当然、逃げ切れるはずもなく。
あえなく土方に捕獲されてしまった総司は、料亭から強引に連れ出された。
途中、廊下ですれ違った磯子が「あちゃ〜」という顔をしているのに、土方に連れ去られながら、「ごめんね」と目顔で謝った。藤堂へのフォローもしておこうと、無表情の彼氏の顔に、思わず誓う。
タクシーに乗り込んだ土方が向った先は、当然のことながら今夜宿泊予定の旅館だった。先にチェックインを済ませてあったからか、顔見知りらしい女将に挨拶だけしてから、土方はさっさと部屋へ向ってしまう。
夕食は済ませてくるからと告げていたため、広い二間続きの離れにはもう布団が敷かれてあった。
中へ突き飛ばすように入らされた総司が立ちつくしていると、土方は後ろ手に襖を閉めるなり、大股に部屋を横切り歩みよってきた。思わず怯えて後ずさると、腕を掴まれ、そのまま布団の上へ引き倒される。
「ひ、土方さん……っ」
慌てて起き上がろうとした総司に、土方はまるで獣のような俊敏さでのしかかってきた。片手で総司の手首を纏めて掴みあげ、空いた方の手でタイトに締めていたネクタイの結び目に指をさしいれ、緩める。
「土方さん、お願い、話を聞いて」
総司は必死になって云いつのった。タクシーの間も、この部屋へ連れてこられる間も、彼はずっと無言だったのだ。それが怖くてたまらなかった。
「これには事情があるの。あのね、あの料亭なんだけど……」
「……好都合だな」
「え?」
まったく繋がりのない呟きに、総司は目を瞬いた。
それに、土方は口角をあげ、意地悪な笑みをうかべてみせる。
「もう褥が敷いてあって、おまけに、おまえはこんなにも色っぽい着物姿だ。男にはたまらねぇシュチュエーションだよ」
「た、たまらないって……そんな事じゃなくて、あのっ」
「話は後で聞いてやる。それよりも、今は……」
ひやりとした男の指さきが襟元から滑り込み、白い肌をツ…ッと撫であげた。とたん、ぞくぞくっとした痺れが背筋を走る。
「ぁ、ひ…ッ」
思わず声をあげた総司に、土方はくっくっと喉を鳴らした。
「おまえだって感じてるんだろ? 欲しいのだろ?」
「そんな事……」
「なぁ、総司」
首をふって否定しかけた総司に、土方は顔を近づけた。とたん、その黒い瞳の奥に宿る獣の気配に、総司は息を呑んだ。
欲望に濡れた、獣の瞳だ。
怒りと男の衝動が入り交じった、甘く狂おしい獰猛さ。
今にも牙をたてられそうで、総司は思わず身をすくめてしまった。捕らえられた小動物のように、目を見開き、小さく震える。
それに、土方は薄く嗤ってみせた。
「俺が……怒ってないと思っているのか?」
「……ぁ」
「昨日につづけて、この有様だぞ。おまえが旅館に戻ってないと知って、俺がどれだけ心配したと思う」
「ご、ごめんなさい……」
「挙げ句、料亭でこんな格好で男に酌とはな。俺のこと莫迦にするのも、いい加減にしろよ」
「莫迦になんか……ごめんなさい、本当にごめんなさい」
総司は震える声で、謝った。たちまち、大きな瞳が涙に潤む。
桜色の唇がわなないた。
「許して……もうしないから」
「あたり前だ」
吐き捨てるような口調で答えてから、土方は総司の細い肩を掴んだ。そのまま、くるりと褥の上に伏せさせてしまう。
「え……?」
驚いたようにふり返った総司は、次の瞬間、目を見開いた。シュッと音がしたかと思うと、手首にひやりとした感触が纏わりついたのだ。見なくともわかる。ネクタイで手首を縛られたのだ。
「や、いや!」
慌てて身を捩らせた総司に、土方は唇の端をつりあげた。意地悪い口調で云ってのける。
「あんまり暴れると、裾が乱れて尚更いい眺めになっちまうぜ?」
「な、何云って……っ」
「着物姿、いいな。昼間の舞妓姿も最高だったが、これもいいよ。すげぇ可愛くて色っぽい」
「土方さん、外して!」
「やだね」
あっさり断った土方は身をおこし、スーツの上着を煩わしげに脱ぎ捨てた。それを畳の上へ投げ捨ててから、今度は総司の帯を解き始める。呆気にとられるほど手慣れた様子だ。
総司は思わず唇を尖らせてしまった。
「すごく手慣れてる……こうして、いつも女の人の着物を脱がせてきた訳?」
「……ふうん」
土方は手をとめ、僅かに目を細めた。
「まだ、そんな事口にするほど強気か。なら、手加減なしで躾け直してやるよ」
「躾けって、ぼくペットじゃないもん!」
「ペットじゃねぇけど、可愛いピンク兎だろ」
「い、今は違うし。ピンクの兎耳なんてつけてないから」
「じゃあ、着物ウサギかな」
「何それっ」
「さぁ、何だろう」
そんな軽口を叩きながらも、土方は総司の帯をあらかた解いてしまった。着物はそのままで抱く事にしたらしい。襟ぐりを緩めれば、まっ白な雪のような細い肩が剥き出しになり、艶めかしい。
土方は身をかがめ、低い声で囁いた。
「……すげぇ綺麗だ」
後ろから、白い肩さきにそっと唇を押しあてる。とたん、ぴくんっと総司の躯が震えた。
それに喉奥で低く笑い、唇をすべらせた。肩さきに、首筋に、背中に、口づけてゆく。そうしながら、総司の躯を半ば引き起こし、胸もとへ手をさし入れた。そっと指さきで探ってみれば、胸の蕾はもう固く尖っている。
「何だ、もう感じているのか」
「ッ! ぁ、や……っ」
「いやじゃねぇだろ。気持ちいいだろ?」
くっくっと笑いながら、土方は指さきでクリクリッと胸の蕾を擦りあげてやった。とたん、総司の唇から甘い悲鳴があがる。
「ぁ、ぁあっん」
「おまえ、相変わらずココ弱いなぁ」
「弱く、なんか…ぁッ」
「ふうん? なら、もっとしてやるよ」
「やっ」
慌てて総司が身を捩ろうとしたが、土方はその細い躯を完全に抱き起こし、膝上に抱きあげてしまった。そのまま後ろから手をまわし、胸の尖りをゆっくりと両方とも弄りはじめる。指さきで擦りあげ、くすぐり、時折押しつぶして。
たちまち、胸の蕾はツンと尖り、総司の唇からすすり泣きがもれ始めた。
「ぁ、ぁ…ぁ、ぁん、やっ…ぁ」
「おまえのコレ、すげぇ可愛い」
「も、やぁ…弄らない、でぇ…っ」
「こんなに喜んでるくせに?」
耳もとにふれる男の笑い声にさえ感じて、総司は頤をあげた。ぴくんぴくんと躯が小さく震えている。
それに土方は気づき、片方の手を下肢へすべらせてやった。そっとふれてみると、もう総司のものは濡れてしまっている。
あまりの可愛さ、素直さに、低く笑った。
「素直ないい子だな……」
「ん、ん、土方、さん……っ」
「心配しなくても、ここもすぐ可愛がってやるよ」
そう云うと、土方は総司の着物の裾をかるく捲りあげた。下着を抜き取ってから、後ろから抱えたまま大きく膝を開かせれば、果実のような総司のものがふるりと震える。
それを、男の大きな掌で包み込んだ。
「あ……!」
息を呑む総司を抱きすくめ、ゆっくりと手を動かし始めた。指さきで撫であげ、擦り、丁寧に優しく扱いてゆく。
総司は啜り泣きながら、男の肩口に火照った頬を押しつけた。誘うように細い腰を揺らし、もっともっとと求めてくる。その快感への奔放さ、素直さが、たまらなく魅力的だった。
やがて、白い足袋を履いたままの足を突っ張らせ、総司は達した。握りしめた男の指の間から、白い蜜がこぼれてゆく。
「っ、は…ぁ、ぁ……っ」
肩で息をする総司の髪にキスしてやってから、土方はその躯を再び褥の上へ這わせた。つるりとした白い肌にちゅっと口づけ、その奥にある蕾へ濡れた指さきをすべらせる。やはり昨夜さんざん可愛がったためか、少し揉みこむだけでそこは柔らかくほぐれた。
いきなり指を二本挿入しても、総司は嫌がるどころか甘い声をあげて仰け反った。
後ろから見ると、半ば脱がされ腰あたりに纏わりついた着物、挙げ句後ろ手に縛られた細い腕、裾を捲られ露にされた下肢と、まるでAVのような光景だ。
「こういうのも……たまにはいいな」
思わず呟いてしまった土方の声は、もう総司に届かない。啜り泣きながら、ゆらゆらと艶めかしく腰を揺らしている。
それはどう見ても、誘っているようにしか見えなくて。
「! 総司……っ」
喉を鳴らした土方は、堪らず指を引き抜いた。スーツのボトムのベルトを外し、己のものを掴み出す。
濡れそぼった蕾に猛りをあてがうと、そのまま一気に貫いた。
「ッぁ、ぁああ──ッ!」
総司が悲鳴をあげ、仰け反った。反射的には上へ逃れようとするのを、すぐさま捕まえて引き戻す。蕾の奥深くまで猛りをグイグイ押し込んだ。いつもながらの熱く柔らかな締め付けに、土方は思わず吐息をもらした。
「すげぇ……気持ちいい」
「ぁ、や、ぁあっ、や…ッ」
総司は褥に突っ伏し、細い肩を震わせている。幾ら昨夜さんざん可愛がられた後であっても、いきなりの行為はやはりきついのだ。
男の太い猛りに深々と貫かれ、息がつまりそうだった。凄い圧迫感だ。だが、その一方で腰奥がじわりと痺れてゆく。
「…ぅ、はぁ、ぁ…ぁ…っ」
堪えきれぬように首をふると、汗ばんだ髪が項に纏わりついた。それを男の手がかきあげ、白い首筋にキスを落とす。
耳もとに唇を寄せ、低く命じられた。
「もっと腰をあげろよ」
「ぃ…や、や…っ」
「嫌じゃねぇだろ? ほら、さっさとしな」
「っ、ひ…ぅ……っ」
総司は泣きじゃくりながら、のろのろと腰をあげた。とたん、男がより腰を強く引き寄せ、ズンと最奥を穿つ。
ヒィッと悲鳴をあげて仰け反った総司に、土方はくっくっと喉奥で笑った。
「おまえ、ここ……好きだものな」
薄く笑いながら、ゆっくりと腰を回してくる。細い腰を鷲掴みにされているため、逃れようもなく、一番感じる部分をグリッグリッと抉られた。
果実のような総司のものが、ふるりと震えた。ソコをもう一度乱暴に抉られたとたん、強烈な快感美が一気に突き抜ける
「ぃ、ひっぁぁーッ!」
また前へ突っ伏してしまった総司は、呆然と目を見開いた。
信じられない事に、今のだけで達してしまったのだ。その証拠に、下肢が濡れてしまっている。
むろんのこと、土方もすぐそれに気づいたようだった。
眉を顰め、ちっと短く舌打ちした。
「まったく……先にイくんじゃねぇよ」
「! だ、だって…ぇ…っ」
総司は泣きながら、甘えた声で云いつのった。潤んだ瞳で男をふり返り、ベビーピンクの唇をわななかせる。
「こんなの…されたら、我慢できない…もん」
「……」
「気持ちよすぎて、ぼく、もう……」
そう云いかけたとたん、だった。
土方が総司の細い腰を鷲掴みにしたかと思うと、激しい抽挿を始めたのだ。男の楔が蕾の最奥に乱暴に打ち込まれる。
「ぃ、ぁああーッ!」
総司は目を見開き、叫んだ。
慌てて逃れようするが、後ろからおおいかぶさるように抱きすくめられ、逃れる事など全くできない。そのままの姿勢で、激しく腰を打ちつけられた。
熱い猛りが蕾の最奥を荒々しく抉り、また引き抜かれる。
総司は褥に突っ伏したまま、甘い悲鳴をまき散らした。
「ぃ、やぁあッ、も、やめッ…ぁーッ」
「……っ、す、げぇ…あつ……」
「ぁっ、ぁ! や、ぁああッ」
総司の唇から迸るのは、もう意味をなさない悲鳴だけだった。あまりの快感に頭の中が霞み、訳がわからなくなってゆく。
感じるのは、男の荒い息づかいと、躯を貫く熱い楔。
そして、背中から伝わる、愛しい男の体温だけで。
「やぁ…ぅあっ、ひ、土方さ…っ」
「…っ…総…司……」
「だ、だめ…だめぇっ、も……いっちゃ…ぁあああッ!」
総司が仰け反り、一際高い悲鳴をあげた瞬間、下肢が濡れた。褥の上に蜜がぱぁっと飛び散ってゆく。
同時に、少年の躯の奥深く、男の熱が思いきり叩きつけられた。びくびくっと細い腰が跳ねあがる。
「ぁ、ぁあ…ぁあー……っ」
注ぎ込まれる男の熱にさえ感じて、総司は躯を細かく震わせた。もう視界は霞み、躯中が甘く熱く痺れてしまっている。
土方はしっかりと最後まで注ぎこむと、満足げな吐息をもらした。まだ息は荒いが、背中のあちこちに口づけてくる。
やがて、手首のネクタイを解かれたが、総司はむろん抵抗などしなかった。
柔らかく抱きおこされ、唇を重ねられた時も、初めは男のなすがままだった。だが、やがて細い両腕で男の首をかき抱き、夢中で応えてゆく。
「……ぅ、んっ…ぁ、ぁ……」
何度も角度をかえて唇を重ねあい、抱きあい、互いを求めあった。
つづきをねだるような総司の仕草に、土方は目を細めた。ちらりと時計を見やってから、褥の上にその華奢な躯を横たえる。
「……総司、愛してるよ」
低く囁いた土方に、総司は潤んだ瞳でこくりと頷いた。
「ぼく…も、ぼくも愛してます……」
可愛らしい恋人の答えに、土方は幸せそうに微笑んだ。愛しい躯を抱きすくめると、深く唇を重ねてゆく。
京の夜闇に、恋人たちの甘い吐息がとけていった……。
藤堂や磯子には、総司が疲れ果てて眠っている間に、土方が連絡をとったようだった。
もっとも、やはり磯子が相手だからか、土方も余計な事は云わず、ただ昨日は失礼したとだけ告げたようだ。それに安堵した総司だったが、着物の事を思い出したとたん、青ざめてしまった。
「どうしよう」
昼過ぎまで眠ってから、昼食をとりがてら街へ出た総司は、隣を歩く土方を見上げた。
それに、土方が訝しげに眉を顰める。
「どうしようって、何が」
「だから……着物です。全部、ぐちゃぐちゃになっちゃったでしょう?」
「あぁ」
土方は僅かに苦笑した。片手で前髪をかきあげ、くっくっと喉を鳴らす。
「確かに、ぐちゃぐちゃだな。昨夜の行為のせいで」
「だ、誰がしたと……っ」
「俺と、おまえだろ? 他に誰がいるんだ」
あっさり云いきった土方は、かるく肩をすくめた。
「電話で弁償すると云っておいた。磯子ちゃんは意味ありげに笑ってたけどな」
「…………」
音が出そうなぐらい真っ赤になってしまった総司を楽しそうに眺め、土方は言葉をつづけた。
「安心しろよ。どうして弁償しなきゃならねぇのかなんて、云わなかったからさ」
「あ、当たり前です!」
総司は頬をふくらませ、云い返した。
「だいたい、あんな事して……エロ刑事! 逮捕されちゃっても知りませんからね」
「恋人といい事して、何で逮捕されるんだよ」
「そんなの知りません。とにかく、ぼくはまだ怒ってるんだから」
「ふうん、怒ってて、朝からあんな濃厚なキスするのか?」
悪戯っぽく笑いながら云う土方に、総司は桜色の唇を尖らせた。とたん、男のしなやかな指さきがその唇にふれる。
「! や……っ」
「キスしたくなるような顔するなよ。この場でキスしちまうぞ」
総司は慌てて土方から飛びさすり、周囲を見回した。何しろ、ここは京都の観光地なのだ。人も多いし、店も多い。
こんな処でキスなど、恥ずかしがり屋の総司にとってはとんでもない話だった。
「絶対にいやですからね!」
そう念押しした総司は、ふと、店先にぶら下がっているものに目をとめた。
とたん、ある事が頭に思い浮かぶ。
昨日、舞妓姿にされた事はまだよかったけど、あの夜のコスプレはどうなの。
着物姿で縛られて──なんて。
そりゃ、ぼくも少しは楽しんだけど、でもでもでも……!
総司は店先に走りよると、それを手にとった。そうして、土方を手招く。
「何だ」
ゆっくりと歩み寄ってきた土方に、それを突き出した。
「これ、着て下さい!」
「はぁ?」
「これ着てみてよ。昨日、ぼくだって色々着て頑張ったんだから、今日は土方さんの番でしょ」
「……どういう論理だよ」
「とにかく、着てみてってば」
総司がさし出した、だんだら模様の羽織を、土方は眺めた。思わず、形のよい眉を顰めてしまう。
「観光客丸出しじゃねぇか」
「だって、観光客でしょ。ほら、着て下さい!」
昨日の意趣返しとばかりに、強引に押しつけてくる総司に、土方はため息をついた。
正直な話、気が進まない。
だが、実際、今朝から総司は少し機嫌が悪かったのだ。
やはり、昨夜色々やりすぎたらしい。
そりゃ、あんな料亭で他の男に酌など許せる事ではないが、それを差し引いても昨夜はちょっとやり過ぎたかな? と、土方も後ろめたい処があったりしたのだ。
だから───
「……わかったよ」
土方が渋々頷くと、総司は「やったぁ♪」と目を輝かせて喜んだ。
とんでもなくうきうきと、その羽織を広げて手渡してくる。
いったい何がそんなに嬉しいんだかと思いつつも、土方はその羽織を受け取った。総司に背を向けた状態で、着ていたシャツの上から、ばさっと羽織る。
その瞬間、だった。
「!」
広い背を、だんだら模様の羽織がおおった。裾が風をはらみ、ふわりとひるがえる。
見慣れた逞しい背が、一瞬、何かと重なった。
「……ぁ」
総司は息を呑んだ。痛みのような、きつく切ない何かに、胸奥が苦しくなる。
両手で胸もとを握りしめたまま、目を見開いた。
(……な…に? どうして……)
気がつけば、視界が涙で霞んでいた。
土方が驚いたようにふり返ったのを感じたが、どうしようもなかった。
総司は土方に背をむけると、ぱっと走り出した。涙を手の甲で拭い、必死に駆けてゆく。
背後で彼の声が「総司!」と呼ぶのを聞いたとたん、また何かが重なった。
不安と怖さと、切なさと。
そして、紛れもない込みあげるような激しい愛しさ。
それが誰にむけられたものなのか、わからなかったけれど。
でも。
苦しくても悲しくても、その人を愛した事こそが、喜びだったのは……。
「今のぼくと同じ……同じだよね」
喧噪から離れた、小さな寺の一角。
総司は静かな境内に入ると、古い樹木の幹に手をついた。はぁはぁっと肩で息をしている。昨夜の行為のためか、あまり走れなかったのだ。
だが、それでも、彼に愛されたこの躯が愛おしい。
喧嘩したり、怒ったり泣いたり、笑ったり。
たくさんの事があったけれど、でも、彼がそこにいてくれるだけでいいから。
今、こうして愛されている幸せは、何にも代え難いものなのだと──そう、知っているから。
「……総司!」
ふり返ると、土方が駆け寄ってくる処だった。むろん、あの羽織は店に返してきたらしく、いつもの彼の姿だ。
心配そうに眉を顰めていた。
「おまえ、どうしたんだ」
「あ、ごめんなさ……っ」
慌てて頭を下げかけてふらついた細い躯を、土方はしっかりと抱きとめた。大きな掌が、その背を優しく撫でさする。
「大丈夫か? まったく……無茶するんじゃねぇよ」
「うん。ごめんなさい」
「本当に、どうしたんだ。いきなり泣いて駆け出すから……何かあったのか?」
「……わからない」
小さな声で、総司は答えた。
「わからない……本当に、わからないの」
抱きよせてくれる男の腕の中、ぎゅっと固く目を閉じた。
「ただ、急に胸が苦しくなって、懐かしいような……切ないような気持ちになったの」
「……そうか」
土方は優しく総司の躯を抱きしめてくれた。その髪に頬を擦りよせ、そっとそっと背や肩を撫でてくれる。
彼のぬくもりが、総司に安堵感をあたえた。
自分の居場所はここなのだと、ここでいいのだと。そう信じさせてくれる。
総司は、ほぉっとため息をつくと、より深く男の胸もとに顔をうずめた。その広い背に手をまわし、ぎゅっとしがみつく。
「だい好き……」
小さな声で云った総司に、土方は微笑んだ。
くすっと笑い、耳もとに囁いてやる。
「俺もだよ、誰よりも愛してる」
「本当に……?」
「あぁ」
「ぼくも、ずっとね」
総司は、祈るように目を閉じ、囁いた。
「ずっと……いつまでも、あなたを愛してる」
いつまでも、永遠に。
生まれ変わっても、あなたに逢いたい。
あなたを愛したい。
土方さん、あなただけを……
総司は静かに顔をあげると、爪先だちになった。
男の肩に手をかけ、そっと口づける。
「……総司」
驚いたように目を瞠ってから、土方は小さく笑った。細い腰に腕をまわし、かるく抱きあげる。
優しいキスをあたえてくれる男の腕の中、総司は目を閉じた。
柔らかな木洩れ陽が、ゆっくりと二人をつつみこむ。
まるで、遠い昔を思い出させるように。
この京で、この街で、この場所で。
激しく愛しあった日々を、優しい思い出に変えてゆくように。
ふたりの愛だけはそのままに。
恋人たちをつつみこんだ陽光は、やがて、青空へと、静かに淡くとけていった……。
[あとがき]
まずは、アイデアを提供して下さったまるみさま、はるひさまに、心から感謝!です。本当に、ありがとうございました♪
このお話は、なんとなーくですが、「らぶらぶハネムーンへようこそ!」とリンクしてます。ラストあたり。
ラストまでお読み下さり、ありがとうございました♪
