春の日射しが柔らかだった。
 高層ビルのガラスが陽に煌めき、眩い程だ。
 道行く人々や車で、都会の喧噪はピークに達していた。だが、その中を疾走する車の内部にまでは、その喧噪も届かない。
 ラインの美しい光沢ある車だった。
 一目でわかる高級車だ。
 その後部座席に、一人の男がゆったりと座っていた。足を組み、携帯電話で話をしている。
 端正な容姿をもつ男だった。
 すっきり整えられた艶やかな黒髪に、黒曜石のような冷たく澄んだ瞳。
 引き結ばれた口許は、意志の強さを伺わせる。
 男はしばらく携帯電話で話をしていたが、やがて、薄い笑みとともにそれを閉じた。シートに背を凭せかけ、微かに吐息をもらした。
 運転席の男が問いかける。
「……これから、如何致しましょう」
「そうだな」
 男は切れの長い目を細めた。
「連絡受けちまった以上、行かねぇ訳にはいかないだろう。議員会館の方へまわしてくれ」
「畏まりました」
「まったく……くだらねぇ。あいつら皆、地獄へ突き落としてやろうか」
「土方さん」
 思わず呼びかけた山崎に、土方はくすっと笑った。
「おまえは心配性だな」
「ですが」
「大丈夫だ。何も心配するな」
 山崎は運転を続けつつ、押し黙った。そんな秘書から視線をそらし、土方は車窓を眺めやった。





 あれから、気も遠くなる程の年月が過ぎた。
 狂おしいまでの憎悪も、怒りも、絶望も、今はもう遙か遠い話だ。
 だが、あの時の激情は消え失せても尚、彼の身に宿った鬼も魔も消え去る事はなかった。
 そればかりか、今や……


 土方は微かな苦笑をうかべた。


 己がもつ強大で邪悪な力を振るう事に、何の躊躇いもなかった。指さき一つで国が滅び、嘆きと絶望がみちるのを眺めるのは、むしろ快感だった。
 だが、一方で、底知れぬ虚無感が彼を襲っていたのだ。
 国を滅ぼす事も、世界を邪悪で支配することも、何もかもが、彼にとっては退屈なゲームに過ぎなかった。
 駒を動かす事さえ物憂く感じる日々は、いったい何なのか。
 あの遠い過去よりも、今、この時の方が、遙かな夢幻ごとく感じられてしまうのは……。





 その時、だった。
 ぼんやりと窓外を眺めていた土方の目が、不意に見開かれた。
 信じられぬものを見たように呆然となり、過ぎゆく光景を思わずふり返る。
「……停めろ……!」
 突然、鋭い声をあげた土方に、山崎は驚いた。慌ててブレーキを踏み込み、路肩へ車を寄せる。
「な、何か」
「おまえはここで待っていろ」
「は……」
 もの問いたげな山崎を一瞥する事なく、土方は車から降り立った。
 何の変哲もない、都会の片隅にある街だ。
 割合広めの歩道が繋がり、小さな店が点々と開かれている。
 その店の一つ。
 可愛らしい花屋の店先に、一人の少年が佇んでいた。
「じゃあ、この花をお願いします。これは、えーと」
「メイベルモリソンという白薔薇だよ」
「メイベルモリソン……綺麗」
 少年は白い薔薇の花束に顔をうずめ、うっとりしたように微笑んだ。
 さらさらと柔らかな黒髪が細い肩先でゆれ、花のような笑顔が可愛らしい。
 代金を払うと、少年は白薔薇の花束を抱えたまま、弾むような足取りで歩き出した。白いセーターにジーンズがほっそりした躯によく似合い、とても可憐だ。
「……」
 土方は少年が歩み去ってゆくのを見つめ、呆然とその場に立ちつくしていた。声さえ出なかった。
 突然あたえられた僥倖が、信じられなかったのだ。


(……総…司……!)


 見た目は少し変ってはいた。
 だが、それでも、あれは総司だった。
 紛れもない。彼だからこそ、わかったのだ。否、あれ程愛した少年を、見分けられないはずがない。
 何百年も昔──彼が心から愛した少年。
 気も狂いそうなほど愛しい、永遠の恋人だった……。


 今すぐ抱きしめたかった。
 抱きしめ、口づけ、その愛を心をもう一度手にいれたいと願った。
 だが、それは叶わぬ想いだった。
 土方も見てすぐわかったのだが、総司の中に、あの前世の記憶は全くないようだった。何百年もの間、魔物として生きつづけてきた彼とは違うのだ。記憶も想いも残っているはずがないのだ。
 しかも───


「!」


 土方は目を見開いた。
 他の誰にも見えないだろう。
 だが、確かに、総司の背に純白の美しい翼が羽ばたくのが見えたのだ。
 それは、降りそそぐ陽光の中、きらきらと輝き、眩い程だった。


 あれは天使の証。
 それも、神に最も祝福された大天使の翼だ。


 美しい翼を背に宿した総司の姿を、土方は無言のまま見つめた。
 固く手を握りしめる。
 これは定めなのか、断罪なのか。
 だが、やがて──微かな笑みが彼の口許にたちのぼってきた。
 満足げな、昏い愉悦にみちた笑み。
 ゆっくりと、その目が細められた。


 ……総司。
 愛しいおまえ。
 俺はもう二度と失わない、違えない。
 あの時、誓ったように。
 おまえは俺と共に、俺はおまえと共にあるのだ。
 この恋ゆえに、愛ゆえに。
 煉獄の焔に灼きつくされたとしても、二人共にならば……怖くないだろう?


 俺だけの愛しい総司───





 土方はもう一度だけ総司の方へ視線をやってから、静かに踵を返した。
 停められてある車へ歩み寄った土方に、山崎が後部座席のドアを開いた。その中に身をすべりこませ、何事もなかったように命じる。
 やがて、滑り出した車の中、土方は微かな笑みをうかべると、静かに瞼を閉ざしたのだった……。

























[あとがき]
 このお話は「Honey Love」の魔王土方さんと、大天使総司が、前世でも恋人同士だったというお話です。
 1年以上前に書いたものですが、実を云いますと、お蔵入りになるはずでした。それが、あるお客様にお話した処、「きっと他の方々も読まれたいはず」と励まして下さり、こうしてupする次第になった訳です。
 もし、これを読んで下さってるなら、chatonさま、あの節はありがとうございました! おかげさまで、こうして無事upする事ができました。心からの感謝をのべさせて頂きます♪
 そして、ここまで読んで下さった皆様にも、心からの感謝を♪
 面白かった♪と思って下さった方は、ちょこっとメッセージから、ほんの一言でも♪ 尚、ただ今、この「Honey Love」の激甘なお話をお礼SSとしてup中です。
 4周年を迎えた当サイト、これからも土沖好き好き〜♪でやっていきますので、よろしくお願い致しますね♪