「……え?」
 土方は電話の向こうから聞こえてきた声に、目を瞬いた。
 ちなみに、左手は受話器を持っているが、右手はペンを握っている。デスクの上は書類の山であり、めちゃめちゃになっていた。何がどこにあるのかもわからない程だ。
 いい加減整理しようとは思うが、そんな暇は全くない。
 ここは、警視庁にある組織犯罪対策部だった。
 もともと年末年始、警察は多忙を極める。その上に、色々と小さな事件が頻発したため、土方はここ何日か、家には帰ることが出来ていない状態だった。
 むろん、本当は家に帰りたくて仕方がない。家に帰って、あの可愛い恋人をぎゅうぅっとこの腕に抱きしめたいのだ。


 つやつやした髪にふれたい。
 あの大きな瞳に見つめられ、やわらかなベビーピンク色の唇にキスしたい。
 華奢な躰を抱きしめ、総司のすべてを思いっきり味わいたい!


 そう心から渇望するが、現実は、御用納めが過ぎた今日もデスクワークに勤しんでいる有様だった。
「あーあ、総司に逢いてぇなぁ」
 先ほどもついそう呟いてしまった。
 すると、隣で同じようにデスクに向かってカリカリとペンを走らせていた斎藤が、顔をあげた。視線があうと、にやりと笑ってみせる。
「だいぶ、お疲れのようで」
「疲れているっていうか、総司に逢いたいだけだよ」
 そう答えてから、土方は椅子の背に凭れかかった。はぁっとため息をつく。
「何日、逢ってねぇんだろうな。来年まで逢えないんじゃねぇのか?」
「そんな大げさな」
「実際、そうなっちまいそうだろうが。今日は大晦日だぞ」
「うーん……」
 確かに、このままではどう見ても、警視庁で年越しだ。それはちょっと嫌だなぁと斎藤は思った。
「近藤さんに直談判するか」
「でも、たぶん今夜は帰れても、明日の夜には仕事の可能性大ですよ」
「そんなもの知るか。俺はもう限界だ」
 言い切るなり、土方は立ち上がった。さっさとフロアを大股で横切り、近藤の席へと向かってゆく。
 ところが、敵もさるもの。土方の態度から察してしまったのだろう。
 近藤は彼が自分の方へ向かってくるのを見たとたん、慌てて「会議、そうだ、会議だった」と立ち上がった。部屋を出ていこうとする。
 むろん、それで引き下がる土方ではない。
「近藤さん!」
 よく透る声で呼びかけ、歩み寄った。近藤が嫌そうな顔をしてふり返りる。
 それを斎藤が心の中で応援しつつ眺めていると、しばらくして、土方がこちらを振り返った。ちょっと複雑な表情で戻ってくる。
 戻ってくるなり、無言のままチェアに腰を下ろした土方に、斎藤は小首をかしげた。
「どうしたのです、近藤さんに言いくるめられましたか」
「そんな事あるはずねぇだろう」
「じゃあ」
「休みは今夜から2日やる。だが、そのかわり、これを仕上げろとさ」
 土方が指さしたのは、デスクに載っている書類の山だった。それに、斎藤は嫌な予感を覚えつつ言った。
「もしかして、おれもですか」
「あぁ。おまえの分は、それだろ」
「ですけど……うーん、どっちがいいんだか」
「仕方ねぇ、俺はやる」
「えっ、やるっていうか、仕上がるんですか」
「やると言ったらやってやる。総司に逢うためだ」
「愛の力ですねぇ」
 ひゅーっと口笛を鳴らした斎藤は、慌ててそれをやめた。
 土方が凄みのある切れ長の目で見据えてきたからだ。こういう時の彼に余計な事を言えば、とばっちりが来てしまう。
 結局の処、それから、二人は無言でデスクワークを片付け始めたのだった。しばらくの間、カリカリとペンの音だけが響く。
 そのまま3時間程経過した頃だっただろうか。
 突然、電話が鳴った。
 かなりのハイペースで仕事を片付けていた土方は、思わず舌打ちしてしまった。集中が切れてしまったのだ。
 苛立ちを覚えながら、受話器をとりあげる。交換台が外線をつなぐことを告げてきたが、視線が書類に向けられていたため、かなり生返事だった。というより、ほとんど聞いていなかったのだ。
 だから、驚いた。
 いきなり電話口から聞こえてきた声に。
「土方さん?」
 甘く澄んだ声に、びくりと肩が震えた。驚き、目を見開く。
「……総司?」
 彼にしては動揺した声で、聞き返してしまった。
 それに、総司がくすくすと可愛らしく笑った。鈴を転がすような可憐な声だ。
「ごめんなさい、お仕事中に」
「いや、別に大丈夫だが……どうした」
「今日も泊まり? そろそろ着替えとかいるかなと思ったんだけど」
「いや、着替えは大丈夫だ。今朝も近くで買って着替えたところだし、それに」
 今日はこれから帰れそうだと言いかけ、土方は、ふと眉を顰めた。嫌な予感を覚えてしまったのだ。


 昨年も同じような事があった。
 彼が早く帰ることが出来ると約束したのに、総司は大晦日にバイトを入れてしまい、挙句、そのバイトがあのいけすかない伊庭に紹介されたもので、とんでもなく可愛い姿を披露していて頭にきたという、いわゆる黒歴史を思い出したのだ。


「おまえ、まさか……」
「え? なぁに?」
「また変なバイトとか予定とか、入れているんじゃねぇだろうな。言っておくが、俺は今日絶対に帰るぞ。おまえと大晦日の夜を過ごすつもりだ」
「うん、わかっていますよ」
 総司はくすっと笑った。それに、小首をかしげる。
「わかっているって、どういう意味だ」
「だって、さっき、近藤さんから連絡があったんだもの。そろそろ帰らせるから、よい年をって」
「……」
 それを聞いたとたん、土方は思わず近藤の席の方を見てしまった。だが、そこには誰もいない。おそらく会議にでも行っているのだろう。
 さり気ない親友の気づかいに、胸のうちがフワリとあたたかくなった。
「……そうか、近藤さんから」
「うん、だからね」
 うきうきとした調子で、総司が言った。
「ぼく、土方さんを迎えに来ちゃった」
「え?」
 ペンを走らせていた土方の手がとまった。
「迎えにって……」
「すぐそこまで来ているのです。お仕事、もう少しかかりそう?」
「ちょっと待てよ。おまえ、今、何時だと」
「えーと、10時ですね。夜の」
「こんな時間に一人で出歩くな。危ないだろうが」
「もう、土方さんったら、ぼく、女の子じゃないんですから」
「どこにいるんだ。今すぐ行く」
 土方は総司の居場所を聞き出すと、最後の書類に思いっきり走り書きでサインをした。そのまま鞄に色々と放り込み、慌ただしく立ち上がる。
 ずっと傍で電話のやりとりを聞いていて、大方察したらしい斎藤が、にやにや笑いながら彼を見上げた。
 それに、「すまん」と言った。
「悪いが、先にあがらせてもらう」
「別に謝ることじゃないですよ、おれもあと少しですし。よいお年を」
「あぁ、よい年を」
 恒例の挨拶をかわしてから、土方は足早にセクションルームを出た。黒いコートに腕を通しながら、エレベーターに乗り込む。
 警視庁を出ると、冷たい冬の空気が肌を刺した。こんな中で総司を一秒でも待たせたくない土方は、待ち合わせ場所にむかって駆け出した。
 それ程離れた場所ではなかった。すぐに、街灯の下、佇んでいる白いコート姿の総司が見えてくる。
 だが、総司は、まさか土方が走ってくるとは思っていなかったのだろう。
 駆け寄ってくる土方に、目を丸くした。
「土方さん、めちゃめちゃ早いですね」
「あたり前だろうが。おまえが心配で急いだんだよ」
「ごめんなさい」
 素直に謝ってくる総司が可愛らしい。
 久しぶりに逢う恋人の姿に、土方は胸奥が熱くなった。思わず腕を掴んで引き寄せ、抱きすくめてしまう。
 コート越しでも感じる華奢な恋人の躰に、吐息をもらした。白く細い首筋に顔をうずめ、唇を押しあてる。
「あぁ……総司、おまえだな」
「ちょっ、土方さ……恥ずかしい」
「久しぶりなんだから、いいだろうが」
「全然よくないの。TPOってものを考えて下さい」
 そう言った総司だったが、二人並んで歩き出すと、甘えるように彼の腕に手を絡めてきた。大きな瞳が土方を見上げる。
「あのね、近藤さんに言われて、嬉しくて飛び出してきちゃったけど……もしかして迷惑だった?」
「迷惑なはずがないだろうが」
「うん。でも、お節料理は用意したけど、年越し蕎麦とか用意してなくて……土方さん、帰ってくるのかわからなかったから」
「一人で食べようと思わなかったのか」
「そんなの、淋しすぎるもの……」
 俯いてしまう総司に、こみ上げるような愛しさと申し訳なさを感じた。かるく身をかがめ、頬にキスしてやる。
 とたん、びっくりしたように顔をあげて目を見開く総司が、たまらなく愛おしい。
「どこかで食って帰ろうか」
「え?」
「年越し蕎麦だよ。そうすりゃ、おまえも用意しなくて済むだろ」
「え、でも、混んでいるんじゃない?」
「どこかの店には潜り込めるさ。屋台でもいいならな」
「屋台? わぁ、そういうのあまり行った事がないから、行ってみたいです」
 総司は嬉しそうに笑った。
 無邪気にはしゃぐ笑顔は、花みたいに可愛くてきれいで。
 思わず見惚れてしまうぐらいで。
 それを、土方はじっと見つめた。不意に手をのばすと、恋人の細い躰を抱きよせる。
 びっくりする総司の耳もとに唇を寄せ、囁いた。
「なんかさ……たまらねぇんだけど」
「? 何がですか?」
「年越し蕎麦よりも、おまえが食いたくなっちまった」
「はぁ? え……えぇっ!?」
 慌てて総司が土方の躰を突き放した。ぱっと離れると、真っ赤な顔でぶんぶん首をふる。
「絶対、駄目ですからね。年越し蕎麦が先なんだから」
「じゃあ、蕎麦食ったら、おまえ食わせてくれるのか?」
 悪戯っぽく笑いながら問いかけた土方に、総司が桜色の唇を尖らせた。拗ねたように、ぷんと顔をそむける。
「知りませんっ」
 本気で怒ったのか、それとも恥ずかしいのか、総司はどんどん歩いてゆく。
 それを眺めながら、土方はゆっくりと後を追った。
 すると、突然、総司が立ち止まった。じーっと何かを見ていたかと思うと、彼の方をふり返り満面の笑みで手をふってくる。
「土方さん! 土方さん!」
「何だ」
「ほら、あそこ! お蕎麦さんですよねっ?」
 うきうき弾んだ声で言う総司につられて見れば、確かに、蕎麦屋の屋台が出ている。何人か客も入っているようで、ぼうっと灯されたオレンジ色の明かりが人をあたたかく招いていた。
「そうだな、蕎麦屋だな」
「早く行きましょう、ぼく、お腹ぺこぺこだもの」
「あぁ」
 無邪気に笑いかけてくる総司を、土方は見つめた。
 さり気ない光景に、ふと、胸があつくなった。


 ここに、おまえがいて、俺がいる。
 それを当たり前だとは思わない。
 世界で、小さな星を見つけるように。
 奇跡そのものなんだと、よくわかっている。
 だから、今、この時を大切にしよう。
 一瞬、一瞬を大切にして、ふたり過ごしていこう。


「あ、土方さん」
 屋台へと歩み寄っていく中、突然、総司が声をあげた。
 それに顔をあげれば、ひらひらと粉雪が降り舞ってくる。
 白い雪が優しく柔らかく。
 あと少しで訪れる新年を祝うように。
 雪の大晦日。
 過ぎてゆく時が、不思議なぐらい懐かしく思える夜。
「……総司」
 土方は不意に足をとめた。
 不思議そうに見上げてくる総司の手をとり、引き寄せた。ゆるく抱きすくめ、囁きかける。
「来年もよろしくな」
 男の言葉に、一瞬、総司が驚いたように目を見開いた。
 だが、すぐに、こくりと頷いた。甘く澄んだ声で答えてくれる。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
 そして。
 二人は仲良く手をつなぎあうと、歩き出していったのだった。
 新しい年へ。






                I wish you good luck for the next year!


















今年も拙宅にお越し頂き、本当にありがとうございました♪ 来年も土沖好き好きでやっていきますので、よろしくお願い申しあげますね。
皆様が、よいお年を迎えられますように!