「うーん、どうしようかなぁ」
先ほどから、総司はずーっと悩んでいた。
鏡の前で自分の顔や体をしげしげと眺め、そして、足元に視線を落としてため息をつく。
「困ったなぁ。どうしたらいいんだろ」
足元には体重計があった。
その目盛りは一週間前とくらべると、明らかに1キロ増えている。
たった1キロと言うなかれ!
お年頃の男の子にとっては、重大事件なのだ。
成長期の男子なら当然のことだろうが、総司はとっても不安だった。
ぷっくりした頬がどんどん、まぁるくまぁるくなってきそうで恐ろしく、何度も何度も鏡を覗きこんでしまう。
(……やっぱり、先週、平助といっちゃんと一緒に、ケーキ食べ放題に行ったのが間違いだったのかなぁ)
総司はそのなめらかな頬を両手でおさえながら、しみじみ思った。
(あんまりおいしくて、ぼく、ケーキ十個も食べちゃったし。その他にプリンやムース、あんまん、それにアイスクリームなんかもたくさん食べて……)
はあっと、ため息をついた。
普通の男の子なら、それほど気にしないだろうが、何しろ、総司の恋人は男なのだ。
しかも誰が見てもふり返る程の、モデルばりの容姿をもった端正な男。
そのため、総司もついつい女の子思考になってしまっていた。
太ったら嫌われちゃうかもとか。
別れを告げられてしまうかもとか。
ま、もっとも。
たとえ、地球が滅亡する日が来ようが、太陽が西から昇って東に沈もうが、あの土方に限って、そーんなことは絶対絶対ありえないのだが、一途に恋する少年にはわからない。
いつまでも、大きな瞳をうるうるさせながら、鏡と体重計を交互に見つめてしまう総司だった。
「……やっぱり、運動した方がいいんだろうけど……」
別に、総司の運動神経は悪い訳ではない。
だが、躯が少し弱い総司は、それまで、学校の体育以外でスポーツなどした事がなかったのだ。
「ジョギングとかはどうかなぁ。それとも、この間テレビで見たストレッチ体操とか? それも……うーん」
ぶつぶつ呟きながら、総司はリビングに戻った。
キッチンで、土方が帰って来るまでにと作った今夜の夜食、蓮根とちくわの金平、アスパラエリンギソテーをチェックしてから、ぱふっとソファに坐りこんだ。
夕食は食べてくると云っていたので、ビールの肴にと作っておいたのだ。
どこまでも、出来た新妻──もとい、恋人である。
その時、ふと放り出してあった雑誌が目に入った。
「あ、そうだ。この間、おいしそうなお料理がのってたから、買ったんだっけ」
主婦そのもので呟きながら、総司はそれを取り上げた。
そうして、ぱらぱらとめくり始めたのだが、突然、その手がとまった。
「──」
じぃぃーっと、真剣な顔で或るページを見つめている。
色んな女性のコメントが載っているページだったのだが、その中に──
ピンポーン♪
「……あ」
突然、鳴ったチャイムに、総司は慌てて立ち上がった。
雑誌を放り出し、急いで玄関へと向かう。
鍵をあけると、土方が片手に小さな紙袋を持って入ってきた。
「ただいま」と玄関の框へ上がりながら、紙袋を差し出してくる。
総司はそれに小首をかしげた。
さらりと揺れる髪と、細い肩。
不思議そうな表情がまた可愛くて、この少年にべた惚れの土方は思わず頬が緩んでしまう。
「ほら、みやげ」
「え? 何?」
目を見開いた総司に、優しい声で答えた。
「おまえの好きなプリンだ」
もちろん、喜んでくれると思いながら。
だが、しかし。
「……いらない」
「は?」
ネクタイを緩めながら廊下を歩き出そうとしていた土方は、驚いた顔でふり返った。
聞き間違えかと思ったのだ。
超がつくほどお菓子だい好き〜♪の総司の言葉とは、到底思えなかった。
「いらないって……プリンがか?」
「そう。絶対に駄目、食べられません」
「何で」
土方は訝しげに問いかけた。
「おまえ、ここの好きだろ? 前もおいしいおいしいって、にこにこしながら喜んで食ってたじゃねぇか」
「好きだけど……」
総司はそのプリンの入った紙袋を、ぎゅーっと抱きしめた。
「ここのすっごくおいしくて、めちゃくちゃだい好きなんだけど……でもでもでも、食べれないんだもん!」
云ってることは全くもって、意味不明なのだが。
そう叫んだ総司は、大きな瞳をうるうるっとさせたかと思うと、土方が呆気にとられて見るうちに、びーっと泣きだしてしまった。
「お、おい」
それに、土方は慌てた。
何が悪かったのかわからないが、とにかくここは宥めるより他はない。
総司の涙には、とことん弱いのだ。
もちろん、これも惚れた弱みという奴。
「泣くな。な? 頼む、泣かないでくれよ」
「…ひっく…ぅ……っ」
「わ、わかった。じゃあ、何が欲しいんだ?」
「……」
「おまえの好きなもの、何でも買ってきてやるから」
「……」
口の中でもごもごと、総司が何か云った。
それが聞きとれず、土方は首をかしげた。
「え? 何て言ったんだ?」
「……土方さん」
「あぁ」
「じゃなくて……土方さんが欲しいのっ!」
真っ赤な顔で思いっきり叫んだ総司に、土方は大きく目を見開いた。
心底驚いた表情で、しばらくの間、愛する恋人をじっと眺めてしまう。
だが、やがて、その意味を了解したとたん、満足そうに笑った。
その黒い瞳が楽しげな光をうかべ、ちょっと獰猛な獣の色をかいま見せる。
くすくす笑いながら、総司の頬にちゅっと音をたててキスした。
「いいぜ、今すぐやるよ」
善は急げだとばかりに、土方は総司の肩を抱いた。さっさと寝室へむかって歩き出す。
その彼に珍しく素直に従いながら、総司は心配そうな口調で訊ねた。
「いっぱいしてくれる?」
「あぁ、もちろん」
「ほんとに? ぼくが…………まで?」
「? よくわからねぇが、たっぷり可愛がってやるよ」
そう答えながら、土方は総司の躯をベッドにそっと横たえた。
コートとスーツの上着を脱ぎ捨てると、すぐさまのしかかり、柔らかなキスを首筋や頬におとしてくる。
総司の唇から、甘い吐息と囁きがもれた。
「土方さん……だい好き」
「あぁ、俺もだ」
「ずっとずっと好きでいてね」
「もちろん……ずっと好きさ」
優しい声で、土方が囁き返してくれる。
その愛しい男の腕の中、総司は小さく満足そうに微笑んだ。
その夜。
二人のベッドが、かなり激しくキシキシミシミシ軋みまくり、甘い声と喘ぎがいつまでも続いた事は、今更申し上げるまでもない事でして…………
さて、翌日の早朝。
まだ空も白々と明ける前、ちゅんちゅん毎朝うるさい雀の声さえ聞こえぬうちから、総司は洗面所にいた。
ちょーっと重い腰に顔をしかめながら、体重計におそるおそる乗ってみる。
そして。
じーっと目盛りを凝視した総司は、次の瞬間、にこーっと超満足そうに笑った。
「やったぁ♪」
1キロとまではいかないが、ちゃんと減っている。
やっぱり、あのコメントは真実だった。
、あれもスポーツなんだ!
ダイエットになるんだ!
わーい♪
にこにこしながら総司はベッドに戻ると、布団の中にもぐり込んだ。
「ん……総司……?」
すると、夢心地のまま土方が腕をまわし、柔らかく抱き寄せてくれる。
そんな愛しい彼の唇にキスして。
「ありがとう、土方さん。これからもいっぱいしてね♪」
甘い甘い声で、そっと囁いたのだった。
ま、とりあえず。
お互いの利害が一致するのなら、宜しいのではないかと。
ね?
>
>
>
>
[あとがき]
ダイエット。それは切実な言葉でございます。でも、夜の営みがダイエットになるというのは聞いた事あるけど、かなり激しくないとねぇ(笑)。ま、もちろん、土方さんなら大丈夫でございましょう。積極的な総司をおいしく頂けて、土方さんもご満悦でしょうし。いや、ほんと、利害が一致するなら、勝手にやってなさいバカップルでございますなぁ。>
>
>
>
戻る