その日、斉藤は珍しく買い物に出た。
 珍しくと云うのは、彼はたいがい通販や宅配で済ませてしまい、あまり外で買い物をしないのだ。
 だが、その日は何故か、たまにはと思い、近くのスーパーマーケットへ出かけた。
 後から思えば、それが悲劇の始まりだった……。








 正直な話、その姿を売り場で見た瞬間、回れ右したくなった。
 いや、実際そうしようとしたのだ。ぴたっと立ち止まり、くるりと方向転換して大急ぎでその場から離れようとした。
 だが、時既に遅し。
 斉藤が相手を見れるということは、相手も斉藤の姿を見れるという事に気づかなかったのが運のツキだった。
「斉藤さーん!」
 明るく澄んだ声が売り場に響き渡った。
 ついでぱたぱたと足音が近づき、不意にガシッと腕を捕まれた。
「……総司」
 観念してふり返った斉藤に、総司はにっこり笑った。
 その笑みはとんでもなく可愛い。
 が、それにゾクゾクーッと寒気を覚えるのは、気のせいだろうか……。
「お久しぶりですねっ」
「いや、十日前に会っただろ」
「そうでしたっけ。うーん、確かコンビニの前で?」
「そうだ。それで、その後……おまえ……」
 云いかけてその時の状況を思い出し、斉藤は慌てて首をふった。
 正直な話、思い出したくもなかったのだ。
 それに、総司はにこにこ笑った。
「ねぇ、斉藤さん。今から暇ですか?」
「いや、暇じゃない」
「ふうん、お仕事?」
「そ、そうだ」
「こーんな私服姿で、スーパーマーケットなんかに来てるのに〜?」
 総司の大きな瞳がくるくると悪戯っぽく笑った。
 それに、斉藤は返す言葉もない。
 完全にフリーズしていると、総司は突然、とびきり可愛い笑顔をうかべた。
 そっと斉藤の腕に指をからめ、甘えるような声で云った。
「ね、斉藤さん……?」
「な……何だ」
「ぼく、斉藤さんにお願いがあるんだけど……」
 きたきたきた──っ!
 思わず斉藤はその場から逃げ出したくなった。
 だが、それを事前に察知した総司に、がっしり腕に抱きつかれ、一歩たりとも動けない。
「そ、総司……その……」
 ひきつった顔で見下ろす斉藤に、総司はまたにっこり笑った。
「ね、いいでしょう……?」
「……」
「ぼくのお願い、聞・い・て♪ ね?」
「……はい」
 所詮、恋する男は弱いのだ。
 たとえ、それが永遠の片想いであっても……(涙)。
 スーパーマーケットを出た二人はその後、総司は青空を見上げランラン〜♪と、斉藤は視線を落としドナドナドーナードーナ〜♪などと口ずさみたい心境で、官舎へと向かったのだった。








 ──さて。
 土方と総司のらぶらぶはっぴーな愛の巣へ通されて。
 待つこと、30分。
 斉藤は、ダイニングテーブルの前に坐らされていた。
 総司お手製スペシャルメニュー試食会。
 本日の献立は────オムレツだった……。
「……いただきます」
 そう云うと、びくびくしながら、斉藤はスプーンを握りしめた。
 前には頬杖をついて、にこにこしながら見ている総司。
 だが、スプーンでオムレツをすくった斉藤は、とたんに固まった。
 今、見えたのはッ?
 見えたものはッ!?
「そ、総司、これは……っ」
「え? ぼく特製のオムレツですよ。いろいろ栄養考えて、入れたんだけど」
「栄養って、おまえ……っ」
 あまりの衝撃に、斉藤は口をパクパクさせた。
 普通、オムレツに、納豆やシロップ漬け桃やアボガドを入れるか──ッ!?
 いや、まだ一つずつならいいが、それが全部ぐちゃぐちゃになってオムレツに入ってるんだぞ。
 こんなもの食べたら、また腹こわすじゃないかっ。
 それでもって、ある個室が行き先限定になってしまうんだーっ!
 十日前の悲劇を思い出し、斉藤は固まった。
 スプーンを握り締めたまま、目の前のオムレツもどきを、凄い形相でじぃぃぃっと睨みつけている。
 だが、総司は容赦なく云った。
「早く食べて下さいね」
「……」
 それでもスプーンを動かそうとしない斉藤に、総司は言葉をつづけた。
「斉藤さんに試食してもらって、それでいろいろ改良して、土方さんに食べさせてあげるんです。だから、ね? 早く」
「……この間のおでんはどうしたんだ」
「あぁ、あれですか」
 総司は事も無げに、あっさり答えた。
「ゴーヤとカスピ海ヨーグルトは抜きました。普通のおでん作ったら、おいしいおいしいって喜んで食べてくれましたよ♪」
「なら、初めから普通にすればいいじゃないかッ!」
「だって、新しい挑戦も必要かと思って。ね? 斉藤さん、協力して下さいよー」
「……」
 もう何も云う気になれず、オムレツを凝視しながら沈黙していると、不意に総司がすっと坐り直した。頬杖をやめ、ぎゅっと両手を握りしめる。
「……それとも……斉藤さん」
 総司の大きな瞳がうるうるっと潤んだ。
 ハッと顔をあげた斉藤の前で、そっと淋しげに俯いた。長く煙るような睫毛が、なめらかな頬に憂いの翳りを落とす。
「ぼくの作った料理なんか……食べたくない…ですか……?」
「!」
 それに、斉藤は慌てて叫んだ。
「そ、そんなことないっ! 食べたいっ!」(普通の料理なら)
「本当に……?」
「もちろん。総司の作った料理だ、食べたいよ!」(やっぱり、普通の料理なら)
 そう叫んだとたん、総司がパッと顔をあげた。
「なぁんだ、良かったぁ〜♪」
 にっこりと無邪気に明るく笑いかけてくる。
 さっきのは嘘泣きかッ!?
 と、思わず突っ込みたくなるような、満面のにこにこ笑顔だ。
 涙なんか、どーこーにも全然見あたらない。
「じゃあ、ぜぇーんぶ残さず食べて下さいね!」
 総司は可愛い笑顔のまま、きっぱりすっぱり容赦なく云った。
「それで、ちゃんと感想聞かせてね」
「……」
「ね、斉藤さん♪」
「…………はい」
 斉藤はおとなしく返事し、スプーンを握り直した。
「いただきます……」
 そして、斉藤はそのアボガド・納豆・シロップ漬け桃入りオムレツを、決死の覚悟で食べ始めた。
 涙目になりながらも、必死にスプーンを口へ運ぶ。
 そうして黙々と食べつづける斉藤の前で、総司はまた頬杖をついた。
 甘ったるい声で云った。
「斉藤さんって優しいですよね。だから、だぁい好き♪」
「……」(もぐもぐもぐもぐ)
「これからも、よろしくお願いしますね♪」
 総司はにっこりと可愛らしく笑った。
 それはもう、まるで天使のごとくで。
 優しく可憐で、無邪気そのものの可愛い笑顔で。
 だが、しかし!
 その瞬間、この世には天使の顔をした小悪魔がいるのだという事を、斉藤は心底思い知らされたのだった……。








 この後、斉藤が腹痛を起こし寝込んでしまった事は云うまでもない。
 そして、土方の前に出されたのが、ごくごく普通のプレーンオムレツだったことも。
 むろん、総司のおいしい料理の陰に、そんな斉藤の涙ぐましい努力があることなど知る由もない土方は、可愛い恋人と一緒に幸せいっぱいな食事をとったのだった。
 ちなみに、第3回総司お手製スペシャルメニュー試食会が催されたか否かは、また別の話……。





 斉藤さんの哀愁漂う背に。
 ……合掌。













[あとがき]
 総司のおいしい料理の裏に、こういう斉藤さんの悲劇があったというお話です。で、結局は土方さんの前には、ふつうのお料理が出されるという。あぁ、斉藤さんって、ほんっと報われない男……。
 久しぶりの「かくれんぼの恋」がSSですみませんでした。これでリハビリになるのか謎ですが。脱力するようなお話、お読み頂きありがとうございました。


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