方へ視線をやった。見返してやると、袖を顔に押しあてて忍び笑いしてやがる。
「わたしも一つ聞いていいかしら?」
 お光さんが小首をかしげ、おっとりとした口調で云った。
「そのお人は、どんなお仕事をしておられるの?」
「あ、絵師さんです」
 総司はまるで自分の事のように嬉しげに話し始めた。
「小稲さんの話では、なかなか売れてる絵師さんだそうですよ。私も見せてもらいましたけど、とっても綺麗な絵でした。色づかいが華やかで粋で……」
 自分でも、どんどん眉間に皺がよってゆくのがわかったが、とめられない。
 俺は押し黙ったまま、あらぬ方を見やった。
 そこに、総司がとんでもない事を云い出した。
「一度ね、私も八郎さんに絵を描いてもらおうかなぁ……なんて思っているんですけど」
「!?」
 思わず勢いよくふり返ってしまった。
 反射的に叫んでしまう。
「冗談じゃねぇよッ!」
「……え?」
 いきなり叫んだ俺にびっくりしたらしく、総司は目をまん丸にした。その小さな手を握りしめ、俺は口早に言葉をつづけた。
「絵なんざ、絶対に駄目だからな! 絵を描くとなったら、あの野郎とおまえは二人きりになるんじゃねぇかっ」
「……八郎さんの、こと? そりゃ二人でだと思うけど……」
「絶対絶対に駄目だ!」
「どうして?」
「どうしてって……」
 大きな瞳でこちらを見上げ、無邪気に問いかけてくる総司に、俺は絶句してしまった。


 絵師と云えば聞こえはいいが、いわゆる春画を手がけている絵師も数多くいるのだ。
 八郎がそうではないと云いきれないだろう。
 そんな奴──それも、あんないけすかない奴と、総司を二人きりにして、しかも絵なんざ描かせたら、何をされるかわかったものではない。
 隣部屋に連れ込まれ、その挙げ句──なんて事を想像しただけで、こっちは怒りのあまり頭がおかしくなっちまいそうなんだぞ!
 なのに、おまえは。
 どうして、わからねぇんだ?


「……二人きり、なんだぞ」
「そうだけど」
「おまえは俺の恋人だろうが。その恋人が他の男と二人きりになって、喜ぶ奴はいねぇだろう」
「あ……」
 総司は小さく目を瞬いた。それから、なめらかな頬をぽっと染めると、羞じらいの表情をうかべた。
 長い睫毛を伏せ、小さな可愛い声で謝ってくる。
「そう…ですよね。ごめんなさい」
「総司」
「私が考えなしでした。絵を描いてもらおうとは思いません」
「あぁ」
 俺は安堵の吐息をもらし、総司の華奢な躯を引き寄せた。腕の中に閉じこめ、ぎゅっと抱きしめる。
 だが、とたん、じたばた暴れ始めた総司に、俺は眉を顰めた。その可愛い顔を覗きこむ。
「? どうしたんだ」
「どうしたって……兄さん、あのっ」
 総司が指さす方を見ると、斉藤にお磯、お光さんが意味深な笑みをうかべながら、じーっとこちらを見ていた。
 だが、きっと顔に出てしまったのだろう。
 斉藤がやれやれと、呆れたように首をふった。
「早く帰れって訳ですね。はいはい、これ以上、お邪魔はしませんよ」
「そうね、わたしも主人の顔を見たくなっちゃったわ」
「うんうん、あたしも〜」
 三人は立ち上がると、口々に挨拶をのべてから家を出ていった。
 やがて、しん──と静まり返った部屋の中で、総司は俺を大きな瞳できっと見上げた。その頬が紅潮している様がかわいくて……たまらなく色っぽい。
「兄さん、もう……恥ずかしいでしょう!?」
「恥ずかしいものか。おまえは俺の恋人だろ」
「そうだけど、でも!……」
 総司はまだ何かつづけようとした。だが、そのぷるんとした桜色の唇に、俺はそっと指を押しあてた。
 悪戯っぽく笑いかけてやる。
「おまえの声を聞くのも幸せだが、今は……もっと別の意味で幸せになりたいな」
「え?」
 総司がきょとんとした顔で、小首をかしげた。
 それを抱きよせ、微笑みかけて。
 俺は、可愛い恋人に、甘い甘い口づけをしたのだった……。








 

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