「……え、また行くのか?」
 土方は思わずそう聞き返してしまった。
 だが、それに返ってきた答は。


「誰のせいだと思っているんですっ!!」


 だった……。








 さてさて、ここは。
 週末の賑わいを見せまくるスーパーマーケット。
 夕方4時からのタイムセールお目当てにやってきた、老若男女であたりは大混雑だ。
 あっちでは、じゃがいもや人参が飛んでるし、こっちでは海老袋づめでビニール袋の破裂音が鳴りまくる。
 そんな戦場のような中で、総司はぜぇぜぇと息を荒くしていた。
 その前に立った土方は、呆れたような──だが、ちょっと罪悪感にみちた表情で、眺めている。
 二人の足下には袋があり、そこからはある物が今のところ4つ覗いていた。
「もう一回、行ってきます!」
 総司はきっぱり断言した。
「でも、その後は、あなたですからね」
「……総司、あのさ……」
「何ですか!?」
「何で、そんな必死になるんだ?」
 心底不思議そうに訊ねる土方に、走り出そうとしていた総司はくるりとふり返った。
 その大きな瞳が細められ、じーっと彼を見据える。
 総司にしては、低い低い声がもれた。
「……いったい、誰のせいだと?」
「いや、それはわかってるけど、俺のせいだけど……でも、普通に買えばいいだろ?」
「普通にって、あなた、アレ普段いくらするんだと思ってるんです!」
「いや、知らねぇけど」
「一個280円もするんですよっ。それも、たった200c入りで280円! そんな高いもの買える訳ないでしょうっ!?」
「けど、いつも買ってたじゃねぇか」
「あれは仕方なくです! でも、買っても買っても、土方さん、食べちゃうし。あれ以外、やだって云うし」
「しょうがねぇだろ」
 土方はうんざりしたようにため息をつき、前髪を片手でかきあげた。
 ちらりと、その視線が足下へ落とされる。
 そして、こう宣った。


「このヨーグルト以外、うまいと思えねぇんだから」







 そう。
 この口論の原因は、ヨーグルトなのである。
 それも、200c入りで1個280円もする、高級プレーンヨーグルトだ。
 土方はなるほど今は刑事をやっているし、ぼろくて古い官舎に住んでいるが、やはり育ちは悪い意味でも争えず。
 いわゆる、お坊ちゃま育ち! なのである。
 なのであって、お坊ちゃまは口がこえてしまっているのである。
 そんじょそこらの、3個100円のヨーグルトなどなど、まずくて食べられないのだ。
 だったら、ヨーグルトを食べなきゃいいじゃんとなるだろうが、そうは問屋が卸さないのが困ったところ。
 好物という程でもないが、朝、ヨーグルトを食べないと駄目というぐらい、彼の毎朝習慣になってしまっていた。
 朝ご飯は、珈琲、パン、ヨーグルト。
 それも、この280円のプレーンヨーグルト!
 でなきゃ、絶対やだ。







「……んなこと云ってねぇって」
 土方は肩をすくめ、反論した。
「何もこれでなきゃ嫌だとは……」
 そうぶつぶつ呟いた土方に、総司は「ふぅぅん」と目を細めた。
 そして、訊ねる。
「じゃあ、あっちの3つ100円ヨーグルトは?」
「いやだ」
「この128円のヨーグルトは?」
「絶対にいやだ」
「ほら! 云ってるじゃないですか!」
 総司は地団駄ふみながら、きぃぃっと叫んだ。


 もうもう、いい加減にしてーっと叫びたくなる。
 この人の金銭感覚は絶対に庶民ではない。未だお坊ちゃまなのだ。
 そのため、庶民育ちの総司からすれば、とんでもないお金の使い方をする。
 贅沢極まりない話だ。


「だからさ、280円のヨーグルト一つで、贅沢とは云えないだろ? それぐらい……」
「あのね、土方さん」
 総司は腰に手をあてて、きっと土方を見据えた。
「1個280円でも、塵も積もれば山となるで、毎日毎日買ってゆけば、たいした金額になるんですよ。100円ヨーグルトとの差は、180円。それを10個買えば1800円、百個買えば18000円、千個買えば……」
「いや、千個も買わねぇだろう」
「いつかはそうなります」
 そう冷たく答えてから、総司はハッと我に返った。


 ……そうだ。
 ここで、こんな云い争いをしている場合ではなかった。
 今は、そのヨーグルトをゲットしなければならないのだ。
 何しろ、本日の特売目玉!
 例のヨーグルトは何と何と。


    99円なのだー!!


 ……お一人様一個限りって処に、ちっと舌打ちしたくなるが、それも仕方がない。
 そして、むろん、主婦(夫?)はそんな事じゃあメゲないのだ。
 お一人様一個限りとは書いてあるが、お一人様一回限りとは書いてない。
 そこが攻略ポイントー!
 であるからして、このヨーグルトを購入するため、何度も何度も、ヨーグルト売り場→レジ→ヨーグルト売り場→レジをくり返せば沢山購入できるのだ。
 これぞ主婦の知恵!
 いやいや、主婦の常識!
 家計を維持するためには、涙ぐましい努力をすることは必須であるのだし。
 それに何よりも、普段280円のヨーグルトが99円と聞いて、買わずにいられようか!
 めらめらと質素倹約精神が燃え上がるのも、至極当然のことであろう。







「じゃあ、行ってきます」
 そう云って、ちゃっかり賞味期限が一番長いヨーグルトを掴むと、総司はレジへ走り出そうとした。が、不意に立ち止まり「あ!」と声をあげる。
 ふり返った土方の目に、ひきつった笑顔の斉藤が映った。
「こ、こんにんちは……土方さん、総司」
 ここまで距離が近いと逃げられないと観念したのか、斉藤が片手をあげてみせた。
 だが、その足は少しずつ後退している。
 おそらく、先程からの二人の会話を小耳にはさんだのだろう。
 さすがSAT出身。すばやく身の危険を察知したようだ。
 しかし、時既に遅しだった。
「うわーっ、斉藤さん! ラッキー!」
 総司は満面の笑顔で斉藤にむかって叫んだかと思うと、一歩二歩と大きくジャンプするように走り寄った。
 あっという間に距離をつめてしまい、ささっと斉藤のカゴの中へ手にしていたヨーグルトを押し込む。
「お、おい、総司っ」
「はい、これ代金の99円ね」
「……」
「レジで買ってから、ぼくに渡して下さいね」
「……」
「斉藤さん……?」
 総司はうるうるした大きな瞳で、そっと斉藤を見つめた。
 それから、甘ったるい声で囁く。(ある意味、小悪魔の囁き?)
「ね、もちろん協力してくれるでしょ♪」
 ぽっと頬を桜色にそめ、総司は可愛らしく小首をかしげてみせた。
 云ってる事はともかくとして、その姿はとてもとても可憐で可愛らしくてキュートで、周囲を行く人々の視線をひきまくりだ。
 そんな総司に、この男が勝てるはずもなかった。
 長―い沈黙の後、斉藤はがっくりと肩を落とした。


 ──陥落。


「……レジで買ってきます」
「その後、もう一回まわって下さいね」
「……はい」
 もはや観念したのか、おとなしく頷く斉藤に、土方が無言のまま憐憫の目をむけていると、いきなり総司が彼の方をふり返った。
 びしっと指さされる。
「土方さんも、次ですからね!」
「……はい」
 頷いた土方に、総司はにっこりと満足そうに微笑んだ。
 そして。
 もう一個ヨーグルトを掴み、たったかレジへと向かっていったのだった。







 ……その背を見送りながら。
 280円―99円=191円の差額にかける、その情熱が。
 主婦総司のハッスルぶりが。
 どーしても理解できない、旦那さま土方なのであった……。










 


[あとがき]
 いや、ここまで高値じゃないけど、うちも毎週ビビダスヨーグルトを求めてスーパーを彷徨ってます。買い置きがあまり出来ない分、大変なんですよね。食べるのは、私の方なんですけど。
 この間、99円お一人さま一個限りのヨーグルトを掴みながら、ふと思いついたSSでした……(笑)。